弁護士の懲戒請求制度はどのようにあるべきなのか?前回に引き続きこの点を考えていきます。
特に、懲戒請求書が送られてきた場面の処理をどうすればいいのかについて検討していきます。
前提知識として、こちらの記事を読んで懲戒請求の手続を知っておくと理解が進むと思います。
また、各弁護士に対する懲戒請求内容や弁護士の主張する請求額や対応も若干異なっているので事案の全体像を把握するためにこちらを読んでおくとよいでしょう。
懲戒請求書の記載が「懲戒請求があった」とみなせない場合
「懲戒請求書と題する書面」が弁護士会に届いたら綱紀委員会の調査をしなければならないのでしょうか?私は、そうは思いません。
弁護士法58条の解釈から
弁護士法58条では「懲戒請求があった場合には」綱紀委員会の調査に付さなければならないことになっています。しかし、今回は弁護士会に所属する弁護士全員の懲戒請求はそうせずに手続を走らせていません。にもかかわらず、弁護士個人に対する懲戒請求はそのまま手続を走らせています。
「必ず綱紀委員会の調査をしなければならない」
というのは、今回のような事案では妥当しないのではないでしょうか?
弁護士法
第五十八条 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
2 弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき又は前項の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。
以下略
「その事由の説明を添えて」という要件があると読めます。
こんな単なるツイートの文を貼りつけただけの「懲戒請求書」は、「その事由の説明」を添えた事にはならないでしょう。
つまり、このような書面はたとえ懲戒請求書の体裁であったとしても、弁護士法58条1項の要件をみたさず、「懲戒請求があった」とは認められないと考えることができます。
そして、綱紀委員会の調査に付さなければならないのは「懲戒請求があったとき」ですから、このような懲戒請求書と題する書面が届いても、綱紀委員会の調査に付することは法的に求められていないハズです。
現行の弁護士会の手続では、全て懲戒請求書の写しを弁護士に渡して手続を走らせていますが、これはおかしいでしょう。
綱紀委員会の濫訴防止の機能と存在意義から
条文解釈という形式上の問題は以上として、では、実質的にどう考えればいいか。
確かに、最高裁平成23年判決裁判官須藤正彦の補足意見ではこのように言及されています。
『肝腎なことは,懲戒請求が広く認められるのは,弁護士に「品位を失うべき非行」等の懲戒事由がある場合に,弁護士会により懲戒権限が,いわば「疎にして漏らす」ことなく行使されるようにするためであるということである』
しかし、これは懲戒請求権が「何人」にも認められている事を説明したものであり、懲戒請求書と題する書面がいいかげんな場合にも全て綱紀委員会の調査に付するべきということにはなりません。
むしろ、以下の言及が重要です。
前掲最高裁平成23年判決裁判官須藤正彦の補足意見
弁護士自治やその中核的内容ともいうべき自律的懲戒制度も,国家権力や多数勢力の不当な圧力を排して被疑者,被告人についての自由な弁護活動を弁護人に保障することに重大な意義がある。それなのに,多数の懲戒請求でそれが脅威にさらされてしまうのであっては,自律的懲戒制度の正しい目的が失われてしまうことにもなりかねない。
前掲最高裁平成23年判決裁判官竹内行夫の補足意見
弁護士法においては,懲戒請求権の濫用により惹起される不利益や弊害を防ぐことを目的として,懲戒委員会の審査に先立っての綱紀委員会による調査を前置する制度が設けられているのである。
弁護士会は濫訴防止の要請があるから綱紀委員会が存在するのであれば、綱紀委員会の調査として弁護士に弁明をさせる前に、綱紀委員会が懲戒請求としてふさわしいかの判断をすることは妨げられていないということになります。いや、妨げられていないどころか、前捌きをするべきであるとさえ言えます。
綱紀委員会という機関が行うのが適切ではないというのであれば、常議委員会があるのですから、そこが判断すれば良い。懲戒請求以外のルートとして弁護士会が「懲戒事由があると思料するとき」というものがありますが、これを判断するのが常議委員会であるという解釈があり((弁護士自治の研究、現実にもそのような運用がなされているはずです。
現行の弁護士会の手続でこのような判断がなされていなかったのは、通常の懲戒請求書は懲戒の事由としていろんな事実の説明や証拠も添えてあり、いちいち「懲戒請求として扱うのが適切か?」を判断する必要がなかったからであると思われます。
会全体に対する懲戒なんかに対しては対応を取っている(会自体を守る方向での対応)とは思うのですが、個々の弁護士が濫用的な懲戒請求のターゲットにされた場合には完全にその個人に対応を任せきりなのでそこも何とかして欲しいなぁと思います。 #peing #質問箱 https://t.co/lDfKNSerAX
— ノースライム (@noooooooorth) May 5, 2018
不当懲戒の件、ささき先生と懲戒請求の名簿を付き合わせているのだが、私とささき先生とで名簿に割り振られている番号が異なっているので逐一チェックせざるをえない。ほとんど同じ請求者なのだから弁護士会も名簿の番号位合わせてくれればいいのに。とゆうか弁護士会的にも無駄な作業してるよね。
— ノースライム (@noooooooorth) April 20, 2018
自律的懲戒制度を担う弁護士会が、わざわざ弁護士の手間になるような制度設計をしている。その結果生じた負担を「損害」であると主張するのは、マッチポンプと呼んでいいでしょう。弁護士は弁護士会に請求しても良いと思われます。
弁護士会が独自に懲戒の事由があると思料する(考える)ときに、まさかこの画像のようないいかげんな根拠で綱紀委員会の調査に付することはないでしょう。「それなりの根拠」をもって行うはずです。
そうである以上、懲戒請求書が送付された場合にも、「それなりの根拠」があるかどうかを判断するべきなのは当然ではないでしょうか?
民事訴訟や告訴・告発の場合と比べてみても、弁護士会の対応は異常です。
訴訟の場合の扱い
通常の訴訟の場合や告訴・告発の場合とパラレルに考えてみましょう。
綱紀委員会が弁護士に聞き取りをせずに、懲戒請求書に不備があるとして弾くことには一般的な合理性が認められるということがわかると思います。
民事訴訟の場合:「請求の趣旨及び原因の記載」が必要
第百三十三条 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。
2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 当事者及び法定代理人
二 請求の趣旨及び原因(裁判長の訴状審査権)
第百三十七条 訴状が第百三十三条第二項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。ー中略ー
2 前項の場合において、原告が不備を補正しないときは、裁判長は、命令で、訴状を却下しなければならない。以下略
第五十三条 訴状には、請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいう。)を記載するほか、請求を理由づける事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。
以下略
原告から裁判所に訴状が送られると、裁判所の事件係の裁判所書記官が訴状の形式面の不備や誤りが無いかをチェックします。もし見つかったら原告に対して任意に補正・追完を求めます。通常であればここで拒否をするということはないようです。訴状が受け付けられて事件番号が振られると、どの裁判官(裁判体)が担当するかが決められます。
担当裁判部は、訴状審査を行います。実務上はここで不備があったり不明確な記載があると、任意の訴状の補正の促しがなされます。弁護士が訴訟代理人の場合はこの対応が通例のようです。そうでない場合には、訴状の補正命令が行われ、補正されない場合は訴状却下の命令がなされます。
請求の趣旨とは、デフォルメして言えば原告が求める判決の内容、形式の表示のことです(典型的には被告に対して何をしてもらいたいのか)、請求の原因とは、原告の権利主張を基礎づける事実のことです。当然、附属書類として証拠を添付しなければなりません。
要するに、裁判が行われるまでに原告はどんな事実をどういう証拠によって証明し、何をしたいのかを明示する必要があるということです。それができなければ裁判の手続は走らせず、被告に負担はかからないということです。
弁護士会の懲戒請求の場合、懲戒請求者が原告、対象弁護士が被告と考えることができます。
刑事告訴・告発の場合:「行為の特定」等が必要
まず、検察官が起訴するときは、「罪となるべき事実」の特定が必要です。それは基本的には「何時、何処で、誰が、何を、何故に、如何にして」の内容によって特定されます。
特に重要なのが「犯罪行為として何をやったのか?」という「犯罪行為の特定」です。例えば「人を殺した」がそれにあたります。この場合、刑法199条に該当することが示されます。そのためにナイフを用いたのかなどの手段・方法は別の話です。
これと同様に、告発状にも「告発事実」として具体的な犯罪行為の特定やその行為と罪となる法律と条文名が対応していないといけません。告訴と告発は捜査機関である検察や警察等に対して行われます。
このように、罪名として記載されているものが指す事実が何なのか、犯罪事実としてどのような行為があったのかが書かれなければ、告発状は返戻されます。当然、被告人と告訴・告発人に指摘される者には何等の負担もかかりません。
弁護士会に対する不当懲戒請求も、どのような行為が懲戒事由なのかが不明なものがあるため、このようにして返戻すれば良かったのです。
それをやっていないのは弁護士会の制度の不備であり、「請求が特定されているか」の判断の懈怠でしょう。
懲戒請求が主張自体失当な場合
上記の私の観点とは異なり、「主張自体失当」となる場合には綱紀委員会の調査を走らせず、懲戒請求書を弾く運用が弁護士から主張されています。
主張自体失当とはどういう場合か
懲戒請求に記載された事実が事実であっても、懲戒事由にならない場合です。例えば「〇〇弁護士は死刑制度に賛成しているから懲戒を請求する」であれば、それが事実であっても、懲戒事由にあたらないので、主張自体失当といいます。
— 川村真文 (@K_masafumi) May 31, 2018
だけど、それにより被る損害は、中身のある懲戒請求よりも小さいはずで、損害額(=不法行為で認められる賠償額)は小さくなる。
— 川村真文 (@K_masafumi) May 29, 2018
ただし、現行の弁護士会の運用は異なります。
現行懲戒制度は、主張自体失当と思われる場合についても、全件対象弁護士に答弁書を提出させ、主張自体失当という反論を対象弁護士にさせる運用をしていますね。RT @K_masafumi: @zimbeyzame @yuki_k1
— 小倉秀夫 (@Hideo_Ogura) May 31, 2018
東京弁護士会は何をやってるんでしょうか?バカですよね。
結局、綱紀委員会で審査したところで「懲戒事由なし」の判断が下されるものを、わざわざ会員たる弁護士の手を煩わせているのは愚かの極みです。弁護士会は弁護士を守る仕事をしていないということになりますね。
何度も言いますが、弁護士法は懲戒請求を何人にも認めていますが、どんな書類も「懲戒請求」と書かれていれば懲戒請求として扱うべきという要請はありません。あると思っているとしたら勘違いも甚だしいです。
高島章弁護士の見解
「主張自体失当」の懲戒請求は「不当懲戒」ではありますが「不法行為 損害賠償」を構成する「違法懲戒」と言えるかどうかは、議論の余地があります。例えば、「民事訴訟を提起したが請求が棄却された」という事例は世の中にいくらでもあります。それは、結論だけを見れば「不当提訴」ではありますが「違法提訴」とは言えません。それと同じことです。
「不当懲戒だが違法懲戒ではない」
このカテゴリが存在するという認識は重要だと思います。
余命不当懲戒請求は主張自体失当か
960件の懲戒請求書は様々あると思われるので、懲戒事由としてどのようなものが述べられているのか、その全ては知りません。しかし、画像に示したような単なるツイートをコピペしたものは別として、概ね「朝鮮学校への補助金停止をした通達を非難し、補助金支給を求める弁護士会声明に加担したこと」が懲戒事由となっていると言えます。
これは主張自体失当でしょうか?
朝鮮学校への補助金は、公の支配に属さない者に公金支出をすることを禁じている憲法89条違反のおそれがあります。そのような行為を行うよう意見表明をしたことは、表現の自由があるので違法ではありません。
しかし『憲法違反のおそれが強い朝鮮学校への補助金支給について、制度変更を求めるということではなく現行の制度のまま求める行為』が弁護士としてどうなのだろう?と思う一般人の意見は、違法だとは思えません。
もちろん、佐々木・北・小倉弁護士は弁護士会の声明とは無関係なので、彼らに対する限度で不当懲戒請求ですが。
民事訴訟の提起が違法になる場合
懲戒請求が違法になるのは、①懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合に、②請求者がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払う事によりそのことを知り得たのに敢えて懲戒を請求するなど懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるとき、です。
これは、通常の民事訴訟の場合にも似たような基準で違法となります。
最高裁判所第3小法廷 昭和60年(オ)第122号 損害賠償請求事件 昭和63年1月26日
民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。
民事訴訟の場合には「著しく相当性を欠く」という判示に対し、懲戒請求の場合には「相当性を欠く」とあるため、懲戒請求の方が不法行為の成立する余地が大きいと考えられています。*1
このような判示の違いが民事訴訟と懲戒請求をパラレルに考えることに影響するのかはわかりませんが、民事訴訟も「有効ではない訴え提起」と「有効だが違法な訴え提起」というカテゴリーが存在することに鑑みれば、「「それなりの根拠」すらない懲戒請求書と題する書面を弾く「有効ではない懲戒請求」と「有効だが違法な懲戒請求」のカテゴリーは想定されていると考えられます。
小括
- 「それなりの根拠」が無いものは弁護士会が前捌きをし、懲戒請求書を返戻する。綱紀委員会の調査に付さない決定をする。(有効ではない懲戒請求)
- 「それなりの根拠」がある場合には綱紀委員会の調査を行うが、その過程で相当性を欠くと認められる場合には懲戒請求は不法行為となる
(有効だが違法な懲戒請求) - 事実上又は法律上の根拠がある場合には有効かつ適法な懲戒請求として扱う
- これらは弁護士法58条の解釈と弁護士会が濫訴防止のために綱紀委員会を設けた趣旨から導かれる
弁護士会においては、このような判断枠組みを持つべきではないでしょうか?
なお、この処理枠組みの中では高島弁護士の言う「不当懲戒だが違法懲戒ではない場合」というのは、オレンジのゾーンとグリーンのゾーンの両方にあることになります。
展望:「殺到型」大量懲戒請求をどう処理するべきか
これについてちょっと考えてみたのだが、調査報告書によると委任状の書き換えも従前から行われていたようだし(3年で数十件という報告だった)、今回の懲戒請求も私以前にも大量に懲戒請求はなされていたことを考えると、単にみんな行動しないで流していただけだと思う。 https://t.co/NqH7GJqB2H
— ノースライム (@noooooooorth) May 11, 2018
高島弁護士のフェイスブックに、今回の事案の争点のほとんどが網羅的に書かれています。今後はここで論点とされたものについても言及していきます。
特に、懲戒請求者に対する不法行為訴訟を提起した弁護士の請求額と和解金額が妥当かどうかについては弁護士の間でも議論が分かれていますので、今後の記事ではそれらを整理していきたいと思います。
以上
*1:潮見佳男『不法行為法1』(信山社,2009年)193頁以下。