事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

弁護士への「大量」不当懲戒請求:余命信者と佐々木・北弁護士の和解の論点

 

f:id:Nathannate:20180607003621j:plain

弁護士に対する「大量の」不当懲戒請求事案が発生し、一部の弁護士が懲戒請求者に対して訴訟予告をしたことで様々な議論がネット上で湧き上がっています。

しかし、未だに事実を把握しないで混乱したまま議論がなされている事に加え、法的素養や体系的知識の無い者がいいかげんな事を言っているので、状況は混乱してきたとも言えます。

この記事では不当懲戒請求事案の事実の概要と各所で論じられている論点について簡潔に紹介することを目的にします。

「大量の」懲戒請求事案の大枠

余命信者の弁護士への大量不当懲戒請求

弁護士への「大量の」懲戒請求事案の概要図

ある一つのブログによる懲戒請求の呼びかけがきっかけで、現時点で全国の弁護士会に約13万件もの懲戒請求がなされています。

ここでは全ての懲戒請求を網羅するのではなく、最も有名な佐々木・北弁護士の事案をはじめとして、ツイッター上で引き合いに出されることの多い弁護士の事案を紹介するにとどめます。

「余命三年時事日記」というブログが呼びかけた懲戒請求事由

「余命三年時事日記」(以下、余命ブログ)において、懲戒請求が呼びかけられたのが事の発端です。このブログは「余命三年」と謳っていますが、初代のブログ運営者の方が既にお亡くなりになられており、現在は二代目、三代目Aときて「三代目B」が運営しているとされています。氏名等は伏せられていますが、年齢は70歳くらいと言われています。

「憲法上認められない朝鮮学校への補助金支給を要求する声明を弁護士会が出したことに関与したこと」

これが一連の懲戒請求の発端となった懲戒事由です。事実経過の概要は以下です

  1. 日弁連をはじめ、各単位会(東京弁護士会や神奈川県弁護士会)が朝鮮学校への補助金停止に関する非難声明を出した
  2. 「余命ブログ」において上記声明が問題視され、懲戒請求の呼びかけがなされた
  3. 各弁護士会に対して①個別の弁護士に対する懲戒請求、及び②それとは別個に弁護士会に所属する弁護士全員の懲戒請求を求める申立が多数(別個の個人から960通)なされた
    ※佐々木弁護士に対しては3300件
  4. 懲戒請求の対象となった弁護士のうち、懲戒請求が不法行為であるとして懲戒請求者に対して訴訟提起、或いは訴訟予告と和解提案を行った

東京弁護士会に関しては余命ブログのこちらのページが確認できます。
魚拓:http://archive.is/8S3uc
ちなみに当該ブログでは検索窓がありますが、現時点で複数語での検索には対応していません。

今回の大量の不当懲戒請求事案の把握で注意すべきは以下の点です。

  1. 朝鮮学校への補助金支給声明を出した、或いはそれに関与した事が懲戒事由になるかどうかは現時点で不明
  2. 弁護士会の宣言に弁護士が関与したのかを検証していない者が多い
  3. 朝鮮学校への補助金支給声明を理由とした懲戒請求ではないものが多く含まれている

紹介する各弁護士に対する懲戒請求では、目を疑うような懲戒請求書が出てきます。

なお、弁護士会に所属する弁護士全員の懲戒請求については、各弁護士会が綱紀委員会による手続を進行させないということを決定しています。

日弁連大量懲戒請求への声明

https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2017/171225.html

朝鮮学校への補助金支給について

憲法89条において、公金は公の支配に属しない事業に支出等をしてはならないと定められており、朝鮮学校は「公の支配に属しない」ため、朝鮮学校への補助金支給は違憲ではないか?と言われています。

ただ、これまで朝鮮学校に補助金が支給されていたものを支給停止とする措置が取られたこと、補助金の支給権限は国ではなく自治体にあり、自治体が補助金を支給しないとするのは違憲ではないが、補助金を支給することが違憲・違法になるものではないのではないか?という反論がなされています。

実は、普通の私立大学への補助金支給についても同様の問題点が指摘されています。

要するに、現時点で朝鮮学校への補助金支給が違憲・違法かどうかは確定していないということです。

東京弁護士会の佐々木亮、北周士の2人の弁護士への不当懲戒請求

余命信者の佐々木亮弁護士への大量不当懲戒請求

余命信者の佐々木亮弁護士への大量不当懲戒請求

佐々木亮(ささき りょう)=ささきりょう@ssk_ryo

北周士(きた かねひと)=ノースライム@noooooooorth

2人とも東京弁護士会の朝鮮学校への補助金支給提案には関与していません。

「関与していないという証拠を出せ」という人は一度これを読んでください 

佐々木・北両弁護士への懲戒請求の顛末

こちらのツイートに連なるリプ欄で事情が紹介されています。

北弁護士に関しては、佐々木弁護士のツイートに賛意を示したことを理由として懲戒請求がなされています。それがこちら。

以上より、佐々木・北弁護士への懲戒請求事案の概要は以下です。

  1. 余命信者が、佐々木弁護士に対して、弁護士会が朝鮮学校への補助金支給要求声明を出したことに関与したとして懲戒請求書が送付された(事実は、佐々木弁護士は関与なし)
  2. 佐々木弁護士が懲戒請求について根拠がないとするツイートをした
  3. 北弁護士が上記ツイートに対して賛成のツイートをした
  4. 余命信者が、北弁護士に対して、佐々木弁護士のツイートに賛意を示したことを懲戒事由とする懲戒請求を為した
  5. その他、意味不明な内容の懲戒請求書が送られる

要するに両弁護士は「完全なる被害者」であるという事が大前提ということになります。

後述しますが、不当な懲戒請求に対して不法行為であるとして訴訟を提起するのは判例上も認められています。 

提訴予告

現時点(2018年6月7日)ではまだ提訴していません。

提訴は6月末を予定しており、和解をする場合には訴訟を提起しないということ。

和解条件は弁護士一人あたり5万円=10万円の慰謝料相当の金額を支払えというもの。

この二人の弁護士の言動については様々な議論が行われているので改めて後述します。

東京弁護士会の小倉弁護士への不当懲戒請求

余命信者の小倉秀夫弁護士への大量不当懲戒請求

上記画像で示した小倉弁護士への懲戒請求書の一例はこちらです。

小倉弁護士もまた、朝鮮学校への補助金支給要求声明とは全く無関係です。

彼も同様に不当懲戒請求者に対して訴訟予告をし、和解提案をしています。

小倉弁護士の提案する和解金額は一人10万円です。

細かい和解条件はこちらにUPされているひな形で確認できます。
魚拓はこちらこちらです。

この和解条件についても疑問点はありますが、ここでは触れません。

神奈川県弁護士会の神原元弁護士への懲戒請求

ブログ記事のタイトルと異なり、この見出しには「不当」という文字が入っていないことに注意していただきたいです。

弁護士神原元@kambara7。懲戒請求の内容は以下のような文言です。

「違法である朝鮮学校補助金支給要求声明に賛同し、その活動を推進する行為は、日弁連のみならず当会でも積極的に行われている二重、三重の確信的犯罪行為である」
魚拓:http://archive.is/DX4sS

これに対して神原弁護士は「少なくとも朝鮮学校補助金要求に関連して違法行為をした事実はまったくない」「存在しない事実について、あえて懲戒請求を申し立てていたことが明らかだ」としています。

現時点で、被告数や請求額などは明らかにされていません。

こちらは既に提訴済みです。弁護士会は綱紀委員会が懲戒不相当の決定をしています。 

こちらも訴訟前に和解提案をしていたようですが、条件は不明です。

このように、神原弁護士に関しては、彼は朝鮮学校への補助金支給に賛同していることから『懲戒事由が全くの事実無根』という事案ではないことがわかります。

朝鮮学校への補助金支給を求める言動が違法かというと、表現の自由があるので違法ではないです(断言)。それが弁護士として或いは一般的な話として適切な言動かどうかはともかく。

ただ、神原弁護士が言うような「存在しない事実について、あえて懲戒請求を申し立てていた」と言えるものかどうかは私は疑問です。「違法」は評価の問題ですからね。

ネット上で懲戒請求者に対して訴訟提起した弁護士が叩かれているのは、神原弁護士の事案と混同していることが往々にしてあるので注意すべきです。

その他の弁護士への懲戒請求

札幌弁護士会の猪野亨弁護士に対して懲戒事由として請求された事実は「言論の自由を逸脱しており、国策を害する発言である」というだけでのものであり、最高裁判例の基準に照らせば不法行為になります。

猪野弁護士は、懲戒請求者に対する訴訟提起はしない方針です。

全国13万件もある懲戒請求事案ですが、弁護士によって対応方針は様々なようです。

神奈川県弁護士会の嶋崎量弁護士も佐々木弁護士のツイートに賛意を示したことが懲戒理由として591件の請求を受けています。

懲戒請求者に対する訴訟宣言をしたことが懲戒事由だとして第二次懲戒請求も受けています。

大量懲戒請求を受けた弁護士の紹介についてはこの辺りに留めます。

懲戒請求が不法行為となる場合についての最高裁判例

最高裁は、弁護士への懲戒請求そのものが不法行為となる場合があることを認めています。不法行為となる要件についても判示しています。

最高裁判所第3小法廷 平成17年(受)第2126号 損害賠償請求事件 平成19年4月24日

「懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」

今回、朝鮮学校への補助金支給要求声明に関与していない弁護士(佐々木・北・小倉、各弁護士)に対する懲戒請求は、この要件に当てはまります。

なお、この判例を「過失」について述べたものと捉えたり、佐々木・北・小倉、各弁護士に対する懲戒請求は故意が無いなどと言っている者は衒学者なので無視します。

ささきりょう・ノースライム両弁護士の事案について

両弁護士の発言・行動については各所から批判がなされました。

一般人の懲戒請求者相手の訴訟提起そのものについて

橋下さんはこう言ってますが、こういう場合はどうでしょうか?

【一般人たる反日外国人が、保守派の弁護士に対して大量に不当懲戒請求を行った】

「一般人だから許される」という論は、この結論を受け入れざるを得ないということになります。たとえば支那で日本人の個人情報が大量に売買されていますが、日本人の個人情報を悪用した大量の不当懲戒請求も可能になるということになります。

これはどう考えてもおかしいので、この論に乗っかっている人は橋下さんに甘えているだけです。橋下さんは自らも弁護士なので、弁護士に対して自律を促すための表現だったのかもしれません。

弁護士である以前に、一人の人間です。訴訟を提起する権利は何人にもあるのであり(憲法32条)、それを弁護士だからと言って制限することは無理があります。

また、橋下さんの意図・目的は弁護士会の仕組みの改善なので、上記の意見は単なる議論のきっかけに過ぎないものだと受け止めています。他の観点について橋下さんのこの件に関する批判は傾聴に値します。

橋下さんは、『弁護士の負担は弁護士会の手続によるものだから、弁護士は弁護士会を訴えるべきで、懲戒請求者を訴えるのは妥当ではない』という趣旨の主張もしています。

判例とは異なる見解ですが、制度論としては十分あり得るものです。

なお、「訴訟予告そのものが問題である」と言う者は、一度冷静になって頂きたい。

いきなり訴訟を起こされるのと、その前に和解条件を提示して心の準備をさせることのどちらが嫌なのか?

請求額や和解金額が過大であるという指摘

こちらについては弁護士の中でも見解が分かれています。

相反する視点が2つあります。

  1. 賠償額は弁護士が受けた損害(実損と慰謝料)を填補するための範囲にとどまるのではないか
  2. 損害の填補だけでは不法行為者=懲戒請求者の負担が低額になってしまい、将来の不法行為の抑止の観点からもよくないのではないか?

この論点は難解なので、別途記事を書く予定です。

私は、弁護士には弁護士自治が認められていることから綱紀委員会が濫訴の防止の機能を果たすはずなのに、それを怠っているのではないか?という点から請求額が妥当かどうかを考えていきます。

訴訟提起に当たってカンパを募った点

神原弁護士のツイートは自身の事案についてのものですが、彼をして、カンパを募るのは十分な検討が必要、という認識であるということです。

カンパが「品位を失うべき非行」という懲戒事由にあたるかは議論の余地があります。

弁護士会の懲戒手続の仕組みについての批判

弁護士会は懲戒請求があった場合、申立書の写しを対象弁護士に交付しています。

このようなフローが個人情報保護法や公益通報者保護法の理念・精神に反するのではないか?というのが小坪慎也さんの問題意識です。

個人情報保護法違反になるかというとかなり疑問ではありますが、このような制度が好ましいかどうかという議論はあってしかるべきだと思います。

まとめ

  1. 佐々木・北・小倉弁護士は朝鮮学校の補助金支給要求声明と全くの無関係
  2. 佐々木・北・小倉弁護士は「被害者」であることが大前提
  3. 弁護士各人の事案はそれぞれ微妙に異なるため、安易に論じてはいけない。特に神原弁護士の事案と混同しないように。
  4. 一般人たる懲戒請求者に対する訴訟は許されないという論は、反日外国人による保守派弁護士への攻撃を許容する暴論

事実が整理されないで誤解・混同されたままいいかげんな事を言っている者が居るので注意しましょう。

各弁護士の懲戒事由とされたものは何なのか?各弁護士は懲戒事由に掲げられた行為を行ったのか?この事実を認識した上で、建設的な議論をしていくべきです。

※追記:違法適法・弁護士の品位・当不当の問題

f:id:Nathannate:20180611231800j:plain

懲戒請求の問題について論じる場合、上記画像の3つの次元の話を切り分けて考えると議論が整理できます。ある行為について「問題だ」と言うとき、それはどのレベルの話なのか?無自覚なまま論じると議論がかみ合わなくなることがあるので気を付けましょう。

違法か適法かの次元

1番目の「違法か適法か」の議論は弁護士、懲戒請求者、弁護士会の各主体において論じられる話です。端的に法律の規定に反する行いをしているかどうかの話です。

ただ、「その行為は違法だとしても妥当である」という議論をしたい場合にはそれなりの根拠が求められるということになります。

弁護士の品位を失うかの次元

2番目は弁護士個人に特有の話です。ある行為が違法として損害賠償をくらったり刑罰を受けたりするまでは行かないにしろ、弁護士法に定められる懲戒事由には該当するのではないか?という議論の話です。

「違法であれば弁護士の品位を失うと言える」と一応言えると思います。

「違法だが、弁護士の品位を失うとは言えない」「弁護士の品位を失うが妥当」という領域があるのかどうか、私は知りません。

ここの議論は必ず通過しなければならない、というわけではありません。無視して1番目から3番目の次元の議論に移っても問題ありません。

妥当か不当かの次元

3番目は、1番目と2番目のフィルターをクリアして、現行法の枠組みの中では問題ないということになったとしても、「あるべき理想」から考えた場合にどうか?という議論の枠組みです。「立法論」「制度論」の話とも言えます。

このレベルの話は現行法には無いルールを適用すべき、あるいは結論を変えるべきという話ですので、現行法では義務のない行為を求めたり、違法となる行為を適切であると言及したりすることができます。

この枠組みを提示した理由

ツイッターなどで往々にして議論のすれ違いが起こるのは、この議論の次元がずれている場合が多いからです。

このズレは誰かに問題がない場合が多く、お互いに立場を明示することで不毛な言い争いは減ると思います。

弁護士の懲戒請求についてはそれなりに多くの一般人も論じ始めているので、建設的な議論をするために上記枠組みを意識して頂ければと思います。

以上