事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

韓国徴用工大法院判決:外交保護権・訴権の消滅と個人請求権残存という解釈論

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第五次日韓会談予備会談 一般請求権小委員会会議録 第13次会談

韓国大法院(最高裁)における徴用工判決によって、新日鉄住金に賠償命令がなされました。

今後は国際裁判も視野に入れた立論を日本政府がしていくことになりますが、その際に注意すべき点として橋下徹氏らが以下のような指摘をしています。

「まずは日本の弱点をしっかり把握するところから」

とありますが、韓国側がどう主張してくるのか、それに対して日本側は何を推していくべきなのかという話として捉えるべきでしょう。

我々一般国民は、このような議論に巻き込まれて混乱してはいけません。

日韓請求権協定についての両政府の認識という「事実」

上記記事でも指摘しましたが、韓国政府自体が、個人の請求に対しては韓国政府が補償をすると言っていました。たとえば以下のような報道があります。

徴用工訴訟 歴代韓国政府見解は「解決済み」、現政権と与党困惑 2018.10.30 17:25 産経デジタル

盧政権は2005年1月と8月に請求権放棄を明記した日韓協定締結当時の外交文書を公開。請求権を持つ個人に対する補償義務は「韓国政府が負う」と韓国外務省が明言していたことも明らかになった。

 文書公開に併せて発表した政府見解では、「慰安婦、サハリン残留韓国人、韓国人原爆被害者」は請求権交渉の対象に含まれなかった、と主張。元慰安婦らについては日本側に対応を求める方針を示す一方、元徴用工の賠償請求権については日本が韓国に供与した無償3億ドルに「包括的に勘案された」と明言した。

この「事実」がすべてであり、本質です。

日本政府も、国際社会に対してはこの事実を推していくことになるでしょう。

次項以降で触れますが、ちょっとこの事案について調べた人や、北朝鮮・韓国側と同調していると思われる弁護士(橋下さんではない)などがわざわざ小難しい日韓請求権協定の「解釈論」を展開していますが、そういう解釈論の土俵に乗ってはいけません。

日韓請求権協定の「解釈論」と言う枠組みで捉えたとしても、『日韓両政府が協定にどのような効果をもたせるかについてどういう合意がなされていたのか?』という厳然たる「事実」から推し量るべき事柄です。

韓国大法院徴用工判決の理論

韓国大法院の理屈は、『「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は、請求権協定の適用対象に含まれていない』というものです。

日韓請求権協定の交渉経緯の研究を見ても、たしかにこの点について「明示的に」合意があったかどうかはよく分かりません(それは当たり前で、日本の朝鮮統治が不法な・反人道的な、とは解されていないから、議論の俎上に上がるハズが無い)

韓国側としては、国際社会に対してはそのように主張していくことになるでしょう。

しかし、日韓両国において、請求権協定によって請求権に関するあらゆる問題を解決しようとする意思があったということも明らかであり、それによって韓国大法院が主張するような慰謝料請求権も協定に含まれている、と理解するということになります。

反人道的不法行為論は国際社会で認められるのだろうか?

そもそも「不法な植民地支配~~反人道的な不法行為を前提とする~~慰謝料請求権」などという請求権があり得るのかという指摘も可能です。

  1. そもそも反人道的不法行為などという類型は認められるのか?
  2. 反人道的不法行為とは如何なるものを指すのか?
  3. そのような反人道的不法行為の歴史的事実はあったのか?
  4. 反人道的不法行為に基づく慰謝料請求権は一般的に請求権放棄の対象か?
  5. 日韓においてそのような請求権は放棄されたか?

思いつくだけでもこのような論点設定は可能。

国際裁判でどう主張構成するかはプロの仕事ですが、まぁ3番で韓国は詰まるんじゃないでしょうか?

韓国側が主張する「解釈論」の内容

今後、韓国が国際社会で主張する「解釈論」の内容は、山本晴太弁護士が書いた「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」という論述で網羅されているんじゃないでしょうか。橋下氏もこの論述を見ているものと思われます。

この論述には以下のような誘導・誤魔化しが含まれているので注意です

  1. 日本政府の公式見解と政府の裁判上の主張を混同して「解釈の変遷」と評している
  2. 日韓請求権協定と無関係な他国との協定(たとえば日ソ共同宣言)の文言とパラレルに論じている。
  3. 細かい法律論レベルの解釈の変遷があったことから個人請求権がすべて放棄されたという合意がなされたとはいえないと結論付けたい

結局は日韓請求権協定の事案において、日韓両国が協定にどういう効果を持たせようと合意していたのか?という「事実」が大切なのであって、解釈の変遷がどうたらこうたらを言うことは韓国側の苦しい主張に過ぎません。

日ソ共同宣言第六項の文言とその理解については外交保護権の放棄に過ぎないという政府答弁があるからと言って、「日韓協定も同様に理解できてしまうな」などと衒学者に陥ってはいけません。事案が違います。

外交保護権消滅と訴権の消滅と個人請求権残存

一般国民の理解にとってはまったく本質的ではありませんが、一応説明しておきます。

外交保護権(外交的保護権)とは、自国民が外国の領域において外国の国際法違反により受けた損害について、国が相手国の責任を追及する国際法上の権利です。注意すべきは、国民の権利ではなく国が相手国に対して有する権利だということです。

日本政府は、この外交保護権は日韓請求権協定によって放棄されたという理解は一貫しています。

さらに、訴権の消滅という態度も日本政府は一貫しています

訴権の消滅とは、簡単に言えば裁判所に訴えても救済を受けられないという効果があるという意味です。これは実体的権利はあるが、訴訟上の救済が受けられないとも言います。

実体的権利があるとは、この件で言えば個人が相手国や相手国に属する企業・人に対して請求権を有するという意味です。日韓請求権協定によっても実体的権利が個人には残っているという立場は、日本政府の一貫した立場です。※日本国内法においては【財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律】によって韓国人個人の実体的権利は消滅しています。
「実体的権利はあるが、訴訟上の救済が受けられない」とは、たとえば、当時朝鮮半島に拠点を持ち朝鮮人を雇用していた日本の上場企業が、徴用工からの損害賠償を求められた際に(裁判であろうがなかろうが)、手続を踏んだ経営判断として自発的に賠償名目で支払いをしたとしても、実体的権利が存在する以上、取締役は株主から糾弾されたり会社法上違法になることは無いという効果があるということになります。

個人の請求権を国が勝手に消滅させることができるのか?という論点があると言う者も居ますが、韓国大法院もこの論点をとっておらず、日本政府は個人の請求権は残っているという理解ですから、争点にする意味があるのか疑問です。

やはり最終的には、日本と韓国は、個人の請求権の話はお互いの国内問題として処理しましょう、個人間の請求権の問題は韓国政府が補償しましょうという合意がなされていたという事実の問題に収斂します。

まとめ:解釈論よりも事実論 

安倍首相「原告は『徴用』でない『募集』に応じた」…韓国の判決を全面否定 | Joongang Ilbo | 中央日報

「解釈上の難問がある」とか、「解釈の変遷がある」などという議論に惑わされてはいけません。

細かい解釈がどうであれ、日韓両政府が請求権に関するあらゆる問題は解決したということ、個人間の請求の問題もすべてにおいて韓国政府が補償するという態度を取ってきたという事実が結局は大切であるというのは間違いありません。

まずはそのような事実の存在を日本側は国際社会に対して主張し、補助的に解釈論を展開することになるでしょう。たとえば安倍総理のように、そもそも「徴用工」ではなく「募集に応じた者である」と言う事実の主張は解釈論よりも遥かに有効です。

事実が実は解釈論にも影響するということを無視している論考は、衒学的であり、法匪に過ぎません。

以上