事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

怨み屋本舗はColabo仁藤夢乃がモデルで同定可能性があるから名誉毀損?はすみとしこ伊藤詩織風刺画訴訟との類似性?

ただの嫌がらせ

怨み屋本舗に「Colabo仁藤夢乃が描かれ…モデルはColaboだ」

怨み屋本舗シリーズの作者である栗原正尚氏が、集英社グランドジャンプで連載中の怨み屋本舗DIABLO 悪魔のフェミニスト編の最新話の数コマをTwitter上で公開しました。

すると、「このマンガはColaboを描いている」「モデルはColaboで、同定可能だ」「仁藤夢乃への名誉毀損だ」といった論調で、マンガの内容や栗原氏を非難する言説が相当数広がりました。

また、「はすみとしこの伊藤詩織を揶揄した風刺画と同じだ。その事件を知らないのか」といった論調で脅しをかけようとする者も出現しました。

が、作中の人物・団体と現実とは設定があまりに異なるので、この論調には無理があります。同定可能性がありません。

同定可能性の判断方法やその具体例については、いわゆるモデル小説で過去に訴訟になった事件が有名であるため、そちらを見ていきます。

同定可能性の判例「石に泳ぐ魚事件」身近な人が本人と思うか

同定可能性の判断の仕方のリーディングケースとなる判例は、柳美里原作の彼女の知人をモデルに描かれた「石に泳ぐ魚事件」と呼ばれている事案の判決です。

東京高等裁判所判決 平成13年2月15日 平成11(ネ)3989

2 本件小説によるプライバシーの侵害について
(一) 同定可能性について
[41] 前記認定のとおり、被控訴人の属性として、小学校5年生まで日本に居住していた在日の韓国人であること、韓国の梨花女子大学を卒業した後、東京芸術大学の大学院に進学し陶芸を専攻していること、顔面に腫瘍があり、幼少時から12才までの間に右腫瘍の治療のため13回の手術を受けたこと、父が大学の教員であり講演先の韓国においてスパイ容疑により逮捕された経験を有し、その後釈放されて、家族とともに韓国に帰国したことなどを掲げることができる。これらの被控訴人の属性は、そのまま本件小説における「朴里花」の属性とされている。そして、前記認定の被控訴人と控訴人柳との交友関係と本件小説に記述された具体的事実を対照すると、本件小説が、被控訴人と控訴人柳との間の現実の交友関係に依拠して創作された部分が多く認められ、「朴里花」は被控訴人をモデルとする人物であることが明らかである。
[42] そして、被控訴人は、東京都で生まれた韓国人であり、小学校5年生のときまでは日本で生活し、平成5年には芸大の大学院の入学試験に合格し、同大学院に在学していた者である。また、被控訴人は、顔面に腫瘍の疾病を有している。このような被控訴人の属性からすると、芸大の多くの学生や被控訴人が日常的に接する人々のみならず、被控訴人の幼いころからの知人らにとっても、本件小説中の「朴里花」を被控訴人と同定することは容易なことである。したがって、本件小説中の「朴里花」と被控訴人との同定可能性が肯定される。

そしてこの判断は最高裁でも是認されています。 

最高裁判所第三小法廷判決 平成14年9月24日 平成13(オ)851 集民 第207号243頁

要するに、「その人の身近な人が本人と思うかどうか」で考えるということです。

名誉毀損判断の基礎「一般読者の普通の注意と読み方に照らして」との関係

他方で、名誉毀損の判断は「一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味従う」ものとされているのが判例です。
※昭和31年の本判決の当該判示中「事実に反し」の部分に規範としての意味はない

「身近な人基準」とはどういう関係に立つのか?については名誉毀損の法律実務第3版 [ 佃克彦 ]にて簡潔に書かれています。名誉毀損訴訟や発信者情報開示請求訴訟でよく名前が出て来る弁護士による解説です。

190頁

 「一般読者の普通の注意と読み方」とはありていにいえば、名誉毀損言論の解釈にあたっては社会通念に従った「注意と読み方」で判断すべきということを表しているのであって、「判断の基礎」を一般人にしろと言っているのではない。

 それにそもそも、作中人物とモデルとの同一性は、モデルを知る者を想定してしか判断できないのであるから、原告女性を知る者を判断の基礎とするのは当然である。しかし、かように原告女性を知る者を判断の基礎とした上で、原告女性を知る者が本件小説を読んだときに「朴里花」から原告女性を同定しうるかどうかについては、社会通念(即ち一般読者の普通の読み方と注意)に照らして判断すべき、ということを判示しているのである。判断の基礎を誰とするかの問題と、判断それ自体をどのように行うかは区別されなければならない。

~省略~

 さらにいえば、世間一般の人が「石に泳ぐ魚」から原告女性を特定できないとの理由で権利侵害性を否定できるのであれば、仮に実名報道の名誉毀損事例であっても、実名報道された被害者が無名であれば、「世間一般の人は当該実名記事からその被害者を特定できないから名誉毀損は成立しない」という理屈が成り立ってしまう。これが結論としておかしいことに異論はないであろう。

  • 身近な人が特定できるかどうか
  • その判断の際に一般読者の普通の読み方と注意に照らす

つまり、現実の「身近な人」が勝手に「特定できる!」と喚いても、それは単に同定可能性の高低に影響し得る事情に留まり(「多くの者がそう思っている」という考慮要素の一証拠として)、そのような主張・思い込みに合理性が無ければそれをもって同定可能性があるとは判断されないということです。

伊藤詩織vsはすみとしこ「枕営業失敗」風刺画訴訟との違いと同定可能性

で、イラストレーターのはすみとしこが伊藤詩織を描いて「枕営業失敗」と書いたイラストなどを公開したことが名誉毀損に問われた事案はどうだったのか?

東京地方裁判所判決 令和3年11月30日 令和2(ワ)14093で公開されています。

本件で問題となったイラストは複数に渡るのですが、その多くにおいて、描かれた女性が伊藤氏であることにつき、はすみ氏から争いが無いか自ら認めています。

同定可能性が争点とされたイラストについては以下判断されました。
※事案が事案であるため、イラストそれ自体は掲載しない。検索したら残骸が残っているかもしれないが、再拡散することはしません。本件に興味があった者であれば、どこかで見たことがあり記憶に残っているだろう

(3)本件ツイート3について

ア 名誉毀損の有無

(ア) 同定可能性について

 被告Aは,本件イラスト3-1の女性は,ディズニーのキャラクターをモデルにした架空の女性であり,原告とは異なる特徴を有していると主張する。

 しかし,本件イラスト3-1の女性は,「D」という本件性被害に関連する名前を胸につけ(被告Aは,「やまろ」と呼んでいるが,不自然な読み方であり,本件性被害に関係するDを示唆していることは明らかである。),Tシャツ(原告が本件性被害に遭った翌日にDのTシャツを着ていたとの話がある(甲1参照)。)を着て,本件性被害の内容に関連するやり取りをしている携帯電話を持ち,容姿も原告に類似しており,原告を意識していることが認められる。また,多数の閲覧者が,本件イラスト3-1の女性を原告と認識していたことが認められるほか(前記1の認定事実(以下「認定事実」という。)⑴キ),被告Aは,本件イラスト3-1の女性のモデルが原告であることを示唆する発言をし(認定事実⑴ク),平成30年6月30日,ツイッターで,本件ドキュメンタリーに関する投稿をするとともに,本件イラスト3-1と原告の顔写真を並べて投稿している(認定事実⑴サ)。さらに,被告Aは,令和3年1月22日付け準備書面⑴の10,11頁(第2の5⑵ 及び⑶)において,本件イラスト3-1に記載された表現はDのインタビュー等から着想を得たものである,本件ツイート3の文章の内容から読み取れるのは,被告AがDの主張を風刺し,原告とDのいずれの主張が正しいのか問題提起をしていることである等と主張しており,同イラストの題材が本件性被害であることが認められる。

 そうすると,本件イラスト3-1の女性は,原告に類似しているのみならず,第三者の一般人である閲覧者からも原告と受け止められ,被告A自身も原告であることをほぼ自認するような発言もしているのであるから,原告と同定することが容易に可能であるというべきである。

「本件イラスト3-1」を媒介に、他に同定可能性が争われたイラストについても判断されています。

イ 本件イラスト4-2について

(ア) 名誉毀損の有無

 a 同定可能性について

 被告Aは,令和3年1月22日付け準備書面⑴の15頁及び17頁(第2の6⑷ 及び⑸ )において,本件イラスト4-1ないし4-4の各女性が,本件イラスト3-1の女性と同一人物であることを認めていることも踏まえれば,前記⑶ア で認定・説示したとおり,本件イラスト4-2の女性を原告と同定することが可能であるというべきである。

この判断は控訴審の東京高等裁判所判決令和4年11月10日 令和4年(ネ)第269号でも是認されています。

要するに、「多数の閲覧者がイラストを見て伊藤氏と認識していたこと」だけで同定可能性が認められたのではなく、はすみ氏本人の言説も相俟って、容姿が酷似しているなどの事情もあわせて認定されたということです。

怨み屋本舗DIABLO悪魔のフェミニスト編の一般社団法人エンゼルの行動、登場人物の蜜箱かりんや金筋渦葉の容姿や属性・背景事情などに、この程度の同定可能性が認められることはあり得ないのが明らかです。

石に泳ぐ魚事件控訴審でも、作中の「朴里花」と現実の原告女性の生い立ちや属性が酷似していることが事細かに認定されていました。

したがって、怨み屋本舗について、はすみとしこの伊藤詩織風刺画訴訟を例に出して脅してる者は、比較不能なものを並べて違法であるとするただの嫌がらせに過ぎません。

「栗原正尚ははすみと同じヘイト絵描き」という名誉毀損・侮辱

https://archive.is/qrZzN

原作者の栗原氏が「この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。」と、「どの団体とコラボしてるのか気になりますw」とコメントしたアカウントに対してリプライしていたものついての引用リツイート。

『このように「無関係」で逃げようとしたが、「容易に原告を想起させる内容」としてガッツリ名誉毀損認定という鉄槌を下されたヘイト絵描き』『同じ目に遭いたくないなら』と書いています。

これは、はすみ氏を「ヘイト絵描き」と評した上で、栗原氏を同列に扱っている文面なので、名誉毀損乃至侮辱に相当すると思われます。

それに、「怨み屋本舗の描写はColabo・仁藤氏を描いている、彼女らに対する攻撃だ」という主張は、「Colaboがそのような犯罪している」という誹謗中傷になるのではないでしょうか?

怨み屋本舗の描写は、現実の様々なフェミニストの行状やアニメ・オタク関連表現に対する攻撃に関するSNSでの炎上事件、貧困ビジネス問題を文学的に昇華させて描かれたものであって、特定の団体や個人をモデルにしたと言える関係にはありません。

以上:ランキングバナークリック,はてなブックマーク,ブログ,note等でのご紹介をお願いします