野党6党が国会審議の空転をさせましたが、これは単なる日程闘争ではありません。
日程闘争とは、国会の期日をいつにするか?を決めるに際して行われるものであって、今回は既に決まった期日、しかも野党自らが提出した法案審議のために設けられた日程を野党が自分からボイコットしたという事案です。
このような場合に適用可能な罰則はないのかどうか検討しました。
野党6党への懲罰動議
懲罰動議については国会法121条に規定されています。
懲罰の内容は国会法122条に4種類あります。
- 公開議場における戒告
- 公開議場における陳謝
- 一定期間の登院停止
- 除名
懲罰事由(懲罰事犯)については、憲法58条2項は「院内の秩序を乱した」とのみ定めています。一部の具体的行為については国会法、議院規則により懲罰事犯として付託するものもあります。
具体例として国会法124条に規定されている事由で出席しない者の場合、議長の制止又は取消の命に従わない者(衆議院規則238条)、議長の制止若しくは発言取消の命又は委員長の制止若しくは発言取消の命に従わない者(参議院規則235条)、国会法第63条により公表しないものを他に漏した者(参議院規則236条)などがあります。
上記の具体的行為以外の場合は、何が懲罰事犯なのかは規定がないため、個別に判断されることになります。むしろこっちが通常。
よって、今回も懲罰事犯としてあつかうことは可能と思われます。
ただし、戒告、陳謝、登院停止、除名という4つのメニューしかありません。
今回のボイコットのような事案の場合、戒告や陳謝で済ませていいとは思えませんし、登院してこない者に対して登院停止という懲罰はなんだかおかしいです。
よって、除名が残るのですが、では、除名とはどのような場合になされるものなのでしょうか?過去の事例を振り返ります。
審議ボイコットに対する除名の懲罰
除名処分にすべきと懲罰委員会で決定されたのは過去に3人。本会議で除名が決定されたのは衆参院各1名ずつしか存在しません。
過去の除名事案
親米博愛勤労党:小川友三
参議院 懲罰委員会 5号 昭和25年04月07日
(昭和二十五年度一般会計予算三件の審議に際し)、小川君が予算委員会においても、又本会議の討論に際しましても、議題となつておつた予算関係の問題について、反対の通告をして、予算委員会においてはすでにその意思表示をなし、且つ又本会議においては、討論に際して反対の通告をしておつたに拘わらず、議長から賛否の意見を問われても、その意思を明らかにしなかつたし、休憩後の本会議において、再び賛否の意思を表明するようにと議長から忠告したのによつて、初めて反対の意思表示をした。そこまではよいのでありまするが、その反対の意思表示をしたに拘わらず、いよいよ投票になつて見れば、白票を投じたという事実
ちょっとわかりにくいのですが、会議の基本原則を無視して議題に対する意思を不明確にして混乱を招いた、というまとめ方ができるでしょう。
短時間のうちに意見をコロッと変えたことから、何者かによる買収などの工作が疑われていました。しかも、懲罰委員会で「煙草吸いたいから休憩させてくれ」と言う始末(休憩が認められた)。議事録を見ると「ブッ飛び具合」がわかると思います。
懲罰委員会の同日の本会議で除名が賛成多数となりました。
共産党:川上貫一
衆議院 懲罰委員会 9号 昭和26年03月26日において、同年3月9日に行われた懲罰委員会において決定された「公開議場における陳謝」という懲罰について、その後の議場で陳謝文を読まなかったことが懲罰事犯となりました。
同年3月29日の本会議で除名処分が決定されましたが、前の懲罰委員会で陳謝すべきとされた事犯はどのような内容だったのか?
衆議院 本会議 27号 昭和26年03月29日の議事録の画像はこちら。
画像を見ていただくとお分かりだと思いますが、伏字がたくさんあります。
当時国務大臣だった吉田茂が「ただいまの議論は要するに共産主義の宣伝演説」と言うように、反社会的な文言が多数、しかも40分の予定が50分もなされて時間オーバーしていたということです。
なんとも時代を感じる内容ですが、このこと自体が除名処分の事由になったのではなく、あくまでも懲罰委員会で決められた懲罰である陳謝を実施しなかったということが除名処分の事由となっています。
今回の審議拒否の事案ではどうか
さて、自分たちが要求した法案審議を意図的にボイコットするという今回の行為についてはどうでしょうか?小川友三の事案と比較すると、意見をはっきりしないということと、審議の意思を明確にしないということとであまり違いはないような気がします。
ただ、全員を除名にするには人数が多すぎますし、懲罰委員会の審議にかける時間もかなり無駄になるということになります。それに、審議放棄が「院内の秩序を乱した」にあたるのかどうか、やや難点があります。
しかし、事案の重大性という点で言えば、除名処分がなされても当然の事案だと思います。
資格争訟について
国会法111条で資格争訟が規定されていますが、これは今回の件では当てはまりません。
- 被選挙権を保持していること(公職選挙法10条・11条)
- 兼職の規定に反していないこと(憲法第48条、国会法第39条・第108条・第109条)
これらに該当していないかどうかを審議するのが資格争訟の裁判ですから、本件では考える必要はないということになります。
偽計業務妨害罪という刑罰の適用可能性
以下で野党のボイコットは刑法233条の偽計業務妨害に該当し得ることを書きました。
偽計業務妨害を考えるにおいては、国会議員の免責特権と国会の自律権、議長の議院警察権を考慮する必要があります。
国会議員の免責特権と国会の自律権
国会議員の免責特権(憲法51条は)「議院で行った演説、討論、又は評決」が対象です。今回のボイコットはこれに含まれるでしょうか?慎重を期するために先例を見ていきましょう。
- 東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日
- 東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日
上記は国会議事堂内での乱闘事件を扱ったものです。国会議事堂内で起きる事案は全部東京都内ですから、東京地裁でしか判断されないはずであり、東京地裁の裁判例が先例として大きく機能していると言えるでしょう。上記2つの裁判例からは、以下の枠組みが導かれます。
- 免責特権は演説、討論、評決に附随する行為にも適用される
- ただし、それは院内の言論行為に附随するものに限られる
- 議員の院内における広義の政治活動と見られる行為の場合は、議員の職務と全く無関係な個人的犯罪と異なるから、形式的に構成要件に該当しても超法規的違法性阻却事由の検討をする
1,2について、本件では院内の言論付随行為ではないと考えられます。
次に、今回のボイコットが「院内における政治活動」と言えるかはかなり怪しいですが、3番目の点について。
昭和41年判決では、事務次長のネクタイを引っ張って頸部圧迫をした等の国会議員の行為が公務執行妨害罪の構成要件に該当するが、超法規的違法性阻却事由によって無罪とされています。
とんでもないことしてますね。
この結論になったのは、与党側の議事進行も違法ではなかったもののやや妥当性を欠くと思われるものであったこと(本来の開会よりも早めて強行採決しようとしたため、野党議員が入場できず締め出された)がかなり影響しています。
よって、今回の事例では自民党、公明党、維新の会は適切に審議を進める予定であったのですから、野党のボイコットが院内における政治活動とされても、超法規的違法性阻却事由があるとされることはないと思われます。
国会の自律権
上記裁判例を見ると、議院内の規律は一般の規律とは異なるという前提があるようです。それは憲法58条の国会の自律権によります。ただし、上記に示した裁判例を見ると、一般警察権が必ずしも排除されるということはないようなので、本件の事案において検察が起訴することは理論上可能です。
東京地裁昭和31年(刑わ)第3143号 昭和37年1月22日
議員の院内活動について議院の告発を起訴条件とするときは職務行為に無関係な犯罪行為(前示(C)の(b)のようなもの)についても検察庁はこれを起訴し得ないこととなり、場合によつては多数派の考え方次第で普通の犯罪が隠蔽されるおそれを生ずる。
よって、議院で議決をとってまでする告発が無いと起訴できないということはないようです。
しかし、やはり国会の自律権との抵触の疑義があるため、検察は独自捜査を自ら始めるということはないでしょう。したがって、多数の国会議員からの告発があればこの点をクリアできるのであって、一国民としては国会議員への働きかけが有効なのではないかと思います。
また、もしかしたら議長の議院警察権(国会法114条)との抵触の問題も発生するかもしれません。そうすると議長権限での告発が必要になりますから、国会議員から議長への告発の申入れが必要であるということになると思われます。
まとめ:日程闘争、国会審議の空転は許されない
以上みてきたように、野党による審議日程ボイコットは除名の懲罰にも偽計業務妨害罪にも該当し得るものです。懲罰動議と刑罰は相互排他的ではないはずですから、同時並行で追及することも可能なはずです。
維新の会の足立康史議員が懲罰動議を受けるのであれば、国会審議をボイコットした者は全員それ以上の処分を受けるべきです。
以上