「飛び地論」や「憲法の想定外」ではない
- 内閣法制局木村陽一第一部長の答弁書き起こし
- 内閣法制局の皇統に属する男系男子の皇籍復帰の憲法解釈要約
- 「憲法14条の特則」「平等原則の問題は生じない」の意味は?
- 憲法14条の特則の2条:長谷部恭男の身分制の「飛び地」論との違い
- 『皇籍復帰は「門地による差別」は想定せず』を超えた積極的意義
- 14条違反とする慎重派を装った反対派らの理屈とは永遠に平行線を辿る
- 憲法13条の幸福追求権・自己決定権との関係は、まだ問われていない
- 「養子にして皇籍復帰させる」という行為を一連のものとして把握
- 皇室に「完全自由意思による選択」の余地を無くす事で護られるもの
内閣法制局木村陽一第一部長の答弁書き起こし
内閣法制局木村陽一第一部長の答弁書き起こしは既に以下記事で掲載していますが、本稿でも載せます。
〇内閣法制局木村陽一第一部長
現時点では具体的な制度を念頭に置くことができませんので、一般論として申し上げます。まず前提といたしまして憲法は第14条において法の下の平等を定めつつ、その特則の規定と解される第2条におきまして、皇位は世襲のものとし、また第5条及び第4条2項におきまして、摂政、国事行為の委任の制度を設けておりまして、これらの制度を円滑に運用することは憲法の要請するところであり、このために現在一般国民である皇統に属する方を新たに皇族とすることを可能とする制度を法律によって創設することについては憲法自体が許容しているものと解されます。
その上で、皇統に属する方のうち、いずれを皇族とするかにつきましては、皇室典範すなわち法律に委ねられていると解されますところ、皇統に属する男系男子を対象に、たとえば養子制度を検討することは、憲法第2条、第5条等を踏まえまして、法律において養子となる方の範囲を適切に定めます限り、憲法14条との関係において問題が生ずるものとは認識しておりません。
〇内閣法制局木村陽一第一部長
すみません繰り返しになるところがございますけれども、憲法第14条の特則の規定と解されます第2条、また第5及び第4条2項の規定を踏まえますと、これらの制度を円滑に運用するということは憲法の要請であります。また、皇族の範囲につきましては法律の定めるところに委ねられていると解されますことから、現時点では具体的な制度は明らかではございませんが、一般論といたしましては立法によって、現在一般国民である、たとえば旧宮家の方々を新たに皇族とすることを可能とする制度を創設いたしましても憲法の許容するところであると考えております。
〇内閣法制局木村陽一第一部長
先ほどらい申し上げておりますのは、あくまで憲法14条の特則の規定と解されます第2条或いは憲法5条第4条2項の規定との相互関係においてそのようなことが成り立つのではないかということを申し上げているわけでございます。
関係する憲法の条文は以下。
〔皇位の世襲〕
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
〔天皇の権能と権能行使の委任〕
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。〔摂政〕
第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
内閣法制局の皇統に属する男系男子の皇籍復帰の憲法解釈要約
- 憲法14条の特則と解される第2条、また第5条及び第4条2項を踏まえると、これらの制度を円滑に運用することは憲法の要請するところであり、このために現在一般国民である皇統に属する男系男子を皇族とすることを可能とする制度を法律により創設することは憲法自体が許容している
- 養子制度は、法律で養子の範囲を適切に定める限り、憲法14条との関係において問題は生じない
憲法4条2項と5条がどう関係しているかはこの答弁では詳細に説明されませんでした。
ただ、これらは天皇の「国事行為」に関する規定なので、このような行為を行う天皇が存在していることを憲法が前提としている、その存在を維持するための方策=皇位継承にまつわる話として皇位継承権者を確保することは憲法が当然に予定している、ということを意味すると考えられます。
さらには、天皇の摂政となる皇族について、皇位継承権を有することとなる皇族数を確保する方策を採ることもまた同様である、ということでしょう。
「憲法14条の特則」「平等原則の問題は生じない」の意味は?
⓪平等の話になるか?
①別異取扱いはあるか?
②その別異取扱いは正当化できるか?
法制局の解釈の根拠は「現在一般人の皇統に属する男系男子の血脈と歴史的経緯を鑑みて、その存在・立場は他の一般国民と比較するに馴染まない」ということでしょう。
「現在一般人であるが皇統に属する男系男子」という事情について、内閣法制局は⓪の段階で作用させたと言えます。②で正当化するための事情ではなく。
ただ、「法律で養子の範囲を適切に定める限り」と書いているので「そうではない場合には14条の問題が生ずる」と言っていることになりますが、ここでの「問題が生ずる」というのはどういう意味でしょうか?
「平等原則との関係で許容される」という言い方ですらないですから。
その場合であっても直ちに「14条に反する」ことにはならない可能性もあるのかどうか、つまりは適用・当てはめの問題が生じるということにとどまり、この場合でも合理的な区別であるという正当化はあり得ると考えているのか?
今回の答弁では、この点については定かではありません。
婚姻の場合との比較で、養子の場合には「憲法14条の問題が生じる場合がある」としたことの意味は定かではないですが、「皇統に属する男系男子」の場合には異なるという論理の帰結と思われます。
憲法14条の特則の2条:長谷部恭男の身分制の「飛び地」論との違い
長谷部恭男 憲法 p134
…ところで日本国憲法の作り出した政治体制は、平等な個人の創出を貫徹せず、世襲の天皇制(憲法2条)という身分制の「飛び地」を残した。残したことの是非はともかく、現に憲法がそのような決断を下した以上、「飛び地」の中の天皇に人類普遍の人権が認められず、その身分に即した特権と義務のみがあるのも、当然のことである。したがって、天皇は(そして皇族も)憲法第3章にいう権利の享有主体性は認められない。この考え方からすれば、身分制秩序の「飛び地」の中に外側の男女平等の原則を持ち込んで、女帝が認められない(皇室典範1条)のは憲法違反だと主張するのは、論理の錯誤である。
「憲法14条の特則」といっても、それはいわゆる「飛び地」論とは異なるようです。
憲法学説として有名な長谷部恭男教授の言う身分制の「飛び地」論はこのようなもので、あくまで皇室内の話でした。
旧皇族の皇籍復帰、という場面など現憲法の起草者も長谷部教授も想像だにもしていなかったでしょうから、「一般人が皇族となる際」の論理なのかというと、少し場面を異にする気がします。
それでも、「天皇・皇族にかかわる事項については憲法上の人権規定が常に他の国民と同じように作用するものではない」という考え方は、何も長谷部流の飛び地論に限定されるものではないでしょう。
『皇籍復帰は「門地による差別」は想定せず』を超えた積極的意義
「憲法14条の規律の対象外」というロジック。
この形式論については、谷田川惣氏などが従前主張していました。
旧皇族の男系男子を養子に迎えることについて、内閣法制局は憲法14条に反しないと判断。ぼくが言っていたとおりになった。憲法14条の想定外であり、法の趣旨に反するものではないから当然。
— 谷田川惣 (@yatagawaosamu) 2023年11月16日
旧宮家の男系男子の皇籍復帰意思、官房長官「把握や接触していない」 | 毎日新聞 https://t.co/DRqnxWwcT0
要するに、『皇統に属する男系男子の皇籍復帰という場面は、憲法14条上の「門地による差別」は想定していない』という把握の仕方。
ただ、今回の内閣法制局の解釈論である「憲法14条の特則の規定と解される第2条或いは憲法5条第4条2項の規定との相互関係において、これらの制度を円滑に運用するということは憲法の要請である」という答弁からは、『想定外』という事を超えて、『想定している上で規律の対象外』というニュアンスを感じます。
「回避している」という印象ではなく、「皇統に属する男系男子」の存在の特殊性から、より積極的に皇籍復帰の意義を肯定していると言えるのではないでしょうか。
14条違反とする慎重派を装った反対派らの理屈とは永遠に平行線を辿る
「特定の範囲の者にのみ皇籍復帰を認める」、というのは、反対派(慎重派を装った反対派)の理屈だと「だからこそ憲法14条の門地による差別だ」ということになります。
が、法制局の解釈は「現在一般人の皇統に属する男系男子の内、適切な範囲の場合は、その場面の話じゃない」というものであり、むしろ「特定の範囲の者にのみ皇籍復帰を認めるからこそ憲法14条の問題ではない」と言っているので、永遠に平行線です。
反対派は、「何も説明していない」と言っていますが、それはもう別世界の話をしているだけなので、意味がありません。
ですから、ここから先の展開で重要なのは、この理屈が正当だと信ずる者がどれくらいいるか?ということになってくるんだろうと思われます。
天皇・皇族・皇室が違憲の存在なのだ、と主張するのかどうか、そういう主張が喧しく展開される社会を助長するのかどうか、色んな場面で試金石が現れてくるでしょう。
憲法13条の幸福追求権・自己決定権との関係は、まだ問われていない
「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議
(ウ)現在の制度上、皇位継承資格者であるには出生時より皇族であることが条件であり、そのことが本人の準備及び国民の予期を形成してきたこととの整合性。これを回避するために特別養子縁組を参考とする仕組みも考えられるが、それは、国民個人として生きるか否かの自己決定を年少時に否定する点が別の憲法問題を招く。
有識者会議での宍戸教授が整理した反対派による憲法問題の懸念には、自己決定権(=憲法13条の幸福追求権として)との関係について問うものがありました。
今回の法制局の答弁は、そもそもこの点については問われていないため、カバーしているものではありません。それは今後、反対派から言われてくるのでしょう。
「一般の国民個人として生きるか否かの自己決定を年少時に否定する」ことがどう憲法問題になるのか、世に認められている様々な実態に即してどう問題なのか、その論理構造は不明と言うほかありませんが。
さて、ここから先は今回の法制局の論理について、個人的な考察をします。
特に意味は無いかもしれませんが、思考の跡を残しておく事に何らかの意義が生じるかもしれませんので、以下で示した論理との関係も含めて書いておきます。
「養子にして皇籍復帰させる」という行為を一連のものとして把握
改めて考えてみると、法制局の論理は「養子となったその者につき誰を皇族にするかは皇室内のルールだから」ではなく、「養子にして⇒皇籍復帰させる」という行為を一連のものとして把握しているようです。
※実際に検討していることの実質からも、そう捉える方が自然と言えます
例えば婚姻の場合、皇室典範には以下の規定があります。
第十二条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。
第十五条 皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない。
順番として…
◆皇女が一般人男性と婚姻する場合
⇒皇族が一般人になってから婚姻をするのではなく、婚姻をしてから一般人になる
◆一般人女性が皇室に嫁ぐ場合
⇒その女性は皇族になってから婚姻するのではなく、婚姻して、その効果として皇后・皇族となる
これとの相似形として、養子縁組の場合も
①養子縁組をする⇒②養子となったその者につき皇族の身分を与える
という段階が一応は観念できます。
しかし、法制局の論理は、そういう捉え方はしなかったという事。
私見では「個別の身分行為の対象選択に平等の要請は働かない」という反論を考えていました。
これは、「法律(皇室典範)等で、養子たり得る資格を皇統に属する男系男子等に限定することと、門地による差別の禁止との関係」という、有識者会議における宍戸常寿教授の反対派の論点のまとめを意識したものでした。
「誰と養子縁組するか」を決めるのが自由であれば「法律で限定」には当たらないし、仮に限定したとしても、それは「誰と縁組するかの皇族側の意思の限定」に過ぎない、縁組の対象選択は、皇室が適切に行うであろう、と。
過去記事では書いてませんでしたが、②の場面になればそれは皇室内のルールなのだから、最初から14条の話ではないということに。
ただ、振り返ってみるとこれは反対派の理屈に「付き合った」ものだったと感じます。
皇室に「完全自由意思による選択」の余地を無くす事で護られるもの
今振り返ってみると、「養子にすること自体は自由意思なので妨げられない」としてしまうと、少々難が出てくると思いました。
(憲法14条の観点からは外れる面がありますが)
たとえば、皇族が旧皇族の皇統に属する男系男子以外の、「皇統に属する男系男子」を養子にしたり、更にはそれ以外の者を養子にしようとした場合を想定してみるとどうでしょうか?
- 宗系紊乱のおそれが排除できない
- 廃嫡・皇統断絶に繋がるおそれが排除できない
これらの危険が抽象的な可能性として出現することになる、ということがわかります。*1
「天皇皇族を信頼していない」ということではありません。
この可能性を残すことは天皇・皇族方に幅広い範囲から選択をさせるという負荷をかけることになってしまうし、予め選択肢を排除・限定して差し上げることで天皇皇族に疑念を抱く輩の出現可能性を完全に排除できることに。
つまり、天皇・皇族・皇室を護る制度的な盾の役割を果たすことになります。
現行制度上、男性皇族が皇籍離脱(臣籍降下)する自由が無いという制度ですが、それとの関係でも重要で、仮に完全自由意思での養子縁組の可能性を塞いでおかなければ制度上の齟齬が生じてしまいます。
抽象的な可能性としては、自ら廃嫡の系統となることに使われるおそれが排除できないということに。
そうなると、逆にこの観点から「憲法、さらには皇室の伝統に反する危険」という反対論が出てくるおそれが生じてしまいます。
そうした「逆方向からの懸念」をも回避する効果が、「養子となる者の範囲を法律で限定する」という方法にはあると言えます。
この場合に、やはり「養子となる者の範囲を法律で限定することそのものの是非」の話が出てくることになります。
これは天皇皇族の縁組意思の働きとは別次元の話であるし、また、「養子となったその者へ皇族の身分を与えること」という問題把握ともズレがあります。
そこで、内閣法制局のような問題把握の仕方をすることでこの懸念もクリアできる。
このロジックは、なぜ旧皇族からの皇籍復帰という手段が出てきたのか、その大前提を肯定するものでもあり、安定性があると思います。
以上:はてなブックマーク・ブログ・note等でご紹介頂けると嬉しいです。
*1:※宗系紊乱=父系同族集団の同祖子孫秩序が乱れること。旧典範の立法趣旨を振り返ると、起草の途中段階までは親王宣下や庶子継承に伴う養子(猶子)などの是非も論議されていたようですが、「皇族互に男女の養子を為すことを禁ずるは宗系紊乱の門を塞ぐなり」として禁止されました。その背景をみると、旧典範の制定当時、幕末維新を機に「近代宮家」が次々と創立され、皇族男子の数が段々と多くなっていたことや、皇室典範では「永世皇族制」を認めたため、現に多い皇族が今後ますます増えていくと見込まれていたようです。それゆえ、養子縁組までして宮家を存続させる必要がなく、むしろそれによって生じがちな混乱を防ぐ必要があった、と考えられています。