事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

繰り返される『「自由で開かれたインド太平洋」が消えた!安倍路線の後退!』という煽動工作

古典的な手法だというわけです。

「自由で開かれたインド太平洋」が消えた!」産経新聞報道

12月17日の産経新聞の紙上で元内閣官房参与の谷口智彦氏が「岸田政権で"自由で開かれたインド太平洋"という言葉が消えた、代わりに"~国際秩序"という言葉に置き換わってきている」という趣旨の主張が掲載される。

元内閣官房参与で嘉悦大学教授の高橋洋一氏がX(旧Twitter)で「事務方の外務省HPではなく総理の発言の変化がポイント」「「自由で開かれた国際秩序」に置き換えているケースが増えている」などと投稿。自身のYouTubeチャンネルでも同様の主張をし、さらには24日の産経新聞紙面にもその主張が掲載されるなど、安倍総理時代の発言に言及せずに誤った認識を拡散していました。

こうした現状を見かねたのか、岸田政権下で外務副大臣を経験した武井俊輔議員が、24日の産経新聞記事に対して「フェイクニュースの類」とまで言及しました。

事実は以下です。

  • 安倍元総理時代も「自由で開かれた国際秩序」という言葉を発言していた
    所信表明演説で「自由で開かれたインド太平洋」と言及したのは一回
  • 岸田総理はそれ以前も今年10月以降も「自由で開かれたインド太平洋」という言葉を使用し、国際会議でも使用されている
  • 両者は場面によって使い分けられているだけであり、法の支配など共通の価値観に基づいた戦略用語

さて、実は、このような報道は、かつてもありました。

毎日新聞「菅義偉総理が自由で開かれたから平和で繁栄した」に

平和と繁栄のインド太平洋と菅総理

「自由で開かれた」から「平和で繁栄した」インド太平洋に 首相発言変化の意図は 毎日新聞 2020/11/17 08:30(最終更新 11/17 08:34)
菅義偉総理就任後のASEAN首脳会議の際も、毎日新聞から「安倍政権の"自由で開かれた"から"平和で繁栄"に発言が変化した」という記事が出されました。

要するに「新政権は安倍路線を廃止!後退してる!仲間割れしろ!」というわけです。

それに釣られた者が「中国に配慮したのか!?」などとTwitterで批判していました。

しかし、実際にはこのASEAN首脳会議の前から菅総理は「自由で開かれたインド太平洋」と国会答弁でも発言していましたし、実際にASEAN首脳会議共同声明にも「自由で開かれたインド太平洋構想」が文言として入っており、意味のない言及だというのが分かります。

この点について山尾志桜里議員が質疑をしたものがありますが、政府答弁としても、呼び方を変えたものではなく、自由で開かれたインド太平洋の実現を通じて平和と繁栄に向けて取り組んでいくとしています。

第203回国会 衆議院 外務委員会 第3号 令和2年11月18日

〇山尾委員 ~省略~

 過去数年の日本外交で最も重要なフレーズである自由で開かれたインド太平洋、これをこのタイミングで首相が平和で繁栄したインド太平洋というふうに呼び名を変えた、この理由をお聞かせください。

○茂木国務大臣 御指摘の菅総理の発言でありますけれども、別に何か呼び方を変えたというわけではなくて、我が国として、自由で開かれたインド太平洋の実現を通じて、地域の平和と繁栄に向けた取組を主導していくと。先ほど僕が言ったことですから。この従来からのこういった日本の立場をコンパクトに表現されたということではないかなと思っております。
 いずれにせよ、政府として、今後も、ASEANを含みます考え方を共有する国々と連携して、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた取組を戦略的に推進していく考えに変わりはありません。
 それで、先ほども申し上げましたが、後退をしているとは私は全く思っていません。この考え方というのは、相当、アメリカだけではなくて、豪州、インドに広がり、そしてASEANも、私、ほとんどの国を回ってきましたけれども、そこでも、自由で開かれたインド太平洋とASEANの掲げているAOIP、考え方としては一緒ですね、進めてみましょうということで意見の一致を見ておりますし、英国ともフランスともドイツとも話をして、そういう同じ考え方を持つ国がふえているというのは極めて重要だと思っておりますし、また、そこで言おうとしていることについても、共通の認識というのは深まっていると思います。

インド太平洋の平和と繁栄のための「自由で開かれた」という構造

そもそも、「平和と繁栄」と「自由で開かれた」は、前者に後者が資するという関係です。言葉の意味や論理構造としても矛盾するものではありません。

実際に安倍元総理の発言でもこの点を意識した答弁が見つかります。 

第196回国会 参議院 予算委員会 第2号 平成30年1月31日

○内閣総理大臣(安倍晋三君) ~省略~

 一月十八日のターンブル首相の訪日に際しては、国家安全保障会議の特別会合にも出席をいただき、日豪がインド太平洋地域の平和と繁栄を確保する上で重要な役割を担っているとの認識の下、自由で開かれたインド太平洋戦略の実現に向け、連携と協力を深めていくことで一致をしました。

同じことが前掲山尾議員の質疑の続きに対する茂木大臣の答弁でも言及されています。

○茂木国務大臣 無意識でも、自由で開かれたインド太平洋と多分言うのではないかなと思っております。
 その上で、平和と繁栄、これは、例えば語学体系によっても違うんだと思うんですけれども、アメリカ、欧米では、よくウイ・シーク・ピース・アンド・プロスペリティーと、つまりPPという形であれなので、よく使ったりするんですけれども、これは結果でありまして、自由で開かれたインド太平洋をつくることによって、最終的には地域の平和と繁栄がもたらされる、そしてまた国際社会の平和と安定がもたらされる。そのためには、まずつくることは自由で開かれたインド太平洋だと考えております。

「戦略」から「構想」への呼称変更もやり玉になっていた過去報道

似たような反応に、「自由で開かれたインド太平洋戦略」から「自由で開かれたインド太平洋構想」への呼称変更に対するものがあります。

使わなくなったある言葉…インド太平洋の名称変遷、山尾志桜里議員「中国への配慮か」と追及 : 読売新聞魚拓

 日本政府が海洋進出を強める中国を念頭に掲げる「自由で開かれたインド太平洋」の名称が変遷している。安倍前首相が2016年に打ち出した際は「戦略」が付いていたが、その後、「戦略」が「構想」に修正され、安倍政権後期から「構想」も外れるようになった。さらに、菅首相は14日、記者団に対し、「平和で繁栄したインド太平洋」と言い換えた。

 18日の衆院外務委員会では、国民民主党の山尾志桜里衆院議員が「『戦略』を使わなくなったのは、中国への配慮がある」と追及。茂木外相は「考え方は全く変わっていない」と強調した。

呼称変更については政府から公式な説明は無いとされていますが、「戦略」よりも「構想」の方が中国と微妙な関係のあるASEAN諸国を巻き込みやすいという理由が挙げられていることがあります。*1

では、安倍政権末期からは「構想」すら外れたことには、どういう意味があるのか。

これについてはよくわかりませんが、「自由で開かれたインド太平洋」が外務省TOPページに出てくるのは遅くとも2019年1月ですが、この時点で既に末尾に「構想」がついていないものとして登場しているので、もともとは正式にはそういう用語だったのでしょうか?それを発言のレベルでは付け足して政治的効果を狙っていたのでは?

或いは、もはや構想段階ではなく実現・現実の段階になっている、という含意があるんでしょうか?

いずれにしても、言葉尻を捉えた議論には演説のインパクトとしての意味以外にはなく、どういう内容が「自由で開かれたインド太平洋」の中核なのかを具体的に見ていくのが本質的です。

  1. 法の支配、航行の自由等の基本的価値の普及・定着
  2. 連結性の向上等による経済的繁栄の追求
  3. 海上法執行能力構築支援等の平和と安定のための取組

これらが「三本柱」であると理解する分析があり、さらに最近の外務省のHPを見ると、より発展したと思われるものが見て取れます。

自由で開かれたインド太平洋|外務省

自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のための新たなプラン|外務省 令和5年11月28日

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*1:参考:その後の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の変遷と展開 笹川平和財団海洋政策研究所 特任研究員 相澤 輝昭