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Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

日本学術会議「元号廃止・西暦使用」を申入していた

 

日本学術会議二十五年史

日本学術会議は「元号廃止・西暦使用」も申入していたことが判明しました。

日本学術会議「元号廃止・西暦使用」を申入していた

日本学術会議元号廃止の申入

日本学術会議二十五年史

日本学術会議は第6回総会が開催された昭和25年5月6日に「元号廃止・西暦使用」を申入していたことが分かります。

この事は以下の記事などでも紹介されています。

「元号」にも断固反対する日本学術会議の露骨な偏り(JBpress) - Yahoo!ニュース

日本学術会議は1950年(昭和25年)5月に、時の総理大臣あてに「天皇統治を端的にあらわした元号は民主国家にふさわしくない」としてその廃止を申し入れる決議を発表した。当時の日本学術会議は同会議の決議として、亀山直人会長の名で時の吉田茂首相らに「元号廃止、西暦採用についての申し入れ」を送ったのである。

 その決議には以下の記述があった。

 「法律上からみても元号を維持することは理由がない。現在の天皇がなくなれば、『昭和』の元号は消滅し、その後はいかなる元号もなくなるだろう」

 「新憲法の下に天皇主権から人民主権にかわり、日本が新しく民主国家として発足した現在では元号の維持は意味がなく、民主国家の観念にもふさわしくない」

このような論法は国会議事録にも見られました。

国会議事録における元号廃止議論と亀山直人会長の主張

第7回国会 参議院 文部委員会 第7号 昭和25年2月28日

昭和二十五年二月二十八日(火曜日)
   午後一時三十八分開会
  —————————————
  本日の会議に付した事件
○「元号」に関する調査の件

○委員長(田中耕太郎君) それでは只今から今日の文部委員会を開会いたします。
 お諮り申上げますが、本日の議題は六件ございまして、第一から第五までは法律案に関係しております。御異議がございませんければ議事の都合によりまして、第六の「元号」に関する調査を議題といたしたいと存じます。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○委員長(田中耕太郎君) では御異議ないものと認めまして、「元号」に関する調査を議題といたします。
 初めに御挨拶を申上げます。この元号の問題は、国民生活全体に非常な密接な関係がある問題でございまして、而も又その調査に当りましては特別の学識見識等を必要とする重大問題でございます。従つて本委員会におきましても、この調査に当りましてはできるだけ周到を期し、各方面の有識者の御意見を伺うということが必要でございます。で、さような趣旨を以ちまして、各方面の多数の専門の方々をお招きいたしまして、数日に亘りまして御意見を伺うことといたした次第でございます。今日はその第一着手といたしまして数名の方々に御足労を煩わしましたわけでございます。非常に御多忙中のところをわざわざお繰合せ頂き、殊に外国に御出張になる御予定の龜山博士わざわざお出で下さいまして我々の調査をいろいろお助け頂きますことは感謝の至りに堪えないのでございます。で、皆様方に対しましてあらかじめ厚くお礼を申上げます次第でございます。それでは只今から御出席の方々の御意見を伺うことといたします。甚だ申しにくいのでございますができるだけ詳しくお伺いいたしたいことはやまやまでございますが、多数の御意見を伺いますためにはやはり時間を止むを得ず制限して頂かなければならないような次第でございまして、十分乃至十五分くらいの見当でお話をお願いしまして、後は質問等によつてお答えをお願いいたしたいと存ずる次第でございます。
 初めに簡單でございますが、かさねがさねお礼を申上げます次第でございます。それでは公報に載つております順序に従いまして、先ず宮内庁次長の林敬三君から御意見を伺うことにいたします。

○参考人(林敬三君) 御承知のように元号につきましては、旧皇室典範第十二條に「踐祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間二再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ」とございます。又登極令第二條と第三條とにこれに基いての規定がございましたのでありますが、新典範制定に当りましては、元号は皇室典範中に規定せらるべき事柄ではないという見解の下に、旧皇室典範第十二條に相当する規定は設けられておらないのであります。尚申添えますと旧規定のありました当時におきましても新しい元号を定めます場合には、これは国の事柄として内閣総理大臣以下国務各大臣が副署をいたしました。当時の宮内大臣は、副署いたしておらない次第でございます。更に新憲法施行後の現在におきましては、特に宮内庁の所掌と相関する所がございませんので、従つて第一及び第二の問題につきましては、これはなかなかむずかしい問題とは存じますが、宮内庁といたしましては以上の外格別申述べることはない次第でございますので、この点御了承を頂きたいと存じます。
 碕御質問によりましてお答えを申上げたいと思います。

○委員長(田中耕太郎君) 御異議がございませんければ、各御陳述になつた方々に対する質問は一応全部伺つた後にいたしたいと思います。と申しますのは、お急ぎの方もおありになりますのでさように取計らいましてよろしうございますか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

まとめると、元号に関しては旧皇室典範に規定があったが、新憲法制定後、新皇室典範においてはそのような規定は存在せず、また元号について規定する法律も無く、宮内庁の所管でもないため、宮内庁としては法制度上の位置づけ以外に何も述べることはない(というか職域の関係でできないだろう)と述べています。

続いて当時の日本学術会議会長の亀山直人氏から以下発言がありました。

○委員長(田中耕太郎君) それではさように進行いたします。次に日本学術会議会長龜山直人君にお願いいたします。

○参考人(亀山直人君) 私は大体賛成であります。その理由の一つは、大変勘定がし易いということでございます。第二番目には非常に国際的であるということであります。それから尚私のこの意見につきましては、別に宗教的である、キリスト的であるとかそういうようなことは何も考えないでいるのであります。考えない方がいいと思つております。
 第一の勘定が便利だということは、これはもうすぐお分りかと思いますが、この一番勘定の分り易いものは、年齢などでありますが、明治天皇、大正天皇、今の陛下、それぞれ相当に高い年齢までお生きになつたものでありますから、まだ割合に簡単だと思うのでありますが、明治は四十五年も続きました。併し日本の歴史を見ますともつともつと非常に短い天皇がおられますので、我々一代の中にどうしても三つくらい改元されるのが自然だと思いますが、年齢の短い方で天皇でありましたらもつともつと数が多いかと思います。年齢の勘定だけでも現在の制度でありますと大変に複雑であります。その外でも元が変じますと勘定が非常に面倒になる。そういう点で第一に勘定がし易い。
 二番目に国際的であるということですが、これは世界は非常に交通が頻繁になりますし、それから又物理的にも非常に短時間で交通ができます。その中に日本だけ特別に隔離された島みたいになるということは精神的にも非常におかしいし、世界の文化国家と一緒に日本が暮して行くのが適当だと思うのでありますが、それにもましてもつと実際的にも国際的であることが必要だと思います。例えば商品の輸出、輸入、それらの文書、或いは新聞、ラジオなどでいろいろ通信があり話があつた場合に、やはり国際的に通用されておる西暦の方が勘定がし易い。ただ精神的の意味でなくて実質的に世界各国といろいろ通信交通、それらの点でも今のそれぞれの年号よりも西暦の方が非常に便利だと、こういうわけであります。それから尚この西暦につきましてはこれがキリスト紀元であるというようなことでなしに、今は現実に世界で通用せられておる万国殆んど共通な年号の勘定だと、こう思つておるのであります。尚これを改めますにつきまして国費がどのくらい要るか、或いは行政上どういう困難があるかということは私は分りませんのでありますが、併し今のままで非常に長い間置いておくことは困難かと思います。ますますこれから交通が頻繁になり、通信が頻繁になり、世界が小さくなるときに、いつかはそれだけの手数と金をかけて変えなければならんときがやがては来るだろう、まあ国の経済の事情によりまして多少数年くらいは変つても、とにかくいつかはやらなければならんことだと思うのであります。これが私の意見であります。

まぁ要するに元号の廃止に賛成だと。

その理由として「計算が簡単になる」+「西暦が世界共通なので」というものだけが挙げられていました。

この日の議論では他の委員から、元号の意義について指摘がありましたが、亀山氏の弁としてはここに現れた通りです。

結局、結論は出ず。その後、元号法が制定されています。

元号法が制定

1979年(昭和54年)6月6日に成立した元号法で「法律上の」根拠が規定されました。

昭和五十四年法律第四十三号
元号法
1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

立法化しなければルールは存在しないなどということは無いのだから、別に立法化する必要はないという議論もありましたが、このような議論経過があったので明文化することで守ったというのが実情だろうと思います。

このあたりは近年の自衛隊を憲法で明文化しようとしている動きも似たようなものだといえます。

日本学術会議にとっては「黒歴史」か

福島要一、11期33年日本学術会議委員だった:「民科」に共産党員が多い事も記述|Nathan(ねーさん)|note

このことは関心が薄かったのか声明や勧告ではなく単なる「申入」であったことからなのか、共産党系の支持を得て11期33年も学術会議委員だった福島要一氏の著作【「学者の森」の四十年】でも触れられていません。サンフランシスコ講和条約に関連する討議にページが割かれています。

また、『中古』日本学術会議25年史 (1974年) [Jan 01, 1974]においても年表で確認できるにとどまっています。

年表を見るとソ連と中華人民共和国との学術交流を求める要望も出していて、軍事研究禁止の声明を出している組織と同じ所とは思えないような要求もしているのが分かります。

以上