事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

野党議員による速記録妨害等は公務執行妨害罪や業務妨害罪なのか?

野党議員による速記原本強奪妨害

2018年6月19日、衆議院内閣委員会でのIR法案の採決において野党議員が速記を妨害しました。具体的には、速記原本を奪おうとしたり、委員長が使うマイクのコードを抜いたりしたとのことです。

これは公務執行妨害や業務妨害ではないか?国会議員が告発すれば検察も受理するはずです。

では、暴行脅迫や威力はあったのか?国会の自律権との関係はどうなるのか?について整理していきます。

公務執行妨害の暴行とは

公務執行妨害罪(刑法95条1項)にいう「暴行」は、暴行罪(刑法208条)とは異なります。「間接暴行」でも成立します。直接人の身体に対して暴行が加えられる必要はなく、有形力が物に対して加えられる場合でも、間接的に公務員の職務執行を妨害するに足りる程度の暴行といえればよいのです。

ただし、公務員の面前で行われ、間接的とはいえ公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないという見解が有力に言われています。判例がこのような説をとっているかは定かではありませんが、本罪の趣旨からはこう解すべきではないかといわれています。

国会乱闘事件を扱った東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日も、このような見解に立っています。これは一地方裁判所の判断なので全国的な規範性を有しているかはわかりませんが、重要であると言えます。国会は東京地裁の管轄にあるので、これが先例として作用すると思われます。

元来、公務執行妨害罪の構成要件たる暴行は、公務員の職務執行の妨害となるべきものであることを要しー中略ー、従つてこれが積極的な攻撃としての性質を帯びることは勿論(最判昭和二六年七月一八日集五巻八号一四九一頁参照)、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知せしめ、その行動の自由を阻害するに足る程度のものでなければならないと解するのが相当である。けだし、公務員が、その職務執行にあたり、身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知する底の直接あるいは間接の攻撃を受ければ、これが回避もしくは遅疑、逡巡など、その職務遂行の意思に外部的な影響を受け、それがため、その行動の自由が阻害されて、職務執行の停滞ないし中絶を招くであろうことは当然予想されるところであり、一方、その攻撃にして、身体に何らの危険をも感知せしめず、公務員において全く意に介しないような性質のものであるかぎり、これによつて職務の適正な執行の害されるおそれはない、というべきだからである。しかし、右説示したごとき性質の有形力の行使である以上、それが一回的、瞬間的に加えられると、はたまた継続的、反覆的に行なわれるとを問わないことはいうまでもなく、むしろ、公務員の身体に対する攻撃であればその職務遂行の意思に何らかの影響を及ぼし、適正な職務執行を害するのが通常であるともいえよう。

「暴行」はあったのか

現時点で報道に表れている事実で「暴行」に当たり得るのは「速記原本を奪おうとした」でしょうか。

「委員長のマイクのコードを抜いたりした」は、公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないとする見解によれば、公務執行妨害の構成要件には該当しにくいと思います。ただし、それでも威力業務妨害罪の構成要件には該当する可能性が極めて高いです。

こちらの記事では「速記者の業務を妨害したことを認めた」とあります。

この行為の態様によっては公務執行妨害罪上の「暴行」に当たり得るのですが、例えば速記担当者が速記原本を手に持っており、野党議員が速記担当者を羽交い絞めにしたり腕を引っ張ったりするなどの方法でもって速記原本を奪おうとしたというのならば、公務執行妨害罪の暴行に当たると思われます。

しかし、例えば野党議員が卓上の速記原本を掴んだところ、速記担当者が速記原本を押さえて奪われないようにしたなどの場合には、速記担当者の身体に何らかの危険を感知させて行動の自由を阻害することにはならないので、公務執行妨害罪の暴行には当たらないということになります。

先述の東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日の引用の続きは以下のようにあります。

しかるに、本件は、事務総長席の机上にあつた書類を両手でかき廻してこれを散乱させた、というものであり、直接には物に加えられた有形力の行使である。かような物に対する有形力の行使であつても、それが公務員の身体に直接感応されるがごとき態様のものであれば、結局は公務員に向けられた有形力の行使ということができ、これが講学上、いわゆる間接暴行なる概念で論ぜられていることは、いまここにあらためて指摘する要をみないであろう。しかしながら、ここで問題となるのは、帰するところ、この有形力の行使が、公務員の職務執行に対する反抗、あるいは、単なるいやがらせというに止まらず、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知させ、その行動の自由を阻害するに足るものであるかどうかということである。何故なら、物に対する有形力の行使が、その性質上、とりも直さず、公務員の身体に対する積極的な攻撃として目され、かつ、それがため公務員がその行動の自由を阻害されるに足る程度のものでなければ、公務員に対して職務執行の妨害となるべき暴行を加えたものということはできず、そうでない場合にまで間接暴行の概念を拡張することは、およそ公務員の職務執行に対する反抗ないし侮蔑的な意思の発現であるかぎり、これを公務執行妨害罪の構成要件たる暴行として把握されるおそれなしとせず、現行法文上の文意にも反し、ひいては罪刑法定主義の要請にも悖ることとならざるをえないからである。

このように言及して、この事案では公務執行妨害罪の成立は認めませんでした。

結局のところ、今回の野党の速記妨害も、具体的にどのような行為態様だったのかが明らかにならなければ分からない、ということになると思われます。

業務妨害罪にはなるのか?

偽計業務妨害罪(刑法233条後段)・威力業務妨害罪(刑法234条)の可能性はあるのでしょうか?

これも具体的な行為態様によるのですが、例えば速記官の不知を利用して速記原本を奪おうとして失敗したのなら偽計業務妨害罪の未遂ではありません。なぜなら、本罪には未遂犯の規定が無いから、そもそも未遂犯を検討することができないからです(刑法44条参照)。

速記官や委員長の意思を制圧するに足りる勢力を用いたと認められた場合には威力業務妨害罪になるでしょう。威力業務妨害罪の判例として最高裁判所第1小法廷 平成20年(あ)第1132号 威力業務妨害被告事件 平成23年7月7日があります。

卒業式の開式直前という時期に,式典会場である体育館において,主催者に無断で,着席していた保護者らに対して大声で呼び掛けを行い,これを制止した教頭に対して怒号し,被告人に退場を求めた校長に対しても怒鳴り声を上げるなどし,粗野な言動でその場を喧噪状態に陥れるなどした

蛇足ですが、呼び掛けの内容は「大声で,本件卒業式は異常な卒業式であって国歌斉唱のときに立って歌わなければ教職員は処分される,国歌斉唱のときにはできたら着席してほしいなどと保護者らに呼び掛け」というものでした。

こうしてみると、国会の採決に際して議長を取り囲んで怒鳴り声を上げる行為はそれだけで威力業務妨害の構成要件に該当するように思われます。そこからさらに速記原本を奪おうとする行為があったなら、なおさら「威力」が肯定できると考えられます。

国会の自律権と国会議員の免責特権について

実は、国会内で行われた行為の違法判断については、特別の扱いがなされています。

国会には自律権(憲法58条)があるからです。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

国会は国権の最高機関として、円滑な議事の運営と進行を図るため高度の自主性と自律性を与えられ、内部の問題については法的規制の加えられている場合にもその責任において終局的に処理しうると考えるのが憲法の妥当な解釈であると思われる。これらの内部的自律権に属する行為は国会の内部の諸勢力の対立の過程において政治的決定としてなされることに特色を有するが、憲法は国会の自主性を尊重する見地からそれらの行為に対する裁判的統制をみとめていないと解すべきである。もちろん国会内部のあらゆる問題、各院およびその機関のあらゆる行為が司法的審査の対象から除外されるのではない。その範囲は議事機関たる各議院の組織と議事の運営に関する行為に限られるべきであり、たとえば国会職員の懲戒処分などは法治主義の見地から一般公務員のそれに準じて取り扱われるべきである。そこで次のような行為が議会行為として司法的審査の対象から除外されると考える。 

まず、内部的自律権に属する行為の場合には司法的審査の対象から除外されるとしています。速記原本を奪おうとする行為が「内部的自律権」に属しないことは明らかなので、司法審査の対象にはなるでしょう。

では国会議員の免責特権(憲法51条)の対象となるのか?については

本条の免責特権が前述のような立法の目的および趣旨によつて国会議員に付与されたものであることに鑑みるときは、その特権の対象たる行為は同条に列挙された演説、討論または表決等の本来の行為そのものに限定せらるべきものではなく、議員の国会における意見の表明とみられる行為にまで拡大されるべき

そして、免責特権の対象行為も議員の国会における意見の表明とみられる行為に拡大しています。ただ、速記原本を奪おうとする行為が「意見の表明」を超えたものであることは明らかなので、今回はこの点は関係ないでしょう。

さらに、司法審査の対象であったとしても、国会乱闘事件では国会特有の事態を考慮して(採決に至る手続に不備があった)超法規的違法性阻却がなされています。 

東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和
41年1月21日

行為の違法性とは、ひっきよう行為の社会的評価に関するものであつて、これを実質的にみると、その行為が法律秩序全体の精神に背馳したか否かの価値判断であり、従つて、その判断は、構成要件該当性のそれが定型的な評価であるのに対し、あくまでも具体的、非定型的であり、その本質において、元来超法規的ですらある

それ故、かように違法性を実質的に理解するかぎり、もし、行為が、健全な社会通念に照らし、法律秩序全体の精神に背かないものと評価せられるにおいては、これが形式的に構成要件を充足し、かつ、刑法が違法阻却事由として類型化した正当防衛、緊急避難などの要件を具備しない場合であつても、超法規的に行為の形式的違法の推定を覆えし、犯罪の成立を阻却するものと解すべきは、当然の事理に属し、このことは、近時・刑法第三五条にその窮極の手がかりを求めて、学説、判例上、つとに承認せられてきたところである(なお、最高裁判所の判例も、社会通念上許容される限度の行為については、実質的に、その違法性の阻却されることを否定しない趣旨と解される。)ー中略ー
 尤も、この場合、超法規的違法阻却事由は、ー中略ー その判断にあたつては、行為の動機、目的の正当性、手段、方法の相当性、必要性、事情の相当性、行為の法益権衡性などが充分考慮せられるべきであろう。

そして、議事進行に特段の不備が見当たらない本件では、超法規的違法性阻却事由も認められないのだろうと予測します。

議院警察権について

国会内の行為の特別扱いはもう一つ別の観点があります。

国会法114条では議長に議院警察権が認められていることから、議長が何ら警察権を行使していないのに起訴することは許されないとする主張がありますが、それも否定されています。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

この告発は政府与党ならびに自由党側議員から為されたもので社会党議員はその告発者中に包含されていないから決して参議院自身の告発ということはできないが、斯の如き多数の国会議員によつてその告発の意思表示が為された以上、検察庁がこれに基き捜査を遂げた結果起訴するに至つたのはむしろ当然であつて、その間なんらの手続上の違法はないものといわなければならない。

議院の告発である必要はなく、多数の国会議員によって告発の意思表示がなされたため起訴するのは「当然」とあります。

したがって、議長の意思とは無関係に、国会議員が多数、告発の意思表示をすれば確実に検察は受理するということです。国会議員1人や数人程度で議院警察権との競合をクリアするかは不明ですが、必ず排除されるとも言えないということがわかります。

自民党国会対策委員は論外ですが、国会議員はぜひとも告発して頂きたいものです。

犯人は誰か?

ここまで司法審査該当性、免責特権の適用の有無、議院警察権との抵触、構成要件該当性を全てクリアできる余地は十分にあることを検討してきましたが、結局「犯人」は誰でしょうか?

報道では映像を見ても具体的に誰が犯行に及んだかわからないが、野党議員によるものであることは確かだとしています。

しかし、指紋を取るなどすれば誰が行為をしたかが明らかになるはずです。

懲罰動議は?

魚拓:http://archive.is/IcAYK

魚拓:http://archive.is/KhUZ8

違法のおそれが極めて高い野党の妨害行為が懲罰動議にもかけられないにもかかわらず、足立議員は質問の際に不適切だったというだけで懲罰動議にかけられています(懲罰委員会に付する決定はされていないという中途半端な状態が取下げられていない)

こういった国会対応はおかしいですよね。自民党の野党にやさしい対応は法を守る国民をもバカにしているとしか思えません。

懲罰の可能性についてはこちらに過去の例を含めてまとめてあります。

まとめ

  1. 公務執行妨害罪となるには速記官等の身体に危険を生じさせたかが重要
  2. 少なくとも威力業務妨害罪の構成要件には該当しそう
  3. 国会の自律権との抵触はなく、司法審査の対象になる
  4. 国会議員の免責特権は適用されない事案
  5. 議院警察権との抵触は国会議員多数が告発すればクリア可能、単独での告発が排除されるかは不明
  6. 超法規的違法性阻却事由があるかは現時点では厳しい
  7. よって、告発すれば何らかの罪には問えるのではないか?
  8. 少なくとも懲罰に付さなければおかしい

以上