この資料は「自衛隊機が国際民間航空条約の対象」だと示すものではありません。
誤解や疑念が出回っており、それを日本批判につなげる動きがあります。
- レーダー照射の防衛省資料にある説明
- 排他的経済水域(EEZ)は安全保障上は「公海」扱い
- 公海で認められる「上空飛行の自由」と「航行の自由」
- 最低安全高度の本質:飛行物体と艦船の衝突の危険
- 韓国側で防衛省の説明に難癖がつけられている
- 「軍事的脅威」と「民間航空機の脅威」は別?
- 民間航空機だったらどうするのか?
- まとめ:自衛隊機は国際的な安全基準を保っていた
レーダー照射の防衛省資料にある説明
上図を見ると「国際民間航空条約第2付属書」とあります。
これを見て、「あれ?自衛隊機は民間機なの?」と考える人が居ます。
これは違います。
国際民間航空条約(「ICAO条約・シカゴ条約」とも)は第三条で民間機に適用されることとされているため、軍用機(自衛隊機)には適用されません。
(自衛隊機が本法上の民間機だとしたら、本法には航空機の登録情報を締約国に提供する義務も規定されているため、自衛隊機の情報を渡すということになるのでありえない)
では、なぜ防衛省は国際民間航空条約の規定を持ち出したのか?
この理解は今回の事案が「公海」で行われたという前提を理解しないといけません。
先に結論を示すと以下のようになります
- 防衛省の資料は自衛隊機がICAOの適用対象だと言うためのものではない
- レーダー照射事案は公海上で行われた
- 公海上は上空飛行の自由と航行の自由がある
- 各国はそれぞれの自由に配慮する必要があるため、最低安全高度を決めている
- 公海上の軍用機の最低安全高度を規定するものはない
- 公海上の最低安全高度を規定しているICAOに航空法・航空法施行規則は基づいている
- 最低安全高度の本質は飛行物体と対象物の衝突の危険
- 上記危険は民間機と軍用機とで変わらない
- だから自衛隊機はICAOの基準に従っている
- ICAOの基準に沿った飛行をしていた自衛隊機は何ら問題はない
排他的経済水域(EEZ)は安全保障上は「公海」扱い
排他的経済水域(EEZ)に関して、海洋法に関する国際連合条約58条は沿岸国に種々の権利を認めています。条文の規定を海上保安庁が分かりやすく一般的な説明として整理したものが以下です。
排他的経済水域においては、沿岸国に以下の権利、管轄権等が認められています。
1.天然資源の探査、開発、保存及び管理等のための主権的権利
2.人工島、施設及び構築物の設置及び利用に関する管轄権
3.海洋の科学的調査に関する管轄権
4.海洋環境の保護及び保全に関する管轄権
EEZに規定されている沿岸国の権利は、その名の通り、経済活動に関するものです。
そうではなく安全保障上の行動が問題となっている今回の事案では、EEZは「公海」として扱われます。
今回の事案で「EEZだから日本法が適用される」というのは誤解です。
公海で認められる「上空飛行の自由」と「航行の自由」
海洋法に関する国際連合条約 第八十七条 公海の自由
1 公海は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、すべての国に開放される。公海の自由は、この条約及び国際法の他の規則に定める条件に従って行使される。この公海の自由には、沿岸国及び内陸国のいずれについても、特に次のものが含まれる。
(a)航行の自由
(b)上空飛行の自由
(c)海底電線及び海底パイプラインを敷設する自由。ただし、第六部の規定の適用が妨げられるものではない。
(d)国際法によって認められる人工島その他の施設を建設する自由。ただし、第六部の規定の適用が妨げられるものではない。
(e)第二節に定める条件に従って漁獲を行う自由
(f)科学的調査を行う自由。ただし、第六部及び第十三部の規定の適用が妨げられるものではない。
2 1に規定する自由は、すベての国により、公海の自由を行使する他の国の利益及び深海底における活動に関するこの条約に基づく権利に妥当な考慮を払って行使されなければならない。
レーダー照射の事案が「公海上」で行われたということは、公海の自由の一つである「上空飛行の自由」が日本側(P1哨戒機)にあったということを意味します。
しかし、同時に「航行の自由」も韓国艦船に認められています。
そのため、P1哨戒機の飛行は、海洋法条約87条2項で「公海の自由を行使する他の国の利益」に「妥当な考慮を払って行使」されなければならないということです。
この「考慮」を別の言い方をすれば、「危険な飛行をしないこと」となります。
最低安全高度の本質:飛行物体と艦船の衝突の危険
ここからなぜ「国際民間航空条約(ICAO)」が出てくるのか?の話になります。
自衛隊機はICAOの直接の適用対象ではありません。
他方、航空法・航空法施行規則は民間機と自衛隊機を分けておらず、自衛隊機も適用対象となります。
そして航空法と航空法施行規則はICAOに基づいて規定されています。
ですから、防衛省の資料は「日本はICAOの規定に準じた行動を取っており、艦船に配慮している」ということを示すために用いられているのです。
防衛省が示したICAOの規定は有視界飛行における「最低安全高度」の規定です。
最低安全高度は「飛行物体と艦船が衝突する脅威」を減らそうとする考え方です。
これは民間機だろうが軍用機(自衛隊機)だろうが、同じことです。
そして、この考え方は世界共通のものです(韓国等を除く)。
したがって、日本はICAOの規定にある150mという距離を参考にして、実際の自衛隊機の運用にあたっては航空法施行規則の「水上又は水上の人又は物件から150m」以上の距離を取ることにしているのです。
これが防衛省が適用対象ではないICAOの規定を示した理由でしょう。
なお、国際上は最低安全高度がどのように決まっているのか不明ですが、ICAOの数値を少なからず参考にしていると思われ、少なくとも下記の事例では高度180m距離500m程度の飛行をアメリカは問題視していません。
過去のアメリカ海軍の認識「高度180m距離500m程度の接近飛行をされても全く脅威ではない」(JSF) - 個人 - Yahoo!ニュース:魚拓はこちら。
韓国側で防衛省の説明に難癖がつけられている
哨戒機映像公開の波紋続く…韓国軍「非紳士的な威嚇飛行」 :魚拓はこちら。
映像公開後、韓国では「150メートルまで近付いたことが威嚇的である」という言説が撒き散らされています。
※実際はもっと高い高度だったでしょう。
その中で「防衛省が示した資料は民間機の話であって、軍用機の場合は当てはまらない」という主張をして「だから日本の主張はおかしい」という論調もあります。
韓国レーダー問題、現地韓国の報道および反応
— パープル (@e0606503) December 31, 2018
1. 日本が公開した動画で船の上150mで低空飛行した時に国際規定(ICAO)守ってるって強調してるけど、それは民間飛行機の規定で『軍用機は除く』って書いてある上に、地上の話で船の上の話じゃねーよ。
キム教授は、「日本は高度150m低空飛行がICAO(国際民間航空機関)の規定を遵守したと主張したが、ICAOの規定は、軍用機ではなく、民間航空機にのみ適用される」とし「(私たちの落とし穴を監視する)軍用機の運用は安全保障問題にアプローチする必要がある」と述べた。
国際法の専門家であるギボムアサン政策研究院研究委員も「日本が無理を言っている」とし「ICAO条約3条を見ると、軍用機は除くと明確に規定されている。150mほどの低空飛行であれば脅威で感じることができる」と述べた。
自衛隊機がICAOの適用外であることは当たり前です。
同様の論調はネット上でも観測できます。
その点、すりかえをする人が多いんですよ。航空法、航空法施行規則、国際民間航空条約第2付属書などが150mの距離(または高度)を確保しろと言ってるのは、「衝突を防ぐため」であって、軍用機の脅威とは別の話なんです。
— yunishio (@yunishio) December 31, 2018
オレだったら、東京上空にB-29が飛んでたら高度10,000mでも脅威を感じますよw
領空侵犯の話と基本的に飛行は適法である公海上の話をすりかえている者が「防衛省は民間の話をしてすりかえている」と言っているのは滑稽ですね。
ここで見られるのは「軍用機の脅威と民間航空機の脅威は別の話だから、最低安全高度はもっと高くなるべきだ」という論点ずらしが行われているということです。
「軍事的脅威」と「民間航空機の脅威」は別?
「軍事的脅威を与えない高度」とは何か?それは論じる意味があるのでしょうか?
上記ツイートがいみじくも示唆しているように、いくら高度を高くしても「爆弾やミサイルが来るから脅威を感じる」ということになってしまいます。
何をもって「軍事的脅威」とするのかが決して確定されない話なので、誰もそういう話はしていなかったということに過ぎません。
それに最低安全高度は飛行の危険を判断するための基準の一つでしかありません。
その本質は「飛行物体と艦船が衝突する脅威」であり、この脅威は民間機であろうが軍用機(自衛隊機)であろうが変わりません。だからこそ日本は軍用機(自衛隊機)にも民間の最低安全高度の考え方を用いているのです。
危険な飛行か否かは防衛省の資料にもあるように飛行パターンによっても変わります。
民間航空機だろうが高度300mだろうが音速旅客機が上空を通過したら危険でしょう。
したがって、民間機と軍用機とで、最低安全高度を分けるべき必要はありません。
※追記:これはあくまでも「軍用機は民間機よりも高く飛ぶべきだ」という言説に対応したものです。実際上は軍用機に高度制限を設ける国際法規は無いのですから、安全保障上の必要から低高度の飛行をしても、それだけで非難されるいわれは本来はありません。
民間航空機だったらどうするのか?
仮に韓国側の「軍用機と民間機とで脅威は異なる」という主張があり得るとします。
しかしそうだとしても、クァンゲトデワンが火器管制レーダー(STIR)を照射したのは相手が民間航空機だった場合にはICAOの最低安全高度以上の距離を保っていた飛行物体に対するCUES違反になるということです。
脅威であるなら無線で警告したはずでしょう。
韓国軍は無線で相手の所属や意図を聞く前にレーダー照射したという、民間機にとって非常に恐ろしい行為をしているということです。
まぁ実際には自衛隊機だと認識した上で照射したでしょうが
防衛省の資料は、そういう効果もあると言えそうです。
まとめ:自衛隊機は国際的な安全基準を保っていた
- 防衛省の資料は自衛隊機がICAOの適用対象だと言うためのものではない
- レーダー照射事案は公海上で行われた
- 公海上は上空飛行の自由と航行の自由がある
- 各国はそれぞれの自由に配慮する必要があるため、最低安全高度を決めている
- 公海上の軍用機の最低安全高度を規定するものはない
- 公海上の最低安全高度を規定しているICAOに航空法・航空法施行規則は基づいている
- 最低安全高度の本質は飛行物体と対象物の衝突の危険
- 上記危険は民間機と軍用機とで変わらない
- だから自衛隊機はICAOの基準に従っている
- ICAOの基準に沿った飛行をしていた自衛隊機は何ら問題はない
今後も韓国側からどんどん非合理的な「非難」「論点ずらし」が出てくるでしょう。
そのようなものに惑わされないようにしましょう。
以上