事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「LGBT理解増進法で自治体による行き過ぎた条例の抑止力」⇒否定される:ジェンダーアイデンティティと性同一性と性自認

法律の効果と行政作用と事実上の影響を分けて考えよう

LGBT理解増進法修正案が衆院内閣委員会で可決

2023年6月9日、いわゆるLGBT理解増進法修正案が衆院内閣委員会で可決されました。

本委員会では自民公明党案維新国民民主党案立憲共産党案の3つが同時審議され、それぞれに関して質疑・討論の末、即日採決となりました。

内閣委員会の議論を見る際には、どの法案についての質疑・答弁なのか注意です。

内閣提出法案ではなく議員立法なので、答弁する側は政府側ではありません。

第211回国会 議案の一覧に具体的な法律案が掲載されています。

自民公明党案⇒性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案

維新国民民主党案⇒性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案

立憲共産党案⇒性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案

なお、立憲共産党は他に【性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案】も提出していますが、今回はそちらの法案ではありません。

また、SNSでは過去の国会に提出された法律案が出回っていますが、この日に審議された法律案とは一切関係ありません。

修正案については自民公明党案を原案とするものであり、残った部分の内容は変わらないということが修正案提出の維新側からは説明されています。

そのうち国会HPの自民公明党案のページに追記されますが、和田政宗議員がTwitterでUPしているのが見つかります。

自公原案が維新国民修正案で修正されたものが可決

和田政宗議員が修正案の対照表をUPしています。

修正部分は、【維新国民民主党案のものに置き換わった】と言えます。

LGBT理解増進法修正案

LGBT理解増進法修正案、原案は自民公明党案

  • 「性同一性」の「ジェンダーアイデンティティ」への修正
  • 学校の設置者が行う教育又は啓発等について家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ行うものとした
  • 国及び地方公共団体が講ずべき施策の例示から「民間団体の自発的な活動等の促進」を削った
  • 12条で「この法律に定める措置の実施等にあたっては性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする。」と追加

修正案の提出趣旨説明ではこれらの修正概要が説明されました。

ジェンダーアイデンティティと性同一性と性自認

定義のところで、自民党原案では「性同一性」とあったものが「ジェンダーアイデンティティ」と修正されます。

これは「性同一性」と「性自認」を同じ意味とした上で、「性同一性」の定義としてもともとあった「自己の属する性別についての認識に関するその同一性の有無又は程度に係る意識をいう。」というものを踏襲したものです。

維新国民民主党案の「ジェンダーアイデンティティ」でも、立憲共産党案の「性自認」でも、この定義はまったく同じ文言となっていました。

これに関して国民民主党の斎藤アレックス議員、緒方林太郎議員の質疑が重要です。

※自公案への質疑答弁

斎藤アレックス …今回の質疑の中でも性自認、性同一性は意味は変わらないんだということを常々、何回もご答弁されていますけれども、じゃあなぜ言い換えたのかということにやはりなってしまうと思います。繰り返しになって恐縮ですけれども、自公の提出者の方々に伺いたいのですが、性自認を性同一性と言い換えた理由、法的な枠組みが一緒だというのになぜ言い換えたのかという事について是非ご答弁頂きたいと思います。

新藤 答弁 まず法的な効果は同じだと。そして、性同一性も性自認も元の言葉は英語で言うとジェンダーアイデンティティで同じであると。ですから、この3つはですねそれぞれ使い方が違います。で、慣用的に使われているのはどうかということがあると思われます。まず第一に自民党が私共が一番最初に出した案は「性同一性」と言う形でやっておりました。それを超党派の中でいろいろご議論があって、政府の方でも当時はですね、よく使われている言葉だという事で「性自認」というものになりました。しかし、中身は同じなんですが、最近この性自認という事に対してやはり不安の声も聞かれるようになりました。ですから、これを想起してはならないということが一つ。一方で、性同一性は性同一性障害法、だから性同一性障害と認められないと今回の対象にならないのか、だから というご心配もあります。これ全てご心配に及ばないと思います。私は何度も申し上げておりますけれども、性同一性、性自認、ジェンダーアイデンティティ、いずれも性の多様性に関わることについて性的マイノリティの方もマジョリティの方もみんなで理解を深めて、そして共に穏やかに暮らしていけるこの個人の尊重し合える共生社会を作ろうと、それを国としてそれはどういうことなんだと計画を作りなさいと。で計画を作った中でそれをどういう中で取り扱っていくかという指針を決めてこうと私はこれ提案をしているんですね。それに基づいてどういう対処をしていくかということがこれから進んでいくのであって、この現時点で言葉がどう変わっても性の多様性という対象は何ら変わらないんだということを、逆にご心配頂いているので、そこを私たちは国会審議の中で、きちっと丁寧に説明しながら、あたかもこれによって新しく加わった人がいるとか外されてしまった人がいるとかそれからそういったことがくれぐれもないようにしなければならないと、これはご質問頂いて有難いと思いますが、丁寧な説明と、国民の皆さんに伝わるようにしていきたいとかんがえております。

巷間、この手の話の中で慣用的に使われている「性同一性」と「性自認」が、異なる意味合いがあるというのは事実です。後者はともすれば「勝手にその場でいきなり自称するもの」であり、「男でも女を名乗って女性トイレや女湯に入れてしまう」という文脈で使われるような用語です。

新藤答弁は、それを踏まえた上で、法律上の意味はそうした勝手に思い付きで名乗って良いものではなく、性同一性も性自認も同じものであるとしたのだと理解できます。

むしろ「性同一性」の側に「性自認」を引き付けたようにも見えます。

※自公案についての質疑・答弁

緒方林太郎 …意識という言葉でまとめられています。これは、主観を意味するものだということでよろしいですか

高階恵美子答弁 はい、私共の提出しております性同一性についてでありますけれども、性別に関する同一性の有無又は程度にかかる意識が本人の主観的な意識を指すということはその通りなんでありますが、一方でこの言葉はそのときどきの本人の情緒的な動き、それから勝手な主張のことを指すということではないわけでありまして、自分自身の性についてのある程度の一貫性のある受け止め、認識、このことを指すということでアイデンティティを指すものとして定義をさせていただいております。

「性同一性」というのが個人の主観的認識に係るものだという事に争いはありません。

その認識を安易に公証したり社会で通用力を持たせることが危険なのであって、そのような状態にある人間が居るという事を理解することは、妨げられるべき故はありません。
(それを教育・研修すべきものなのかどうかという問題は残る)

ただ、ここでの「自己の属する性別」が、戸籍上の性別(生物学的性別乃至は性同一性障害特例法に基づく性転換手術後の戸籍上の性別)だという明確な答弁が欲しかったですが、そこは参議院や本会議で求めたいところです。

いずれにしても、「同一性」ということは、【ベースとなる性別】があって、そこに個人の主観が重なるのかどうか?という問題のはずです。

男と女という性別を無視して「自己の属する性別はトランス女性だ」などといった認識がベースとなり、それについての同一性、という話にしてはならない。

高階恵美子答弁も、そういう心の状態にある者が居るという意味であって、この認識を公証したり社会で通用力を持たせることについてはLGBT理解増進法案は何ら触れるところがありません。

ただ、同時にそれは、「真に自身の性別が女だと思ってる男性」の場合の社会における扱いを規制・制限するものでもないということです。

LGBT理解増進法で自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力?⇒否定

大石あきこ議員 古屋圭司、衆議院議員の方ですよね、ブログを出されて(省略)「…この法案は、むしろ自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くことと強調したい」と、この人自民党の立場で仰ってるんですけど、この法案を提出された方にお伺いしたいですが、この考えと同じですか?

新藤義孝議員 先程から何度も申し上げましたように、個々の議員ですね、言論の自由の範囲で何を発言するか、私は今の話を承知しておりません。そして自民党の会議の中でそうしたものを共有したこともございません

今回のLGBT理解増進法で自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くことになる」という説明をしている者が居ました。

古屋圭司議員は法案を作った自民党の性的指向・性自認に関する特命委員会のトップの人なので、取り上げざるを得ません。

この通り、そのような理解はオフィシャルには否定されたということです。

最初から、条文を読めばそんな効果は無いということは確定していましたからね。

他、公衆浴場法だとか、他の法律に影響を与えるものでもないという事も新藤議員からは答弁がありました。関連する話題は以下。

立憲共産党議員が不満なわけ⇒政府が決めるから:ブレーキにもアクセルにもなる

法律による直接の効果と、行政府が閣議決定する方針による行政作用は、まったく別物です。立法府の仕事と行政府の仕事は別であり、今回の法律は、ブレーキの役割を政府に期待して丸投げしていることになります。

政権が変わればLGBT活動家らや自治体の暴走に関してアクセルにもなるということ。

自民党議員らは政権を奪われることが無いと高を括っているような気がします。

とはいえ、一定のブレーキになる内容が、法律に盛り込まれました。

法律のレベルではトランスジェンダリズム=性自認至上主義は否定されたのだろうか?

修正案12条には、維新国民民主党案12条が丸ごと採用されています。

(措置の実施等に当たっての留意)

第十二条 この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする。

(なお、「安心」という言葉が法令で使われているのは93件ヒットしており、法律効果が発生しない中で使われているのであればあまり問題ではない。)

「性的指向・ジェンダーアイデンティティ」の中には、「男が好きな女と認識している生物学的女性」も、当然含まれます。

要するに、法律のレベルでは、「生物学的女性」も安心して生活できるように留意せよ、ということが条文の本則に書かれたということになります。

これは従前から女性スペースに自称女性の生物学的男性が侵入することが正当化乃至は助長されることへの懸念を反映したものです。

本法案は具体的な性的マイノリティへの配慮を求めるものではなく性的指向・性同一性というものの知識に関する理解の増進を図るものなのだということは、自民党の性的指向・性自認に関する特命委員会の事務局長で、法案推進派である橋本岳議員も主張していましたが、その通りのことが条文にもあらわれていると言えます。

他の法律との比較で言えば、たとえばいわゆるヘイト規制法と呼ばれる「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」では、以下書かれています。

ここに、このような不当な差別的言動は許されないことを宣言するとともに、更なる人権教育と人権啓発などを通じて、国民に周知を図り、その理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進すべく、この法律を制定する。

LGBT理解増進法案の目的規定(1条)と比べればわかりますが、周知理解を超えた「不当な差別的言動の解消に向けた取り組み」と同様の文言はありません。

ここに、法律レベルではトランスジェンダリズム=性自認至上主義の否定が書き込まれたと言えるはずなのですが、未だ油断は禁物です。

「自分は女性である」という自己申告が数年間続けば男性器があっても「ある程度の一貫性」が認められてしまう世の中になってしまうのか?といったセルフID制の社会の問題は、現場レベルでは残ります。

法的効果の話と事実上の影響力の話は分けて話すべきなので本稿は締めますが、国民の側が自民党の尻拭いをするハメになるかもしれません。

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