世の中が忘れている違いの認識。
- 李琴峰が村松ひろみ市議を提訴、性別変更していたと会見で自白
- 李琴峰は女性の立場でトランスジェンダー論:言論の公平性の問題
- メディアの報道では請求内容が不明、成立するか不明な請求原因
- 「あの人はトランスジェンダーだ」は、プライバシー侵害なのか?
- トランスジェンダーの定義・用語法は活動家が恣意的に動かしてきた
- 「トランスジェンダー」の一般的定義からプライバシー該当性を考える
- 発言者による対象人物への認識・評価を述べただけという意味の可能性
- 判例・裁判例におけるプライバシーの扱いと性的指向及び性自認の関係
- プライバシー概念の拡張か、そうではない人格権の侵害と構成するか?
- 「本件アウティングは人格権ないしプライバシー権等を著しく侵害」の意味
- 「人格権の主観化」とも距離がある、性的指向・性自認それ自体の人格権化
- 補足:李琴峰には、性分化疾患による「性別の訂正」に相当する事情があるとは一般的には考えることができない
李琴峰が村松ひろみ市議を提訴、性別変更していたと会見で自白
芥川賞受賞作家の李琴峰が甲府市議の村松ひろみを提訴、性別変更していたと報道されました。*1各所の報道で、「来日前に女性に性別変更していた」*2*3((((芥川賞作家の李琴峰さん「性別変更暴露された」 投稿削除と賠償求め甲府市議を提訴 産経新聞 2025/6/5 17:27))))ということが書かれています。
請求原因は、報道等ではX上において村松市議による李氏の「性別変更の事実の暴露」「トランスジェンダーの暴露」などがあったとされていますが、それぞれ性質の異なるものが混同して論じられており、具体的な主張は不明と言わざるを得ません。
李琴峰は女性の立場でトランスジェンダー論:言論の公平性の問題
李琴峰は従前「性自認に基づいて男女別スペース使用やスポーツ参加が認められるべき」という主張をレズビアンの女性作家として活動している中、つまりは【女性の立場】から行ってきました。
各所の記述からも、李氏が自身を女性としているのが分かります。日本国内で様々な媒体で「女性」として扱われるも否定してきませんでした。
しかも、李琴峰はこうも書いていました。
論理的に考えてみてください。私はこれまで、一度も自分のことをトランスジェンダーだと言ったことはありません(まあ、シスジェンダーだとも言っていないけれどね)
そのため、「李が本当に女性なのか?」は、言論のフェアネスにとり最重要事項であって、ゲスの勘繰りをしたくてしてるのではありません。
李氏の請求のうち、一部は認められる可能性はあると思いますが、「トランスジェンダーの暴露」に関しては、それが矛盾した主張であり、時系列的に2023年以前に李氏が公言していた内容と整合的であるに過ぎず「暴露」ではないということは上掲の過去記事で整理しています。
さらに、この話は事案を離れて、憲法上の人格権やプライバシーの領域と性的指向・性自認の関係に関する世の分析不足が実態と異なる認識を生み出しかねないものでもあるので、以下、判例も含めて詳細に整理していきます。
メディアの報道では請求内容が不明、成立するか不明な請求原因
各所の報道((「女性として生きてきた生活の破壊」 芥川賞作家が甲府市議の“アウティング”に対し損害賠償を請求 弁護士JP編集部 2025年06月05日 19:26))*4や李氏の支持者の発信*5をみると、「トランスジェンダーであることを暴露された」ことを理由にした請求が含まれているということは確定のようです。
しかし、そもそも「トランスジェンダーであること」の指摘は人格権やプライバシー侵害なんでしょうか?「トランスジェンダーであること」の指摘は侮辱でも何でもありませんから。
請求原因には、名誉毀損の不法行為を理由とするものも含まれているとのことですが、仮に「トランスジェンダーと言った」ことに関して名誉毀損だと主張しているならば、むしろ真実性がある事の証左です。
「性別変更をしている事」の暴露はプライバシー侵害かもしれませんが、メディアの記事では「性別変更前の写真を掲載」としか書いておらず、『性別変更した事実の摘示』があったのか不明です。
いずれにしても、李氏の請求内容は訴状を見ないと分かりそうにないので、本稿では、「トランスジェンダーの暴露」に絞って論じていきます。
「あの人はトランスジェンダーだ」は、プライバシー侵害なのか?
「あの人はトランスジェンダーだ」は、プライバシー侵害なのか?
「プライバシー」侵害の成立要件は、「宴のあと」事件の東京地裁判決*6が判例であり、『私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利』として以下の4要件が提示され、現在までこれに基づいて事件処理されています。*7
*1:なお、台湾では従前、戸籍の性別変更には性別適合手術の実施に関する診断書を必要とする旨の通達(內授中戶字第0970066240号)がありましたが、令和5年9月21日の最高行政法院は、本件通達は、法律に規定されていない義務を課すもので、憲法第23条に規定される法律の留保の原則に反し、かつ比例原則に違反し、性別変更登記申請者の身体権、健康権、人格的尊厳および人格権を深刻に侵害するものであること、戸籍法第21条は、生理的性別が出生登記後に変更した場合にのみ変更登請できるという制限をしていないこと等を理由に、原審を破棄し、審理を差し戻す判決を下しており、今後は性別変更要件の変更となるのか、その動静が注目されています。この制度では、李氏が性別適合手術を受けていたはずですが、本当に実施済みなのかは各所の報道等を見ても明言されていない。
*2:「嵐に襲われ、日常奪われた」SNS上の暴露めぐり芥川賞作家が提訴 黒田早織 二階堂友紀2025年6月5日 22時32分
*3:芥川賞作家の李琴峰さん「アウティング被害」と提訴 甲府市議の投稿 毎日新聞 2025/6/5 14:00(最終更新 6/5 20:11)
*4:芥川賞作家 “トランスジェンダー暴露された” 甲府市議を提訴 2025年6月5日 19時46分 NHK
*5:村松ひろみ氏によるアウティング・名誉毀損事件(係争中)
裁判の記録 李琴峰さんを支える会 2025/6/5
*6:東京地方裁判所 昭和39年9月28日判決 昭和36年(ワ)第1882号
*7:ただし、裁判例はプライバシーの権利に統一的な定義を与えることに成功していないと評されています。最高裁判決を見ても、例えば平成20年の住基ネット事件判決の調査官解説では、「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されないという自由という限度では、これが憲法13条により保障されることが肯定されたが、『プライバシー権』ないしその一内容としての『自己情報コントロール権』が憲法上保障された人権と認められるか否かについては正面から判断していない」)としています。