事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

新型コロナウイルスによる中国韓国のビザ(査証)効力停止の法的根拠

中国韓国のビザ(査証)効力停止の法的根拠

新型コロナウイルスの感染症対策において、水際対策のために中国人と韓国人に発給したビザ(査証)の効力が停止されましたが、その法的根拠は何でしょうか?

中韓の数次ビザも含めた査証の効力停止の閣議了解

新型コロナウイルス感染症対策本部:水際対策の抜本的強化

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/sidai_r020305.pdf

新型コロナウイルス感染症対策本部において決定された水際対策の強化策のうち、最も強力なのが査証(ビザ)の制限です。
※「入国拒否」については今の所中韓の全域ではなく、現段階では、法務大臣が必要に応じて全域に適用できると確認したに過ぎない。そちらを含めた「水際対策の強化」全般は以下参照。

国家安全保障局が提出した上記資料では、中韓所在の領事館等で発給された一次・数次ビザ(一度発給されれば数年単位で何度も有効なビザ)の効力停止と、香港マカオ韓国への査証免除措置の停止が書かれています。

こちらは外務省が所管となっています。

査証=ビザの所管省庁が外務省である法的根拠

査証の発給に関しては入管法に規定があります。

出入国管理及び難民認定法(いわゆる入管法)

第三章 上陸の手続
第一節 上陸のための審査
(上陸の申請)
第六条 本邦に上陸しようとする外国人(乗員を除く。以下この節において同じ。)は、有効な旅券で日本国領事官等の査証を受けたものを所持しなければならない。

査証=ビザの所管省庁が外務省である法的根拠は外務省設置法にありました。

外務省設置法

(所掌事務)
第四条 外務省は、前条第一項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
省略
十三 査証に関すること

今回のビザ=査証の効力停止については外務省HPに掲載されています。

3月5日 新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の抜本的強化:査証の制限等について|外務省

3月6日 新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の抜本的強化:査証の制限等について(追加情報等)|外務省

ビザの発給にあたって、何かルールはあるのでしょうか?

ビザ(査証)の性質と発給基準

ビザ・上陸許可について|外務省

ビザは、日本国大使館又は総領事館の長が、外国人の所持する旅券が真正であり、かつ、日本への入国に有効であることを確認するとともに、発給するビザに記す条件の下において、その外国人の日本への入国及び滞在が適当であるとの推薦の性質を持つものです。また、ビザを所持していることはあくまでも「出入国管理及び難民認定法」上の上陸のための要件の一つであり、入国を保証するものではありません。

査証とは「推薦」の性質であり、入国=上陸とは別概念であることが書かれています。

ビザの原則的発給基準|外務省

原則として、ビザ申請者が以下の要件をすべて満たし、かつ、ビザ発給が適当と判断される場合にビザの発給が行われます。

(1)申請人が有効な旅券を所持しており、本国への帰国又は在留国への再入国の権利・資格が確保されていること。
(2)申請に係る提出書類が適正なものであること。
(3)申請人が日本において行おうとする活動又は申請人の身分若しくは地位及び在留期間が、出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」という。)に定める在留資格及び在留期間に適合すること。
(4)申請人が入管法第5条第1項各号のいずれにも該当しないこと。

入管法5条1項各号は査証発給ではなく入国拒否の規定ですが、同様の考え方をするようです。新型コロナウイルスに関連して適用されているのは14号のことを指します。

出入国管理及び難民認定法(いわゆる入管法)

5条 省略

十四 前各号に掲げる者を除くほか、法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者

さて、「日本国の利益または公安を害する(行為を行う)おそれがある」の判断については何か基準があるのでしょうか?

というのは、行政機関における何らかの許可等については、何かしらの審査基準が定められているのが通常であるからです。

また、「発行済みビザの効力停止」というのは対象国の全域からの入国拒否とほぼ等しい強烈な措置です。

そのような措置を取ったのは何らかの基準に基づいているのか?という疑問が湧いてきます。

審査基準・拒否理由等を提示する義務の適用除外

実は、行政手続法3条1項10号で「外国人の出入国に関する処分」については,審査基準・拒否理由等を提示する義務の適用除外としています。

行政手続法

(適用除外)
第三条 次に掲げる処分及び行政指導については、次章から第四章の二までの規定は、適用しない。
省略
十 外国人の出入国、難民の認定又は帰化に関する処分及び行政指導

「次章から第四章の二までの規定」の関係する主要なものをピックアップします。

行政手続法

第二章 申請に対する処分
審査基準
第五条 行政庁は、審査基準を定めるものとする。
2 行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。
3 行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

省略

理由の提示
第八条 行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。

省略

第三章 不利益処分
第一節 通則
処分の基準
第十二条 行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない。
2 行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

要するに外国人の出入国に関する事項である査証については外務省の広範な裁量にまかされており、誰に対して査証を発給するか、既に発給された査証の効力を停止するか否かは外務省=日本国の意思によって決定できるということです。 

外国人の憲法上の権利と出入国

最高裁大法廷判決 昭和53年10月4日 昭和50(行ツ)120(マクリーン事件判決)

思うに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。しかしながら前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当であつて在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。

憲法上、「日本国入国前の外国人が日本国に入国する権利」などというものは存在しないので、「人権との調整」などという契機も存在しませんから、国家がその領域を統治するために必要なあらゆる判断が可能であるということでしょう。

冒頭の新型コロナウイルス感染症対策本部の資料が国家安全保障局から提出されているのは示唆に富みますね。

出入国管理及び難民認定法逐条解説改訂第4版 [ 坂中英徳 ]でも以下書かれています。

240頁

査証を発給するかどうかは、条約又は確立された国際法規に反しない限り、日本政府の裁量に属する事項であって、たとえこれを拒否したとしても、違法の問題が生じる余地はない

「違法の問題が生じる余地はない」との言葉を逐条解説で見るのは初めてでした。

まとめ

中国韓国のビザ(査証)効力停止の法的根拠は「査証事務の所管が外務省であると外務省設置法に規定されているから」ということに尽きるということになるんじゃないでしょうか。

その前提として憲法上の外国人の権利についての理解があり、行政手続法で外国人の出入国については審査基準等の定めが除外されているということから国家の裁量が裏付けられているということでしょうか。

以上