事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

731部隊細菌戦を事実認定した裁判:中国人集団国賠訴訟について

「731部隊細菌戦」を訴訟上事実認定した中国人集団国賠訴訟について。

731部隊細菌戦国家賠償請求の中国人集団訴訟

東京地方裁判所判決 平成14年8月27日 平成9(ワ)16684

731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟についてWEB上で見れる判決は上記です。

結果は中国人原告らが敗訴です。

その後はウィキを見る限り(731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟 - Wikipedia)、東京高裁は(平成14年(ネ)4815号)で原告控訴棄却、最高裁は上告棄却・上告不受理決定がされています。

リンク先から見れる文書はちょっとだけ長いですが、判決文そのものは18ページで終わります。それ以降は原告の主張や被告の主張です。なので、一般的な判決文の体裁とは少し趣が異なります。

細菌戦の事実を認定「ペストノミを空中散布」

東京地方裁判所判決 平成14年8月27日 平成9(ワ)16684 (PDF13頁)

(イ) 1940年(昭和15年)から1942年(昭和17年)にかけ
て,731部隊や1644部隊等によって,次のa,f,g,hのとおり中国各地に対し細菌兵器の実戦使用(細菌戦)が行われた。
a 衢県(衢州)
(a) 1940年(昭和15年)10月4日午前,日本軍機が衢県上空に飛来し,小麦,大豆,粟,ふすま,布きれ,綿花などとともにペスト感染ノミ(小袋に入ったものもあった。)を空中から撒布した。当日午後には,県知事の指示で,住民を総動員して散乱している投下物の収集・焼却が行われた。
(b) 10月10日以降,上記の投下物のあった地域で病死者が出始め(ただし,その病気がペストかどうかは確認されていない。),同じころからネズミの死体が続々と発見されるようになった。11月12日にペスト患者が初めて確認され,投下物のあった地域においてペスト患者が多発した。
衢県で11月12日以降に発生したペストは,日本軍機が投下したペスト感染ノミがネズミにペストを流行させ,これがヒトに感染したものと考えるのが合理的である。

731部隊細菌戦国家賠償請求の中国人集団訴訟では、東京地裁が細菌戦の事実を認定し、「ペストノミを空中散布」と言っています。

以降、他の地域におけるペストによる死者数を認定し、ペスト散布との因果関係を肯定しています。

ただ、その背景には以下の事情があります。

反証無し、民事裁判上の事実認定

東京地方裁判所判決 平成14年8月27日 平成9(ワ)16684 (PDF12頁)

 (3) そこで,上記(2)の前段の判断基準に基づき本件における国会の立法不作為の違法の有無を検討することとするが,その前提として,必要な範囲で,原告らの主張する本件細菌戦の事実の有無についてみておくこととする。
ア この点については原告らが立証活動をしたのみで,被告は全く何の立証(反証)活動もしなかったので,本件において事実を認定するにはその点の制約ないし問題がある。また,本件の事実関係は,多方面に渡る複雑な歴史的事実に係るものであり,歴史の審判に耐え得る詳細な事実の確定は,最終的には,無制限の資料に基づく歴史学,医学,疫学,文化人類学等の関係諸科学による学問的な考察と議論に待つほかはない。しかし,そのような制約ないし問題があることを認識しつつ,当裁判所として本件の各証拠を検討すれば,少なくとも次のような事実は存在したと認定することができると考える(認定に供した証拠は,省略。)。

被告(国)らは反証活動をしなかったとあります。

別紙4に「被告の主張」があるのですが、法律の適用がないことを主張するのみで、細菌戦の事実については反証していませんでした。なぜこんな異例の争い方をしているのかは謎です。

しかし、細菌戦の事実は「争いの無い事実」とはなっていなかったことから、裁判所が訴訟における事実の存否の判断を下したということです。

その上で、中国人らが敗訴したのは日中共同声明によって日本国の国際法上の国家責任が無くなったため、日本国に請求して満足をえることは出来なくなったからという理由でした。

日本政府はいわゆる細菌戦を否定も肯定もせず

その後の日本政府ですが、いわゆる細菌戦を肯定したことはありません。

衆議院議員服部良一君提出七三一部隊等の旧帝国陸軍防疫給水部に関する質問に対する答弁書

というより、この答弁書では「時間がかかるから調べていない」と言っているにとどまります。否定も肯定もしていないということでしょう。

ちなみに文部省の教科書検定において731部隊の記述について全部削除する必要があるとの修正意見を付し、右削除を合格の条件としたことが争われた事案で最高裁が「七三一部隊に関しては、本件検定当時既に多数の文献、資料が公刊され…七三一部隊の存在等を否定する学説は存在しなかったか、少なくとも一般には知られていなかった」と判示しているが、これは歴史学上の正しさを担保したわけではなく、単に文部大臣の裁量判断の考慮事項として学界においてそういう状況であったと認定しているに過ぎない。

まとめ:歴史的事実と訴訟上の事実

731部隊による細菌戦を語る際に、中国人集団訴訟における裁判所の事実認定が持ち出されることはあまりないように思います。

それは、あくまでも原被告が提出した証拠資料に基づく訴訟上の事実認定に過ぎず、歴史的事実を明らかにしたものと捉えることはできないという考えが細菌戦の存在を認める論者にもあるからだと思われます。

以上