事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

手術・性別取扱変更をした市議に「おっさん」賠償命じる判決:「トランスジェンダー」事案と扱うべきか?

安易に「トランスジェンダーの事案」と捉えすぎ。

※追記:控訴されたようです

トランスジェンダー市議に「おっさん」賠償命じる、という報道

トランスジェンダーである、愛知県春日井市の小嶋小百合市議に対して同僚市議が「おっさん」と発言したことに関する訴訟で、名古屋地方裁判所から賠償が命じられた、という報道がありました。

メディアの中には重要な背景事情が書かれていないものもあり、それだけを見ると的外れな事案評価になりかねないため、ここで整理します。

性同一性障害者で性別適合手術・男性から女性への性別取扱変更済み

トランスジェンダー市議に「おっさん」発言 名古屋地裁が賠償命じる [愛知県]:朝日新聞 石垣明真2025年6月25日 13時20分(2025年6月25日 16時14分更新)

小嶋さんは性同一性障害の診断を受け、性別適合手術などを行い法律上の性別を女性に変更している

小嶋小百合市議は、性同一性障害者で性別適合手術・男性から女性への性別取扱変更済みであるということが書かれています。朝日新聞記事では「法律上の性別を変更」とありますが、正確には、戸籍法上の性別を変更したのではなく、性同一性障害特例法による「性別取扱変更」によって法令上、女性と「見做す」扱いになったということです。

この辺りの背景事情は、提訴直後の産経新聞記事等、他のメディアでも確認できます。

これは、「単なるトランスジェンダー」ではありません。

手術を受けており、いわば「覚悟が決まった」者であって、他の法令上特段の規定が無い限りは女性として扱うべきことと法的に要請されている者です。

こうした事が分かっている相手に対して*1、法令順守が求められる公人たる議員が、戸籍上の性別の者(この場合は男性)として揶揄する発言をしていたならば、それは社会通念上許される限度を超えたものとして、不法行為とされる余地はあると言わざるを得ません。

「トランスジェンダー」というものが何なのかは例えば以下で整理しています。

「つまようじを使いながらパソコンを打っていたこと」の揶揄が問題

トランスジェンダー市議に「おっさん」発言 名古屋地裁が賠償命じる [愛知県]:朝日新聞 石垣明真2025年6月25日 13時20分(2025年6月25日 16時14分更新)

判決によると、2024年1月にあった市議らが参加する懇親会で、村上市議は、小嶋さんが以前、つまようじを使いながらパソコンを打っていたことを話題にし、「おっさん」などと発言した。当時、2人が所属していた会派の中にも、そう思っている市議がいるとの発言もあったという。

判決は、発言について、小嶋さんが中高年男性のようだと指摘するだけでなく、トランスジェンダー当事者を揶揄(やゆ)するものだと判断。そうした発言を繰り返し、複数人が聞いたことで小嶋さんが多大な不快感を抱いたと認定。

同僚市議が「おっさん」と評したことの理由は、「つまようじを使いながらパソコンを打っていたこと」と認定されています。

これだけ聞くと、「それは正当な他者評価だろう」としか思えません。女性同士でも相手の言動・仕草を見て「それおっさんじゃん!」などと言うことはあるように、そういう言動・状況があったなら、それ自体は当たり前の評価でしょう。

しかし、名古屋地裁も、単なる「中高年男性のようだ」という他者評価とは区別されるべき揶揄である、と検討していた様子が記事からは分かります。

詳細は判決文を見ないとわかりませんが、名誉毀損や侮辱に関する報道は、正当な判断を導く細かい事実関係や評価の過程が省略されている事が多い、という恒常的な状態があるので、要注意です。

「おっさんじゃないか」といった発言は、つまようじを使いながらパソコンを打っていたその場で言ったのではなく、他の議員らが集まっている懇談会という別の機会に、繰り返し発言されたようです。

こうした事情の下では、結論は妥当であるように思われます。

ただ、報道からは司法の認識がおかしいのではないか?と思わざるを得ないような部分も垣間見えます。

「トランスジェンダー当事者への発言だからダメ」という判示部分は、おかしい

トランスジェンダー市議に「おっさん」と発言 賠償命じる判決 | NHK | ジェンダー 2025年6月25日 19時07分

25日の判決で、名古屋地方裁判所の大竹敬人裁判長は「トランスジェンダー当事者の原告が『おっさん』ということばでやゆされること自体、名誉感情を損なうものだ。社会的に許容できる限度を超え、侮辱にあたると言わざるをえない」と指摘しました

NHKのこの記事では、名古屋地裁は市議がトランスジェンダー(女性)を自認しているから、それを理由に社会通念上許容限度を超える、などと認定しているとあります。

これはダメでしょう。

既述の通り、小嶋市議は性同一性障害の診断を受け、性別適合手術(生殖不能要件違憲判決の前)を行い性別取扱変更の手続もしている、覚悟を決めて生活している人です。

そのような者をからかう発言として社会通念上許容限度を超える、と認定するべきで、単に性自認がトランスジェンダー(女性)であるという主観的認識まで法的に保護するとするべきではないでしょう。
※もっとも、社会的にジェンダーアイデンティティ=性同一性=性自認の理解が求められていることが、同僚市議の側の違法性を高める要素として考慮されることは妨げられないとかんがえる。

判例は、例えばいわゆる「経産省トランスジェンダートイレ事件」と呼ばれている勤務階とその上下階の女子トイレ使用にかかる行政措置要求判定取消事件の原告(性同一性障害の診断はあるが、性別適合手術はしていない。)に関する高裁の法廷意見は、「性自認に基づいて社会生活を送る利益」とは書いていません。補足意見に見られるのみです。なお、判示中には「トランスジェンダー」の語は使われていません

また、性同一性障害者特例法の生殖不能要件違憲判決でも、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益であるとしていますが、判示上、単なるトランスジェンダーに関する言及ではないのは論を待ちません。

名古屋地裁の結論部分は是認するとしても、記事にある部分は、おかしいと言わざるを得ません。

ところで、東海地方版のNHKの記事では、この部分の表現が異なっています。

トランスジェンダー市議に「おっさん」賠償命じる 名古屋地裁|NHK 東海のニュース 06月25日 17時17分

25日の判決で、名古屋地方裁判所の大竹敬人裁判長は、「女性である小嶋市議を中高年の男性のようだと指摘する発言で、聞いた人がトランスジェンダー当事者の市議をからかうものだと受けとめる発言だった」と指摘しました。

このような理路であれば理解はできます。

最初のNHKの記事のかっこ書き部分は、書きぶりが判決書の原文そのままの引用とは思えず(判決文で「名誉感情を損なうものだ。」などという表現にはならない。)、判決読み上げに付随する法廷内での発言(及びその発言を整理したNHKによる記述)のように見えますが、どうなんでしょうか?

小嶋小百合市議「トランスジェンダーだから特別配慮してほしいのではない」

小嶋小百合市議は本件に関して春日井市議会で発言し、「トランスジェンダーだから特別配慮してほしいのではない」とも主張していました。

春日井市  令和 6年  3月 定例会(第1回)  03月11日-05号

◆2番(小嶋小百合君)~省略~

 次に,大項目2,既に新聞報道されていますので,今さら説明するまでもありませんが,本年1月19日,議会報編集委員会の懇親会の席上,私は,会派室でつまようじをくわえながらパソコンに向かっていたと指摘され,議会報編集委員である議員の皆さんに加え,市議会議長,副議長,議会事務局長,議事課長以下,職員の皆さんがそろっている席で,何度も何度も,おっさんじゃないかと繰り返し言われました
 誤解しないでいただきたいのですが,私は,つまようじをくわえていたから,おっさんに見えたという趣旨の発言自体を問題にしているわけではありません。私自身は,つまようじをくわえてキーボードをたたいていたという記憶はないのですが,もし本当に会派室でつまようじをくわえていて,それが不適切であるのなら,その場で,やめたほうがいいよと注意すればいいだけのことです。
 その場で済ますことなく,先ほども言いましたように,議会報編集委員である議員の皆さん及び市議会議長,副議長,議会事務局長,議事課長以下,職員の皆さんがそろっている半ば公の場所で,面白おかしく大げさに言われたことを問題にしています。
 刑法第230条及び刑法第231条においても,会派室のような場所で個人的に指摘することに対しては,罪に問われることはありません。しかし,公の場で名誉を毀損したり侮辱したりした場合には,刑事責任を問われる可能性があります。
 また,この件は,私がトランスジェンダーであるから,特別に配慮してほしいと主張しているわけでもありません。
 皆さん,ニュース報道で御承知のように,麻生太郎自民党副総裁が本年1月28日,福岡県芦屋町での講演で,上川外務大臣について,このおばさんやるね,そんなに美しい方とは言わんけれどもと発言して,大問題になりました。
 相手がトランスジェンダー女性であろうと,シス女性であろうと(シス女性というのは,生まれてからずっと女性で生きている人のことです。),シス女性であろうと,相手がどんな人であろうと,こういう思慮の浅い発言を行ってはならないのです。

報道には現れない事情が、この議事録からは少し垣間見えるような気がします。

社会的にも司法的にも、「トランスジェンダー」の事案として扱うべきなんでしょうか?

実は、何でもかんでも「トランスジェンダーの事案」として扱おうとする活動家らに利用されかねない事案認識が横行している現状があります。

そのせいで、以下リンク先のように、有名企業において性分化疾患(DSD)の者が「トランスジェンダー」と同視されてしまうという、別の権利利益侵害・ハラスメントが発生しているという問題提起を遺して本稿を締めることとします。

性分化疾患パワハラ訴訟原告の 土 多恵子さんを支える会 - 訴訟内容

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