こういうのはダメでしょう
- 「トランスジェンダーになりたい少女たち」に手作り帯?
- 出版社と取次店との委託契約の範囲の書店側の営業の自由か
- 契約の趣旨に反する違法行為ではないがアウトな行為と言うべき
- 元の帯の内容「性別違和を覚えたことの無い少女を後押しする者の存在」
- 出版社・書店の双方とも表現の自由の話ではないが、自由の基盤を毀損する行為
「トランスジェンダーになりたい少女たち」に手作り帯?
え……『トランスジェンダーになりたい少女たち』、おそらく手作りと思われる帯がついていたのですが…(蛍光ペンで文字にラインがひかれている)
— まるめ (@marumerumerume) 2024年4月2日
アライの書店員さんの苦肉の策なのか?(本は棚に一冊ささってるだけ。発売日前だからか、セルフ検索機には引っ掛からなかった) pic.twitter.com/XsNrTDw25h
アビゲイル・シュライアー氏の2020年の著作であるIrreversible Damageの邦訳本である【トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇】が脅迫を理由に大手書店で取り扱いが見合されている状況ですが、本書について、書店で勝手に帯が付けられていたという報告がSNSで上がっています。
このような行為が現実の店舗で発生したという事実関係を確認したわけではないですが、仮にそうだという仮定で論じていきます。
出版社と取次店との委託契約の範囲の書店側の営業の自由か
書店公式なのか一部書店員が書店にも内緒で行った犯行なのかは定かではありませんが、公式の行為の場合、結論から言うと委託販売という契約の範囲内での書店側の営業の自由の行使、ということになると思われます。
まず、本書店は大手チェーンの店舗であると報告者が語っているので、その場合の新刊書籍の一般的な販売形態は出版社と出版取次店からの「委託販売」に基づく扱いをしていることになります。
すると、出版・販売の商慣行上、このような場合には書店側に大きな裁量があるのが通常であり、オリジナルの帯や表紙をすべて覆う販売の仕方も行われている例が観測されています。
追記:当初は「委託契約」「受任者としての管理権の範囲内」と書いていましたが、通常の委託契約と「出版業界の委託販売」とでは内実が異なる場合が一般的なのでそれに伴い本稿の内容を訂正しています。詳しくは脚注参照。*1*2*3
【販売冊数50冊突破!】今月1日に知遊堂亀貝店に上陸した、謎の文庫『文庫X』。本日より、知遊堂オリジナルの帯を投入いたしました。お手にとってご一読いただければ嬉しいです!さわや書店様 @SAWAYA_fezan オリジナル帯も引き続きお借りして販売しております。【亀貝店/山田】 pic.twitter.com/hZPK2Zj3WR
— 知遊堂 (@chiyudo) 2016年10月12日
さわや書店フェザン店がスタートした、文庫にオリジナルの全面帯をまき、タイトルを伏せシュリンクした状態で販売する「文庫X」。 我々は谷島屋オリジナル帯にいたしました。この取組と本そのものに感銘を受け、ここ静岡の地でも追従いたします。 pic.twitter.com/QxkzMb1FcD
— 谷島屋書店(公式) (@yajimaya1872) 2016年8月11日
そうすると、棚に置いてあるだけで商慣行上の取り決めの趣旨には適っていると評価せざるを得ないはずです。必ずその本を販売しなければならない、という請負契約ではないですから。
また、書籍をバックヤードに保管しておいて要望があれば販売するという方法を採っている書店もありますが、この場合は表紙もタイトルも客に見せていないので、この場合もアウトということになるのは商慣行上、おかしなことになる気がします。
「入荷しているので取ってきます」とバックヤードへ走っていった。すぐに出てきて1冊渡された。変なことを聞くようですがと前置きしながら放火予告の件もあったので店頭に置いていないんですか?と尋ねると、販売しても良いけど店には置かないと指示があったそう。その女性は放火の事を知らない様子。
— 健康第一 (@LDVzp97eE58STCF) 2024年4月4日
次に、商慣行上、書籍の帯は「本そのもの」や「本の付属物」ですらなく、出版側が独自に付けている広告であるという扱いのようです。なので、帯を外した販売も許されています。
現実にも、出版側は店舗に置いてくれるだけ十分と考え、法的な問題にはしないと予想されます。
ただし…まぁアウトでしょう。こんなのは。
契約の趣旨に反する違法行為ではないがアウトな行為と言うべき
問題の帯は元の帯をそのままに、元の帯を覆う形で付けられています。
そこに書いてある内容は、産経新聞出版の本に対して集英社新書の著者を紹介し、その者の朝日新聞記事中の主張を引用した内容であり、かなり巧妙な姑息で陰湿な行為だと言えます。原文ママで文章を引用します。
2020年にアメリカで出版された『Irreversible Damage』(直訳では「不可逆的な損傷」)の日本語版。当初、KADOKAWAから『あの子もトランスジェンダーになった』の邦題で出版される予定だったが、昨年12月、刊行中止が決まり、その後、産経新聞出版が邦題を変えて出版することなった経緯がある。
著者のアビゲイル・シュライアーはアメリカのジャーナリスト。トランスジェンダーの子どもを持つ親などに取材して書かれた本だが、内容についてはアメリカでも賛否両論で、科学的根拠を疑う批判もある。
集英社新書『トランスジェンダー入門』などの著書がある群馬大学の高井ゆと里准教授(西洋哲学・生命倫理学)は、以下のように懸念を示す。
「読んでから判断したかった」との声も多いが、日本の社会にはトランスに関する正しい情報が不足し、差別をあおる言説や虚偽の情報が広がる。社会にリテラシーが蓄積されていない現状では、残念ながら「公平な議論」は容易ではない。(3/29朝日新聞より)
論争の的になっていることもあり、他の関連書を合わせ読んだり、批判的な見解にも注意しながら、慎重に読むことが期待される。
確かに「慎重に読め」と書いているだけで、「読むな」とは書いてません。
しかし、引用している文章は「読むな」という主張を前提としています。
「書籍の帯で競合出版社や媒体を引用+「読むな」という意見の紹介をする」
このような内容は販促にとってマイナスの効果を生んでいると言え、さらには書籍を利用して他の媒体の宣伝をしているという側面があります。
本来、書店側も取り扱うと決めた書籍については販促方向の扱いをするというのが期待された行動でしょう。
しかし、この独自帯では一般的には当事者同士の付き合い上の信頼関係が毀損され、本来的にはやって欲しくない行為だと言えるのではないでしょうか?
そのため、違法ではないとしても本来的には好ましくない行為であると言え、このようなものはアウトだ、という認識が広まるべきだと思います。
元の帯の内容「性別違和を覚えたことの無い少女を後押しする者の存在」
元の帯の内容を引用します。
「今年最高の1冊」エコノミスト誌、タイムズ紙(ロンドン)
ヘイトではありません
ジェンダー思想と性自認による現実です
KADOKAWA『あの子もトランスジェンダーになった』
あの"焚書"ついに発刊
「それまで違和感を覚えたことはなかったのに、学校やインターネットで過激なジェンダー思想に触れて傾倒した十代の少女たちがもてはやされている。そうした少女たちの後押しをしているのは、同世代の仲間たちのみならず、セラピスト、教師、インターネット上の著名人たちだ。だが、そんな若さゆえの暴走の代償はピアスの穴やタトゥーではない。肉体のおよそ四五〇グラムもの切除だ。(中略)いわばフォロワーになっただけの思春期の少女たちに、そのような高い代償を払わせるわけにはいかない」
(「はじめに」より)はじめに 伝染
①少女たち
②謎
③インフルエンサー
④学校
⑤ママとパパ
⑥精神科医
⑦反対派
⑧格上げされたもの、格下げされたもの
⑨身体の改造
⑩後悔
⑪後戻り
おわりに その後
「性別違和を覚えたことの無い少女を後押しする者の存在」「伝染」などの説明があるように、本書は「本当はトランスジェンダーではないのに、そうであると思いこまされた少女たちを紹介している本」だというのが帯から予想できます。
「トランスジェンダー」に関する書籍としては松浦大悟氏の【LGBTの不都合な真実 活動家の言葉を100%妄信するマスコミ報道は公共的か】がありますが、トランスジェンダーであると思いこませる者の現実がアメリカではあるのだ、ということを紹介する日本語の書籍は、ほとんど見られません。
出版社・書店の双方とも表現の自由の話ではないが、自由の基盤を毀損する行為
本件はSNSでは「表現の自由」の話だとして語られることが多いですが、出版社・書店の双方とも表現の自由の話ではなく、あくまで契約上の問題であり、憲法上の権利の話として論じるなら営業の自由の話です。
「書籍を取り扱わない」という判断もまた、営業の自由です。
しかし、そうした個別の権利の行使によって、言論を流通させることでより良い政策判断を促すという理念としての(表現の)自由の基盤を毀損しているという側面は意識されるべきではないでしょうか。
ただ、あくまで実店舗は「脅迫の被害者」であり、本来的には我々にとって情報を共有するための伴走者であるはずです。
「時が熱狂と偏見を和らげ、また理性が虚偽からその仮面をはぎ取ったあかつき」には、きっと本書は店頭に並ぶでしょう。その環境を整える一助を私たちは担えるはずです。
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*1:図書館のための出版キイノート2 委託販売と流通コードp97~99
>「出版業界の委託販売」は実売の有無ではなく、納品された時点で代金決済がなされており、商品の所有権も移転しているのです。ここまでは、買取仕入れの場合とまったく同じなのです。
>ところが、「出版業界の委託販売」で特異なのは、所有権が移っているにもかかわらず、一定期間内であればいつでも、供給元への返品(へんぴん)が認められているという事実です。(省略)
>「本来の委託販売」では、期限切れの不稼動在庫が返品されます。(省略)
>「出版業界の委託販売」では、返品作業が一定期間内で常態然となっており、その点が特異なのです。
>このように、「出版業界の委託販売」は、いったん売買の成立した商品を一定期間内の自由裁量で売り手サイドに差し戻すことができ、その商品の仕入れ価格と等価で返金してもらえるという、特殊な商慣行なのです。
>正確を期するならば「一定の期間内での買戻し条件が付いた買取り仕入れ」なのですが、出版業界のなかでは単に「委託販売」と呼ぶのが慣例となっています。
*2:なお、「買取仕入れ」の場合も所有権が書店側に移転しているので、排他的な権限でもって書店側が振る舞えることになります。
*3:通常の委託=委任契約の場合には委託の趣旨が問題になりますが、やはり出版・取次・書店の商慣行上、「販促」までは求められず、書店側に大きな裁量が与えられていることになり、結論は変わらないと思われます。