事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

宮城県村井知事が処理水の海洋放出以外の処分方法の検討を求める:西村経産大臣への要望書とトリチウム分離技術

トリチウム分離技術を検討してくれってこと

画像元:宮城県

宮城県村井知事が処理水の海洋放出以外の処分方法の検討を求める

宮城県知事 “海洋放出以外の処分方法を” 福島第一原発の処理水めぐり西村大臣に検討要請 2023年6月19日(月) 16:53 TBS NEWS DIG

福島第一原発から出る処理水の海洋放出をめぐり、宮城県の村井知事は、西村経済産業大臣に海洋放出以外の処分方法を検討するよう求めました。

宮城県 村井嘉浩 知事
「処理水の放出ということになると、(漁業への)風評被害が非常に心配をされています。私自身も非常に心配しています」

宮城県の村井知事は西村大臣にこのように話したうえで、▼海洋放出以外の処分方法を継続して検討することや、▼関係者の意見を風評対策に反映させることなどを求めました。

一方、西村大臣は「処理水については、廃炉を進めていくうえで避けては通れない課題だ」としたうえで、風評被害に対応していく考えを示しました。

処理水をめぐって、政府は今年夏頃までの海洋放出を予定していますが、北海道・東北・関東の漁業組合などが反対していて、地元の理解を得た形での実施ができるか不透明な情勢です。

宮城県村井知事が海洋放出以外の処分方法を検討するよう、西村経済産業大臣に求めたことが報道され、SNSでは怒りを示す者が相当数見られます。

が、TBSではなくFNNの報道をみると少し印象は変わります。

迫る福島第一原発の処理水放出 村井知事が経産相に要望 政府は「夏ごろ」実施方針〈宮城〉仙台放送 2023年6月19日 月曜 午後8:30

村井知事は6月19日、経済産業省を訪れ、政府が今年夏ごろまでに実施する方針を示している福島第一原発の処理水を放出した場合の、「賠償の徹底」などを要望しました。これに対し、西村経済産業相は、「連携をとりながら対応したい」と述べました。

村井知事は19日、経済産業省を訪れ、西村経済産業相に要望書を手渡しました。要望書の中で村井知事は福島第一原発の処理水放出について、引き続き海洋放出以外の方法を検討すること、トリチウムの除去技術の研究・開発を続けることを要望しました。加えて、放出した場合の対応として適切な風評被害対策や東京電力に対する賠償の指導・監督を徹底するよう求めました

宮城県 村井 知事
「原発事故があってから、いろんな賠償で地元ともめました。東京電力に対する信頼が揺らいでいると私も思っていますので、しっかりと指導していただきたいなと思っております」

西村康稔 経済産業相
「東京電力にも些細なミスも許されないということで着実にきちんと対応するよう、緊張感を持って対応するよう、常日頃から伝えているところでありますので、連携とりながら対応したいと思います」

このほか村井知事は、再生可能エネルギー施設の建設をめぐり、「事業計画の早期段階から住民説明会を義務化する」など一部、制度の見直しを要望しました。

宮城県の村井知事から西村経産大臣への要望書原文「新たな風評の拡大懸念」

令和4年6月17日 令 和5年度国の施策・予算に関する提案・要望書 宮城県知事村井嘉浩

こちらの原文に今回の要望の内容が書かれています。

各府省庁への要望は重複しているものがありますので、一部だけ見れば足ります。

2 福島第一原子力発電所事故に伴う被害への対応
【各府省庁】
~省略~
 多核種除去設備等処理水の処分については,国民・国際社会の理解はいまだ深まっておらず,本県の水産業をはじめとした各種産業への,新たな風評の拡大が懸念されています。
 国は,風評を生じさせないための仕組みづくりや,風評に打ち勝ち,安心して事業を継続・拡大できる仕組みづくりに取り組むとしていますが,海洋放出以外の処分方法を継続して検討することを求めますとともに,復興に向けたこれまでの努力と積み重ねてきた成果が,決して水泡に帰することのないよう,本県の生産者・事業者の「なりわい維持」に必要な,業種・業態に応じた実効性ある十分な対策について,対象地域を福島県に限定することなく,国が責任をもって取り組むことを強く求めます。
 放射線・放射能による影響等については,県民の不安を解消し,風評被害を防止するため,リスクコミュニケーションの取組を強化し,農林水産物の安全性や放射線・放射能に関する正しい知識の普及啓発を積極的に行うよう求めます。また,海外に対しても農林水産物の安全性に関する正確な情報を発信し,全面輸入停止措置を講じている中国や厳しい規制を続けている韓国などに対して,一刻も早く輸入規制を撤廃するよう引き続き働きかけることを求めます。
 放射能に汚染された廃棄物の処理については,8,000Bq/kg 以下の汚染廃棄物の処理に長期間を要することから,全ての自治体の処理が終了するまで,技術的支援に加え,全額国の負担による財政支援を行うことを求めます。また,指定廃棄物の問題については,国の責任の下,解決までの間,保管の強化や遮へいの徹底など安全の確保に万全を期すための取組を行うほか,指定解除後の廃棄物についても,処理先の確保に国として積極的に取り組むよう求めます。
 さらに,除染により発生した除去土壌については,県民全体に受け入れられる処分基準の早期提示,市町の実情に応じた十分な財政・技術的支援など,国の積極的な関与を求めます。 

海洋放出以外の処分方法を継続して検討することを求めます」と明確に要望していることが分かります。処理水放出に伴う懸念についても書いてあります。その意味で、TBSの報道は誤報ではありません。

もっとも、「新たな風評の拡大の懸念」であり、「環境への影響や食品の安全への懸念」ではありません。

そして、「海洋放出に反対する」とは要望書には書かれていません

ところで、FNNが報じた仙台放送の記事であるような「トリチウムの除去技術」については触れるところがありません。さらに、当たり前に気になることとして、「海洋放出以外の処分方法」とは?「継続して」とはどういう意味なのか?という点があります。

これについて調べると、ギミックのある言い回しだったことがわかります。

「トリチウムの分離除去技術を利用した処分」が「海洋放出以外の処分方法」に

第7回 処理水の取扱いに関する宮城県連携会議 議事録 令和5年2月11日(土)

第7回処理水の取扱いに関する宮城県連携会議 - 宮城県公式ウェブサイト

例えばですが、こちらの議事録では以下の発言が見て取れます。

【宮城県議会 池田 副議長】 ~省略~ 連携会議におきましては、海洋放出以外の処分方法については、トリチウム分離技術というようなことで説明はございましたが、日本の優れた科学技術を以ってあたれば、私は不可能なことはないと思います。

【東京電力ホールディングス株式会社 髙原 常務執行役 福島復興本社代表】~省略~

ここでは、トリチウムの分離技術に関する公募状況等についてご説明をさせていただきます。現時点では、トリチウムの分離技術に関する公募状況は総数で124件のご提案をいただいております。現在14件が二次評価を通過しているところでございます。この14件のうち、フィージビリティスタディーに進む意向を示された10件のご提案者の方と秘密保持契約の締結を順次進めているところでございます。 

「海洋放出以外の処分方法」とは、「トリチウム分離技術を利用した処分が含まれるものであり、この方法は従前から国も検討していたし、宮城県側からも検討するよう要望していた、ということです。現在も「将来技術」として国側も検討しています。

つまり、今回の村井知事も、そのような意味で要望をしたということです。
他、連絡会議の議事録を見ると反対派からは「地層注入」が可能性として提案されており、国側も過去には水蒸気放出、水素放出、地下埋設と並んで検討を加えていたことがあるが、要望にも明示的には書かれていない。

FNNが報じた仙台放送の記事にある「トリチウムの除去技術の研究・開発を続けること」というのは、こうした背景を踏まえて趣旨を追加したものと言えるでしょう。
NHKの記事が触れてないので「現場では言及した」ということではなさそう

もっとも、他の議事録を見ればわかるように、海洋放出それ自体に対する反対論も見られます。「海洋放出以外の処分方法を求める」という内容は、こうした反対論者からしても合意できるものなんだろうと思われます。

このような「海洋放出以外の処分方法を求める」要望というのは、令和3年度の菅内閣に対しても行われており、「今回になって今さらながらの反対論を展開した」ということではありません。

国の施策・予算に関する提案・要望 - 宮城県公式ウェブサイト

村井知事は今年の1月には「海洋放出はやむを得ない」と話していました。

「風評被害対策まとめる」村井宮城県知事 政府の処理水海洋放出時期の見通しを受け | khb東日本放送

村井知事「春から夏にかけて放出することについては、やむを得ないものだと思います。500億円程度の基金を創設したということで、海洋放出する前から当然風評被害は出るわけであり、対策をしっかり取っていただけるよう県が窓口になって交渉してまいりたい」

 村井知事は、海洋放出の前から風評被害は起こるとの認識を示し、できるだけ早く関係者を集め会議を開き国へ要望する風評被害対策をまとめたいとしています。

連絡会議や宮城県議会などは海洋放出に反対の立場

同時に、宮城県や宮城県議会などは海洋放出に反対の立場でした。

第5回 処理水の取扱いに関する宮城県連携会議 議事録 令和4年3月29日

【座長(村井 知事)】 ~省略~

 私もまさにその通り感じたわけでございます。繰り返しになりますけれども,県としてはですね,この海洋放出について賛成ということを申し上げることはできません。できれば海洋放出以外の対策を取っていただきたい,これはおそらくどのような提案がなされましてもですね,我々の考え方が揺らぐことはないだろうというふうに思います。しかし,一方で東京電力が原子力規制委員会に海洋放出の実施計画を出しておりまして,マスコミの報道によると間もなく認可が下りると。認可 が下りると,6月頃には海洋放出に向けた沖合への放出に向けた工事が始まって,来年の今頃に海洋放出がスタートするといったような報道もあります。またそういった報道があることから,既に漁業者の方,関係者に聞くと,風評被害が始まっているといったような声も私の所に届いているわけであります。したがって,ここで立ち止まってですね,何が何でも反対だと言っていたらさらに風評被害が広がっていくし,広がっていく危険がある,可能性があると私は危惧をしているところであります。

が、この日の会議では村井知事は引き続いて以下の発言もしています。

 そこで,今日ここにお越しの県の関係者の皆様に私から提案があるのですけれども,うここは賛成反対といったような議論ではなくて,これ以上県民に不利益が被ることがないようにするため,国や東京電力に対して必要な支援策,対策についてさらに踏み込んだ提案をしてもらえるように,県が先頭に立って調整をしていきたいということについて,是非ともご理解をいただきたいというふうに思っております。さきほど寺沢組合長が,まだ点であると,これを面として皆が納得できるような形まで持って行くべきじゃないかといったようなご意見もございました。我々あくまでも反対,賛成ではないということははっきりしとした上で,今後はこれ以上風評が広がらないように,また風評が出た時の被害が最小限になるように,我々といたしましては国,そして東京電力に対していろんな提案を県からもしていきたいと考えています。そのことについて皆さんご理解いただけますでしょうか。よろしいでしょうか。じゃあそういう形にさせていただきたいというふうに思います。私からは以上でございます。
 ある程度意見がまとまった段階で,風評対策について意見がまとまった段階で,第6回目の会議を開催したいというふうに思います。 

それでも、県が海洋放出に反対であるという立場は、その後も維持されています。

第2回 ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議ワーキンググループ 

令和3年6月7日(月)16:00~17:30

〇村井宮城県知事
 御説明、どうもありがとうございました。それでは、まず連携会議の座長である私から述べさせていただきます。本県の水産業は、東日本大震災や原発事故による風評被害により大変厳しい状況となりましたが、漁業関係者の御努力や全国からの応援もあり、現在、漁業生産額は震災前の水準に回復しつつあります。
 一方で一部の国や地域では食品の輸入規制を継続しており、風評はいまだ払拭されておらず、現在も風評被害に悩まされている状況でございます。また、宮城県議会では海洋放出に反対する意見書を 2 回採択し、これは全会一致で国に提出しております他、宮城県漁業協同組合においても海洋放出反対の要望書を全漁連、県および県議会に提出しております。
 こうした中、今年 4 月、政府は処理水の海洋放出の方針を決定いたしましたが、現時点では国民の理解が得られている状況にあるとは受け止められず、全国の水産業や震災から立ち直りつつある本県の水産業をはじめ、多くの産業にとって深刻な影響が危惧されるものと考えております。
 そのため、県では基本方針の説明のため、本県に経済産業省幹部がお越しいただいた際に、緊急要望書を原子力災害現地対策本部長である菅総理大臣宛てに提出させていただきました。
 その内容ですが、今後、海洋放出以外の処分方法を引き続き検討しながら、新たな風評を生じさせないための取組を確実に進めていくため、一つ国民・国際社会への理解醸成に向けた取組の強化、一つ厳格なモニタリングと万全な管理体制の構築、一つ風評の懸念に対する万全な対策の実施、一つ万が一に備えた損害賠償スキームの策定の 4 点を要望したところでございます。

それは令和4年も変わりません。

第6回 処理水の取扱いに関する宮城県連携会議 議事録 令和4年9月17日(土)

第6回処理水の取扱いに関する宮城県連携会議 - 宮城県公式ウェブサイト

【座長(村井 知事)】
他にどうでしょうか。よろしいですか。
はい、それでは皆さんのご意見も踏まえまして、一言私から申し上げたいというふうに思います。
 今日は、時間を15分もオーバーしてしまいましたけれども、皆さん熱心に意見を出していただきまして、参加者の皆さんどうもありがとうございました。また国からも、また東京電力からも、わざわざ県外から足を運んでいただいたことに感謝を申し上げたいというふうに思います。
 我々、連携会議といたしましては、あくまでも海洋放出反対でございます。できれば海洋放出以外の対策を考えていただきたい。これは終始一貫、変わることはございませんので、それをしっかりと胸に止めておいていただきたいというふうに思います。引き続き、海洋放出以外の方法を、是非とも色々ご検討、多角的にご検討いただきたいと思います。
 しかし、その上で、来年の夏には海洋放出するという国の方針が決まっている以上はですね、被害を最小限にしなければならないと思います。 

もっとも、その反対理由は「環境や安全への影響」ではなく、水産物等が安全であることは前提として、「風評被害」を考慮しているものと言えます。

まとめ:環境や安全ではなく新たな風評拡大の懸念、海洋放出以外の方法の検討とはトリチウム分離技術

  • 宮城県や連絡会議などの立場としては「海洋放出に反対」、これは水産業者や農林業者、県議会の立ち場が反対だからということが反映された形
  • 「宮城県の村井知事が海洋放出以外の処分方法を検討するよう、西村経済産業大臣に求めた」は事実
  • が、それは「トリチウム分離技術を利用した処分」の検討を含むものであり、要望書では、海洋放出それ自体に反対はしていない
  • 村井知事は海洋放出することは既定路線として「新たな風評の拡大の懸念」を心配しており、それは「環境への影響や食品の安全への懸念」ではなく、県の連絡会議における各所の認識も同様

あくまで海洋放出に反対の立場だが要望書にはそれを含めなかったのは、「がんばる漁業復興支援事業」などで「金を寄越せ」と考えている水産関係団体の影響力があると思われます。

そのことの評価は様々あり得ると思いますが、あくまで要望書に関する話としてはこの通りです。

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