事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

同性事実婚の外観の続柄を生んだ自治体の背後にある最高裁の暴走:令和6年3月26日 令和4年(行ツ)318号、同年(行ヒ)360号

司法権が暴走している

同性事実婚の外観の続柄を生んだ自治体

令和6年5月28日の報道で、長崎県大村市で同性パートナーの住民票に「夫(未届)」という、事実婚の外観のある記載が為されたことが明らかになりました。

この報道を受けて、同性カップルの住民票上の続柄の記載については現在までに鳥取県倉吉市が昨年10月に「夫」「妻」と記載するを行っていたことが判明しており、栃木県鹿沼市京都府与謝野町が大村市と同様の対応をすると明言し、福岡県古賀市東京都杉並区が前向きに検討する旨の見解が報道されています。

住民基本台帳事務処理要領では想定されていない記載である、同性カップルに対して「夫(未届)」という記載が行われていた事件であり、住民票の続柄欄が参照されて各種手続が走る際に異性同士の事実婚と勘違いして処理される懸念が生じるという自治体の暴走。

虚偽公文書作成・詐欺行為となる危険があるものであり、国が意思を示さないうちにとんでもないことになっています。

住民基本台帳事務処理要領に反する虚偽記載・詐欺行為の外観作出に加担

住民基本台帳事務処理要領

住民基本台帳事務処理要領では続柄の記載としてどのような表記にするかが列挙されています。ここでは内縁の「夫婦」に関して「夫(未届)、妻(未届)」と記載することが定められています。

同性カップルは「夫婦」ではないためここで定められている事実婚とは言えないし、倉吉市の「夫」「妻」という表記はもはや異性婚(法律婚)と同じ表記です。いずれも同性婚制度を敷いていない現行制度の下では許されない記載…のはずですが、国が意思を示していないために存在が許されてしまっている状況です。

住民基本台帳事務処理要領
1 住民基本台帳制度の運用の方針

(省略)
(3) また、住民基本台帳の記録が正確であることは、この制度の生命ともいうべきものであるが、最も重要なことは、その記録の基本的な内容が住民の実態と合致していることである。したがって、あらゆる手段を講じてその内容の正確性を確保することに努めなければならない。住民基本台帳の記録の内容が著しく住民の実態と相違しているようでは、その他のあらゆる要件を具備していても住民に関する行政の基礎としての住民基本台帳の任務を果たし得るものではない

本件は近いうちに地方議会と国側で何らかの進展がありますが、このような動きは今年のとある最高裁判決が勢いづかせたという背景があり*1、また、今後の制度運用に暗い影を落とすものになっています。

最高裁判決令和6年3月26日 令和4年(行ツ)318号、同年(行ヒ)360号

最高裁判所第三小法廷判決 令和6年3月26日 令和4年(行ツ)第318号、同年(行ヒ)第360号

犯罪被害者と同性の者は【犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律】5条1項1号括弧書きにいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当し得るとした最高裁判例です。

ただ、最高裁では上告人が「事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」かどうかは判断せず、その判断をさせるため高裁に差戻しました。

最高裁判事の補足意見と反対意見があるのですが、彼らが指摘していた本判決の本来の影響範囲と現実の広範な影響との乖離を思い知ることとなりました。

犯給法5条1項1号の「事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に同性カップル

最高裁の多数意見が同性の者も「事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に含まれ得るとした理由は、犯罪被害者等給付金の支給制度は、「犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の精神的、経済的打撃を早期に軽減するなどし、もって犯罪被害等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与することを目的とするもの」であり、精神的、経済的打撃の軽減を図る必要は「犯罪被害者と共同生活を営んでいた者が、犯罪被害者と異性であるか同性であるかによって直ちに異なるものとはいえない」というものです。

この影響範囲については補足意見として以下語られていますが…

裁判官林道晴補足意見
飽くまでも犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等への支援という特有の目的で支給される遺族給付金の受給権者に係る解釈…上記文言と同一又は類似の文言が用いられている法令の規定は相当数存在するが、多数意見はそれらについて判断したものではない

「事実上婚姻関係と同様」で法令検索すると231件がヒットしますが、本判決によって「事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」と書いている法令のそのすべてにおいて同性カップルも対象となるとしたわけではないということです。これはその通りだと私も理解しています。

ただ、そのことについて多数意見=判決文本体において触れるところが無いため、活動家らによる恣意的な理解に基づく強要が広まるおそれがあります。現に、大村市の住民票の続柄欄の記載について最初に報じたメディアは*2、この最高裁判決の事実を引用して関連付けていました。実際には両者は法的なレベルではまったく関係ないにもかかわらず。

それに、このような解釈が許されることについての影響については反対意見でも指摘されています。

裁判官今崎幸彦の反対意見

犯給法は遺族給付金の支給対象となる遺族について、被害者によって生計を維持することを要件としていないが(5条1項)、「子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹」(以下「子ら」という。)については、犯罪被害者の収入によって生計を維持していた者をそうでない者よりも先順位としている(2号)。そのため、仮に1号にいう「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」に同性パートナー(省略)が含まれるとすると、それまで犯罪被害者の収入によって生計を維持していた子らは同性パートナーに劣後し、支給対象から外れることとなる。なるほど多数意見は遺族給付金の支給対象となる遺族の範囲を広く解するものであり、その意味では犯罪被害者にとり歓迎されるべきものであろう。しかし、その一方で、犯罪被害者相互の間に、潜在的にせよ前述のような利害対立の契機をもたらすものでもある。

法的なレベルでの影響ではなく事実上の影響範囲について、最近の最高裁は特に性的マイノリティ関係の判決において、無頓着か乱暴ではないか?と思わざるを得ないものが増えている。*3

法理論上の整合性の不備についても指摘されています。*4

 私は、同性パートナー固有の権利として、精神的損害を理由とした賠償請求権については、もとより事案によることではあるが、認める余地があると考えている。

 しかし、財産的損害、とりわけ扶養利益喪失を理由とする損害賠償請求権については、民法752条の準用を認めない限りにわかに考え難いというのが大方の理解であろう。そうであるとすれば、犯罪被害者の同性パートナーに認められる損害賠償請求権は、仮に認められるとしても異性パートナーに比べて限定されたものとなる。それにもかかわらず、多数意見の見解によれば、同性パートナーは異性パートナーと同視され、同額の遺族給付金を支給されることになる。遺族給付金が損害塡補の性格を有することを考えると、前提となる民事実体法上の権利との間でこのようなギャップが生じることは説明が困難と思われる。

同性同士で事実上婚姻関係と同様の事情とは友人関係のルームシェア等とどう異なる?

また、現実へのインパクトは非常に大きいということが指摘されています。

 なお、多数意見は、上告人が本件被害者との間において「婚姻の届出をしいないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当するか否かについて審理を尽くさせるために原審に差し戻すとする一方で、「事実上婚姻関係と同様の事情」という要件の中身については何も語らない。しかし、単なる同性同士の共同生活と何が異なるのかと考えてみたとき、それは決して自明ではないように思われる。婚姻は男女間のものとして歴史的にも法的にも観念されてきたのであり、同性同士の関係にも同様の法的保護を及ぼすという考えは最近のものである。同性同士の関係において何をもって「事実上婚姻関係と同様の事情」と認めるかは、私はそれほど簡単に答えの出せる問題ではないと考えている。

要するに、ただの友人関係でルームシェアしていた人間が支給申請してきた場合、弾けるのか?という問題。*5

犯給法ならまだ影響範囲が少ないからいいと考えたのかもしれないですが、この理屈が他の法令に敷衍されると影響範囲は甚大になってくる。

性同一性障害特例法で未婚要件を設けた趣旨は、同性婚の状態という現行法秩序において解決困難な問題が生じてしまうからで、この趣旨に反する運用でしょう。

ならば「同性の事実婚」として法令に基づく利益を与えること*6もまた許されないはずです。そのハズが、最高裁によって歪められてしまった。

こうした【司法の先走り】が行政の行動にひっそりと与える影響は決して少なくない。

同様の射程の理解と懸念を示しているものとして⇒住民票と同性パートナーシップを巡るエトセトラ: 橋本岳(はしもとがく)ブログ

憲法改正で異性婚と異なる同性婚を規定するか:司法権から国民主権の法運用を取り戻す

このような司法の状況では、国側が今回の事案など他の制度において「そんな事は認めない」という意思を予め表明していても、『いや、犯給法みたいに違憲の可能性があるはず!この場合はどうだ?』と無限の訴訟が展開される。それこそ影響範囲の法律の数だけ。そういう予測が立てられてしまうので、行政が下手に動けない状況になっている。

ならば、もはや最高裁から解釈権を無くすしかない。憲法改正によって。

  1. 同性の事実婚を意味する公的書類の記載を認めない意思を明確にする⇒自治体に是正のための何らかの関与をする(本来、法体系全体に影響を及ぼしかねない記載は自治体の裁量で決められるはずが無い)
  2. 憲法改正をして台湾のように異性婚とは異なる同性婚を明記、享受する法的効果は異性婚より少なくなるものにし、法律で特別な規定がない限り同性婚には法的効果を与えないことを憲法レべルで明確にする、或いは制度としての同性婚を明示的に否定する書きぶりに変更する。

当面は①の対応をするべきなんじゃないでしょうか?

司法が「可哀想だから」でなし崩し的に国家制度を弄ぶのを許容してるのだから、国民の側に「立法権」を取り戻さないといけない。憲法改正は司法権への応答でもある。

その際には、同性婚を認めるか否かは別にして、婚姻=異性婚を制度として保護することの意義を明確にしなければなりません。現在ではなぜか「生殖目的vs愛し合う二人の生活保護」という二項対立で語られることが多いですが、生殖により子供を生み育てる家庭を標準形として想定して保護をすることが婚姻制度の中核であることは論を待たないはず。

そこから外れてしまう者(子供を設けない夫婦、設けられない夫婦など)の保護の機能も副次的にあるというだけで、本来は子供を産み育てる家庭が念頭にあるはず。「婚姻制度は子供を想定するのかしないのか?」の二者択一で考えるのではなく、このような多層的な保護をしているのだという把握が必要でしょう。それによって享受する法的効果も異なるものになりうる。

生物の本能的な行為として子を産み育てるのであり、国家が維持できるのは人が居るからであるから、子供を設けて育てる家庭に一定の利益を与える政策は、世の普遍的なルールに従った結果であると言え、まったく差別でも何でもない。現に、既に子育て世帯に関する各種の法的利益を与える制度が存在しているじゃないですか。

立法府・政治家・国民の側が、このような議論から逃げ続けているうちに、司法側から勝手に現実改変が行われることになる。それを座して待つのかどうか?という、国家意思・国民主権の問題だと言えます。

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*1:最高裁判決よりも倉吉市の記載の方が先行しているが、今年5月の大村市の事案とそれ以降の各自治体の意向表明を勢いづかせたという意味。

*2:オルタナの記事のこと

*3:性同一性障害特例法の生殖不能要件違憲判決とその反対意見(外観要件も違憲だから不要だとする意見)などが典型例。研修を受けるべきだのなんだの、活動家らによる影響を受けたと言わざるを得ない文言が見られた。

*4:まぁ、この程度の不整合は度々発生してきたので、あまり重要ではないかもしれない

*5:例えば【自治体を転々としても住所がずっと同じ】という事情で簡単に認定されてしまう気がしますが、そんなことで良いのか?という懸念。

*6:法令に基づかない給付措置については、既に自治体における同性パートナーシップ制度などで実施されている