事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

女性へのAEDの抵抗感に関する報道・論文・アンケートまとめ:「配慮」は悪いことか

共同幻想なんじゃないか?論文を読もう。

女性へのAED使用の抵抗感についての報道

魚拓

https://web.archive.org/web/20220614033635/https://www3.nhk.or.jp/news/special/miraiswitch/article/article23/

倒れた人が女性だと、男性よりもAEDが使われにくい。そんな調査結果を、最近京都大学などの研究グループがまとめました。

全国の学校の構内で心停止となった子ども232人について、救急隊が到着する前にAEDのパッドが装着されたかどうかを調べたのです。

学校にはAEDの設置が進んでいて、もしもの時にはすぐに使える状態の場合がほとんどです。しかし小学生と中学生では男女に有意な差はありませんでしたが、高校生になると大きな男女差が出ていました。

男子生徒は83.2%なのに対し、女子生徒は55.6%と、その差は30ポイント近くありました。

AEDのパッドは2枚あり、右胸の上と左のわき腹に、直接装着します。
「倒れた人が女性の場合、素肌を出してAEDを使うことに一定の抵抗感があるのではないか」研究チームはそう分析しています。

このニュースが報道された後、ネット上でも「どうせ助けてもセクハラとか言って訴えられる」「社会的地位を失う可能性のデメリットの方がデカイ」など、トラブルをおそれてしまうといった声があがりました。

2022年6月のAEDに関するネット上の言説の広がりの発端はNHKのこの記事のシェアによるところが大きいです。この記事自体は2019年5月の記事ですが、NHKはこの記事を定期的にシェアしています。
なお、この件はAED 女性への使用に抵抗感? 京大調査2019年5月6日 7時31分 NHKで既に紹介されていた。

注目すべきは、「ネット上の反応」を取り上げていることです。NHKがネット上の反応をベースにこの記事を書いたというのがわかります。ネット上のナラティブが使いまわされ、ロンダリングされてる可能性があるということです。

清原康介、石見拓らの京都大学などの研究グループ論文

ここで紹介されている「京都大学などの研究グループの調査結果」というのは【女性へのAED使用に対する抵抗感について プレホスピタル・ケア 清原 康介, 松井 鋭, 鮎沢 衛, 北村 哲久, 石見 拓】で書かれているものと同一と思われますが、このページの表記には2019年10月とあります。

では、この論文はどういう調査方法で、どういう結果が出て、どういう結論が出ているのでしょうか?石見教授の研究室には、以下の説明があります。

2008年4月〜2015年12月までに全国の学校校内で発生した小学生・中学生・高校生・高等専門学校生の院外心停止症例232例(男子生徒175例、女子生徒57例)を抽出、検討した。これらはすべて非外傷性の症例で、現場でバイスタンダーが救命処置を実施すべき対象であった。その結果、バイスタンダーにより心肺蘇生が実施された割合は、全体で男子生徒が86.3%、女子生徒が84.2%で、有意な男女差はみられなかった。学校種別(小学生、中学生、高校生/高専生)、でも有意な男女差はみられなかった

「心肺蘇生」というのはCPR=胸骨圧迫と人工呼吸を指すので、AEDの使用とは異なります。論文のタイトルと合致しないこの概要は、どういうことでしょうか?

ところが、いろいろ調べてみてもネット上や近隣の図書館ではこの論文の内容を見れるところがありませんでした。

ただ、国立国会図書館には掲載誌あったので、現在論文を取り寄せ中です。
※追記:取り寄せましたが、結局、次項紹介の論文について簡潔に(日本語で)報告するだけの内容でした。
※ただし、考察内容には論文には無い踏み込んだ主張が見られます

しかし、実はNHK記事と同じ日(2019年5月31日)に以下でUPされた論文が同じ研究を扱ったものでした。

AED使用をした者の性別、女性へのAED使用を躊躇した者の性別は不明

【日本において心停止を発症した学生への居合わせた者の介入に関する調査における性差】とでも仮訳しておきます。

Sex Disparities in Receipt of Bystander Interventions for Students Who Experienced Cardiac Arrest in Japan | Adolescent Medicine | JAMA Network Open | JAMA Network

Our study found that female sex among youths who experienced OHCA in schools was associated with significantly lower odds of receiving public-access AED pad application than male sex among youths who experienced OHCA in schools. The reason for this sex difference in receiving public-access AED pad application is unclear. We speculate that it may be because bystanders must undress a person experiencing OHCA to apply AED pads, but chest compressions can be conducted without undressing. Bystanders might be embarrassed and afraid of applying AED pads on school-aged female youths because undressing women and girls is an unfavorable behavior in public places, even if they are experiencing cardiac arrest, and for male bystanders to do so, it might be misunderstood as sexual assault.

要するに、胸骨圧迫は衣服を脱がす必要なく行われるものだが、AEDパッドの貼り付けの際には脱がす必要があり、それは学齢期の女子児童に対しては好ましくない行為だと受け止められており、男性にとっては性的暴行と誤解されると思われることが原因ではないか、と書かれています。

しかし、この記述部分は"Discussion"、つまりは考察部分の記述であり、それが原因であると特定できる何らかの調査をしたわけではありません。

特に、心肺蘇生・AED使用をした者の性別は調べていませんし、AED使用を躊躇した者が男性なのか女性なのかも調べていません

これは2018年12月に発表された、日本で類似の研究(主にCPRに関して調査)をした他の論文でも同様です。

Sex Differences in Receiving Layperson Cardiopulmonary Resuscitation in Pediatric Out‐of‐Hospital Cardiac Arrest: A Nationwide Cohort Study in Japan

Our study has several limitations. First, there may have been unmeasured factors that confounded our results (eg, sex of layperson CPR providers). Second, our inference may not be fully generalizable to other healthcare settings, given the differences in patient characteristics and medical care systems. Third, in this data set, the sex of layperson CPR providers was not available, and we were unable to assess the effect of sex discordance and concordance between CPR providers and patients on receiving layperson CPR. 

次に、石見教授らの論文の筆頭著者である清原康介氏が書いた同趣旨の論文があったのでそのアブストラクトを見てみます。

清原康介らの2020年論文でも女性が有意にAED使用されないが

Gender disparities in the application of public-access AED pads among OHCA patients in public locations

Gender disparities in the application of public-access AED pads among OHCA patients in public locations - ScienceDirect

2020年3月18日に出された論文。

掲載される媒体によって多少概要の記述が異なるので2つのリンクを置いておきます。

大阪市の院外心停止の事例のレジストリから取得された4358人の患者(3313人の男性と1045人の女性の患者)のデータを分析した研究です。患者の年齢は(<15、15–49、50–74、および≥75歳)で分けています。

その結果、15〜49歳の患者では、女性患者は男性患者と比較してパブリックアクセスのAEDパッドの適用を受ける可能性が有意に低かったとされています。

ただし、やはりここでもAED使用者の性別については触れられていません。

女性へのAED使用が少ない傾向だということは海外でも同様のようです。

Sex differences in the prehospital management of out-of-hospital cardiac arrest☆
Author links open overlay panelBryn E.MummaTemurUmarov

清原論文が引用しているこの15,584人の患者を調査した海外の論文でも、「女性は男性よりもOHCAのガイドライン推奨治療を受ける可能性が低かったものの、これらの違いの理由はさらに調査する必要がある」と書かれているにとどまっています。

女性へのAED使用を躊躇う理由は不明:衣服の扱いや破損の恐れは?

  • 「女性へのAED使用が忌避されている」
  • 「CPRの実施には有意差は無かったのにAED使用は有意差があった」

この結果から「女性の衣服を脱がすことについて抵抗があるのではないか」と考え、さらに「男性が周囲や女性から誤解されるリスクを考えてしまったのではないか」と考えるのは、予測されるものの一つとしては理解できます。

しかし、ただちに原因をそうだと特定することは、発想の飛躍があります。

なぜなら、救命者が男性なら他にも「女性の服の構造に慣れていないために戸惑ってしまう」可能性があるし、救命者が女性であっても「女性はアクセサリ装着が多いことからAED使用が可能か判断がつかない」「衣服の破損(それに対する賠償)を恐れた」という可能性も十分に考えられるからです。

むしろ、なぜこれらの可能性を排除したのか、論文からはまったくわかりません。

また、「女性へのAED使用が少ない」ことに目を奪われがちですが、【男性へのAEDも少ない】という現実があります(清原氏の論文では最も多い年齢層で18%)。

さて、この予想を裏付けるかもしれない調査が民間会社によってなされています。

旭化成ゾールメディカルのアンケート:「(女性への)救命措置を知らない」

セクハラや痴漢の疑いを恐れ女性への使用の躊躇も…AEDに命を救われた男性「しっかりとした手順を踏むことが必要」 | 国内 | ABEMA TIMES 2022/06/21 15:58

日本AED財団によれば、倒れる瞬間が目撃された心停止のうち、AED(自動体外式除細動器)が使われたのはわずか4.2%に留まっているという。その理由の一つに挙げられているのが、男性による女性への利用の躊躇だ。

 AEDを扱う旭化成ゾールメディカル株式会社の調査では「服を脱がせることに抵抗がある」または「できない」「したくない」と答えた人が半数以上となっており、

「旭化成ゾールメディカル株式会社の調査」とは、以下のものです。

一次救命処置およびAED使用に関する意識調査| AEDコラム|AEDなら旭化成ゾールメディカル

このアンケートは、20~80才代の全国の男女500人を対象に2021年7月8日~2021年7月13日にネット上で実施されたものですが、予め用意されていた選択肢と自由回答の記述を複数選択可能な形式だったことがわかります。

回答率が100%を超えているのはそういうことでしょう。

ただ、実際に救命処置を行った人ではなく、そのような経験の無い人も含まれている調査だということは上掲の論文と異なり、注意が必要です。

男女の限定を付さない質問「Q4:救命処置ができない、できるかわからないと回答した理由をお答えください。」(「目の前で突然人が倒れた場合に救命処置ができるか」というQ3の問に対して80.3%がこの回答だった)では、このような数値になっています。

  1. 救命処置の内容や方法を知らないから⇒41.8%
  2. 救命処置の内容や方法は知っているが、実際に人に処置を行うのは抵抗があるから⇒38.4%
  3. 救命処置をした結果に対し、責任を問われたくないから⇒27.7%
  4. 救急隊を待った方が確実だと思うから⇒20.9%
  5. 衣服を脱がしたり、肌に触れることに抵抗があるから⇒17.2%
  6. その他⇒4.7%

「その他」の中身がすべて自由回答なのかわかりませんが、以下の記述があります。

自由回答の中には、「動揺してしまいそうだから」「いざ行えるかわからない」といった回答がありました。また、「方法を知っていても、実際の現場ではパニックになってしまい、できなくなるかもしれないから」「キチンと出来るかどうか心配」といった、人命救助に対して正しく行わなければという思いから躊躇してしまう方もいることがわかりました。

「衣服を脱がしたり肌に触れることに抵抗があるから」は理由の5番目に来ています。

そして、この調査では女性や子供に対するAED使用の場面についても聞いており、女性に対しては以下の結果となっています。

女性への救命処置をしたいが抵抗がある人の割合は男性58%、女性42%

女性に対するAED使用のアンケート

女性に対するAED使用のアンケート調査

一次救命処置およびAED使用に関する意識調査| AEDコラム|AEDなら旭化成ゾールメディカル

救命に関する知識を十分に持っているという仮定のもとで、目の前で倒れている人が女性だった場合、胸骨圧迫やAEDの使用などの救命処置ができるかどうかを問う質問では、34.8%の方が「できる」と回答しました。「救命処置をしたいが抵抗がある」と回答した方は37.9%、「できない、したくない」と回答した方は14.0%、「わからない」は13.2%でした。

「救命処置をしたいが抵抗がある」と回答した方の男女比は、男性58.0%、女性42.0%という結果でした。「抵抗がある」「できない、したくない」「わからない」と回答した方のうち60.1%は「衣服を脱がせたり、肌に触れることに抵抗があるため」、33.4%は「セクシャルハラスメントで訴えられないか心配なため」と回答しています。もちろん「女性に関わらず処置ができるか不安」という回答もありますが、救命処置であっても「服を脱がす」「肌に触れる」という行為に少なからず抵抗感がある方がいることが分かります。また、31.2%の方は「女性に対する救命処置の方法を知らないため」と回答しています。救命処置を行う際に下着を脱がせたほうがよいかどうか、判断に迷う方がいることが推察されます。

【女性への救命処置をしたいが抵抗があると回答したのは、男性58.0%、女性42.0%

要するに女性も女性に対する救命処置に抵抗を感じてAED使用を躊躇するだろうと考えているのがわかります。ただ、これはQ5の回答におけるものです。

また、このアンケートの方式と結果にはこのように注意すべきものが多く存在します。

  • 女性に対するアンケートにおける固定選択肢の数が少ない⇒選択肢によって誘導されている側面がある(対象を限定しない回答の内容と比べてみよ)
  • 「セクシャルハラスメント」に関する固定選択肢があるせいでそれを選ぶバイアスが発生しているのでは?⇒アンケートを見てはじめて「そういうリスクもあるのか」と思いはじめた可能性
  • Q5の回答の男女比は書いてあるが、Q6の回答における男女比が書かれていない
  • 「服を脱がすことへの抵抗感」の意味に、「衣服等の破損(とその先の賠償請求)をおそれる」が含まれているか不明、少なくとも補足文章ではその可能性を無視している

この結果から男性が女性への救命処置(特に服を脱がすAED使用)を躊躇いがちであり、その理由の一つとして「何らかのリスク」を感じていると想定すること自体は間違いないですが、その理由が大きな要因を占めていると解することもできないはずです。

「女性へのAED忌避は男性がセクハラ・訴訟リスクを感じるから」という決めつけの危うさ

このように、「女性へのAED忌避は男性がセクハラリスクを感じるから」という決めつけは、危うさをはらんでいると言えます。

ABEMAの記事を再掲しますが、たとえば以下の記述も一種の幻想にかかったものです。

セクハラや痴漢の疑いを恐れ女性への使用の躊躇も…AEDに命を救われた男性「しっかりとした手順を踏むことが必要」 | 国内 | ABEMA TIMES

 AEDを扱う旭化成ゾールメディカル株式会社の調査では「服を脱がせることに抵抗がある」または「できない」「したくない」と答えた人が半数以上となっており、女性を助けようとAEDを取りに行った経験のある男性の「駅名でエゴサしたら、当人が“危うくAEDやられそうになった”って言ってて、気分悪かった。私は二度と同じ状況でAEDを取りに行ったりはしないだろう」というツイートも話題となっている。

このツイートは以下ですが…

https://archive.ph/3Qkyt

この方の対応は医師らからも「まずはAEDを持って来る、でもそれはそれで正解」とされています。

最初のツイートは「女性へのAEDを男性がリスクに思っている」という事柄に対する他人のツイートを引用しているわけですが、この方は「女性への」AEDということではなく、てんかん発作の状況下でAEDを持っていったことについて「AEDやられそうになった」という旨のツイートを見たことで不快に思ったということです。

https://archive.ph/t0Oe1

したがって、このツイートは「女性の服を脱がせることに抵抗がある」とはまったく関係の無い話だったわけです。それをABEMAはそれと関連する話題だとして扱っているという問題があります。
※この方は6月18日には同じ人のツイートを引用して「女性への」AED使用のリスクを書いてますが、それはこのツイートの客観的な趣旨をそのように限定するものではないだろう。

「女性へのAED使用をためらわないで」【電気ショックの時間を遅らせないこと】が重要:「配慮」のすれ違い

「女性へのAED」で検索すると以下の案内が上位表示されます。

女性に配慮したAEDの使用方法について 東京都福祉保健局

女性が倒れた! AED使用、ためらうかも…服を脱がせない方法も | ヨミドクター(読売新聞)

女性へのAED使用の配慮と注意事項 ブラジャーはどうする? | AED(自動体外式除細動器)ならヤガミ

いずれも「女性に配慮した方法」という言葉があり、それ自体が「救命処置を遅らせることになるから不要だ」「言外にリスクの存在を肯定している」のように批判されています。

確かに私も、この表現は不用意だと思います。

ただ、そのような言葉で表現されている対象の内容というものは、必ずしも「救命処置を遅らせる」ことにはなりません。

「服を全て脱がさなくても良い」「ブラジャーのワイヤー部やネックレスはパッドに触れなければ良い、無理に取り外す必要はない」という説明は電気ショックの時間を早める/躊躇を無くす事にもなるということが容易に想像できます。
(もちろん、体表面の汗を拭きとってAEDの効果を阻害しないために衣服を脱がす方が良い場合もあり、ケースバイケースなのと、ベストな方法とはズレがある、とはいえます)

AED財団の監修を受けた東京都の保健所の案内のパンフレットでは「配慮」という文字は見えず【電気ショックの時間を遅らせないこと】が重要とあるように、本質はそこにあるでしょう。

こうした案内は、上掲の論文や各種アンケートなどから女性へのAEDが男性と比較すると為されることが少ない(男性に対するAED使用も少ないということは重要)こと、その理由としては複数あると考えられることから、いろんな原因をにらんだ内容になっていると思います。

この話は、誰かの説明を攻撃したり「社会の風潮」なるものを想定して文句を言うのではなく、我々自身がより望ましい表現で必要な知識を発信して共有していけばよい。

それが「(誰に対しても)AED使用・救命成功率を高める」社会を作るはずです。

以上:はてなブックマーク・ブログ・SNS等でご紹介頂けると嬉しいです。