
国会議員、地方議員は必読
- 皇位継承問題に関する国会全体会議
- 立憲民主党「旧皇族養子は立法事実として対象者の意思確認が必要」
- 「立法事実」の語の誤用が立法府・国会・議員において喧伝されている
- 皇位継承の法体系・養子縁組の法制度は、現に希望する人の存在は不要
- 「立法事実論」の射程:規範的評価や予測・蓋然性の要素を含む
皇位継承問題に関する国会全体会議
皇位継承問題に関する国会の全体会議である【天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議】の中間報告が9月末に公開され、また、議事録が一部公開されました。
福沢諭吉が帝室論の中で「帝室は政治社外のものなり」と論じていたように、皇室をめぐる課題が政争の対象になったり国論を二分したりすることがないようにする観点から「静謐な議論」が望まれていました。そのため、議事録の公開は、議論がひと段落してから行われるということが当初から決まっていました。
この観点からはあまりここで紹介するのもどうかと思っていたのですが、この議事録公開自体が国民による立法府の動向の検証を可能にするためのものなので、それ自体はよいだろうと判断しました。
本稿では「立法事実」に関して、皇室の話題に留まらない重大な認識の齟齬をきたす看過できない発言があったので、それを取り上げます。
立憲民主党「旧皇族養子は立法事実として対象者の意思確認が必要」
令和6年5月17日の会議では立憲民主党からの出席議員から以下の発言がありました。
また、旧十一宮家男系男子から養子を迎える案につきましては、これは、まずは立法事実としての対象者の調査と意思の確認が必要であるということ、対象者の存在が不明なまま具体的な制度の設計は困難ということ、またさらには、そのような状況の中で憲法上の規定と制度を鑑みた場合に整合性を持つかどうかを含めて検討しなければならない、このように整理をし…
国会全体会議の設立に先立って提出された立憲民主党の意見書では、「まず、現実的に養子の対象となり得る方がおられるのかを、その方の意思とともに、慎重に確認した上で、制度設計の議論に移らなければならない」と書かれていました。
この記述については当初から疑問を呈してきました。
「養子となり得る対象者を確認したうえで」
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2024年2月21日
ってのは、具体的な対象者を選定した上で「この者の養子縁組は憲法に沿うかどうかを検討しろ」と俎上に載せるという意味ならアウト。特定個人に対して失礼にもほどがある。
『ある程度の幅を持つ対象者の範囲』を決めた上での検討なら、OK
さて、ここに来て「立法事実」という用語が、さも正当な言説であることを示すために用いられたのですが、決してそうではないということを指摘していきます。
「立法事実」の語の誤用が立法府・国会・議員において喧伝されている
平成の最高裁判決以降、「立法事実」の語の使用頻度が国会において幾何級数的に増加しましたが、この語の誤用が立法府・国会・議員において喧伝されていることを既に上掲記事で示しました。
今回の立憲民主党側から持ち出された理屈も、この延長線上にあると言えます。
その理屈とは「現実に生起している具体的な社会状況が存在していなければ、立法事実は不存在である」という誤解です。
本件でも、「現実に存在している、皇族女子との婚姻を希望する旧皇族男系男子が存在しなければ、旧皇族男系男子の養子縁組の法案には立法事実は無い」という理屈が用いられているのが分かります。
立法事実とは【法の目的と手段の因果関係の想定】であると言えます。「一定以上の合理的な推論」であるとも言えます。それが、日常用語としての「事実」それ自体であると勘違いさせる言論があるということです。
皇位継承の法体系・養子縁組の法制度は、現に希望する人の存在は不要
皇位継承の法体系・養子縁組の法制度の構築にあたっては、現に皇族との養子縁組を希望する旧皇族男系男子が存在していることの指摘は不要です。
皇位継承にかかわる事項、身分行為について、相手方が出現するか否か、具体的に誰が相手方になるかという事柄は、立法時に定まっている必要は無い。過去から未来のどの時点で誰が相手方として出現するかということは予測不能であり、今現在は生まれていない者も対象になる。しかし、制度化しておかなければその行為が行えない性質のものだからです。
一般国民には認められている養子縁組が皇室においては禁止されているとみるか、それとは無関係に、皇室の姻戚関係や皇位継承のルールとして養子縁組は禁止されているとみるか。後者と思われますが、ならば国民生活に関わる立法に関して目的手段審査が行われることを前提とする「立法事実論」は、出る幕ではないのでは?
また、立憲民主党の理屈それ自体もおかしい。養子縁組に際して具体的な旧皇族男系男子の存在は誰か?を問題にするならば、「皇族側で旧皇族男系男子との養子縁組乃至は婚姻を希望する者は居るのか?」という点を立憲民主党が言及していないことは、矛盾していると言えます。
さらに、立憲民主党の理屈では女性宮家についても相手方の民間人が居るかどうかが判明しないとダメになることになるが、立憲はそれは何故か主張していません。
むしろ、旧皇族が皇籍離脱をせざるを得なくなった事の経緯からは、先に政府側からお戻り頂くための環境を整えておくということが必要です。
「立法事実論」の射程:規範的評価や予測・蓋然性の要素を含む

論究ジュリスト 29号(2019年/春号)では、「立法事実」概念について整理が為されています。
論究ジュリスト29号(2019年春号) 憲法訴訟における立法事実論の現況と展望 御幸聖樹
「立法事実」という用語は多義的であり、①法律の合理性に関する事実と、②法形成を支える事実という異なる意味で用いられる。
まず、①法律の合理性の関する事実としては「法律を制定する場合の基礎を形成し、それを支えているー背景となる社会的・経済的ー事実」という定義が代表的であり、憲法学ではこのような意味で「立法事実」という用語を用いることが一般的である。法律の合憲性審査において法律の合理性が問われる場合、法律の合理性に関する事実は法律の合憲性に関する事実でもある。
~中略~
より重要なのは、①法律の合理性に関する事実として括られる概念はおよそ「事実」といえるかどうかである。すなわち、法律の合理性に関する事実について、事実と(規範的)評価の要素をどのよに整理するかが問題となる。
例えば、国籍法違憲判決では「家族生活や親子関係をめぐる社会通念及び社会的状況の変化」の有無が問題となった。それに関連して同事件の横尾和子裁判官ほか反対意見は「非嫡出子の出生数が1万4168人から2万1634人に増加した事実等を指摘している。「非嫡出子の出生数が1万4168人から2万1634人に増加した」という事実は、過去に確定した事実であって、「家族生活や親子関係をめぐる社会通念及び社会的状況の変化」に関わる事実である。
しかし、「非嫡出子の出生数が1万4168人から2万1634人に増加した」等の事実から「家族生活や親子関係をめぐる社会通念及び社会的状況の変化」があったとまで評価できるかどうかは別途問題となる。どの程度までいけば「家族生活や親子関係をめぐる社会通念及び社会的状況の変化」ありと認定するかという問題はまさに評価の問題であり、法律の合理性に関する事実にはこのような評価の要素が含まれる。
~中略~
次に、「立法事実」の2つ目の意味として、②法形成を支える事実がある。法形成を支える事実とは、「当事者の争訟のみに関するものではない、(社会的)事実であって、かつ、法準則または先例をつくるために用いられるものといった定義がなされる。例えば、近時の最高裁判例では憲法13条や憲法14条に吸収されない固有の意義を憲法24条に新たに認めたが、このような最高裁の解釈が法創造的性質を持つと考えるのであれば、憲法24条の規範の形成を支える事実が「法形成を支える事実」ということになる。
脚注では以下の指摘も見られます。
憲法訴訟において法律の合理性に関する事実は規範的評価であったとする指摘として、宍戸常寿「立法の『質』と議会による将来予測」西原博史編『立法学のフロンティア(2)立法システムの再構築』(ナカニシヤ出版、2014年)60頁、75頁。「立法事実」は予測・蓋然性の要素を含むとされるが、それは法律の合理性に関する事実に規範的評価の要素が含まれることと接合するように思われる。
「立法事実は規範的評価や予測・蓋然性の要素を含む」ということが、明示的に言及されています。私達が日常で言う「事実」という言葉の意味は、証拠によってその存否を決することができる、現実に生起・存在している事象・社会状況のみを指しますが、「立法事実」論の文脈では、評価・予測・蓋然性の要素もあるということです。
立憲民主党の主張は、学術的にも実務的にも否定されるものであるということが、ここでも明らかでしょう。国会議員・地方議員や中央官庁の職員・地方公務員にとっては必須の認識だと思います。
さらに、立法事実論が妥当する範囲・領域というものがあるということが学界では言及されており、立法事実論の射程についても整理しておくことは政治的な議論誘導に対抗する認識形成に有用なので、別稿で改めてまとめたいと思います。
※追記:まとめました。
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