事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

『黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法・脱法行為の疑い』への疑問

黒川検事長の定年後の勤務延長

東京高等検察庁より

安倍内閣が黒川検事長を6か月間「勤務延長」することを閣議決定した件。

これを違法ではないかとする言説に疑問があるので指摘します。
※このエントリは当初より大幅修正しています。

国家公務員法と検察庁法の定年と退職日の規定

検察官は一般職の国家公務員なので、基本的に国家公務員法の規定が適用されます。

国家公務員法 

(任命権者)
第五十五条 任命権は、法律に別段の定めのある場合を除いては、内閣、各大臣(内閣総理大臣及び各省大臣をいう。以下同じ。)、会計検査院長及び人事院総裁並びに宮内庁長官及び各外局の長に属するものとする。

第二目 定年
(定年による退職)
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する
○2 前項の定年は、年齢六十年とする
省略
(定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

ただし、検察官の退官については別途、検察庁法に規定があります。

検察庁法

第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

検察官の任命権者は内閣、各大臣にあり、定年の規定は国家公務員法、検察庁法には「退官」ですが検事長の定年は63歳とされています。

検察庁法の「退官」と国家公務員法の「定年」の関係は一見すると分かりませんが、「退官」は「定年即退職」の意味のようで、運用もそのようになっています。

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官報:令和2年1月21日(本紙 第173号)

黒川検事長の63歳の誕生日は2月8日であることからこの日に退官することになっていました。そこで、今回は国家公務員法81条の3の「定年による退職の特例」を適用したのでしょう。

しかし国公法81条の3は「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」と書いているので問題になります。

人事院の通達は検察庁法22条を「別段の定め」としている

人事院定年制度の運用について】という通達を見ると、検察庁法22条が国家公務員法81条の2第一項の「別段の定め」であると書かれています。

そのため、検察官には国公法81条の3第一項の勤務延長の規定が適用されないのではないか?という指摘があります。

森まさこ法相は国公法83条の3第1項の適用を主張

法務省の森まさこ法相は検察庁法に該当する規定が無い場合には国家公務員法が適用されると考えているようです。

『黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い』

黒川検事長の定年後「勤務延長」の適法性に疑問を呈している指摘は以下。

黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い(郷原信郎)

しかし、この「前条第1項」というのは、同法81条の2第1項のー省略ーという規定であり、この規定で「法律に別段の定めのある場合を除き」とされている「別段の定め」が検察官の場合の検察庁法22条である。検察官の場合、定年退官は、国家公務員法の規定ではなく、検察庁法の規定によるものであり、81条の2の「第1項」の規定によるものではない

また、渡辺輝人弁護士が、国側がよく引用してくる、つまりは公権解釈を記したと思われる『逐条国家公務員法<全訂版>』(学陽書房 2015年)を引用しつつ郷原氏の指摘を補強しています。

安倍政権による東京高検検事長の定年延長は違法ではないか(渡辺輝人) 

なんと、検察官の定年については、国家公務員法の定年の定め自体が適用されないのです。
 国家公務員の定年延長は次の条文である国公法81条の3で定められていますが、当然ながら同条によって定年延長が認められるのは、「前条第一項の規定により定年で退職することとなる職員である。」(698頁)とされます。

さて、これは争いがありうるとは思いますが、内閣の側に立って適法となるロジックを考えてみました。

検察庁法に勤務延長の規定がなくとも適用排除する趣旨ではないのでは?

国公法81条の3第一項の勤務延長の規定の「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」について。

これは、「別段の定め」に勤務延長の規定があることを想定した文言であり、その場合には特別法たる「別段の定め」における勤務延長の規定に依るべきということを示しただけであって、「別段の定め」に勤務延長の規定が無い場合に国公法の勤務延長の規定を適用することを排除する趣旨ではないと考えるとどうでしょうか?

国公法は検察庁法だけを見ているわけではなく、多数存在する(或いはこれから作られる)行政の組織法を視野に入れているはずで、国公法が措定している「別段の定め」とは、特別法たる組織法において勤務延長の規定がある場合が標準になっているのではないでしょうか。

公権解釈=国の考えを記したと思われる『逐条国家公務員法<全訂版>が『同条によって定年延長が認められるのは、「前条第一項の規定により定年で退職することとなる職員である』と記述しているのもそのような意味と捉えれば矛盾は生じません。

こう考えると「前条第一項の規定により」という文言と抵触すると考えるかもしれませんが、81条の2第一項の文言を以下のように理解すればどうでしょう?

第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは…

↓↓↓

第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合はその規定により、そうでない場合は、定年に達したときは…

こう理解すると「前条第一項の規定により」の対象には検察庁法22条も含まれることになり、国公法81条の3第一項に反することにはなりません。

この場合、わざわざ「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」と書いた意味は何か?、つまり、「前条第一項の規定によ」らない退職とは何か?という話になりそうです。

しかし、これは例えば定年後、退職日までに自主的に退職するような場合や、国公法第八条一号の「第五条第三項各号の一に該当するに至つた場合」などを除外する意味を持つことになると言えば良いんじゃないでしょうか?

検察庁法32条と国家公務員法附則13条

検察庁法22条の位置づけも、「別に法律を規定することができる」という国公法の附則を受けて、その定年と退職日に関してのみ規定しただけであって、勤務延長の規定を設けなかったことが直ちに国公法83条の3第一項の適用を排除する趣旨ではないのではないでしょうか。

検察庁法 

第三十二条の二 この法律第十五条、第十八条乃至第二十条及び第二十二条乃至第二十五条の規定は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)附則第十三条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。

国家公務員法 附則

第十三条 一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律又は人事院規則(人事院の所掌する事項以外の事項については、政令)を以て、これを規定することができる。但し、その特例は、この法律第一条の精神に反するものであつてはならない。

国家公務員法

第一条 この法律は、国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立し、職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、且つ、指導さるべきことを定め、以て国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする。

沿革的には検察庁法が先にできて国公法の「定年」規定は後にでき、勤務延長の規定はそれに伴って規定されたものという経緯があります。

そのため、検察庁法をベースに考えるべきで、特別法たる検察庁法に勤務延長の規定が無い以上は勤務延長はできないのだとする見解も出てきそうです。

しかし、国公法は国家公務員の「各般の根本基準」なので、それが改正された以上、検察庁法が規定していないものもカバーして検察官に適用されると考えるのが通常じゃないでしょうか?

検察庁法の定年の趣旨から疑問視する方向

黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い(郷原信郎)

検察庁法が、刑訴法上強大な権限を与えられている検察官について、様々な「欠格事由」を定めていることからしても、検察庁法は、検察官の職務の特殊性も考慮して、検事総長以外の検察官が63歳を超えて勤務することを禁じる趣旨と解するべきであり、検察官の定年退官は、国家公務員法の規定ではなく、検察庁法の規定によって行われると解釈すべきだろう。

郷原氏(渡辺弁護士も同様の認識だろう)は、検察庁法の趣旨をこのように解するとすれば、定年後の勤務延長は認められるべきではないと考えているのでしょう。

しかし、仮にそれが正しいとしても勤務延長を1年を超えない範囲で行ったとしても、検察官の職務の特殊性から要求される要素(それが何かは不明だが)を毀損するとは思えません。

逆に、どんな場合であっても勤務延長を認めないとすることは柔軟性に欠け、国家運営・司法行政にとって潜在的なリスクがあることになってしまいます。

国公法1条が「職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、且つ、指導さるべきことを定め、以て国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的」としていることからも許容される考え方ではないでしょうか?

よって、私はこの点からの指摘も不当だと思います。

「公務の運営に著しい支障が生ずる十分な理由」はあるのか?

しかし、定年による退職の特例の規定は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」にのみ認められるようになっています。

今回の黒川検事長の退職日の特例は朝日新聞の報道によると「カルロス・ゴーン被告の事件の捜査」が原因とありますが、この報道が本当だとするとちょっと「十分な理由」があるかどうかは疑問です。

それとも、他の理由があるのでしょうか?

「特例」を定めた規定ですから、この点は安倍内閣はきちんとした説明ができなければならないと思います。

黒川検事長が退職日の特例の後に検事総長に任命された場合は脱法行為か

更には、仮に「十分な理由」があるとして、メディアが「黒川検事長を検事総長に任命するためだ。検事総長なら定年が65歳だからだ」と指摘するように安倍内閣が黒川検事長を検事総長に任命した場合の妥当性はどうでしょう?

既に63歳の定年を迎えた後に検事総長に任命された前例があるのかは調べてませんが、この場合には「脱法行為」と言われても仕方がないんじゃないでしょうか?

定年を延長したのではなく、定年による退職日を延長したに過ぎないわけですから。

このような理解で追及するのであれば私はアリだと思います。

以上