事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

関釜裁判判決文での慰安婦制度の事実認定と韓国人原告の供述の信用性

関釜裁判

判決の扱いに関する理解を歪ませる言説があります。

関釜裁判判決と韓国人慰安婦原告らの訴訟

関釜裁判とは、韓国在住の韓国籍の女性らが日本国に対し、慰安所に不任意に連れていかれ、慰安婦として長期間にわたり多数の軍人との性交を強要され、暴行を受けるなどしたことにより、精神的損害等を被ったと主張した事案です。
(女子挺身隊への動員において過酷な労働によって損害を被ったと主張する原告もいたがここでは捨象する)

主に韓国の釜山市在住の原告から山口地方裁判所下関支部に提訴された訴訟のため、「関釜裁判」と呼ばれています。

各審級の判決の日付と事件番号は以下のようになっています。

山口地方裁判所下関支部 平成10年4月27日判決 平成4年(ワ)349号 平成5年(ワ)373号 平成6年(ワ)51号

広島高等裁判所 平成13年3月29日判決 平成10年(ネ)278号 平成11年(ネ)257号

最高裁判所第三小法廷 平成15年3月25日決定 平成14年(オ)608号 平成14年(受)620号

一審(裁判官 近下秀明 盛實将人 上寺誠)では慰安婦に対する救済立法の不作為は人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性から違法であるとされましたが、二審の広島高裁では一審判決を取り消し、原告らの請求を認めず、最高裁でも門前払いされました。

しかし、一審判決の法理と事実認定における記述のみが、原告らとその代理人弁護士らによって喧伝されているという実情があり、SNSでも誤解が振りまかれています。

例:関釜裁判を支援する会魚拓)⇒一審判決文は掲載されているが、控訴審判決は要旨のみ。一審で勝って控訴審では負けた場合の活動家らのサイトによくある光景。

したがって、本稿ではその誤解に絞って高裁の判決文を引用しながら解説します。

関釜裁判と慰安婦制度に関する事実認定の問題と誤解

関釜裁判と慰安婦制度に関する事実認定の問題と誤解は多方面にわたります。

慰安婦制度の一般的事実と原告らの被害という個別事実

本件では一審も二審も、「慰安婦制度の実態」という一般的事実と、「慰安婦原告らの被害実態」という個別の事実を分けて記述しています。この「一般的事実」に関する認定と「個別の事実」に関する認定が混同されている例があります。

世間的に問題視されたのは一審の「慰安婦制度の実態」という一般的事実に関する事実認定における記述ですが、一審の中では以下の段階に分かれて記述されています。

  1. 当事者間に争いのない事実
  2. その他の証拠と合わせて認められる事実
  3. 立法不作為の違法を検討するべき理由の中で言及された事実

1番の直後に2番が書かれていますが、3番は少し離れた個所で記述されています。

控訴審では一審で認定した事実のうち、「当事者間に争いのない事実」以外は認定されていません。

当事者間に争いのない慰安婦制度の一般的事実

当事者間に争いのない事実は以下です。高裁判決文のものを引用します。

第三 事案の概要

~省略~

 三 前提事実

  1 一審原告ら(元従軍慰安婦)関係

   (一) 慰安所は、昭和七年にいわゆる上海事変が勃発したころ、同地の駐屯部隊のために設置されたのを始めとして、そのころから終戦(昭和二〇年八月)まで、広範な地域に慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在した。慰安婦は、日本人を除けば、朝鮮半島出身者が多かった。慰安婦の募集は、軍当局の要請を受けた経営者の依頼により、あっせん業者らが当たることが多かったが、その場合でも、業者らが甘言をろうし、あるいは畏怖させるなどし、本人たちの意向に反して募集する場合が数多く、また、官憲等が直接これに加担するなどの場合もみられた。旧日本軍は、業者が慰安婦等を船舶等で輸送するに際して、慰安婦たちに身分証明書等の発給を行い、あるいは、慰安婦たちが軍の船舶や車両によって戦地に運ばれた場合もあった。慰安所は、多くが民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接これを経営していた事例が存在し、民間業者の経営に係る場合においても、旧日本軍において、その開設に許可を与え、あるいは施設を整備したり、慰安婦やその施設の衛生管理のために、慰安所規定を設けて、利用者の階級等によって異なる利用時間を定め、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めるほか、軍医が定期的に慰安婦の病気の検査を行うなどの措置を採り、さらには慰安婦に対して外出の時間や場所を限定するなどしていたところもあった。慰安婦らが、敗走という混乱した状況の下で、現地に置き去りにされる事例もあった(争いがない)。

慰安婦には「日本人」(内地人)が相当数居たこと、衛生管理をしていたことや、「旧日本軍」と「官憲等」と分けて記述されているのがわかります。

「強制連行」の【主体】については「日本政府や日本軍」がそうであったという証拠はないというのが現状です。むしろ、朝鮮半島の現地の女衒が主であっただろうというのは様々な証言や当時の現地新聞の報道などから推察されます。

もちろん、慰安婦には内地人(日本人)・朝鮮半島出身者(朝鮮人)・支那人・その他国籍が居たところ(朝鮮人は当時日本人だった)、軍が管理している慰安所における暴力や、そこに居る女性が不任意に連れてこられていた事例があったというのは、日本側に道義的な責任があるといえるでしょう。

しかし、それは「慰安婦=性奴隷」ということを意味しません。一般的標準的事実と個別の痛ましい事件を混同させる手法が使われているのです。

慰安婦は契約に基づいていた」とする学術論文がラムザイヤー教授から出ています。これに対して「無効な契約だ」「歴史修正だ」などとしてバッシングが起こっていますが、このような言説も、一般的標準的事実と個別の被害を混同させています。確かに芸娼妓契約は戦後、公序良俗に反して無効とされたのですが、「契約が不存在・不成立」であることと「契約は成立しているが無効」ということは、まったく別の話です。

「慰安婦=性奴隷」説を否定する論文が発表:ハーバード大J・マーク・ラムザイヤー教授

ラムザイヤー論文批判文書の効用と批判者に対する疑問

広島高裁と山口地裁下関支部の原告らの被害という個別事実

原告らの被害という個別事実についても、一審判決で認定されたものと高裁のものとではズレがあります。同じ原告に関して、例えば以下の違いがあります。
(人物名の表記はシステム上のものを使っているため匿名。記載内容から同一人物と同定しています。)

一審判決

(一) 原告甲花子の陳述

(1) 原告甲花子は、大正七年(一九一八年)、現韓国全羅南道木浦市で生まれた。家は貧しく、茅葺き部屋二つであった。同原告は、一九歳であった昭和一二年(一九三七年)の春ころ、現韓国全羅南道光州市で呉服屋を経営していた社長宅に住み込みの家政婦として働いていたが、買い物のために外出したとき、洋服を着た日本人と韓国式の服を着た朝鮮人の二人の青年から、「金儲けができる。仕事があるからついてこないか。」と声をかけられた。同女は、当時としては婚期に遅れた年齢にあり、金儲けがしたいと思っていた矢先であったので、どんな仕事をするかわからないまま、彼らを信用してついて行くことにした。同女は、朝鮮の港から大阪に連れて行かれ、大阪で一泊した後、再び船に乗せられるなどして、上海に連れて行かれた。

(2) 同女は、上海のアメリカ人かフランス人の租界区の近くにある「陸軍部慰安所」と書かれた看板が掲げられている長屋に連れて行かれた。同女を勧誘した日本人の男性が慰安所の主人であった。右長屋は、人が二人やっと寝ることができる程度の広さの、窓がない三〇室位の小部屋に区切られており、同女は、その一部屋を割り当てられた。同女は、右部屋で炊事・洗濯の仕事をさせられるものと思っていた。しかし、右長屋の一部屋を割り当てられた翌日、カーキ色をした陸軍の服を着た日本人の男が部屋に入ってきて、同女を殴って服を脱がせたため、同女は悲鳴を上げて逃げようとしたが、部屋の戸に鍵がかかっており、逃げることができなかった。

(3) 同女は、その翌日から、右部屋において生理のときを除いて毎日朝九時から夜二時くらいまで、軍人との性行為を強要され続けた。慰安所の主人の妻が軍人から金をもらっていたが、同女は一度も金をもらったことはなかった。同女は、軍人の相手をしたくなかったので、炊事・洗濯などの仕事をしていた「チョウさん」という中国人夫婦の手伝いに時々抜け出したり、主人に対して、炊事・洗濯だけの仕事をさせてくれるよう懇願したが、その都度、激しく殴られ、生傷が絶えなかった。同女は、ある日、どうしても耐えられず、慰安所から逃げ出したが、主人に見つかって連れ戻され、炊事場で、主人から、長さ約五〇センチメートルの樫の棍棒で体中を激しく殴られ、最後に頭を殴られ大出血をした。このときの頭の傷が原因で、同女は、現在も、雨降りの際に頭痛がしたり、時々頭が空白になる症状に悩まされている。

(4) 終戦後、慰安所の主人も軍人らも、同女だけを慰安所に残したままいなくなった。残された同女は、建物を壊したり放火していた中国人から危害を加えられるのではないかという恐怖の中、チョウさんの奥さんに匿われた後、上海の埠頭まで連れて行ってもらった。同女は、埠頭で三日間乞食のように野宿をして帰国船を待ち、ようやく帰国船に乗って釜山に帰り着き、故郷に帰ることができた。故郷では、父親は怒りや悲しみのために「火病」で亡くなっており、同女は、生きていた母親には上海に行って軍人の家で炊事などをしたと嘘を告げた。

(5)同女は、釜山挺身隊対策協議会へ被害申告をするまで、従軍慰安婦であったことを隠し通し、本件訴訟提起後に際して初めて実名を公表した。

これが高裁判決では以下のようになっています。

控訴審判決

(3) 一審原告X3は、昭和十二年ころ、日本人と朝鮮人の青年から「金もうけができる仕事があるからついてこないか」と誘われて、これに応じたところ、釜山から船と汽車で上海まで連れて行かれ、窓のない三〇くらいの小さな部屋に区切られた「陸軍部隊慰安所」という看板が掲げられた長屋の一室に入れられた。そして、同所で、毎日朝九時から夜二時ころまで軍人の相手をさせられ、一か月に一回くらい病院で軍医の検診を受け、注射をされたが、ある日慰安所から逃げ出したところ、慰安所の主人から連れ戻された上、樫の棍棒で身体中を殴られ、頭の傷を七針縫うほどの大けがをした。

 同一審原告は、終戦後、慰安所で働いていた中国人の世話になるなどして、上海から船で帰郷し、農業、家政婦などをして暮らすようになったが、雨が降ると頭が痛くなり、時々意識が空白になることがあった(甲五)。

一審の認定事実には、「事実」の対象ではない原告の心情が含まれていたり、供述のみで認定するのがあり得ない細かい事情(「カーキ色をした陸軍の服を着た日本人の男」などは、なぜ一度だけで日本国籍の者と分かるのか)や、「被害」とは無関係な事情が事細かに叙述されているのがわかります。別の証拠によって原告の記憶・供述の信用性を立証するために詳細な事実を書くということでもないということに注意。

対して、高裁の認定はある程度「固い事実」に絞って認定されているのがわかります。頭の傷などは実際に見ればわかるハズのものですし、ほかの事実も自身の身の回りの事情として自分の視点で把握しているものであり、記憶が比較的正確に残るものだろうと判断されたと思われます。裁判官が法廷で職権で原告に尋問をして信用性を確かめたのかもしれません。

訴訟上の認定事実と歴史的科学的事実:被告=国が反証しない事案

高裁では認定されていない事実に関してなので本来は無視できる話ですが、一応触れておくと、訴訟上の認定事実と歴史的科学的事実が同じということには必ずしもなりません。

特に、本件では被告=国が事実に関して反証を一切していないという事情があります。こうしたケースは稀にありますが、それは事実認定以前に、そもそも原告の主張の根拠となる法律が適用される場合ではない、という立場をとる場合に見られます。

最近の事例だと、韓国の裁判所において慰安婦への賠償をしろと日本政府が訴えられた事案において、国際法上の「主権免除」を日本国が主張して事実関係についての反証をしなかったものがあります。

韓国地裁、日本資産差押えは主権免除の国際法違反:隠されたギリシャ特別最高裁判決 - 事実を整える

関釜裁判において被告=国が事実関係についての反証を行っていない理由は以下で書かれています。

第174回国会 法務委員会 第11号平成22年5月11日

○千葉国務大臣 今申し上げましたようなことの繰り返しになりますけれども、主に、原告の請求というのが戦時中の不法行為責任を問うということでございます。しかし、それに対しては、その当時前提となっていた国家無答責、これは、国家賠償法施行前は国または公共団体の権力的作用について国の賠償責任は否定されていたという実体法上の法理がございます、これを適用して主張している。それから、除斥期間の経過、これは御承知のとおりでございます。それから、平和条約等により請求権が放棄をされているんだ。こういうことがございますので、こういうことを主張することによって、もう事実関係に入るまでもなく、当然のことながら、これらの理由から請求は棄却をされるべきだという主張をしているということでございます。

  1. 戦前は国家無答責
  2. 除斥期間の経過
  3. サンフランシスコ平和条約とそれをベースにした日韓請求権協定等によって韓国人の日本国に対する請求権が放棄されている

これらの事情により、結局高裁では「原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない」とされました。
もっとも、事実についての認定をまったく行っていないのではなく、必要な前提事実については認定しているというのは前述のとおり。

日韓請求権協定については一般の法律用語とも異なる用語法が用いられていることから誤解が多く振りまかれていましたが、以下で整理しています。

山口地裁下関支部と広島高裁の認定事実のズレと確定事実

山口地裁下関支部は、原告らの個別の被害事実とは異なる、慰安婦制度に関する一般的な事実について、当事者間に争いのない事実の直後に別途事実認定をしています。

ただ、その部分の記述は争いのない事実と重複するものがあったり、「自由もない、痛ましい生活を強いられていた」などと、事実ではなく評価に属する内容の記述が混在していたりと、非常に違和感のあるものとなっています。

また、一審は高裁・最高裁と異なり、立法不作為の違法を判断すべきとしたため、そのために「人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性」を認定するために別途事実認定をしており、そこにおいて「従軍慰安婦制度」全体について以下のような言及をしています。

そして、従軍慰安婦制度が、原告らの主張するとおり、徹底した女性差別、民族差別しそうの現れであり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、しかも、決して過去の問題ではなく、現在においても克服すべき根源的人権問題であることもまた明らかである

~省略~

まさに性奴隷としての慰安婦の姿が如実に窺われるというべきである

こうした記述部分が、原告の支援者らによって「裁判所がこのように認定したのだ!」というように喧伝されているところです。

高裁の事実認定では省かれていることを隠しながら。

一審における原告らの供述の信用性判断の異常性

また、本件では被告=国が反証していないので、原告らの被害事実についてはほぼ原告らの主張に頼らざるを得ないのですが、それがすべて供述のみに基づいており、客観証拠による補強がなされていないため(証拠として提出はされていたのかもしれないが、判決文上そのような関係を認めることができない)、その供述の信用性が問題になります。刑事事件とは異なり、このような場合でも証拠能力(証拠方法として採用するための適性・資格)が否定されることはあまりなく、証明力(証拠資料が要証事実の認定に役立つ程度)が問題となるにとどまります。

高裁では、そもそも請求の根拠となる法律が適用されないとしたためにこの点の判断は不要になったのですが、地裁はこの点に言及しています。

一審判決文

第二 事実問題

 一 従軍慰安婦制度の実態及び慰安婦原告らの被害事実

~省略~

2 慰安婦原告らの被害事実

 反証はまったくないものの、高齢のためか、慰安婦原告らの陳述書やその本人尋問の結果によっても、同原告らが慰安婦とされた経緯や慰安所の実態等については、なお明瞭かつ詳細な事実の確定が殆ど不可能な証拠状態にあるため、ここでは、ひとまず証拠内容を摘記した上、末尾においてその証拠価値を吟味し、確実と思われる事実を認定することとする。

 (一)原告甲花子の陳述

~省略~

このように、一審は「事実の確定が殆ど不可能な証拠状態」にあるということを認めています。そして、供述の信用性があることの根拠として以下記述しています。

 (四) 慰安婦原告らの陳述や供述の信用性

 (1) 前記(一)ないし(三)のとおり、慰安婦原告らが慰安婦とされた経緯は、必ずしも判然としておらず、慰安所の主人等についても人物を特定するに足りる材料に乏しい。また、慰安所の所在地も上海近辺、台湾という以上に出ないし、慰安所の設置、管理のあり方も、肝心の旧軍隊の関わりようが明瞭ではなく、部隊名すらわからない。

 しかしながら、慰安婦原告らがいずれも貧困家庭に生まれ、教育も十分でなかったことに加えて、現在、同原告らがいずれも高齢に達していることをも考慮すると、その陳述や供述内容が断片的であり、視野の狭い、極く身近な事柄に限られてくるのもいたしかたないというべきであって、その具体性の乏しさのゆえに、同原告らの陳述や供述の信用性が傷つくものではない。かえって、前記(一)ないし(三)のとおり、慰安婦原告らは、自らが慰安婦であった屈辱の過去を長く隠し続け、本訴に至って初めてこれを明らかにした事実とその重みに鑑みれば、本訴における同原告らの陳述や供述は、むしろ、同原告らの打ち消しがたい原体験に属するものとして、その信用性は高いと評価され、先のとおりに反証のまったくない本件においては、これをすべて採用することができるというべきである。

 (2) そうであれば、慰安婦原告らは、いずれも慰安婦とされることを知らないまま、だまされて慰安所に連れてこられ、暴力的に犯されて慰安婦とされたこと、右慰安所は、いずれも旧日本軍と深いかかわっており、昭和二〇年(一九四五年)八月の戦争終結まで、ほぼ連日、主として旧日本軍人との性交を強要され続けてきたこと、そして、帰国後本訴定期に至るまで、近親者にさえ慰安婦としての過去を隠し続けてきたこと、これらに関連する諸事実関係については、ほぼ間違いのない事実と認められる。

非常に不適切な認定の仕方だといえるでしょう。

「貧困家庭に生まれ教育も十分でなく高齢なので、断片的な供述内容でも信用性は落ちない、しかたがない」、という説明は、供述内容が「身近な事柄に限られ」ることの説明としては妥当だが、「具体性の乏しさ」をカバーできるものではないだろう。「境遇が可哀想だから大目に見てやります」という恣意的な判断が為されているとみられてもしかたがないのでは?

次に、「屈辱の過去」を「60年以上も隠し続け、本訴に至って初めてこれを明らかにした」のだから、「むしろその信用性は高い」、という判断の仕方も異常だろう。ずっと口に出さずに自己の中でだけ留め置いた記憶が変質しないという保証は無い。むしろ、折に触れて何度も話された内容やノート等に綴られた内容が一貫しているような場合に、信用性が高いと評価されるはず。

反証のない本件では「暴力的に慰安婦にさせられ、性交をさせられ続けていたこと」という大枠を認めることはともかく、高齢で断片的供述であり、ほかの客観証拠による補強が無いにもかかわらず、「関連する諸事実関係」という細部までほぼ間違いのない事実と認定しているのは、判断の飛躍が甚だしい。

そして、①訴訟としてこのような判断が適切か、という観点において、被告からの反証がないことから仕方なくこのように認定したとしても、②訴訟から離れた歴史的科学的事実としてこのように判断するべきか、という観点から考えると、もはやそのまま事実として扱うことは不適切でしょう。

ネット上では「裁判所が慰安婦制度は性奴隷と認定したのだ!原告らはこのような被害に遭っていたのだ!」と喧伝する者が後を絶ちませんが、高裁で認定されていない事実がある上に、高裁で認定されている事実でも、歴史的科学的事実として直ちに存在したのだと解することには慎重になるべきでしょう。

「高裁は一審判決を引用している=だから同じ立場なのだ」という嘘

魚拓

高裁の「別紙」は二つ。一は原告の主張で、二は被告=国の主張です。

つまり、控訴審裁判所が一審の地裁判決のうち「慰安婦制度は性奴隷制度」などとした部分を引用した事実はありません。

別紙二の被告=国の主張のところで反論のために該当箇所を明確にするために地裁の判決文を「参考」としてそのまま載せてるだけのものはありましたが、全文を引用して全文を是認するものではないですし、ましてや「慰安婦制度は性奴隷制度」などというものを肯定するものではありません。

判決文を見る手段を知らない一般人を騙そうとしている以外に、あり得ません。

「高裁が明示的に否定していなければ、地裁の事実認定を認めている」という嘘

魚拓1  

関釜訴訟にかんして「高裁が明示的に否定していなければ、地裁の事実認定を認めている」という嘘がSNSではみられます。

いちいち控訴審が一審の事実認定を一言一句手直しすることは無く、むしろ採用する場合に「事実認定は、以下補正するほかは原判決中~~を引用する」のように記述します。

関釜訴訟の控訴審判決では原判決の事実認定を引用していません。

控訴審は事実認定の最終審です。事実審で認定された事実関係が、上告審を拘束します。(訴訟上の認定事実と歴史的科学的事実が異なりうるのは既述の通り)

民事訴訟における自由心証主義もあるため「控訴審の裁判所(裁判官)は一審の判決の事実認定が違法でなければそれに拘束される」などというルールはありません。

上告審が事実審の事実認定に拘束されるのは民訴法321条1項があるからです。確定事実が憲法その他の法令の適用を誤った場合や裁判所の権限外の場合には上告審でも破棄されます。

まとめ:関釜裁判に関するネット上の曲解言言説と対処方法としての原文チェック

  1. 慰安婦制度の一般的標準的事実と被害を訴える個別の事実の混同
  2. 一審判決における原告の供述の信用性評価の仕方の異常性
  3. 一審判決と控訴審判決の関係の認識の曲解
  4. 訴訟における事実認定を歴史的科学的事実と直結することの弊害

関釜裁判に関するネット上の言説には、こうした認識を誘導するものが見つかりました。判決文の読み方や訴訟全体の理解を歪める言説は、朝鮮半島関係や特定政党関係に非常に多い。

慰安婦問題に真剣じゃない保守界隈の実態|Nathan(ねーさん)|note

植村隆敗訴が最高裁で確定:櫻井よし子・西岡力へのスラップ訴訟と弁護団の新たな「捏造」|Nathan(ねーさん)|note

安倍総理大臣に菅直人が西日本豪雨の対応について難癖:原発事故時の菅の虚偽公表という裁判結果と裁判結果に対するデマ - 事実を整える

「原文を読んで確かめる」という基本的な方法によって、振りまかれている言説がデマだということがすぐにわかります。法的な知識が無いと理解が難しいものがあるのも確かですが、ほとんどは国語的な文章読解と常識でカバーできると思います。

判決文は、裁判所HPで公開されている判決文は限られているためヒットしないことが多いのですが、裁判所で直接見る方法が採れなければ、民間の判例検索サービスや公立図書館が契約している判例検索サービスを利用すれば良いでしょう。

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