事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

菅直人が安倍晋三に名誉毀損裁判で完全敗訴した判決文全文の解説:福島第一原発の「海水注入中断指示」

安倍総理菅直人名誉棄損訴訟

菅直人 氏が安倍晋三 氏に完全敗訴した訴訟の結果について改めて訴訟の結果について整理していきます。

福島第一原発「海水注入中断指示」についての吉田所長の英断が重要になってきます。

安倍晋三vs菅直人の名誉毀損裁判判決文

東京地裁平成27年12月3日判決平成25年(ワ)第18564号

東京高裁平成28年9月29日判決平成28年(ネ)第25

最高裁第三小法廷平成29年2月21日決定平成28年(オ)第1866号平成28年(受)第2347号

当該争訟の全体をまとめると、「菅直人氏の完全敗訴」です。

具体的には、菅氏の誤った判断がなされたこと、菅氏側の虚偽公表が認定されました。

また、安倍晋三氏が虚偽の内容を主張したとは一言も触れられておらず、名誉毀損は不成立とされています。

地裁と高裁の判示に実質的な差異は見いだせないので、高裁の判決だけ見れば当該争訟を把握するのに十分です。なお、最高裁は上告受理の申立を受け付けないという決定ですので、中身の話はありません。

東京高裁における裁判の争点と読むべき箇所

安倍総理に対する菅直人の名誉棄損訴訟

東京高裁判決文の6ページを見ると、訴訟の争点は以下になります。

  1. 本件記事(安倍晋三氏のメルマガ)の適示事実は何か、及び、同記事は控訴人(菅直人)の社会的評価を低下させるものか否か
  2. 真実性又は真実相当性の抗弁の成否
  3. 本件記事を被控訴人(安倍晋三)の管理する本件サイト(安倍晋三のブログ)に掲載し続けたことが不法行為にあたるか
  4. 控訴人に生じた損害
  5. 名誉回復措置としての謝罪広告の要否

名誉毀損裁判の争点として複数の論点がありますが、最も重要なのは2番目の真実性に関する判断です。事案の概要」「前提事実」「当該裁判所の判断の部分を見れば、海水注入に関する裁判所の認定がわかります。

2番目の内、「真実相当性」については、「真実性」が無いとされた場合に検討されるものなので、今回は「当裁判所の判断」の中では検討されていません。

それから、名誉毀損が成立しないという結果なのですから、4番目と5番目の争点はこの判決の中では触れる必要がなく、書かれていません。また、3番目の争点も不法行為不成立となっており、2番目の争点についての判断がベースとなっているので本件の把握において重要ではありません。

以上より、真実性について把握するために読むべき箇所は以下です。

  1. 第2「事案の概要」と第2-1「前提事実」の部分:1頁~6頁
  2. 第3-1、第3-2「認定事実」の部分:21頁~31頁
  3. 第3-4「争点2(真実性)」の部分:34頁~39頁

当事者である安倍側と菅側が主張している内容を見ることは、名誉毀損裁判における争い方を学ぶ上では参考になりますが、裁判所の判断(事実として認定された内容とその法的評価)と混同しないよう注意して読みましょう。

安倍総理のメルマガ(ブログに再掲)の内容

第2「事案の概要」の1(5)にて記載された内容(PDF5ページ)の内容を抜粋。

福島第一原発問題で、菅首相の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が、実は全くのでっち上げである事が明らかになりました。

複数の関係者の証言によると、事実は次の通りです。

12日19時04分に海水注入を開始。

同時に官邸に報告したところ、菅総理が「俺は聞いてない!」と激怒。

官邸から東電への電話で、19時25分海水注入を中断。

実務者、識者の説得で20時20分注入再開

実際は、東電はマニュアル通り淡水が切れた後、海水を注入しようと考えており、実行した。

しかし、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。

この事実を糊塗する為最初の注入を「試験注入」として、止めてしまったことをごまかし、そしてなんと海水注入を菅総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいたのです。

これが真実です。

菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。

この内、裁判で真実性が検討されたのは以下の2点です

  1. 海水注入を止めたのは菅総理
  2. 海水注入は菅総理の英断とのウソをばらまいた

原発事故時の菅直人氏の行為の事実認定

重要人物一覧:「吉田所長」「本店対策本部(東京電力)」 「武黒フェロー」「海江田大臣」「保安院」「斑目委員長」

「海水注入」に関する事実の経過は以下

  1. 3月12日正午、淡水による原子炉冷却措置を講じていたところ、吉田所長は淡水枯渇の場合は海水注入することを決め、職員らに指示し、本店対策本部もこれを了承
  2. 同日午後5時55分頃、海江田大臣は武黒フェローに海水注入を指示。同時に保安院に対して措置命令の文書発出を準備するよう指示
  3. 同日午後6時5分、武黒フェローは海江田大臣の口頭指示を本店対策本部に伝達
  4. 当時、官邸においては重要な局面については原子力災害対策本部の本部長である菅内閣総理大臣の判断を経た上で動くというある程度の合意ができていたことから、海江田大臣は、海水注入について菅氏に報告し、了解を得る必要があると考えた
  5. 同日午後6時0分頃から同20分頃まで、菅氏の下で会議が開催され、海水注入に関する検討がされた
  6. 会議では菅氏が海水注入による原子炉の腐食の可能性等について出席者に質問
  7. 斑目委員長が再臨界の可能性についてゼロではないと回答したことから海水注入の再検討を求め、散会。※海水に変えることで再臨界の可能性が高くなるものではない
  8. 会議後の同日7時4分、吉田所長が海水注入を開始。
  9. 同日午後7時25分頃、武黒フェローが吉田所長に電話をした際に海水注入を知り、海水注入を停止するよう求めるも納得しない吉田所長に対し、「おまえ、うるせえ、官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」と声を上げた
  10. 武黒フェローから連絡を受けた東電の本店対策本部も、海水注入の中断を吉田所長に指示したが、吉田所長は表向き受け入れる旨返事をしたが、実際には中断されることはなかった
  11. 同日午後7時40分頃、武黒フェローが菅氏に対して海水注入についての検討事項を報告。その際、海水注入開始の事実を菅氏や海江田大臣に伝えず、菅氏はそのことを知らないまま、午後7時55分、海水注入を命ずる海江田大臣の命令文書が作成

要するに「海水注入の事実」については、菅氏の指示、東電本店の圧力があったにもかかわらず、吉田所長の判断によって海水注入は中断されなかったということです。

まさに吉田所長の英断だと思います。

このあたりの事実関係は、各メディアも指摘しているところです

参考:調書は語る 吉田所長の証言 (3) 海水注入ためらったか 2014年09月18日

さて、「海水注入中断の指示の事実」については、菅氏の「直接の」指示は無かったと裁判所も整理しています。

直接の」というところが重要で、「真実性」の判断に影響します。

この点は後の高裁の判断のところで詳述します。

海水注入に関する政府の発表等

  1. 3月12日午後8時50分頃、官邸ウェブサイトの本件事故に関する政府の対応を時系列で説明したページを開設
  2. ウェブサイトでは「18:00 総理大臣指示」「福島原発について、真水による処理はあきらめ海水を使え」との記載がされ、菅氏もその頃、自らマスコミ取材に応じ、同日午後8時20分から海水注入をする異例の措置を始めた旨を発表した
  3. 5月2日の参議院予算委員会において、海江田大臣は3月12日午後7時4分に「海水注入試験」を開始し、これを停止して、総理からの指示を受けて午後8時20分に海水注入を開始した旨答弁した

明らかに事実と異なる発表をしているということがわかります。

東京高裁の判断

以上を前提として東京高裁の判断内容を見ていきましょう。

主要な部分について真実性が認められる

安倍総理菅直人名誉毀損裁判

安倍晋三議員のメルマガで問題となる点は以下の2つであると指摘しました。

  1. 海水注入を止めたのは菅総理
  2. 海水注入を菅総理の英断とのウソをばらまいた

裁判所は、この表現は結局、以下の内容の趣旨であり、それが主要な点であり、それを対象に真実性の判断をすることとされました。

  1. 海水注入の中断指示という「間違った判断」をしたのは菅総理
  2. 海水注入に関して事実に反する発表をした

裁判所における名誉毀損訴訟における真実性の判断基準のうち、論評による名誉毀損に関しては「意見ないし論評の前提としている事実が主要な部分について真実であること」の証明があるかどうかであると判例によって決まっています。

「主要な部分」が修正された理由について

この点、1番については、実際には海水注入は止まっていません。

しかし、安倍晋三メルマガが書かれた5月20日時点では、5月2日の予算委員会における海江田大臣の答弁で「試験注入⇒停止⇒海水注入開始」と説明されていたように、海水注入を中断するよう指示を出していたという虚偽の事実が菅直人政権の側によって既成事実化していました。

裁判所が「主要な部分」を前記のように「なおして」判断した理由については、判決文上、特に強調して書かれてはいませんが、判示を読む限り、こうした背景事情を考慮したように思われます。

海水注入中断の指示を「直接」行ったのは武黒フェローだが

さて、1番について、確かに海水注入中断の指示を「直接」吉田所長に行ったのは武黒フェローであるとされています。

しかし、海水注入について検討した会議の中で、本来問題にする必要のなかった再臨界の可能性について菅氏が強い口調で問題視したことから、会議の参加者が、菅氏が海水注入を了解していないと受け止め、それが内閣総理大臣としてのある判断を示し、その判断が東京電力による吉田所長への海水注入中断指示という誤った決断に繋がったという意味において、菅氏の間違った判断があったと認定されました。

菅氏は当時内閣総理大臣ですから、その言動による影響を受けて海水注入の中断指示がなされたということが認定されたということです。

安倍総理菅直人名誉毀損裁判

海水注入に関して事実に反する発表をした

2番目の「海水注入に関して事実に反する発表をした」ことにについて。

これは、海江田大臣から午後6時5分に海水注入の指示がなされ、午後7時4分には注入開始がされていたにもかかわらず、政府発表では午後8時20分から開始されたという事実と異なる発表をしたことが明らかです。

また、海江田大臣の予算委員会での説明も事実に反することが明らかです。

主要な部分でないものについては判断せず

安倍晋三氏のメルマガの中で、菅氏が「俺は聞いてない」と激怒したことの指摘、実務者、識者の説得によって海水注入が再開したことの指摘などについては、主要な部分ではないとされました(枝葉末節に過ぎない)。

つまり、その内容が真実であるかどうかについて、裁判所は全く判断をしていません

この認識が重要であり、ネット上ではこの点を無視したデマが蔓延っています。

小括:菅氏は安倍晋三氏に完全敗訴

  1. 海水注入に関して、菅氏の間違った判断がなされたことが裁判所に認定された
  2. 菅氏側の虚偽公表が裁判所に認定された
  3. それ以外の部分につき安倍晋三氏が虚偽の内容を主張したか否かは判断されてない

菅直人は安倍晋三に完全敗訴しました。それ以外の理解はあり得ません。

 

菅直人氏による訴訟の総理大臣業務への影響

安倍総理菅直人名誉棄損訴訟

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「総理としての時間の一部を裁判のために割かざるを得ないことになりました」

この部分を「裁判を受ける権利ガー」「言論の自由ガー」と非難する人がいます。

しかし、単なる論評とは違い、裁判は多大な時間とコストがかかります。

特に菅氏の場合、元総理であり国会議員という公職の身であり政策論議を交わすはずの関係なのに、安倍晋三氏は本件について一度も抗議を受ける事がなかったのです。

しかも、わざわざ参院選挙の直前に提訴したのですから、それが権利行使として法的な評価としては正当な行為だと言っても、一般的な評価としては非難されても仕方がありません。

まとめ

  1. 訴訟は菅直人氏の完全敗訴
  2. 「安倍晋三がデマを言ったと裁判所が認定した」というのはデマ

裁判の結果については間違った理解が流通していることが多いので、注意しましょう。

ネット上にあるデマについては、過去に以下で指摘しています。その部分以外は本質的には本稿と同じですが、表現・説明内容は本稿では修正しています。

安倍総理大臣に菅直人が西日本豪雨の対応について難癖:原発事故時の菅の虚偽公表という裁判結果と裁判結果に対するデマ - 事実を整える

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