2019年3月14日、名古屋市立大学が村瀬香准教授らによる「福島原発事故後の複雑心奇形の全国的増加」と題する論文をプレスリリースしました。
その論述展開がトンデモすぎるので紹介します。
- 福島原発事故後に複雑心奇形手術が全国で増加
- 英語論文では福島原発の放射線の影響を考慮すべきとある
- 福島原発事故後の停留精巣の全国的増加
- その他の要因
- 心臓の先天奇形による死亡者数は増加なし
- 報道の扱い
- まとめ:こんなものが科研費対象で良いのか
福島原発事故後に複雑心奇形手術が全国で増加
プレスリリースにある研究概要を簡単にまとめると以下です。
- 複雑心奇形の「全国の」手術件数(乳児(1 歳未満児)に対する)が、原発事故前後で増加した
- 一方、1~17 歳の患者に対する複雑心奇形の手術件数は、研究対象の期間中においては著しい変化は認められなかった
- その正確な原因については今後の研究課題
「手術件数」であり「発症件数」ではないのは、複雑心奇形は発生率と密接に関連しているためとされています。たしかに発症を認知したら手術しないと命の危険がありますから、そうなのかもしれませんが、なぜ密接に関連しているのかはこの論文内では示されていません。
さて、実は日本語のプレスリリースでは重要な点が省かれています。
英語紙に寄稿した論文の原文を確認します。
英語論文では福島原発の放射線の影響を考慮すべきとある
Journal of the American Heart Associationへ寄稿した論文には
「福島原発から漏れた放射線の影響を考慮すべき」
と書いてます。
その根拠は何か?
この論文では「全国的な調査」をしたとありますが
地域毎の集計はしてません。
はい。地域毎の集計はしてません。大切なことですので二度言いました。
実は、この論文と同日のプレスリリースされた別の論文がありました。
福島原発事故後の停留精巣の全国的増加
ほぼ同じメンバーで研究された別の論文が同日にプレスリリースされていました。
こちらを見ると、九州や関西も含めて増加しているということがわかります。
つまり、この結果から「放射線の影響がある」と考えることは不可能であるということが逆に分かります。
もちろん、停留精巣と複雑心奇形とでは研究が別であるため、この考え方をただちに援用できません。ただ、そうであっても複雑心奇形の研究では地域的な偏りについて示す何らのデータも示されていないので、放射線の影響を「考慮する」ことを科学論文上で言及するのはありえないということが浮かび上がるでしょう。
その他の要因
複雑心奇形の論文の問題点については、上記で多くの方がたが指摘しています。
心奇形の手術数が増えたという結果が出たのは事実なのですが、その「因果関係」について考えられるものとして以下が挙げられています。
- 震災や原発事故が「起こったという事実」によるストレス
- 手術の技術が進歩したことによる積極的手術による手術件数の増加
- 法令や保険制度の改正による患者側の手術選択の増加
- 手術適応年齢の早期化による現場運用の変化:停留精巣についてはこちら
「放射線」にとどまらず、「福島原発事故」や「東日本大震災」を複雑心奇形手術数の増加のファクターにするには無理があります。そもそも最初に原発事故前後で比較しようとした時点で恣意性が入り込んでいます(この切り口からの研究が悪いというわけではない)。
これでは、たとえば「なでしこジャパンがワールドカップで優勝したから」「サッカー日本代表がアジアカップで優勝したから」(いずれも2011年の震災前後)という理由づけも可能になってしまいます。
※なでしこジャパンも「震災前」と書いてましたが修正しました。
心臓の先天奇形による死亡者数は増加なし
先天性心疾患の手術件数が原発事故後に増えているの論文の件(PDF)https://t.co/fEVorYJnOy、人口動態調査https://t.co/Z6cCO3lIiXから、症例数に比例すると考えられる心臓の先天奇形による乳児死亡率の推移と、2011年の県別死亡率を検証してみた。おかしなことは起こっていない。(続く pic.twitter.com/1kREgb37s0
— せいの@えりんぎの塩焼きに一票 (@hseino1) March 17, 2019
人口動態調査の統計情報から心臓の先天奇形による乳児の死亡者数が分かります。
私も確認しましたが、上記ツイート主の描いた図の通りです。
- 全国の心臓先天奇形による乳児の死亡者の有意な増加は見られない
- 福島の心臓先天奇形による乳児の死亡者の有意な増加は見られない
- 福島の心臓先天奇形による乳児の死亡者の出生数あたりの数は全国的に高いとは言えない
名古屋市立大学の研究ではなぜこのデータを用いなかったのでしょうか?
報道の扱い
これCBS Newsが大きく報じているんだ: Study links Fukushima disaster to spike in infant heart surgeries https://t.co/9cP2HKikhr
— Haruhiko Okumura (@h_okumura) March 16, 2019
この論文は文部科学記者会、科学記者会、名古屋教育医療記者会、名古屋市政記者クラブと同時発表であったにもかかわらず、3月14日にプレスリリースをした後、中日新聞が報じた後は大学ジャーナルがひっそりと紹介したに過ぎず、大手新聞紙で取り上げられることはありませんでした。
文部科学記者会らがプレスリリースの際に取材していたのは、科研費による助成を得ていたということがあるのでしょう。
昨年は社会学系における科研費研究の内容が問題視されましたが、科学論文においても怪しい研究がなされているということが言えるでしょう。
まとめ:こんなものが科研費対象で良いのか
中日新聞の記事https://t.co/O604iJFcD9 を見ると、またしても村瀬氏は震災前(07-10年)と震災後(11-14年)を分けて解析し比較したのですね。オオタカ論文https://t.co/DQrdQefPwA の時はこの手で震災前から続いていた減少傾向が見えなくなっていた。
— nao (@parasite2006) March 16, 2019
どうも過去にも震災前と後とで恣意的に分けて解析比較している論者のようでした。
まるで「風が吹けばITベンチャーが儲かる」みたいな話です。
それを論文に書いて論文誌に寄稿しているというのですから、こんなものが科研費の助成を受けてもいいのかと思ってしまいます。
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