事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

韓非と法治主義:韓非子についての書籍の種類・選び方とおすすめ本

韓非子:法治主義

韓非子を読んでみよう!」

私はこう思い至ってネット購入した本を読んだことがあったのですが、思っていたのと違うもので、外れもいいところでした。

実は「韓非子」の名称を冠する書籍には様々な種類のものがあります。

中身を見てみないとどういう構成のものか分かりません。

単に訳者が違うとか訳された時代が違うということ以上にバリエーションが豊富です。

そこで、世の中にある「韓非子本」の性質を分析したので参考になればと思います。

「韓非子」とは

韓非子とは、チャイナの戦国時代(紀元前280年くらいから233年まで)の法家である韓非という人物が書いた著書のことを指します。

韓非」自身のことを指して韓非子ということもあります。

全55篇から成っており、一つ一つの編に主題名が書かれています。


定法 第四十三篇
説疑 第四十四篇
詭使 第四十五篇

一つの篇の中身は複数の項から成っており、一つの項がひとかたまりの内容について論じている構成になっています。


定法

問者曰、申不害、公孫鞅、此二家之言、孰急於国、応之曰、是不可程也、人不食十日則死、大寒之隆、不衣亦死……

実は、韓非子自身が書いたと推測されている篇は数種類しかなく、他は韓非子の弟子や他流派の共感者による追記が行われているのではないかと言われています。

ただ、ここではあまり深入りはしません。

原文を読むことはほとんどの日本人にとっては不可能なので、日本語訳がされた書籍を読むことになります。

韓非子本の種類と選び方

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私がみたところ、世の中の「韓非子本」は、大雑把に以下のように分類できます。

  1. 韓非子の原文とその訳に徹した書籍
    ⇒オーソドックスなものですが、最も外れの無い書籍です。
  2. 韓非子の原文の一部を掻い摘んで適示し、独自の解釈を加える書籍
    ⇒独自解釈に新鮮さを感じることもありますが、1番の書籍を読んで韓非子の文章の大枠を理解していないと、「迷子」になることもあります。また、解釈に違和感を覚えることもしばしばあります。私が最初にネット注文したのはこの種類の書籍でした。
  3. ある主題を設定し、それに関係する複数篇にまたがっている箇所を引用し、場合によっては他の時代の思想家との比較をすることで韓非子の思想を深く理解しようとする書籍
    ⇒大学の講義を受けているのに近い感覚になります。
  4. 韓非子に顕れているエッセンスを日常生活やビジネスの分野に応用して理解する書籍
    ⇒最近はこういう本が多く出版されています。網羅性は犠牲になっています。
  5. 韓非子の思想を概略的に示した入門書

それぞれ一長一短がありますが、「おそらく1番のオーソドックスな韓非子本を読んでいることを前提としているのではないか?」と思われる書籍もあります。

基本は1番の韓非子の原文と訳に徹した書籍を読むべきでしょう。

ただ、その種類の書籍の文章は「堅い」ものであるのと、和訳文のみでもちょっとした小説1冊分の文量があるので、とっつきにくいという場合もあると思います。

そういうときは、4番の韓非子のエッセンスを紹介している書籍や5番の入門書から手を付けるといいかもしれません。

韓非子についての書籍の種類、つくり

最初に、オーソドックスな書籍について説明します。

1:漢文、2:書き下し文、3:注、4:和訳文

このような構成がスタンダードですが、韓非子の原文を載せているものとそうでない書籍があります。

書き下し文」も載せているものとそうでない書籍があります。

さきほど紹介した韓非子の一節の書き下し文の例は以下です。

書き下し文の例
定法(法を定む)

問う者曰く、「申不害・公孫鞅(しんふがい・こうそんおう)、此の二家の言(にかのげん)、孰れか(いずれか)国に急なる」と。之(これ)に応えて曰く、「是れ(これ)程る(はかる)べからざるなり。人食らわざること十日なれば則ち死す。大寒の隆(さかん)なるに、衣ざれば(きざれば)亦(また)死す。

一 申不害__前四世紀中期の法術家。韓の昭侯に仕え、君主の術を説いた。…二 公孫鞅__前四世紀中期の法家。秦の孝公に仕え、法の権威を立てて国力を強めた。商に封ぜられて商鞅、商君ともいう(『史記』商君伝)。三 課する__課は試の意。

読み仮名をつけているところがほとんどだと思います。

書き下し文は、著者によって差が出ることがありません。

ですから、読者が自分なりの解釈を働かせる余地があります。

そこに魅力を持っている者は、書き下し文のついている書籍を探すといいでしょう。

注の説明があることで、固有名詞なのかどうかや漢字の表す意味、時代背景や人間関係が分かり、韓非子の内容の理解の助けになります。

上記の和訳の例を示すと以下になります。

定法

質問者がたずねた、「申不害と公孫鞅と、この二人の意見はどちらが国家にとって重要であろうか」。それに答えて言う、「これは比べることができない。人は十日も食べないでいると死んでしまうが、大寒の盛りに着物を着ないでいるとやはり死んでしまう。…

和訳文の内容は、訳注を書いた人の個性が出ます。

丁寧な書籍は巻末に語句索引がついています。

1:漢文、2:書き下し文、3:注、4:和訳文、5:索引

この構成が揃っているもので最もおすすめするのは【韓非子 金谷治訳注 岩波文庫】です。上記の書き下し文、注、和訳文はこの書籍から引用しています。

金谷氏の訳注本は、第一冊~第四冊まであります。
※索引は第四冊にしか無いので注意してください。

なお、韓非子〈上〉 (中公文庫)町田三郎訳注もオーソドックスな構成のものとして有名ですが、こちらは漢文の原文がありません。また、索引もありません。

単に内容を理解するだけなら原文は不要だと思いますが、該当箇所を指し示す必要がある場合には不適です。よって、私は「金谷本」をおすすめしています。

韓非子について独自の解釈を加える書籍

これはもう千差万別の構成があるので類型的な特徴について詳しくは書きません。

ただ、私が最初に読んだのは失敗したなと思う書籍について説明します。

私が買ったのは【韓非子 乱世の君主論 安能務 文春文庫】です。

この書籍の酷いところは、この本がどういう目的でどういう構成のものであるかが一切書いておらず、いきなり韓非子の一節を抜き出して解説のようなものをはじめ、それが上下巻全編を通して続く、というものです。
少なくとも、最初に手にする韓非子本としては、最もおすすめできません。

『今自分は、韓非子のどの部分の言説について言及しているものを読んでいるのか?それは韓非子が言った言葉なのか?原文の和訳なのか?それとも著者のアクロバティックック解釈に過ぎないのか?』

このような「迷子」にならないように気を付けましょう。

ただ、安能務氏の視点から理解した『通常見る事の無い韓非子解釈』に新鮮さを覚える方もいらっしゃるかもしれません。

一例を上げるとすると、下巻の最終節(私が読んだもので329頁)には、こう書いてあります

抱法処勢治
法を抱いて体制に処すれば、国は治まる
王も法を守らなければならない。法は王の上にある。

「法は王の上にある」と韓非子が考えていたということは、韓非子の原文の理解からはかなり外れています(ある意味ではその通りであると言えるのですが)。

しかし、この解釈を取っていると思われるのが春秋戦国時代を舞台にした名作漫画「キングダム」です。

 

「キングダム」では 45巻から中華統一後の法治国家建設の理念が語られます。

その後、「李斯」に法の真髄を問う場面があります。

そこにおいて韓非子の名も出てきますが、キングダム世界における秦王(後の始皇帝)である嬴政の「法」についての理解は「法は王の上にある」であり、まさに安能務解釈と通ずるものがあります。

おそらく原泰久先生は安能本を読んだことがあるのかもしれませんね。

今後、韓非子との問答が行われ、法治国家・法治主義について深く言及されるのかもしれません。

韓非子の法治主義・君主論を深く理解しようとする書籍

韓非子を分析する視点は多岐に渡ると思います。

私が興味のある、「法治主義」という観点から、最も優れた解説を行っていると思うのは、冨谷至の韓非子―不信と打算の現実主義 (中公新書)です。

韓非子 不信と打算の現実主義 冨谷至 著 中公新書 Ⅲ 刑と徳

韓非が言う法とは、国家的制裁、行為規範の性格を有した実定法、成文法規を意味する。そしてそれを保障し効果あらしめるために賞罰を設けるのである。

…「法」に限ってみると、それは明らかに条文化された成文法規であり、法を制定するのは人民でもなければ、神でもなく、君主であり、主権者が下す命令が法にほかならない

これらは韓非子の各篇の和訳ではなく、複数の篇にまたがった韓非子の文言から、韓非子の法治主義の性質について説明している文章です。

冨谷氏の分析によると、韓非子の考えていた「法」ないし「法治主義」の性質は以下のようになるでしょう。

  1. 荀子の性悪説を前提とした世界観、人間の理性を信じず、本能的打算を人の性と見る
  2. 韓非子の法治主義は自然法を観念しない法実証主義
  3. 法は君主による統治のための道具
  4. 法は、凡人の君主であっても統治を行うことができるようにするためのものである
  5. 法文による事前抑制ではなく、刑罰による威嚇をもって予防する
    ⇒実定法、成文法でもって法を記述させるという思想であるにもかかわらず、罪刑法定主義の思想はみられない
  6. 集団としての民を扱っており、個人としての民を見ていないため、応報刑論は観念していない。一般予防のみを目的としている。

冨谷氏の書籍は原文はありませんが、1:和訳された文章とその原文が存在する篇の表示、2:解説、3:他の思想家の著述の引用と解説、という構成です。

2001年の京都大学法学部の授業を元にして作った著作であるだけに、アカデミックな内容が含まれているものの、一般的な読み物としても非常に理解しやすいものになっていると思います。

韓非子の唱えた法治主義とは如何なるものなのか、近現代に現れた法治主義とはどう異なるのかを理解するのに最適な一冊です。

韓非子のエッセンスをビジネス等に応用する書籍

「韓非子は社長がよく読んでいるにもかかわらず、あまり口外されない」と言われているようです。

韓非子の内容自体が君主が国を治めるのに必要な心構えや方法論を説いていることから、会社の社長が学ぶべき内容があるというのは確かです。

しかし、それにとどまらず、会社の従業員にとってもわが身を守るために必要な処世術が説かれている、と解釈する著者がいます。

ですから、韓非子のエッセンスをビジネス等に応用する書籍の中にも2種類あります。

組織サバイバルの教科書 守屋淳 著は、会社従業員目線で書かれた書籍だと思います。

主題ごとに韓非子の一節を引用していきます。ところどころで古代中国の他の思想家との問答形式が挿入されているのも新鮮です。

 

韓非子に学ぶリーダー哲学 竹内 良雄, 川崎 享 (著)は、どちらかといえばマネジメントをする層に向けたものでしょう。

主題ごとに韓非子の一節をあてて内容を補強していきます。

全部で100項目

ページ下部に英訳がついているのが特徴的です。

韓非子の思想を概略的に示した入門書

韓非子の思想は現代の視点から見ると異質なものに映ります。

また、他の思想との違いがよくわからない場合があります。

これは図解で韓非子の思想の概念を表してくれるので、整理がしやすいと思います。

「マンガ孫氏・韓非子の思想」は、最もとっつきやすい読み物ではないでしょうか?

1995年出版ながら、Amazonで度々カテゴリ1位を獲得しています。

この記事執筆時点でカテゴリ2位でした。

孫氏の思想についても理解できますね。

子どもが読む本としてもいいと思います。

まとめ:おすすめは「金谷本」

最初に選ぶ韓非子本として、或いは他の書籍を読んだ後に立ち返るものとして、やはり金谷本が優れていると思います。

世の中の韓非子理解の通説でもあるともいえ、「外れのない理解」ができるからです。

とはいえ、自分のそのときの興味によって、他の書籍にあたってみるのも、面白いのでやってみるといいとおもいます。

以上