事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

あおり運転殴打をして逮捕身柄拘束の宮崎文夫には何罪が成立するのか

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逮捕状が出た宮崎文夫のあおり運転殴打は何罪なのか簡単に検討してみました。

逮捕身柄拘束の宮崎文夫のあおり運転殴打と傷害罪、脅迫罪?

逮捕・身柄拘束された宮崎文夫の行為を簡単に記述すると『常磐自動車道(高速道路)上で被害車両の後方に急接近した後、前方を蛇行運転した上で中央車線上で斜めに停車することで被害車両を停車せざるを得ない状態にし、自車から降りて、被害車両の運転席に居た被害者に対して「殺すぞ」などと言い、開けられた窓から被害者の顔を5,6発殴打して怪我を負わせた』というものです。

常磐道あおり運転 茨城県警が43歳男を指名手配 - 産経ニュース

常磐道「あおり運転」指名手配の男を大阪で逮捕 | NHKニュース

被害者は映像からも血が出てるのが分かるので、確実に傷害罪は成立します。

なお、高速道路上で停車に追い込んでから「殺すぞ」と言ったことは脅迫行為ですが、被害者は「何を言ってるのかが分からなくて窓を開けた」と言っているように、脅迫の言辞を知覚していません。窓を開けたときにさらに脅迫文言を言われた可能性はありますが、それと殴打は一連の流れなので、脅迫行為として切り出して起訴する運用はしないように思うのですが、どうなんでしょう?

高速道路上での道路交通法違反

宮崎文夫の運転は複数の道路交通法の規定に違反していると思われます。 

(車間距離の保持)
第二十六条 車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。
(罰則 第百十九条第一項第一号の四、第百二十条第一項第二号)

被害車両の後方に急接近したことはこれに当たり得ると思いますが、どれくらいの時間後方に居たかちょっと分からないのでもしかしたらこれには該当しないのかもしれません。

また、高速道路上の運転は道交法内で特則が設けられています。

道路交通法 (最低速度
第七十五条の四 自動車は、法令の規定によりその速度を減ずる場合及び危険を防止するためやむを得ない場合を除き、高速自動車国道の本線車道(政令で定めるものを除く。)においては、道路標識等により自動車の最低速度が指定されている区間にあつてはその最低速度に、その他の区間にあつては政令で定める最低速度に達しない速度で進行してはならない。

道路交通法施行令
高速自動車国道における交通方法の特例に係る最低速度を定めない本線車道)
第二十七条の二 法第七十五条の四の政令で定めるものは、往復の方向にする通行が行われている本線車道で、本線車線が道路の構造上往復の方向別に分離されていないものとする。
(最低速度)
第二十七条の三 法第七十五条の四の政令で定める最低速度は、五十キロメートル毎時とする。

高速道路は50キロメートル未満で走行してはいけないので、蛇行運転を取り出して考える場合には最低速度規定に違反していることになりそうです。

第七十条 車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
(罰則 第百十九条第一項第九号、同条第二項)

一連のあおり運転は紛れも無く他人に危害を及ぼすような方法での運転でしょう。

第七十五条の八 自動車(これにより牽けん引されるための構造及び装置を有する車両を含む。以下この条において同じ。)は、高速自動車国道等においては、法令の規定若しくは警察官の命令により、又は危険を防止するため一時停止する場合のほか、停車し、又は駐車してはならない。ただし、次の各号のいずれかに掲げる場合においては、この限りでない。

省略

3 高速自動車国道等において第一項の規定に違反して駐車していると認められる自動車であつて、その運転者がこれを離れて直ちに運転することができない状態にあるものは、第五十一条の四第一項に規定する放置車両とみなして、同条の規定を適用する。
(罰則 第一項については第百十九条の二第一項第二号、第百十九条の三第一項第四号 第二項については第百十九条第一項第三号)

他にも道交法違反があるかもしれません。

自動車であおり運転をすることは暴行罪

暴行罪(刑法208条)は不法な有形力の行使があれば成立しますが、これは非接触のものであっても成立するという解釈がされています。

警察もあおり運転には暴行罪で対処する方針を取っています。

実際、あおり運転をしたことに対して暴行罪が成立した裁判例があります。

  • 自動車で高速道路を走行中、並進している右隣の自動車に対していやがらせ等のために自車をその至近距離にまで接近させる行為(東京地方裁判所昭和49年11月7日判決)
  • 大型貨物自動車を運転して高速道路上を走行中、他の車両の運転者に対するいやがらせのため、いわゆる幅寄せをする行為(東京高等裁判所昭50年4月15日判決)

高速での〈あおり運転〉に暴行罪が適用される理由(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

煽り運転は運転免許停止の行政処分も

危険!あおり運転等はやめましょう|警察庁Webサイト

警察ではあおり運転等に対してあらゆる法令を駆使して、厳正な捜査を徹底するとともに、積極的な交通指導取締りを推進しています。また、あおり運転等を行った者に対しては、危険性帯有(※)による運転免許の停止等の行政処分を厳正に行っています。

※ 「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき」には、危険性帯有者として、点数制度による処分に至らない場合であっても運転免許の停止処分が行われます。

刑事処分とは別個の行政処分として、宮崎文夫の運転免許の停止処分は免れられないでしょう。

東名高速の事件は危険運転致死傷罪で起訴有罪になったが

東名高速で2017年に発生した痛ましい事件。

被告人が高速道路で被害者の車両を複数回にわたってあおり、最終的に追い越し車線(第三通行帯)に被害車両を強制的に停止させ、その後、後続するトラックがその車両に追突し、被害者夫婦が死亡し、娘2人が傷害の結果を負ったという事件ですが、こちらは【自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律】の危険運転致死傷罪に当たるとして起訴され懲役18年の有罪判決が2018年12月14日に横浜地裁で出されました。

東名高速一家死傷事件で〈危険運転致死傷罪〉を認めた判決の疑問点(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

しかし、宮崎文夫の事件では交通事故の結果が発生していないので、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の適用は無いということになります。

男があおり運転の末に暴行加えた事件 傷害罪で裁判なら執行猶予つくと推測 - ライブドアニュース

殺人未遂罪や監禁罪は無理か

東名高速の事件では危険運転致死傷罪の適用は因果関係の認定に争いがあることから監禁致死傷罪を主張する弁護士や大学教授が現れ、その他殺人未遂罪の適用の可能性は無いのかという声もありました。

しかし、東名高速の事件では検察はいずれの構成も取らなかったようです。

『「監禁」という概念は広がっている』などと言われますが、「一定の場所からの脱出を不可能にする行為」という原義には変更が無いわけです。

高速道路上では横断、転回、後退が道路交通法で禁止されているため、前方に車を止められた場合には移動の自由が奪われたと言い得るかもしれません。

道路交通法 第四章の二 高速自動車国道等における自動車の交通方法等の特例 第二節 自動車の交通方法(横断等の禁止)
第七十五条の五 自動車は、本線車道においては、横断し、転回し、又は後退してはならない。

とはいえ、宮崎文夫の事例では、被害車両は未だ左右の車線に変更して走行することは可能と思われます。さらに、「自動車」ではなく「人」に焦点を当てれば、その人は自車から降りて道路脇に移動することはそこまで困難ではないことから、やはり監禁と言えるかというと困難だと思われます。

次に、停止行為が殺人の実行行為たり得るかというと難しいでしょう。

高速道路上に自動車を停止することが後続車の事故を引き起こすだけでなく死の結果を生じさせる蓋然性が高いという客観的なデータはありませんし、加害者の意識としても「高速道路上で停車させれば相手は死ぬので停車させてやろう」などという殺人の故意をもって行為するということは考えられません。

東名高速の事件でも停止行為はそれ単独では危険運転致死傷罪の実行行為ではないと横浜地裁で判断されました。

なお、乗用車のトランクに人を押し込んで監禁し、路上駐車していたところ、別の乗用車が追突したため死亡した事件においては監禁致死罪の因果関係が認められましたが、トランクの構造が人を守るためにできているのではないという車の特性が考慮された判断であるという分析がなされているので、単に道路上で停止している行為そのものに死の危険があるとされたわけではないと思われ、乗用車の運転席に座っている者については同様の判断はできないでしょう。

停止行為それ自体は、やはり道交法で捕捉するべきでしょうし、あおり運転の末に相手車両に停止を強制させる行為は立法で定めるべきではないでしょうか。

レンタカーを返却期間を過ぎて利用した行為は横領罪?

宮崎文夫が運転していた車は試乗車だったようで、レンタル期間を過ぎて運転していたようです。

横領罪(刑法252条)は「委託信任関係」に基づいて占有している他人の物をその趣旨に反して利用処分することで成立します。物を預けてそれを適切に管理する関係であればここで言う委託信任関係に当たると思われるところ、レンタカー契約は車体部分は賃貸借契約と言え、委託信任関係があるとして横領罪の成立は有り得ると思います。

器物損壊罪も?

あおり運転容疑者と同乗ガラケー女性が試乗車返却か - 社会 : 日刊スポーツ

車を貸し出した神奈川県内のドイツ製高級車販売店によると、容疑者は試乗車で神奈川から大阪、福井まで走ったと話していたという。車は傷ついており、店では損害賠償請求を検討している。

厳密に言えば器物損壊罪の構成要件に該当する行為でしょうが、実際上はレンタカー契約において利用した車を傷つけた客が居たとしても、それを器物損壊罪で立件するのはあまり無いのではないかと思います。

ただ、レンタカーが傷ついているということは、他のどこかにぶつけたということなので、そちらの器物損壊で立件することは有り得ると思います。

まとめ:覚せい剤等薬物の利用はあったのか

  1. 各種の道路交通法違反
  2. 暴行罪
  3. 傷害罪
  4. 横領罪
  5. 器物損壊罪

宮崎文夫にはこれらの罪が成立しそうです。暴行罪と一部の道路交通法違反は観念的競合(一個の行為が二個以上の罪名に触れる行為・刑法54条1項)になるモノもあるかもしれませんが詳細は省きます。

異常な運転であったことから、覚せい剤等の薬物の使用があったのではないかとも言われていますが、今の所そのような情報は無いようです。

以上