事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【余命大量不当懲戒請求】弁護士への懲戒請求の手続と弁護士自治1

余命大量不当懲戒請求弁護士自治

余命ブログに乗せられた一般人が無実の弁護士に対して不当な懲戒請求を行い、結果として大量の懲戒請求事案として発展しました。

では弁護士の懲戒請求の手続はどのように進行するのでしょうか?

弁護士の自律的懲戒制度はなぜ認められているのでしょうか?

この記事では手続の概要と具体的な負担、弁護士自治について整理します。

これは、弁護士に生じた損害、つまり弁護士が懲戒請求者に請求している賠償額が妥当かどうかを考えるにあたっても重要です。 佐々木・北弁護士の事案については、弁護士1人に対する損害を単純に960人に請求すると2億5000万円を超えます。

予め言っておきますが、 懲戒請求者を「悪意の塊」のように表現する方も見られますが、それは一部に留まるでしょう。大半の方の性格は懲戒請求をくらった当事者の弁護士の方が言っている通りなんだろうと思います。

事案の全体像・総論にあたる記事はこちら。本記事は各論の一部です。

弁護士に対する懲戒請求の手続の流れ

弁護士の懲戒請求の手続の流れ

出典: 日弁連HP

弁護士法

第五十八条 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
2 弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき又は前項の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。
以下略

懲戒審査が行われるまでの流れは以下のようになります。  

  1. 誰かが懲戒請求を各弁護士会=単位弁護士会に対して申出る、或いは弁護士会が懲戒事由があると思料する
  2. 単位弁護士会の綱紀委員会が調査を開始する
  3. 単位弁護士会の綱紀委員会が懲戒審査に付するかを判断する

まずはここまででひとくくり。単位弁護士会の綱紀委員会で却下された場合、今度は日弁連の組織で懲戒審査に付するべきかを判断させることができます。

  1. 懲戒請求者が異議申立をする
  2. 日弁連の綱紀委員会が懲戒審査に付するべきかを判断する
  3. 2で却下・棄却された場合、懲戒請求者が綱紀審査の申出をする
  4. 日弁連の綱紀審査会が懲戒審査に付するべきかを判断する

マクロのレベルではこのような手続きの流れになります。

特に日弁連の綱紀「審査会」は、日弁連内部に組織されていますが、構成員は法曹ではない者が担当しています。

では、弁護士個人にかかる具体的な負担はどのようなものでしょうか? 

弁護士にかかる事務負担や精神的苦痛等

抽象的、類型的な負担については最高裁判例の補足意見で言及されています。

最高裁の裁判官が指摘する懲戒請求における弁護士の負担 

最高裁判所第3小法廷 平成17年(受)第2126号 損害賠償請求事件 平成19年4月24日における裁判官田原睦夫の補足意見、最高裁判所第2小法廷 平成21年(受)第1905号、平成21年(受)第1906号 損害賠償請求事件 平成23年7月15日における須藤裁判官の補足意見をまとめると以下です

  1. 綱紀委員会の調査に対する反論や反証にエネルギーを割かれる
  2. 根拠のない懲戒請求でも懲戒請求された事実が外部に知られたら誤解を解くエネルギーが投じざるを得ない
    ※事実上,懲戒請求がなされたということが第三者に知られるだけで,対象弁護士自身の社会的名誉や業務上の信用の低下を生じさせるおそれを生じさせ得る
  3. 綱紀委員会の調査に付されると弁護士は手続終了まで他の弁護士会への登録替えや登録取消しの請求ができない
  4. その結果、他の地方での弁護士業務、他の領域での弁護士業務ができなくなる
  5. 公務員への転職もできなくなる

上記1の負担については今回の懲戒請求を受けた弁護士が具体的に言及しています。

懲戒請求を受けた弁護士による具体的な負担の紹介 

 

  • 960件の懲戒請求書を一つ一つ読んで内容を確認する
  • ファイリング・保管
  • 答弁書の作成・提出

ざっくりまとめるとこのような負担でしょうか。

これに対しては、同じく大量の懲戒請求を受けた弁護士からは疑問視されています。

 

要するに、佐々木・北弁護士らの場合は、弁護士会が不要な作業を増やしたために弁護士個人が負担を強いられていると言えるのではないでしょうか?

弁護士会によるマッチポンプであると評価することもできると思います。

過去の判例にみる具体的負担

東京地方裁判所平成28年(ワ)第1665号 損害賠償請求事件 平成28年11月15日は、とても面白い記載があります。

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東京地方裁判所 平成28年(ワ)第1665号

この事案では、懲戒請求が3次にわたって行われました(図中の第〇次申立というのがそれ)。判示から伺えるのは、懲戒請求1,2は一連のものとされ、懲戒請求3には時間的な隔たりがあるとして別項で検討されているということです。また、この事件では懲戒請求以外には紛議調停申立も不法行為を構成するとされましたが、判示の仕方からみて、損害額の大半を占めるのは懲戒請求の方です。

認定された損害額は、140万円。

単純に時間で割ることはできませんが、このような時間負担の割合の事案でこの損害額というのは一定の参考になるでしょう。

3件で多く見積もって20時間の事務負担で140万円に対して、960件とはいえ同じ内容の懲戒請求にかかる事務負担で2億5000万円の損害と評価してよいのでしょうか?請求額や和解額の妥当性については、同種の懲戒請求を受けた裁判例などの紹介も含めて別記事を書く予定です。

 追記:請求額、和解額の妥当性について

弁護士自治について

 

弁護士には弁護士自治が認められています。

他の士業との違い

他の「士業」は監督庁が存在してその監督に服しています。そうすることで、その資格の社会的信頼の維持や資格者の技能・能力を一定のレベルに保っています。

弁護士だけは異なり、自分たちで弁護士資格の信頼性を保つよう自律的に行動しなければなりません。そのために弁護士会は強制加入となっており(弁護士法8条、9条)、弁護士の監督は弁護士会が行うこと(31条)、懲戒処分も弁護士会が行うことになっています(56条)。

なぜ弁護士自治が認められているのか

江戸時代までは訴訟代理は認められていませんでした。

明治時代にはじめて訴訟代理人として「代言人」=現在の弁護士が始まりました。

しかし、当初は担当裁判官の監督に服し、後に検事の監督、検事正の監督に服するようになっており、不当な業務停止や除名の懲戒処分を受けることが多々ありました。

昭和に入って司法大臣の監督に服するように弁護士法が改正されましたが、今日にいう弁護士自治は実現されていませんでした。

不当な懲戒事例は以下です。

  1. 「長ったらしい御談義は聞かずとも宜し」と検事に対して発言した弁護士が除名
  2. 被告人女性が陳述中、法廷詰の巡査が体に手をかけて姿勢を正そうとしたので弁護士が「訴訟法上、被告人は法廷で身体拘束を受けないことになっており、今の巡査の挙動は不穏当である」と言い、裁判官が「身体拘束ではない」と言うと弁護士が「野蛮の法廷なり」と発言。これに対して官吏侮辱罪にあたるとして弁護士が禁錮刑と罰金刑を受けた
  3. 「本件は無罪なること疑うべからず若し有罪とならば太陽は西より出でん」と発言した弁護士が官吏侮辱罪で禁錮刑と罰金刑、業務停止3か月の処分を受けた

訴訟で意見を争う相手方等から懲戒処分を受けるという立場では、弁護士は萎縮してしまい依頼者の権利を十分に守ることができません。その結果、潜在的な依頼者である国民全体の利益が害される事になっていたと言えます。

こうした弊害をなくすために戦前からの弁護士会による自治の要求があり、その後、戦後のGHQの方針、衆議院法制局の主張等があいまって、現在の弁護士自治の形が出来上がりました。

今日の自律的懲戒制度が設けられたのは、このような歴史的背景、反省から弁護士自治と社会正義の実現のために設けられた弁護士自治制度の要請なのです。そして、弁護士が自分たちで懲戒手続を行うことは国民から負託されたものでもあります。

懲戒請求の扱い

弁護士法の規定を再掲します。

弁護士法

第五十八条 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
2 弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき又は前項の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。
以下略

要するに懲戒手続が進行するルートは2つあります。

  1. 誰かからの懲戒請求があった場合
  2. 弁護士会が懲戒の事由があると思料する場合

今回は1番の場合であるとされています。

綱紀委員会の役割・機能

先に説明したように、懲戒委員会の前に綱紀委員会の調査があります。

これは、懲戒請求の濫用による弊害を防止するために行われているとされます。

前掲最高裁平成19年判決裁判官田原睦夫の補足意見

弁護士法の定める弁護士懲戒制度は,弁護士自治を支える重要な機能を有しているのであって,その懲戒権は,適宜に適正な行使が求められるのであり,その行使の懈怠は,弁護士活動に対する国民の信頼を損ないかねず,他方,その濫用は,弁護士に求められている社会正義の実現を図る活動を抑圧することとなり,弁護士会による自縄自縛的な事態を招きかねないのである。

 

前掲最高裁平成23年判決裁判官須藤正彦の補足意見

弁護士自治やその中核的内容ともいうべき自律的懲戒制度も,国家権力や多数勢力の不当な圧力を排して被疑者,被告人についての自由な弁護活動を弁護人に保障することに重大な意義がある。それなのに,多数の懲戒請求でそれが脅威にさらされてしまうのであっては,自律的懲戒制度の正しい目的が失われてしまうことにもなりかねない

なお、弁護士会への懲戒請求権や異議申立権の性質について種々の解釈がありえますが、最高裁は個人の利益保護のためのものではないとしています。

最高裁判所第2小法廷 昭和49年(行ツ)第52号 日本弁護士連合会懲戒委員会の棄却決定及び同決定に対する異議申立に対する却下決定に対する取消請求事件 昭和49年11月8日

弁護士の懲戒制度は、弁護士会又は日本弁護士連合会(以下日弁連という。)の自主的な判断に基づいて、弁護士の網紀、信用、品位等の保持をはかることを目的とするものであるが、弁護士法五八条所定の懲戒請求権及び同法六一条所定の異議申立権は、懲戒制度の右目的の適正な達成という公益的見地から特に認められたものであり、懲戒請求者個人の利益保護のためのものではない

そのため、懲戒請求者が懲戒の取下げをしても、手続は止まらず進行することの根拠として言われることもあります。

小括

  1. 弁護士自治は人権擁護と社会正義の実現のために認められた
  2. 自律的懲戒制度は弁護士自治の根幹を占める
  3. 綱紀委員会は懲戒請求の濫訴の防止のために存在する機関
  4. 懲戒請求権や異議申立権は個人の利益保護のためのものではない

この項の内容は、法曹の倫理[第2.1版]森際康友 編 名古屋大学出版会を参考にしました。 

展望:綱紀委員会のスクリーニングは機能していると言えるのか?

余命大量不当懲戒請求と弁護士自治

佐々木弁護士への懲戒請求書の一例

図のような内容の書面。はっきり言って「怪文書」です。

佐々木弁護士への懲戒請求書の全てがこのようなものではありませんが、こうしたものまで一律に「懲戒請求があった」として扱い、弁護士に対して負担を強いている。

これは弁護士会の落ち度ではないでしょうか?

このような手続は、綱紀委員会が濫訴防止機能を持つとされたことに反しています。

 

「懲戒請求があれば必ず綱紀委員会の調査に付すと弁護士法で決められているから仕方ないではないか」

 

という意見がありますが、本当にそうでしょうか?

今回の大量不当懲戒請求事案では、弁護士会に所属する弁護士全員の懲戒請求と、弁護士個人の懲戒請求の2種類があります。しかし、前者については異例の対応ということで、通常の綱紀委員会の調査を走らせていません。ということは、今回のような事案の場合は、弁護士法によって強制されているということではないと解釈できる対応をしているということです。

また、札幌弁護士会は弁護士個人の懲戒請求については併合処理がなされており、反論のための答弁書も1通で済んでいます。大量のファイルを逐一弁護士に確認させている対応が弁護士会として正しいのか、検証が必要です。

次回の記事において、綱紀委員会の手続がいかにおかしいか、解釈の仕方や事案の処理としてどのようなものが望ましいのかについて述べていきます。

以上

※追記:綱紀委員会の手続の評価について