事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「安倍ヤメロ」やじ排除訴訟の判決文と北海道警の主張と表現の自由・選挙の自由

判決文を読んだ結果は…

※追記:令和6年4月22日現在、本件は男性に対する行為については札幌高裁で北海道が逆転勝訴しましたが男性側が最高裁に上告し、女性に対する行為については道側の控訴が棄却されたため道が最高裁に上告をするという状況になっています。

北海道警察によるヤジ排除への訴訟

2019年7月15日に北海道札幌市で安倍晋三自民党総裁(当時)の参院選の街頭演説中にヤジを飛ばした市民を警官がその場から引き離した行為などが違法だとして争われた訴訟。

これを「ヤジ」と呼ぶべきかというと疑問であり、より適切なのは国語的な意味での「連呼行為」ですが、実際の動画があるのでそれを見るとよいでしょう。

道警やじ排除訴訟 札幌地裁 原告側の訴え認め道に賠償命じる 03月25日 11時35分 NHK

3年前、札幌市で、当時の安倍総理大臣の街頭演説にやじを飛ばし警察官によって離れた場所に移動させられた男女2人が排除は違法だと訴えた裁判で、札幌地方裁判所は原告側の訴えを認め、道に賠償を命じる判決を言い渡しました。

~省略~
これまでの裁判で原告側は「具体的な危険がないのに排除を行った警察官の行為は違法で、政治批判の機会を無理やり奪われたという表現の自由の侵害は極めて重大だ」などと主張したのに対し、被告の道は「やじに反発する聴衆との間で暴行事件などの危険がさしせまっていたため移動させたのであって、警察官の行為は警察官職務執行法に基づいていて適法だった」などとして訴えを退けるよう主張していました。

1審札幌地裁では原告が勝訴。

裁判官は廣瀬孝、河野文彦、佐藤克郎です。

北海道は控訴しています。

やじ排除訴訟で北海道控訴 警察官職務の是非高裁へ - 産経ニュース

結論から言うと、これは警察側=北海道側の主張がおかしく立証が不十分だったせいでこの結果になったと思います。

なお、排除された本人らから、警察官らの行為が特別公務員職権濫用罪・特別公務員暴行陵虐罪等にあたるとして告訴が為されていましたが、検察審査会からは「不起訴相当」の判断がそれぞれ出ています。

【速報】道警「ヤジ排除」にまたお墨つき|札幌検審が「不起訴相当」議決 | HUNTER(ハンター)

ヤジ排除、また警官不問に|機能不全・検察審査会が2度目の「相当」議決 | HUNTER(ハンター)

この判断は警察官らの行為の適法性判断とはまた別個の事柄(刑罰に値するか否か)についてのものなので、訴訟の判断とは必ずしも矛盾関係に立つものではありません。

ヤジ排除訴訟の判決文と表現の自由

やじ排除訴訟の判決文の日付と事件番号は以下。裁判所HPには掲載されていません。

札幌地方裁判所令和4年3月25日判決 令和元年(ワ)第2369号

追記:「原告らなどによるネット上での掲載もなく、出回っていないようです。」と書いていましたが、札幌地裁で勝訴しました(要旨・判決文あり) – ヤジポイの会にて掲載を確認。

追記2: https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=91107で公開。

この訴訟では、各原告に対する警察官の3つの行為(原告2名なので全部で6つの行為)が違法だと主張され、警察側(北海道側)は、警察官職務執行法上認められた行為として適法であるとして争われ、1つを除いて違法と判断されました。

特に「安倍ヤメロ」の最初の発言時の状況に関する、ある警察官の証言が、主張の根拠の一つとして主張されていたのですが、証言に現れている現場の状況が、動画からうかがわれる実態から乖離していることが認定されています。

表現の自由侵害は、その後の損害算定の根拠として主張されていますが、今回の一連の言動が常に許されるのだ、などという判決ではなく、警察官らの行為が法律上適法であれば侵害が許容されるのですが、その主張は結果的に認められず、国賠法1条1項に該当すると判断されました。

その中においては表現の自由のみならず、移動・行動の自由、名誉権、プライバシー権についても侵害されたとされています。

原告大杉雅栄らに対する警察官の行為とヤジの内容

証拠には動画が多く用いられていたようです。SNS上の動画が多く事実認定で使われているのがわかります。
※証拠自体は裁判記録を読んでないので確認できないので記述は省略)
※原告1と2に対する行為に関する以下の記述は連続しています

原告1は大杉雅栄 氏ということがわかっています。

第4 当裁判所の判断

1 認定事実

~省略~

(3) 警察官らの原告1に対する行為(掲記した証拠はいずれも動画である。)

ア 安倍総裁は、JR札幌駅前の演説車両上で、街頭演説を行った。

 原告1は、午後4時40分頃、別紙3の地点1から「安倍やめろ」、「帰れ」などと声を上げた。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、地点1において原告1の方や腕をつかみ、そのまま少なくとも地点2の付近まで移動させた(以下、この警察官らの行為を「本件行為1(1)」という。)

この本件行為1(1)が、上掲ツイートで添付した動画のシーンです。

また、後掲の動画の最初の方にも登場します。

イ 原告1は、北5条手稲通の横断歩道を渡り、南側の歩道の手前付近から西方向に走り出した。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、別紙3の地点4で原告1を正面から抱き留めて制止した上、肩や腕をつかみ、そのまま地点5まで移動させた(以下、この警察官らの行為を「本件行為1(2)」という。)

ウ その後、安倍総裁は、札幌三越前まで移動し、同所の演説車両上で街頭演説を行った。

 原告1も、札幌三越前まで移動し、午後5時30分頃、別紙4の地点6から「安倍辞めろ」、「ばか野郎」などと声を上げた。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、地点6において原告1の肩や腕をつかみ、そのまま地点7まで移動させた(以下、この警察官らの行為を「本件行為1(3)」という。)

この顛末もあったということは、判決文で初めて知りました。

警察官らの本件行為1(2)は、適法とされました。

以下から原告2(女性)に対してです。

原告桃井希生に対する警察官の行為とヤジの内容と現場図

(4) 警察官らの原告2に対する行為(掲記した証拠はいずれも動画である。)

ア 原告2は、安倍総裁の札幌駅前での街頭演説(上記(3)ア)において、午後4時45分頃、別紙5の札幌駅南口広場の地点<1>から「増税反対」などと声を上げた。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、原告2の肩や腕などをつかみ、地点<2>を経て、少なくとも地点<3>まで移動させた(以下、これらの警察官らの行為を「本件行為2(1)」という。)

上掲動画では5分5秒くらいから、原告2の女子大生である桃井希生 氏の事案が触れられています。

「自民党反対でーす」という声も聞こえます。この発言は裁判所の判断部分で認定されています。

イ 原告2は、その後、札幌駅南口広場から西に向かって移動し始めた。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、原告2の両側からその両腕に手を回すなどした上、原告2が広場の南側の「聴衆エリア」(別紙5)には行かないように、原告2を引き留めて制止した。

 原告2は、札幌駅南口広場から、別紙6のTSUTAYA札幌駅西口店まで徒歩で移動したところ、警察官らは少なくとも同店の入口付近まで追従し、もって原告2に付きまとった(以下、これらの警察官らの行為を「本件行為2(2)」という。)

ウ 原告2は、TSUTAYA札幌駅西口店を出て、TSUTAYA札幌大通店付近まで徒歩で移動した。

 これに対し、周辺にいた警察官らは、札幌大通店付近まで追従し、もって原告2に付きまとったほか、その途中で、少なくとも原告2の腕に触れるなどの接触行為に及んだ(以下、これらの警察官らの行為を「本件行為2(3)」という。)

裁判所は各発言を「連呼した」だとか「繰り返し叫んだ」などと表現はしていませんが、動画からは明らかで、単に単発的に当該発言が主張されたというように読める記載をするのはスッキリしないものを感じます。

ここでは実際に動画が出回っている「本件行為1(1)」と「本件行為2(1)」を中心に書き、補足的に「本件行為1(2)」について触れるにとどめます。

なお、現場を図示した別紙3~6について添付します。

北海道警察の主張「警職法4条1項・5条」

連呼(判決文ではこの表現ではないが)に係る「本件行為1(1)」と「本件行為2(1)」について、北海道警察は、警察官職務執行法4条1項と5条にあたるため適法であるという主張をしていました。

(避難等の措置)
第四条 警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。

(犯罪の予防及び制止)
第五条 警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。

しかし、4条の「通常必要と認められる措置」は人の「生命」「身体」への危険または「財産」への重大な損害を及ぼすおそれのある事態において、「危害を受ける虞のある者」に対して、「特に急を要する場合」に限定されています。

なので、警察側も原告1=「大杉氏の生命身体が危害を受けるおそれがある」という構成で主張していました。そのため、現実と乖離した妙な主張となっていたのだと理解できます。

5条も、犯罪行為が大杉氏によって行われようとしていた、という主張以外は4条の場合と概ね似通った主張となり、無理が生じています。

たとえば、警察側=北海道側の主張内容は、「(原告が)興奮状態で絶叫し、聴衆に向かって前進」(認定されず)といったものや、証人として呼ばれた警察官が「ポケットやバッグなどから投てき物を取り出し、安倍前総理に向かって投げつけたり、更には、刃物やナイフなどの凶器を取り出す危険性というものを認めました」などと証言していましたが、裁判所からは証言は信用できないと評価されました。

裁判所はさらに「警察官らの行為は、原告らの表現行為の内容ないし態様が安倍総裁の街頭演説の場にそぐわないものと判断して、当該表現行為そのものを制限し、また制限しようとしたものと推認せざるを得ない」とも指摘しています。裁判所が秋葉原での安倍氏の「こんな人たち…」発言について前提事実として取り上げていることからは、「街頭演説」の場というだけでなく「安倍総裁の」という点を警察官らが念頭に置いていたのだというニュアンスが感ぜられます。

正直、これは最初から被告=警察側の主張の構成に無理があり(現場での対応にも問題があったかもしれない)、だからこそ警察側の主張内容・証言内容も不合理なものとなってしまったのではないか、と思います。

適法とされた本件行為1(2)については、以下判断されています。

 原告1は、北5条手稲通の横断歩道を南に向かって渡り、南側の歩道の直前で、安倍総裁のいる演説車両に向かって突然走り出したものである。原告1のかかる行為は、単に歩道上で立ち止まって声を上げるなどといったこれまでの行為とは異なり、演説車両に接近するという物理的な動作を伴い、なおかつこれに向かって突進するというものであって、これを現認した警察官らにおいて、原告1が演説車両の周囲にいる関係者に体当たりやその他の暴行をしたり、演説車両上の安倍総裁その他の関係者に物を投てきしたりするおそれを抱いたとしても、特段不自然、不合理というものではない。

~省略~

 (3) 以上によれば、本件行為1(2)は、警察官らにおいて、「犯罪がまさに行われようとする」のを認め、その行為により「人の生命若しくは身体」に危険が及ぶおそれがあって、「急を要する」場合において、必要な限度で有形力を行使したものというべきである。

公職選挙法上の演説妨害の犯罪事実を主張しないのか?

ところで、警職法4条1項と5条は「自由」に対する危険が対象ではありません。本件でも警察側=北海道側は「自由」への危険は主張していません。

自由、すなわち「選挙の自由」ないし「聴衆が演説を聞いて主張を知る権利」への危険から聴衆の自由を守る職務が警察にはあり、それを遂行しただけなのだ、という主張の可能性はあるのでしょうか?

7月18日の朝日新聞では、道警が排除行為の法的根拠から公選法違反を挙げていたところ、「事実確認中」と見解を変えたことが報道されています。

実際、判決文中でも警察側=北海道側は公選法違反行為を主張していませんでした

第4 当裁判所の判断

~省略~

8 争点(7)(損害発生の有無及びその額)

~省略~

 (1) 表現の自由侵害(原告1及び2)

~省略~

  ウ 最も、表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けるものである。

 しかし、この点につき被告は、原告らの表現行為自体が、例えば安倍総裁及びその関係者らの選挙活動をする自由を侵害しているとか、聴衆において街頭演説を聞く自由を侵害しているなどといった特段の主張はしておらず、ただ警察官らの行為が警職法4条1項、5条等の要件を充足するとの主張をしているにすぎないし、しかも、これまでみてきたとおり、かかる主張はいずれも採用することができない。

裁判所は、このように指摘しています。「なんで主張しないの?」と、暗に言っているようにも読める気がしますが…

警察がそれらを主張しなかったのは「自由」への侵害の場合に「制止」を認める明示的な規定が存在していなかったからです。

犯罪検挙と犯罪予防の狭間で揺れる警察官

警職法4条1項や5条で「自由」が保護の対象から外れているのは、民事不介入の原則があることや、沿革的に本条が旧行政執行法1条1項後段の「予防検束」が濫用されて自由への侵害が多発した歴史から要件を厳格化した経緯があるからと思われます。

反対に、警察官は犯罪予防も職務であるから、適切な防止措置を講じない場合にも違法になります。そのような状況になるまで座して待てと言うことは警察官に対して不合理な行動を強いることになりかねません。

選挙に関するものではたとえば法定外文書の頒布を現認した警察官が尾行をして証拠収集して検挙した事案において(福岡高判昭和55年10月28日(判例集未搭載))、捜査の過程で職務質問や警告をなすことができたのにそれを行わなかったことは不適切だったとされました。ただし、文書頒布に関する犯罪の成否についての判断は必ずしも容易でない点もあることなどに照らせば警察官が職務質問などに消極的であったことも理解できないわけでもない、等を理由として警察官の行動は違法ではないと判断されています。

明文の規定がなくとも任意手段にとどまる限りは適法な場合があることを示したものとして、自動車検問(一斉検問)の適否について警法2条1項が「交通の取締」を規定していることを参照して(道路交通法の具体的規定ではない)任意手段にとどまるものは適法と判断した【最高裁判所第三小法廷決定 昭和55年9月22日 昭和53(あ)1717】がありますが…

…自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである

今回の「やじ」排除のために取られた手段としての排除行為は任意手段と言うことはできないので、やはり主張に無理が出てきます。

選挙における演説妨害を禁ずる公職選挙法

本件は、もしかしたら公選法上の犯罪である「演説妨害」の実質を備えていた可能性があり、それに至った段階で現行犯逮捕すればよいのではないかとも思われますが、その場合には司法巡査が現行犯逮捕したら司法警察員に引致しなければならないところ(刑事訴訟法205条)、本件ではそのような事実はありません。今となっては、仮に現行犯逮捕の構成であれば司法巡査が引致を怠った違法となりますし、これまでの警察の主張とも大きく異なります。

公職選挙法

(選挙の自由妨害罪)
第二百二十五条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。

二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。

では、【演説妨害の犯罪が成立していることを現認したが、逮捕ではなく、警職法5条の制止行為という手段を採ったのだ】、という主張は可能でしょうか?

犯罪が発生した後には本条の措置を採り得ないという時間的限界を意味するものではない(大コンメンタール警察官職務執行法)とされるため、それ自体は可能でしょう。

今回のヤジ排除訴訟の札幌地方裁判所は「念のため検討」として、原告らの表現行為の内容・態様が差別意識や憎悪等の誘発・助長、生命身体に危害を加えるものではなく、選挙演説自体を事実上不可能にさせるものでもないとしています。

ただ、「演説妨害」については、演説をしている者に対するものでなくとも、最高裁判所第3小法廷 昭和23年12月24日判決 昭和23年(れ)第1324号 において、「全聴衆の耳目を一時被告人に集中させた」行為に関して、「演説自体が継続せられたとしても…聴衆がこれを聴取ることを不可能又は困難ならしめるような所爲があつた以上、これはやはり演説の妨害」とされており、札幌地裁はこの点からの判断を示していません。

今回の事案では少なくとも周囲の聴衆が発言者の方向に目を向けており、声の大きさからは一定の範囲では演説を聴き取ることが困難であると言えるから、どうだろうか?

なお、現行犯罪の制止のために警職法5条の「制止」措置を採るためには、警職法5条後段の要件(人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞(「急を要する」は現行犯罪であるため当然にして不要))は不要と解されているのが判例通説です。
※東京高等裁判所判決 昭和47年10月20日高集25巻4号461頁を維持した最高裁判所決定 昭和49年7月4日判時748号26頁

この場合に公務員の告発義務との関係が気になりますが、たとえば以下の理解があり得ますし、実際上も、捜査機関が厳密にいえば犯罪行為と思われる行為を現認してもそのすべてを告発してはいないでしょう。

公務員の告発義務について | 弁護士法人 青山法律事務所

それでは、十分な調査により犯罪があると思料された場合でも、告発をしなくても良い場合はあるのでしょうか。次の場合は、告発をしなくても良いとする見解もあります。

①行政目的の適正・円滑な達成のために設けられている行政的な取締罰則に基づいて告発をしたためにかえって当該行政目的の達成が阻害されるような場合

②告発を行うことが、当該公務員の属する行政機関にとって、行政目的の達成(又は行政運営)に極めて重大な支障を生じ、そのためにもたらされる不利益が告発をしないで当該犯罪が訴追されないことによって生じる不利益より大であると認められるような場合

③告発により地方公共団体の重大な利益を害する場合

もっとも、告発が義務である以上、裁量により告発しなくても良いということにはなりませんのでご注意ください。

民主政治の基盤である選挙において演説妨害を禁ずる公選法

演説妨害の犯罪が未だ成立しているに至っていないとされた場合には、上掲のような構成は取れません。個人的には、新たに立法して公選法に明文で演説妨害の犯罪予防のための制止行為を規定しても良いのではないかとも思います。

警察官職務執行法

(他の法令による職権職務)
第八条 警察官は、この法律の規定によるの外、刑事訴訟その他に関する法令及び警察の規則による職権職務を遂行すべきものとする。

「その他に関する法令」による職務ですが、警察官には投票所への立ち入り権限以外には一般的な権限しか与えられていないように見えます。

公職選挙法

(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保しもつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。

(選挙取締の公正確保)
第七条 検察官、都道府県公安委員会の委員及び警察官は選挙の取締に関する規定を公正に執行しなければならない。

街頭演説をする者にも表現の自由があります(選挙における特別の許可を得て演説しているので「選挙の自由」として把握される)。その自由が満足を得るには主張が聴衆に伝わらなければ意味がありません。

選挙運動において、候補者の情報を伝える演説・応援演説は、それが候補者の主張が有権者に伝わることで投票判断を左右するものとして民主政治の基盤と言えるのであり、単に個人の権利利益の満足にとどまらず、公の秩序の観点からもその実効性確保の要請が働いているとも言えるでしょう。

選挙にとどまらず、許可を得た街頭演説で聴衆が集まる場において、何ら許可を得ていない反対論者が出現した場合、類型的に争いが生じやすい状況であると言えるでしょうから、特に選挙の場合に警察官に特別の権限を付与する規定を設けたとしても妥当ではないでしょうか?

これは「予防検束」の弊害を考慮したとしても肯定されると思います。

もともと、警職法も「生命」「身体」「財産」だけでなく、「犯罪の予防」「公安の維持」「他の法令の執行等」もその職務であるとしています。警察法でも「公共の安全と秩序の維持」が掲げられています。

警察官職務執行法

(この法律の目的)
第一条 この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。
2 この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

警察法

(警察の責務)
第二条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

通常の雑踏の中で大声で叫んでいるような場合と異なり、選挙演説の周囲の聴衆が集まっている場というのは、異なる扱いが為されるべきでは?

もっとも、それでも「排除前に声掛けをしたのか」「安倍ヤメロ、などと言ってからどれくらいの間に排除を始めたのか」といった点が考慮されて然るべきと思われます。
※判決では原告1,2いずれに対しても「表現行為を開始してからわずか10秒程度で」とされている。

仮にですが、2,3回、政治的な主張を肉声で叫んだだけなのに、声掛けもなく、突然肩や腕を掴んでその場からの引き離しを始めた、ということであれば、この立場でも違法とされるべきだと思います。

なお、その後の「付きまとい」については、ここで述べたことは対象外です。

正々堂々、「選挙の自由妨害」を主張すべきでは?

警察側は、演説妨害の犯罪が成立しているかは不鮮明であるために、犯罪予防であると構成し、原告の言動に対して警職法上の要件に照らして「生命身体への危険」を主張したのでしょう。

しかし、裁判所も認定してる動画に現れた事実ですが、警察官らは「選挙の自由妨害する」などと原告に話しかけています。

実際の現場ではそういう判断の下に原告らを排除したのだから、この際、正々堂々とその筋の主張をすべきなんじゃないでしょうか?

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