「外形的公正性」という言葉
これは諸機関の活動の公正性を担保するために設定される手続の仕組みを表す語なのですが、あまり馴染みの無い概念なので理解しがたいと思います。
そこで、橋下徹氏の発信を元に外形的公正性という概念を掴んでみるべく各所の情報を整理し、より身近な具体例を挙げてみたいと思います。
外形的公正性の具体例
外形的公正性の意味をデフォルメして言うと「誰が見ても不正は無いと言える状況を確保すること」「外から見るだけで問題無いと言える状況を担保すること」でしょうか。
外形的公正性は言葉の意味を定義するよりも、概念を理解しないとピンと来ないと思いますので、比較的身近(?)で理解しやすい事例から大阪府の事例を挙げてみます。
総合職の接触禁止期間
国家総合職試験を受けた者の官庁担当者との接触禁止期間が設けられていることを知っている方も多いと思います。公務員インターンシップなどの場合に考慮されることです。
総合職試験(大卒程度試験)(教養区分)受験者の官庁訪問について
http://www.jinji.go.jp/saiyo/saiyo/sougou/saiyo_sougou02_link/28kanchohoumon_kyoyo.pdf平成29年度大学等卒業予定者等の採用について
http://www.jinji.go.jp/saiyo/saiyo/sougou/saiyo_sougou02_link/moushiawase_29.pdf
このように、当人たちが何ら不正を行っていなくても、「面会した」という事実から不正が疑われることがないようにするのが接触禁止期間です。これは外形的公正性の一例であると同時に、最も典型的な例と言えるでしょう。
裁判官の忌避・除斥
例えば訴訟においては裁判官と事件の当事者が利害関係にある場合等には裁判の公平を妨げるおそれがあるとして担当裁判官(合議体)から外すことができる規定があります。
「除斥」は民事訴訟法23条1項、「忌避」は同24条1項に定められています。
除斥原因の例は、法律上の婚姻関係や連帯債務者にある場合などです。
忌避事由の例は、内縁の夫婦関係にある場合はこれにあたると考えられています。また、客観的に訴訟指揮が不公平である場合に訴訟指揮を行ったことが忌避事由と判断された事例があります(横浜地裁小田原支判平成3年8月6日)
(加計学園問題)国会議員は司法における除斥・忌避・回避の理論を勉強すべき。便宜を図ったのか、加計ありきだったのかは水掛け論。そうではなく外形的に公正性が保てていたのかどうか。大阪では外形的公正性という概念を徹底的に導入した。当初、役所職員は不正がないのに何それ?という顔だったが。 https://t.co/kQeHANTowV
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2017年7月26日
その他、弁護士法25条や弁護士職務基本規程27条で公務員として職務上取り扱った事件、弁護士職務基本規程28条で利益相反関係にある依頼人の弁護禁止などがあります。
いずれも当人らが何か悪巧みをしていなくとも一定の関係にあると客観的に認められる場合に関与を阻止するものであり、まさに外形的公正性と呼ばれるものに対応する仕組みと呼んで良いでしょう。
橋下徹氏が大阪維新で実行した大阪府の事例
(加計学園問題)これが僕が大阪府に導入した外形的公正性の確保。https://t.co/mSj3BaboE3https://t.co/e4zMtq5MoC
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2017年7月26日
選定者と事業主の関係、接触の有無を確認する。
大阪府のルールによれば、安倍さんは獣医学部新設の件では議長を外れることになる
競争入札や公募の際の外形的公正性の仕組みの一例がこれ。
このうち「4 選定委員会」の項、「5 委員の選任等」の項において外形的公正性についての規定があるので抜粋します。分かりやすいもののみ。
4 選定委員会
(2) 選定委員会の構成
事業者の選定手続きには外形的公正性が求められることから、選定委員会は原則として庁外の第三者による委員で構成する。
5 委員の選任等
(1) 外形的公正性の確保
選定委員会の委員の選定にあたっては、外形的公正性を担保するため、委員構成について契約局審査会の審査に付するものとする。また客観性を高めるため、団体推薦により、法律・会計・経営分野(以下「法律等分野」という。)の専門家を加えることとする。(3) 委員名の事後公表
委員と提案者との間に利害関係が生じたり、提案者から委員への故意(不正行為目的)の接触を防止するため、委員名については事後公表とする。(4) 公正な委員会の運営
① 委員選任後の確認
事業所管課等は、委員と提案者との間の接触又は利害関係等の有無について、選定委員会の審査開始前等に委員からの聴き取り等により確認することとする。事業者選定終了までの間に、提案者から委員に対して故意の接触があった場合は、委員は事業所管課等へ通報することとし、当該提案者を選定対象から除外するものとする。
ざっくりまとめると以下になります。
- 庁外の第三者による委員構成
- 委員構成について別組織の審査に付する
- 団体推薦により専門家を加える
- 故意の接触禁止とそのための委員名の事後公表
- 接触や利害関係の確認のための聞き取り実施
何段階にも公正性を担保するための仕組みが構築されているのがわかります。
これと比べると、国家戦略特区の仕組みは当事者の高邁な精神・廉潔性によって成り立っているのであり、制度として外形的公正性を確保する仕組みが貧弱であると言えます。
大阪市の政治的中立性確保の条例
「政治的中立性を確保するための組織的活動の制限に関する条例」ガイドライン
民間の外形的公正性確保の事例
https://t.co/AkCep45DRv
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2017年8月31日
不正の有無ではなく外から見て疑われないような公正性(外形的公正性)を確保するために民間はここまで気を遣っている。加計学園問題は不正の有無ではなく外形的公正性が保たれていなかったことが失敗。政治行政でもこの概念を導入すべき。
親会社と利害が対立しそうな案件に第三者の判断を活用した。例えば東芝の役員選任では、社外取締役の一人が日本生命 の社外監査役を兼務しているとの理由から、米助言会社大手のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシー ズ(ISS)に賛否判断を委ねる徹底ぶりだ。
アセマネOneもみずほFGや、グループ会社のオリエントコーポレーションの議案判断では、第三者の議決権行使助言会社のアドバイスに従った。その結果、みずほFGの株主総会では、経営陣が反対を表明した役員報酬の個別開示など複数の株主提案について、賛成票を投じた。
運用会社が意識するのは、年金積立金管理運用独立行政法 人(GPIF)など公的年金や海外投資家の目だ。こうした資金の出し手は親会社やグループの利益に左右されずに議決権を行使できているか厳しくチェックしており、「独立性」が疑われると運用マネーを集めにくくなりかねないという事情がある
予め利益相反関係になりそうな場合には自己の判断ではなく第三者の判断を利用するという例です。 外部からは違法でなくとも「見た目」が悪いとして資金繰りに困る場合があるということですね。
国家戦略特区の外形的公正性について
まず前提として国家戦略特区の構造を知る必要があります。
また、橋下徹氏が発信するものがどのような文脈で行われているかを理解するセンサーを得る必要があります。
国家戦略特区の構造
上記記事でも詳しく書きましたが、国家戦略特区の所管は内閣府です。
そして、国家戦略特区の諮問会議の議長は内閣総理大臣が務める事に決まっています。国家戦略特別区域法の32条には明確に「議長は、内閣総理大臣をもって充てる」と規定されています。
ここで、「制度によって内閣総理大臣が諮問会議の議長を務めることが予め決まっている」という事が重要です。内閣府の誰かが手を挙げてできるものではありません。
例えば安倍晋三氏が官房長官だったとして、官房長官が「自分が議長をやります!」って言えばなれるかというとなれません。安倍晋三個人が議長職を選んで担っているのではなく、総理大臣職にある者が議長を担うことが制度として予め決まっているということです。
そして、総理大臣に事故(病気など)があった場合には代わりの者が議長を担当することができるという規定はありますが、利害関係人と接触してしまった場合の規定などは、当然現在の関係法令には規定されていません。
立法論と法令遵守の文脈
天空の城 © SUN Licenced under CC BY 4.0
加計学園問題について橋下氏が「問題である」というのは現在の法制度に反しているという意味ではありません。本来あるべき姿(と橋下氏が考えている)から考えると好ましくない点として論じているのです。
別の言い方をすれば「立法論」を述べていると言えます。立法論は既にある法体系(ルール)の枠組みの「中」での話ではなく、そういった法体系をどう変化させるべきかを考えることで、より良い社会を作ろうとする議論です。いわば法体系の「外」にある文脈の議論です。
既にある法体系(ルール)の枠組みの中での話は「司法」の範疇の話です。いわば法令遵守の文脈です。司法とは定義上、好ましいものは何か?から考えるのではなく、既にあるルール=第一義的には条文から考えるとどのような結論となるのか(「好ましいか」や「望ましいか」、ではない)という思考様式です。
橋下氏の発信に限らず、法律が絡む話題においては常にこの両者を意識することが求められます。「この人は立法論を言っているのか?それとも法令順守の観点から主張しているのか?」という視点は多くの人があまり持っていないなぁと感じます。
政治倫理・道徳の話
日本一の桜 醍醐桜 © taka14 Licenced under CC BY 4.0
報道によると、スパコン補助金・融資問題において、容疑者は科学技術系の重要な政府有識者会議に入っていたという。これは加計学園問題と同じく外形的公正性が問題だ。野党は、「政治家の不正」から入るのではなく「手続きの不適切性」から入るべき。安倍政権の弱点は「外形的公正性」が弱いことだ。
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2018年1月31日
ここでの「政治家の不正」は法令遵守の観点の話です。ルールに反するから「不正」であり「違法」なのです。橋下氏はそうではなくて、手続の「不適切性」を論じるべきと言っている。「不適切性」は「違法性」を意味しません。
この場合の「不適切性」は立法論というよりも、「政治倫理や道徳」ゾーンの話に持ち込めという事でしょう。現行法上違法ではないけれども、倫理的にどうなの?という話です。政治家の不倫の場合にも政治倫理という言葉が使われますが、同じような用法でしょう。不倫をすれば国会議員を止めなければならないという法的な根拠はありません。ただ、倫理的にそのような政治家が国会議員の職にあるのはどうなの?という問いかけです。
現時点では倫理・道徳の話ですが、外形的公正性を担保する規定が立法化されれば法令遵守の話にグレードアップし、違法性の話になります。
以上みてきたように、橋下氏の一連の発信は、第一に建設的な議論として立法論を述べており、第二に政府批判としての政治倫理の話ということになります。
どうも、第二の政治批判のために外形的公正性という概念を持ち出しているだけであると捉えられがちですが(それは本人の発信の問題)、第一の視点に目が向けられることが少ないのは残念ですね。
これはいわゆる「政治責任」を求めるものではありません。橋下氏も「政治責任を取れー!」などとは一言も言ってないですからね。この点も誤解されて受け取られている気がします。
安倍晋三氏と加計孝太郎氏の外形的公正性「違反」
(加計学園問題)特区とは政治の力をフルに発揮して国の法制度の例外を実現するもの。ゆえに政治は外形的公正性には最大限の注意を払わなければならない。加計さんも安部さんに特区申請の意向をしっかり伝えて、外形的公正性が疑われないように対応すべきだった。安倍さんが知らなかった方が問題だ。 https://t.co/qGdhkFKXyx
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2017年7月26日
現行法上は違法の問題は生じないので「違反」と、かっこつきの表現にしています。
橋下氏の論は、加計学園の特区申請が決定した後に加計学園理事長と国家戦略特区諮問会議の議長である内閣総理大臣が会うという事は、「便宜を図ったのではないか?助言をしたのではないか?」という疑念がかけられるおそれがあるということですね。要するに接触禁止期間の国家戦略特区バージョンを制度としてやった方が良かったね、ということ。或いは制度としてそうなっていなくとも、疑いがもたれないように行動を自粛しましょうということですね。
「会ったけれどもやましいことはしていない」と言うことはできますが、それは当人たちの廉潔性・倫理観に委ねられているということです。外形的公正性は、いわば強制的に疑念が生じることがないように事前に規制をかけるというものです。そして、外形的公正性に反して接触があればいずれかに対して即レッドカード(或いは再試合)というペナルティがある事を提示しておくということです。
国家戦略特区に外形的公正性を導入するとはどういうことか?
鈍川渓谷 © 今治市 Licenced under CC BY 4.0
では、仮に外形的公正性を担保する規定が設けられていた場合に、国家戦略特区の申請者と議長が接触した場合にはどうなるか?
橋下氏の想定では、内閣総理大臣職の者は諮問会議から外れるべきことになります。
事前に安倍総理や内閣府の担当者に申請者との関係を聞き取る必要も出てくるでしょう。
ここで、疑問が湧く人もいるかもしれません。
「総理大臣だから岩盤規制突破が可能なのに、総理大臣が議長ではなくなったらダメではないか?」
これについては規定を別に設けて工夫すれば問題ありません。
内閣総理大臣に代わって議長に就く者の規定を設けること。そして、その者は特区制度内に限定して内閣総理大臣の権限を有するものとするとすればよいでしょう。
安倍さんも不正の事実は否定している。民進党は疑惑で追及。安倍さんに非があるとすれば外形的な公正性が疑われてしまった態度振る舞い。加計が特区に申請したなら安部さんが議長を退任するか、手続き外の接触は控えるべきだった。それと同じ論理で玉木氏は獣医学部連盟関連の質問は控えるべきだった。 https://t.co/FI7hizVk6B
— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2017年8月21日
玉木雄一郎氏は日本獣医師会から100万円の献金を受け取っていることが政治資金収支報告書から明らかですから、外形的公正性の観点からは獣医学部の認可に関する国会質疑をしてはいけないということになります。もちろん、現行の国会にはそのような規定はないので、政治倫理・道徳の話になります。
まとめ
- 外形的公正性を一言で表すと、外から見るだけで公正だと言える状況を担保すること
- 外形的公正性の典型例が接触禁止期間の設定
- 橋下氏の一連の発信は第一に政府批判としての政治倫理の話であり、第二に建設的な議論としての立法論を述べている
- 国家戦略特区は外形的公正性を担保する仕組みが弱いのが問題であるという指摘
- 外形的公正性がルール化されていない現状では政治責任論の話ではない
外形的公正性という概念を知っていれば、多くの場面でリスク回避をすることができるのではないかと思います。
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