事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

愛知県大村知事は自分に波物語の責任が無いと思ってる?:特措法の要請・命令

f:id:Nathannate:20210902183929j:plain

波物語に関する大村知事の問題。

HIPHOPイベント「波物語」で密・マスク不徹底・酒類提供など

HIPHOPイベント「波物語」で密・マスク不徹底・酒類提供など、会場使用の条件に違反していると思われる実態があった問題。

これに関して、イベント運営企業のオフィス・キーフの代表取締役がイベント後のHPで「酒類提供は愛知県から容認されていた」と書きました。

しかし、県に真っ向から否定され(自粛要請がなされていた)、その他の事実誤認も指摘されたために後日誤りを認めた(認識しつつHPに記述した)ことを述べています。

さて、この問題、大村知事は単に被害者面をしているだけなのが不可解です。

新型インフル等特措法45条の要請と命令を出していない問題

新型コロナウイルスは新型インフル等特措法の適用対象となっています。

愛知県は、8月27日から「新型インフルエンザ等緊急事態」となる宣言が出ています。

このことは、8月25日の時点で分かっていました。

「緊急事態宣言」発出にあたり 県民・事業者の皆様へのメッセージ 2021年8月25日 愛知県知事 大 村 秀 章

そもそも、国に緊急事態宣言の発令を促したのは愛知県です。

愛知県、緊急事態宣言の発令を国に要請 感染者急増受け | 毎日新聞

なので、8月29日開催の波物語に対しては、新型インフル等特措法の規定を適用できたはずです。

※追記:45条2項の要請について愛知県は一般的に発出していましたが、特定の事項については同条項の適用ではないとしていました。

新型インフルエンザ等対策特別措置法

(感染を防止するための協力要請等)
第四十五条 省略
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項及び第七十二条第二項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。

第七十九条 第四十五条第三項の規定による命令に違反した場合には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の過料に処する。

※追記:45条2項の要請は出していたが、酒類提供は「働きかけ」

県民・事業者の皆様へのメッセージ(緊急事態宣言等) - 愛知県

別表3 飲食店等以外の営業時間短縮等の要請及び働きかけを行う施設及び要請内容

愛知県は45条2項の要請は出していました。

が、今回大きな問題となった酒類提供に関しては「働きかけ」に留まっていました。
※大規模施設は45条2項の要請、百貨店等は24条9項の要請

酒類提供は45条2項の「その他政令で定める措置」として施行令12条8号の「厚生労働大臣が定めて公示するもの」としての「厚生労働省告示第百七十六号」おいて規定されていますが、愛知国際展示場=施行令6号の展示場に対しては、法律上の根拠のある「要請」ではない「働きかけ」でした。

これは内閣の新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(8月25日変更)に基づく事務連絡において説明されている内容と同一でした。

f:id:Nathannate:20210903120449p:plain

事務連絡:基本的対処方針に基づく催物の開催制限、 施設の使用制限等に係る留意事項等について

なお、最新の事務連絡である基本的対処方針に基づく催物の開催制限、施設の使用制限等に係る留意事項等について(令和3年8月25日変更)では以下書かれていますが…

特定都道府県は、法第 24 条第9項に基づき、事業者に対して、業種別ガイドラインを遵守するよう要請を行うものとする。

また、地域の感染状況等に応じて、都道府県知事の判断により、法第 45 条第2項等に基づき、人数管理、人数制限、誘導等の「入場者の整理等」「入場者に対するマスクの着用の周知」「感染防止措置を実施しない者の入場の禁止」「会話等の飛沫による感染の防止に効果のある措置(飛沫を遮ることができる板等の設置又は利用者の適切な距離の確保等)」等、令第 12 条に規定される各措置について事業者に対して要請を行うものとする。

45条2項については酒類販売について明示していません。

24条9項に基づいているとする業種別ガイドラインでは、イベントに関しては「祭り・イベント等開催に向けた感染拡大防止ガイドライン」があり、そこでは上掲の事務連絡における45条2項の内容と大差ない内容がありますが、酒類提供については記述がありません。

鶏か卵か:実効性のある罰則の立法措置と行政の覚悟

大村知事は、波物語に関して当日に話を「部局から」聞いたという態度です。

しかし、自らが国に緊急事態宣言の発出をお願いしていたのであれば、宣言の時期に開催予定のイベントについて、知事から自発的積極的に把握し、それに対して新型インフル特措法45条2項の「要請」を出しておくべきだったでしょう。
※内部のホウレンソウの状況は知りません
※追記:酒類提供に関する話であるとして読み替えていただければと思います。

そして、波物語については当日に問題が発覚してからは3項の「命令」を出し、それに違反すれば79条の罰則規定の適用、ということは、少なくともできたハズです。

それすらやらないで「要請(※法律上のものか任意のものかは趣旨不明)しかできないので実効性に限界がある」という発言をしている大村知事…

確かに、その気持ちは分からないでもない。

3項の命令違反をしたところで、主催者には「30万円以下」の罰金処分しかできない。

こんなもの、イベント会社にとってはほとんど痛手ではない。

捻じれてる話だが、今回の事案を受けて「波物語」というイベントないしオフィス・キーフの主催するイベントの開催のために公的施設の使用許可を出さない、という対応をされる方が、痛手ではあるでしょう。

だから「要請・命令をしたところで実効性が無いし、「表現の自由ガー!」「権力のオーボーダ―」と言われてメンドクサイだけだから、やらない方がいいや」という政治的なコスパ判断で規定が使われないということになる。多分、大村知事どころか全国の知事もそういう感じで考えてると思われます。

じゃあ、厳罰化をしない立法府=国会が悪いのか?というと、単純に一方の責任にするような話ではない。

立法府(そして内閣法制局)からすれば「今回のような事案ですら行政が特措法45条の要請・命令を適用できないんだから、厳罰の立法をしたら違憲と判断されるかもしれず、世間からの反発も大きいだろ」という政治コスパ判断をされることになる。

鶏が先か卵が先かという話のようにもみえるが、本質的には現実の行為が先行する。

つまりは当事者たる行政の長らの態度・行動によって規範の根拠が蓄積されていく。

法規範は我々社会の構成員の営為によって醸成される

具体的なことを言えば、今でいう「危険運転致死傷罪」は、元々は刑法の中に規定があり適用されていました。しかし、事案として悪質性が高いものが多く、量刑について刑法内での一元的な扱いが困難であることなどから【自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律】が作られました。

さらに、それでも高速道路に関する規定では「高速度での移動中の事故」を想定したものであったため、たとえば高速道路で前方に駐車して妨害をする行為についての適用が可能なのか判断が困難な事例が発生するなどがあり、令和2年改正法では、危険運転の定義中に「走行中の自動車の前方で停止し」という文言が追加されました。

この間、①そもそもこの事案に危険運転致死傷罪を適用するべきでは無いか?②厳罰化をするべきではないか?といった議論が、専門家のみならず一般人からも為されていました。

一例として「東名高速夫婦死亡事故」当時の報道を知らない人はwikiを見てみると良いでしょう。当時、危険運転致死傷罪の適用は難しいとする見方も強く存在していましたが、検察官は同罪で起訴し、裁判官も複雑な因果関係判断をして適用を認めました。

しかし、地裁の裁判官が危険運転致死傷罪の成立は無い趣旨の発言をし、被告人がその前提で防禦活動をしたために不利益を被ったとして、裁判は地裁に差し戻されました。

こうした社会における議論や現実の実行・実践の積み重ねで法規範は作られていくのであり、大村知事が「有効じゃないから特措法45条2項の要請はする意味がない」としていたのでは、立法府を動かすこともできないわけです。

なお、現行法規で適用可能だからと言って、そのために複雑な解釈をしなければならないのは、現場の負担が大きく、禍根を残すことがあるというのは「東名高速夫婦死亡事故」の一例からも分かるでしょう。したがって「ある事柄を明確化するためだけの法改正」であっても十分にやる意味があるし、民法も含めていろんな法規において行われていることです。
憲法も同じことでしょう。

あいちトリエンナーレ2019の表現の不自由展の約束違反はお咎めなしで舐められた

さらに言えば、あいちトリエンナーレ2019表現の不自由展でも「約束違反」がありましたが、当時、大村知事はそれは「お咎めなし」としてむしろ擁護する側に回りました。
(津田大介の責任については論じていたが、彼もまた実行委員会という公的組織側だった)

これで完全に舐められたために波物語の主催者の対応があったのではないか?という指摘を上掲記事で書いています。
※具体的には問題となった展示のうち「事前の資料に無いもの」が存在していた

そういうわけだから、大村知事は単に被害者面をしているだけでは済まされず、自らの言動・態度を顧みる必要があるだろうということを指摘しなければなりません。

以上:はてなブックマークをして頂けると助かります。