事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

旧皇族の皇籍復帰:五世の孫の原則の見解の違い

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旧皇族の皇籍復帰に関して、「五世の孫の原則」を適用して考える者が居ます。

実は、この見解については2つの方向性があり得ます。

谷田川惣氏と倉山満氏の主張の違いを念頭に整理します。

旧皇族の皇籍復帰は歴史上の先例から外れないか?

皇室の問題を考える際には歴史的事実に表れた「先例」がどうであるか、というところを最優先の判断基準としなければなりません。

それは単に歴史上もそのような判断基準が採られてきたということ自体を大事にするのではありません。より間違いである可能性が低い方法として日本人が選択してきた思考・行為の形態を大事にすることが本質なのです。

さて、皇位継承問題に際して旧皇族の皇籍復帰を論じると、次の問題が出てきます。

五世の孫の不文律?

【これまで最も遠縁の皇位継承は応神天皇の5世孫である継体天皇である。先代の武烈天皇と共通の祖先である応神天皇までは約200年の隔たりがあった。これが五世孫の先例であり、律令制(養老令の継嗣令)でも明文化された。これは現在でも不文律として存在しているのではないか?すると、旧皇族は男系で遡ると崇仁天皇まで20数世代も隔たりがある。そのため、「先例」に反しているのではないか? 】

これが「五世の孫の原則」の立場からの問題提起です。

この疑問に対する回答は、現在のところ大きく2つの見方があるようです。

最初に倉山氏の主張を見ていきましょう。

倉山満:五世の孫の原則と言う不文律

高校生物の知識で皇室を語る愚説三つ | 倉山満公式サイト

少しの皇室の知識とは「君臣の別」「五世の孫」のこと。

君臣の別とは、皇室と臣下の別のこと。
今の皇后陛下は「庶民初の皇后」ではあるが、「民間人初」ではない。陛下は貴族(公家、華族)出身でなかっただけで、民間人初の皇后は藤原光明子(光明皇后)。なぜそうなるかと言えば、華族も庶民も皇室から見れば同じだから。

五世の孫とは、皇位を継承しなかった親王家は五世の孫までで臣籍降下する、との原則のこと。つまり天皇の直系男系子孫であっても、皇族ではなくなる。君臣の別によって厳しく分けられる。
たとえば、桓武天皇の曽孫(四世)の高望は、臣籍降下し平の姓を賜り、平高望と名乗った。桓武平氏の祖であるが、君臣の別により皇族とは扱われない。
平将門は桓武天皇の男系子孫であるが、皇族でもなければ皇位継承資格もない。
同じく男系子孫である平清盛に至っては、白河法皇の御落胤説もあったが、「男系子孫だから皇位継承資格がある」だの「血が濃い」だのという話にはならない。
清和源氏の嫡流である源頼朝も「貴種」と扱われたが、皇族とは君臣の別が厳然とあった。頼朝は清和天皇の男系子孫であるが、五世の孫をとっくに離れていたので。

生物として血がつながっていいれば皇族、皇位継承資格がある、などと単純化するのは、皇室の議論ではない。

倉山氏の念頭にあるのは、「神武天皇と血筋では男系男子で繋がっているが、皇族ではない者」を安易に皇位継承権者として考えることを戒めることのようです。

では、旧皇族の皇籍復帰については倉山氏はどう考えているのか? 

倉山氏は旧皇族の伏見宮家は五世孫の原則の例外と構成

お医者さんから高度な質問 | 倉山満公式サイト

問 皇室の原則が男系男子五世の孫までだとすると、悠仁親王殿下即位の時点で皇族の資格者がいなくなるのでは?

答 一義的に考えるべきは、嵯峨天皇の如く、多くの男子をおつくるになっていただくこと。しかし、現代では50人は無理なので、皇族が存在し支えなければならない。
五世の孫には例外があり、伏見宮家は例外。旧皇族家はすべて伏見宮家につらなる。

倉山氏は五世の孫の原則は不文律として存在するが、旧皇族の皇籍復帰については世襲親王家であるために「例外」であるという構成を採ります。

つまり、倉山氏の立場は『五世の孫の不文律は現在でも残っている。しかし、旧皇族が皇籍復帰しても男系での隔たりは世襲親王家であったために問題視しなくともよい。そして、旧皇族の一部は明治天皇や昭和天皇の皇女を通じて天皇とは近いのであるから、継体天皇や後花園天皇、光格天皇の先例通りで問題はない』というものです。
※継体天皇は武烈天皇の先代の仁賢天皇の娘と婚姻して皇后としました。後花園天皇は後小松上皇の猶子となり、光格天皇は後桃園天皇の娘である欣子内親王と後に婚姻して皇后としました。

しかし、このような構成を採らないのが谷田川惣氏です。

谷田川惣氏:五世の孫の不文律は存在するのか?

谷田川氏の構成はこうです。

五世の孫の不文律があるとは言えないのではないか。律令(養老令の継嗣令)の条文も、その後の親王宣下や世襲親王家の制度によって死文化している。したがって、旧皇族の皇籍復帰に際しては崇仁天皇までの世数は気にせずともよい。皇籍復帰するか否か、天皇に即位するべき者は誰かは相対的なものである

倉山氏が不文律として存在している原則の例外という説明をするのに対して、谷田川氏はそのような原則は無い、という説明であると言えます。

まとめ:いずれの見解かはっきりさせるべきなのか?

いずれにしても、旧皇族が皇籍復帰してもその正統性は揺らぎないという立場です。

よって、見解の違いを殊更に強調して白黒をつけるべきであるかは考慮が必要です。

私は説明方法次第では危うい展開になると思ったため、この問題については以下で詳細に論じています。

五世の孫の原則・五世の孫の幻想|Nathan(ねーさん)|note

以上