事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「豊田市消防本部がAED使用は女性に配慮を」という言説と石見教授らの元論文:ファクトチェックの問題点

【電気ショックの時間を遅らせないこと】が社会で共有されるべき知見

JFC「『消防署が女性へのAED使用に配慮が必要』は誤り」

日本ファクトチェックセンター(JFC)が、「『消防署が女性へのAED使用に配慮が必要』は誤り」というファクトチェック記事を出しました。

ファクトチェックに馴染む話題か?という疑問があるのはさておき、この話題に必要な情報を補足したいと思います。

本稿はファクトチェックではなく、情報源のリンクと情報源での記述についての具体的な指摘、元となった研究・論文と周辺情報について書いていきます。

ツイッター速報「女性へのAED使用は配慮を行ってください」

https://archive.is/99ec4

まず、JFCが検証対象にしたツイッター速報アカウントのツイートの文言は「女性へのAED使用は配慮を行ってください」であり、JFCが判定対象文言とした「女性へのAED使用に配慮が必要」という表現がそのまま妥当するのかは疑問です。

JFCも行ったことですが、ネタ元がどういう趣旨で啓発していたのかを確認します。

豊田市消防署のAED啓発ページとポスターの記述

女性へのAED使用ためらわないで|豊田市

豊田市消防本部のHPでは、「女性へのAEDためらわないで」というタイトルで「女性に配慮したAED使用法」という項目の中に服飾とパッドの扱いが書いており、「更にプライバシーに配慮」できる方法があるとして書いています。

ネットで拡散した啓発用ポスターもこのページ内にあります。

https://www.city.toyota.aichi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/050/157/r0408/01.pdf

そこでは「必ずそうしろ」という記述の仕方ではありませんが、全体の記述の仕方から「女性へのプライバシーの配慮の一環として」書かれていると受け止めてしまう可能性は皆無ではないと思われます。

いずれにしても、その趣旨は「電気ショックが遅れると男女差なく救命率が低下するので、時間がかからない方法があり、それを実施しましょう」というものでしょう。

そのための選択肢を提示しているものであり、金属製のアクセサリの扱いや下着・上着の扱いは、本来は男性にとっても効果のある話です。

しかし、「女性への配慮」という表現が前面に出て書かれているため、本来の趣旨がぼやけてしまい、勘違いされる危険のあるものになってしまっていると言えます。

そして、それは「女性に対してAEDパッドの装着率が低いとの調査結果が出ており、女性の服を脱がせることへの抵抗感が原因ではないかと分析されています」として出典を提示していることから更に混乱を与えていると言えます。

参考情報である総務省近畿管区行政評価局のAED資料

学校における救命活動に関する調査―AEDの使用を中心として―結 果 報 告 書

令和 2 年 3 月 近畿管区行政評価局

参考情報である総務省近畿管区行政評価局のAED資料では、調査対象となった学校での実技研修等についての取り組みの所で、「調査した学校設置者及び学校は、いずれも、AED使用時には女子のプライバシーへの配慮が必要であるとしており、6校では次のような取り組みがみられた」と記載しています。

豊田市消防本部がこの記述を啓発の内容に含めているかというと、先述の啓発文言からはそうは言えないと考えられますが、しかし、これを「出典」としていることから「必要だという意味か」と捉える者が出てきたとしても仕方がないと言えます。

さて、ここで「令和元年に京都大学の研究チームが公表した調査結果によると」とありますが、以下の論文です。

石見教授らの女性へのAED使用に対する抵抗感の論文

Sex Disparities in Receipt of Bystander Interventions for Students Who Experienced Cardiac Arrest in Japan | Adolescent Medicine | JAMA Network Open | JAMA Network

2019年5月31日付けで発表されたこの論文がそれです。筆頭著者は大妻女子大学家政学部の清原康介氏です。

この原著論文の簡易報告+個別の論述があるものとして【女性へのAED使用に対する抵抗感について プレホスピタル・ケア 清原 康介, 松井 鋭, 鮎沢 衛, 北村 哲久, 石見 拓】があり上掲画像がそれです。

この論文の発表日にNHKが石見教授を中心に取材報道し、その後、繰り返し記事がSNSでシェアされ同様の記事も出されたことで(「女性にAEDで訴えると言われた」というデマの紹介も含めていた)、ネット上で「女性に対するAEDはリスク」という言説を振り撒く界隈が発生しました。その後、東京都多摩府中保健所の啓発ポスターに関して非難が巻き起こるなど、定期的に「バズネタ」となっています。

これらの論文・報告の内容については2022年に以下で既にまとめていますが、改めて簡潔に注意点を示します。

AED使用者・バイスタンダーの性別は不明、女性が女性へのAED忌避の可能性

 バイスタンダーによって心肺蘇生が実施された割合は、全体では男子生徒が86.3%(151/175)、女子生徒が84.2%(48/57)であり、有意な男女差は見られなかった(調整済みオッズ比0.83, 95%信頼区間 0.32-2.16)。学校種別で見ても、小学生、中学生、高校生/高専生ともに有意な男女差は見られなかった。

 一方、バイスタンダーによってAEDが使用された割合は、全体では男子生徒が80.6%(141/175)、女子生徒が63.2%(36/57)であり、有意な男女差が見られた(調整済みオッズ比0.44, 95%信頼区間 0.20-0.97)学校種別で見てみると、小学生と中学生では有意な男女差は見られなかったが、高校生/高専生において女子生徒は有意にAEDが使用されていなかった(調整済みオッズ比0.26, 95%信頼区間 0.08-0.87)

これが石見教授らの研究の結果です(簡易報告版から引用)。

元論文では、このような結果となったことの「考察」として出て来たのが、「AEDパッドの貼り付けの際には脱がす必要があり、それは学齢期の女子児童に対しては好ましくない行為だと受け止められており、男性にとっては性的暴行と誤解されると思われることが原因ではないか」というものでした。

しかし、本論文では心肺蘇生・AED使用をした者の属性、性別は調べていませんし、AED使用を躊躇した者が男性なのか女性なのかも調べていません忌避した理由も調べられていません

つまり、【女性も女性へのAEDを忌避している】可能性が当然あるのであって、上述のような考察に一足飛びに向かう理由はよくわかりませんでした。

実際、旭化成ゾールメディカルのアンケート調査では、その傾向が指摘されています。

そうするとたとえば…

女性の服の構造に慣れていないために戸惑ってしまう」「女性はアクセサリ装着が多いことからAED使用時に混乱が起きている」「衣服の破損(それに対する賠償)を恐れた」という可能性も視野に入れておくべきということに。

さらに、女子校など女性集団内での事案発生の場合にはデータが歪む事情は無いか?(女は危機でフリーズする・AEDを取りに行くのが遅い・機械操作に拒絶反応を持つ者が多い、といった要素)という予測が出てきてもおかしくない。

京都大学石見教授らの論文の理解の時点で、注意が必要なはずでした。

豊田市消防本部の啓発は論文の考察をどこまで念頭に置いてるかは定かではありませんが、「女性の服の構造に慣れていないために戸惑ってしまう」「女性はアクセサリ装着が多いことからAED使用時に混乱が起きている」に対して一つの解を提示するものであり、AED使用までのタイムロスを減らすことに資すると言えるでしょう。

石見教授「AED使用状況は一刻を争うので、救命処置の広げ方を検討するべきではないか」

先述の簡易報告版には、論文内には無い以下の論述があります。

改めて、AEDが使用される心停止という状況が一刻を争うこと、そうした状況の中、大多数の救助者が様々な障壁を抱えながら行動を起こさなければいけないことを想起して、AEDを用いた救命処置の広げ方を検討することも重要である。著者等は、女性へのAEDの使用を促すために、AEDパッドを素肌に直接貼り付けることができていれば、下着は外す必要はなく服も必ずしも脱がせる必要はないし、AEDパッドを貼った後で上から布などをかけて肌を隠しても構わないと考えているが、こうした取扱いについて専門家の幅広いコンセンサスを得て社会に広げていくことも求められる。

石見教授は、「AED使用までの時間遅延を抑えたい」という意識の下、「AEDパッドを素肌に直接貼り付けることができれば下着や服も必ずしも脱がす必要はない」と書いています。

これは民間企業でも「ブラジャーは必ずしも外す必要はない」と書く所が表れて来たように、一定の啓発が進んでいると言えます。ただ、上着については「脱がせる・はだけさせる必要がある」という理解が多いようです。実際、AED講習会ではそのように教えるのがスタンダードとなっているようで、それ自体は問題ではありません。

参考:女性にAEDを使うときの注意事項について|ALSOK

ただ、石見教授が「女性への配慮」という表現と共に、「女性のプライバシー」を念頭に置いた考察・提言をしているせいで、「必須手順」として受け止められた結果、「AED使用の複雑さを増大させる悪手だ」と批判する向きがあります。

SNSの論者には「訴訟リスク」(石見教授の簡易報告版でも忌避者の心理の予測として書かれていた)や「マスメディアの実名報道によるレピュテーションリスク」を挙げ、過去一度も発生したことが無い現象について自分が被害者になる前提で不安を煽る投稿をする⇒バズる、といった行為が横行しています。

社会で必要な意識は【電気ショックの時間を遅らせないこと】であり、そこに向けた知見の共有をするのが建設的な姿勢じゃないでしょうか。

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