事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「二度目の人生を異世界で」まいん氏著作が出荷停止:出版社のホビージャパンと表現の自由

 「二度目の人生を異世界で」のアニメが制作中止となったことに加え、原作者のまいん氏の著作について出版社が自主的発禁措置を取ったことが物議を醸しています。

この件も事実関係が誤解され、混同されているのでまずはそれを整理します。

その上で、表現の自由が護られなくなるという危惧があるのでそれについても言及します。

なお、アマゾン上ではKindleUnlimitedに登録していれば1巻は無料で見られるようになっていますし、Kindle版のダウンロードできるような画面表示になっています。
(動作検証はしていません)

※追記:二度目の人生を異世界で1 (HJ NOVELS)単行本もアマゾン上で購入できるかのような表記になっています(動作検証はしていません)

また、二度目の人生を異世界で 1 (MFC)という安房さとる氏が著者(原作者はまいん氏)の漫画版がKADOKAWA/メディアファクトリーから出版されており、こちらについては未だなんらの影響がないように見えます。 

時系列

  1. 4月中旬「二度目の人生を異世界で」のアニメ放送決定
  2. 5月末頃、原作者まいん氏のツイッターアカウントのツイートが騒がれる
  3. 6月5日、まいん氏の問題とされるツイートが削除され、謝罪ツイートとアカウント停止の意向が示される(←リンク)
  4. 6月6日午前10時、出演予定だった声優4名の降板が一斉に表明される(←リンク)
  5. 同日、アニメ制作側が放送と制作の中止を発表(←リンク)
  6. 同日、出版社のホビージャパンが作品の出荷停止を表明(←リンク)

なお、まいん氏がツイッターを削除し、謝罪をしていることに鑑みて、ここではスクショを晒すことは控えます。

アニメの制作中止について

アニメで配役があった声優数名が相次いで降板を表明しました。

声優の降板の理由は現時点で不明です。

アニメ自体は制作委員会が制作しており、ホビージャパンとは別主体であるため、小説の出荷停止措置との関連性は不明です。出荷停止措置の理由とは異なる理由で制作中止をした可能性もありますが、現時点で情報がないので踏み込みません(声優が4人も降板を表明したことが理由だとは思いますが)。

「二度目の人生を異世界で」の出荷停止措置の理由

出版社のホビージャパン(HJ)が原作ライトノベルを出荷停止をしたと報道されています。

ホビージャパンの見解の表明

同社HPの「HJノベルス『二度目の人生を異世界で』に関しまして」においては、以下の認識が表明されています。

  1. HJノベルス『二度目の人生を異世界で』に関して作品中の一部の表現が多くの方々の心情を害している実情を重く受け止めた
  2. 作品の内容とは切り分けるべき事項だが、別だが著者が過去に発信したツイートは不適切な内容であったと認識

これらは出荷停止の理由として明示されたものではないですが、1番目は出荷停止の理由の一つであるとしか思えません。

ただ、2番目は出荷停止の理由と関係があるのかどうなのか、不明です。単に認識を表明したに過ぎない可能性もあると思われます。現時点では断定できません。

まいん氏の問題とされるツイートは、「姦国の猿はほんとにシツケが悪いなぁ」「虫国のBBA」「蟲国の侵略行為は正当防衛とかぬかしてるぞ」などです。

HJは「ヘイト」だったから出荷停止をしたのか?

ここで、日本のメディア(特に朝日新聞)は「ヘイトや差別があったから」出荷停止したと断じています。

しかし、ホビージャパンの担当者はツイートに対する認識を問うた朝日新聞の取材に「差別を助長する意図はなかったが、表現的に無視ができない内容だった。多くの人の心情を害したと認識している」と述べています。

したがって、HJとしては、少なくとも著者のまいん氏のツイートが「差別やヘイトにあたるから」という認識ではないということが伺えます。

では、作品の表現はどのようなものだったのか?

これは中国メディアの記事等からうかがえます。

中国メディアが報じた「在异世界开拓第二人生」

「二度目の人生を異世界で」が中国で炎上している様子を詳細に論じているメディアがあります。

【环球网国际新闻(http://world.huanqiu.com)】

こちらのサイトでの言及のされ方は以下です。

  1. 主人公が殺害したのは中国人であると言える
  2. 中国人兵士の大量殺害を賞賛するとは反人間小説だ
  3. 当該作品は中国で多く流通していたが問題視されて読者が離れた
  4. フィクションだとしても手塚治虫基準に照らして許されない

それぞれについて突っ込みどころはありますが、記事全体を通して分かるように、どこにも「人種差別だ」とか「ヘイトだ」という論調はありません。「第二次世界大戦を美化するな」「南京虐殺や100人切りを想起させるもので不快である」という論調です。

つまり、日本のメディアが報じるような「ヘイトや人種差別だから出荷停止した」というのは、中国の反応をもってしても言えないということになります。

(仮にそう言えるとして)戦争を美化することや(戦闘行為とはいえ)大量の殺害を誇る行為を美化することと、ヘイトとは結びつきません。

ちなみにこのサイト、グーグル翻訳の中国語(簡体)で翻訳すると驚くほどきれいな日本語に訳されます。

全文載せるのは著作権的にアウトなので、ぜひとも各人が翻訳して読んでみてほしいです。

中国メディアで問題であるとされた表現

そして、具体的に問題であると指摘された表現は、主人公に関する以下のような文章です。

「二度目の人生を異世界で」の出荷停止

15歳で武者修行のために中国大陸に渡った。殺害人数は912人

その後、世界大戦に従軍、従軍期間中の殺害数は3712名

それを賞賛するようなコードネームがつけられる

生涯殺害数5730名

「中国大陸」に渡った後に「世界大戦」に従軍したという点、そして、漫画では主人公が来ていた服が旧日本軍のものであったことや主人公の年齢などから、中国での戦闘行為で中国人を大量に殺害したことを賞賛している内容である、けしからん、というわけです。

ファンタジーに対して何を言っているのか?と思うのですが、これを「中国での殺害を言っているのではない、デマだ!」と言うのは馬鹿バカしいですね。そう捉えることも十分可能。その上で、そう捉えた上での評価がおかしいという話です。

ヘイト・ヘイトスピーチ、人種差別の定義について

人種差別撤廃条約上の「人種差別」については上記にまとめてあります。

ヘイト規制法上の「ヘイトスピーチ=本邦外出身者に対する不当な差別的言動」は、デフォルメして言えば「一定の特定された個人や集団に対して地域社会から排除することを煽動する権利侵害行為」です。

これに対して、一般用語としてのヘイトスピーチはもっと広い概念であり、法務省も「明確な定義はない」としています。「差別」とも違います。ただ、差別とヘイトはしばしば同義として使用されている面があります。

公約数的な意味としては、特定の集団に対してその集団の属性を理由として何らかの危害を加える旨を告知したり、差別意識を助長したり、地域社会から排除する言動であると言えます。日本語の表記の通り、「憎悪表現」というものから離れた表現は、ヘイトではないと言えるでしょう。

「ヘイト」という言葉に明確な定義がないため、フェイクメディアは何かが起こると「ヘイトであるという評価」を加えて論じることが多いです。「ヘイト利権」と作るために躍起になっているのが伺えます。

今回の作品中の言及は、現実の中国人に対する憎悪を助長するような表現であるとは言えません。よって、法的な意味においても、一般的な意味においても「ヘイトスピーチ」が作中に含まれているとは言えません。

なお、まいん氏の問題とされるツイートは、法的な意味での人種差別やヘイトスピーチではありません。ただ、一般的な意味におけるヘイトスピーチと捉えることは可能であり、日本人の私が見てもこのような論評の仕方はいかがなものかと思うものでした。特に全世界に顧客を抱え得る日本のアニメの原作者の言動としてはいささか不注意であると言えるでしょう。

ソンミ氏について

ツイッター界隈では、なぜかソンミ氏(@SonmiChina)がツイッターで拡散した結果、支那人の怒りに火をつけたという因果関係が論じられていますが、時系列的に無理であり、事実と異なります。

今は削除されていますが、ソンミ氏がこの件を最初に取り上げたのは5月31日です。

再掲しますが、以下のサイトは5月30日にUPされています。他のサイトはそれ以前にUPされています。

この記事の中で既に中国のネチズンの間で騒がれていたということが記述されていますから「ソンミ氏が中国の世論を煽った」ということにはなりません。

ただ、こちらでは特定の文言で検索をかけたものをスクショに撮ったものをわざわざツイートしていることから、日本における議論の一定の方向付けはしていると言えるでしょう。

小括

  1. 「二度目の人生を異世界で」は小説版とマンガ版がある、出版社は別
  2. 今回出版停止となったのは現時点では小説版のみ
  3. 小説版の作品の内容が中国で問題視された
  4. 作者のツイートの内容が問題視された
  5. 小説版の出版社であるホビージャパンが出版停止した理由は現時点で不明確
  6. ホビージャパンも中国メディア・世論も、「ヘイト・人種差別だから」問題視したのではない
  7. 「ソンミ氏がデマを拡散した」「ソンミ氏が中国世論を焚き付けた」というのは無理がある

まずはこの事実関係の把握が基本です。

表現の自由の問題

さて、本件は「表現の自由を脅かす事案」であると言えます。

ただし、直接に憲法21条1項の表現の自由が問題になる事案ではありません。

憲法問題の適用範囲外

公権力側が国民の保護範囲にある権利利益を侵害する場合に憲法違反の話となります。

出版差し止めが可能となる基準について判示した判例で本件と近いのは、人格権に基づく請求によって流通していた小説の販売の差止決定をした「石に泳ぐ魚」事件の最高裁判決です。

しかし、今回は私人であるHJという当該作品の出版社たる企業が自主的に出荷停止をした事案であり、国家機関たる裁判所に対して差止めを求めたり裁判所が差止めをした事案ではありません。

本件の場合は、HJと著作権者のまいん氏との間の出版契約の問題です。

両者の間でどのような出版契約が交わされているのか?という点が不明確な以上、これより踏み込んで論じることはできません。

ただ、一般的には過去作品も含めた出版停止は異例であり、まいん氏側は何らかの請求ができそうな気がします。もっとも、まいん氏側は作品の修正による出版再開を目指していることをツイートしており、現時点では出版社側と争うことはしない方針のようです。

出荷停止の是非

従来、出版社は具体的個人の名誉毀損表現があるなど、よほどのことが無い限り表現の自由を守るために差止め要求には応じないという姿勢であるのが一般的でした。

更に、不適切な表現があったにしても、それは18巻にも渡るまいん氏の作品の一部のページの中の話です。その表現が不適切であるというならば、他の全ての巻の出荷停止をする必然性はありません。ここに、作品外のツイートを問題視していることの影響があるかもしれません。

しかも、今回出版社が問題視したのは5年前のツイートの発言内容です。過去の発言を取り上げて出荷停止判断において考慮したとすれば、おそらく初めての事例です。

なので、今回のホビージャパンの対応は異例のものとして受け止められています。

今回、作品やツイートによって誰か特定個人や団体の具体的な権利が侵害されたということは全くありません。それは既に示した作品の内容やツイートの内容からも明らかです。にもかかわらず、なぜHJはこのような対応をしたのでしょうか?

商売上の経営判断にかかわる話であると思われるので踏み込むのは避けますが、仮に「外国人や利権団体からの圧力に屈した」というのであれば、会社内部の判断の問題として片づけてよいものではないと言えます。

その場合は、昨年6月に一橋大学の学園祭で予定されていた百田尚樹氏の講演が中止になった事案と類似した事態と見ることが可能です。この件では、学園祭の主たる参加者ではない大学院生たる梁英聖の反対運動や、学外の者による圧力の影響がありました。

以下の記事では「苦情などの問い合わせは来ていない」とあります。

すると、「外部からの圧力」の可能性があるとすれば、一担当者レベルではなく経営陣レベルへのダイレクトな働きかけが考えられます。その場合は事実そのものを隠すでしょうね。ネット上では既にそのような情報もありますが、不確定です。

他にも中国ネットで大使館への通報呼びかけがあったようですが、今回の事に何か影響を与えたと直ちには言えません。

出版社の価値

本件は出版業界全体の存在意義が問われる事態に発展しかねない要素を含んでいます。

漫画家や絵師は出版社を通して出版した紙の本の印税収入が主な収入源であるのがこれまでの常識でした。

しかし、ポプテピピックで有名になったまんがライフWINなどのWEB漫画サービスがあり、さらにはnoteなどのWEBサービスを利用して個人が「出版」することが容易になっています。

このように、ニュースサイトやブログ掲載サービスを通さなくても、個人で簡単に記事を「販売」することが可能です。漫画も同じことができます。

もしも出版業界が作者の作品を簡単に出荷停止するという態度で、作者を守らない姿勢であるというなら、作者は自分で出版する方向に舵を切るでしょう。そのような世の中になれば、出版業界そのものが大打撃です。ホビージャパンの判断は、このような流れを誘発しかねないという危険性を孕んでいると言えます。

まとめ

  1. 本件は直接的には表現の自由という憲法上の権利の話というよりは、HJ社と著作権者まいん氏の間の出版契約の問題
  2. 当事者の出版契約の中身は分からないので、出版社の行為が違法かどうかは判断がつかないため、踏み込まない
  3. ただし、「二度目の人生を異世界で」の出荷停止の本当の理由が「圧力」であったなら表現の自由を揺るがす問題であるとともに、出版業界の存在意義が問われる話になる

本件で重要な動きがあればまた言及しようと思います。

以上