事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

群馬の森・朝鮮人追悼碑前での政治的発言による更新不許可処分の判決文と「強制連行」だけ取り上げるメディア

北朝鮮側のナラティブだらけ。

群馬の森・朝鮮人追悼碑の撤去の代執行

北朝鮮 群馬県の朝鮮人労働者の追悼碑撤去を非難 | NHK | 群馬県

群馬の森・朝鮮人追悼碑の撤去の代執行が北朝鮮系組織やメディアで騒がれています。

本件は行政代執行法に基づく代執行であり、裁判所の判決は不要です。

が、国の沖縄県に対する代執行訴訟が有名なのでそちらと混同させる言説がふりまかれています。そちらは地方自治法に基づく代執行なので、裁判所の判決が必要である、という違いがあります。

そこを混同させようとして「最高裁は追悼碑を撤去しろとは言っていない」などという文言が弁護士ドットコムにすら掲載されている始末です。

更新不許可処分によって公有地が碑による不法占拠状態にあったのであり、自力執行力のある自治体が撤去できるのは当然の話です。

なお、行政不服審査は、執行前に行われるべきものではありません。

本件の朝日新聞によるナラティブ創出は以下でまとめています。

朝鮮人・韓国人強制連行犠牲者追悼碑を建てる会

平成16年2月25日、朝鮮人・韓国人強制連行犠牲者追悼碑を建てる会は、設置期間を設置許可の日より10年間とする公園施設の設置許可を申請

同年3月4日、群馬県知事は建てる会に対し、設置期間を平成16年3月4日から平成26年1月31日までとして本件追悼碑の設置を許可(以下「本件設置許可処分」という。)した

この間、碑文の文言等に「強制連行」とあることにつき国保援護課及び都市施設課は,平成14年11月18日頃以下の助言をしました。

  1. 追悼碑設置を申請する団体の名称は「群馬県労務動員朝鮮人労働犠牲者追悼碑を建てる会」とすること
  2. 碑名は「朝鮮人追悼碑」など単純,明快なものとすること
  3. 上記旧建てる会から提出された碑文案から,政府が朝鮮人の強制的動員を開始し,さらに国民徴用令による徴用を行ったことや群馬県内の軍需工場等にも数千人の朝鮮人強制連行労働者が投入され,多数の犠牲者を生んだことを訴える部分を削除し,「強制連行」の文言を「労務動員」に改めた被告修正案のとおり見直すこと

結局、申請団体名の名前や碑文から「強制連行」の文言を削除することとされました。

これが設置許可処分に付された条件の一部です。

承継団体『記憶 反省そして友好』の追悼碑を守る会

その結果、前掲の「建てる会」は解散され、その権利義務を包括的に承継したのが本件の原告の「『記憶 反省そして友好』の追悼碑を守る会」です。

実質的に同一の組織です。

「労務動員計画」と「昭和十四年度労務動員実施計画綱領」

「労務動員計画」と書かれている文言には一応の根拠があり、【昭和14年度労務動員実施計画綱領】が昭和14年=1939年7月4日の閣議で決定したことが背景にあります。

群馬県側が嘘の碑文を認めたかのような言説は慎むべきです。

参考:朝鮮人強制動員への国の関与と責任に関する質問主意書

朝鮮人追悼碑の都市公園法上の「公園施設」該当性

前橋地方裁判所 平成30年2月14日 平成26(行ウ)16 群馬の森追悼碑事件

東京高等裁判所 令和3年8月26日判決平成30(行コ)88 群馬の森追悼碑設置期間更新不許可処分取消等請求控訴事件

碑が10年間もの不法占拠となったのは、1審である前橋地裁では碑の設置期間更新不許可処分の取消し請求が認められ、上訴されていたからです。
(更新による設置期間を10年とする義務付けは認められず)

が、高裁で県が逆転勝訴し、2022年に最高裁で上告受理申立が認められずこの判断が確定しています。*1

東京高裁と前橋地裁とで判断が変わったのは以下の項です。

争点(2)カ、(原告が本件許可条件に違反したことにより,本件追悼碑が都市公園の効用を全うする機能を喪失し,「公園施設」(法2条2項)に該当しなくなったということができるか。)について

「争点(2)カ」という表記は地裁判決文も高裁判決文も一緒で揃っています。

前提として、群馬県は、本件については都市公園法27条の「監督処分」によって許可条件違反で許可の取り消し、という手段は採っていません。

その理由としては、平成26年に控えていた設置期間の更新許可申請の際に考慮すれば良いと考えていた、と、当時都市計画課長であった「証人F」が主張していました。

しかし、前橋地裁はこの事情をもって、事情を知ってから1年半も何ら文句を言わなかったのだから、政治的発言によって本件追悼碑が本件公園の効用を全うする機能を喪失していたと考えてはいなかっただろ、と指摘し、公園施設の該当性を認めています。

敷衍していえば、半ば公園施設の該当性を容認・追認していただろう、という理屈です。*2

この考え方はおかしい。

なぜなら、普遍的な法の仕組みとして、何らかの行為が行われて請求権が発生してから権利行使をするまでの間にタイムラグがあっても、一定の期間を超えなければ、それだけで権利が消滅したり追認とみなす効果は無いからです。

例えば、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は「知ったときから三年」となっています。*3

また、都市公園法上も監督処分の権限行使の時間的制約は無い。

流石に更新許可申請の際にも本件の政治的発言にノータッチだったとすれば自治体側は許容したということになるが、そうなれば住民訴訟で当該許可に関して違法の指摘がされる可能性もあります。

前橋地裁は「公園の効用を全うする機能が治癒することもあり得る」と書いているが、それは更新許可申請に際して都市公園の管理権者である自治体側の認識を無視して為されるものではないでしょう。

地裁は団体側が要求した事項について隷従的に検討しろと言っており、この点も異常。

しかしながら,被告は,①原告が本件追悼碑の敷地部分を買い取ること,②被告が本件追悼碑の更新期間を1年ないし2年に短縮して更新許可処分をすること,③被告は原告の10年の本件更新期間の更新申請を許可する代わりに,原告は当分の間,本件追悼碑前での追悼式の開催を自粛することを内容とする3つの代替案をいずれも拒否しており,被告が,上記3つの代替案を受け入れることができるか否かについて,具体的に検討したことを認めるに足りる証拠はないことからすれば,群馬県知事は,本件追悼碑が本件公園の効用を全うする機能を喪失したと判断するにつき,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,本件更新不許可処分は,この点においても,その裁量権行使の判断要素の選択に合理性を欠いているといわざるを得ない。

まるで団体側が公園管理者であるかのような認識であり、公有地の管理権者たる行政の主体性を無視した暴論。

約束違反した側が「代替案」を出してきたからそれに沿って考えなくてはならない、なんて、物事の道理からは外れている。

東京高裁「会の約束違反が抗議団体の抗議活動等を招来した」

東京高裁は「原告の約束違反が抗議団体の抗議活動等を招来した」と言えると指摘しています。

…本件追悼碑を巡って街宣活動,抗議活動等が活発化し,本件公園内及び本件公園付近でも街宣活動等が行われ,平成25年の追悼式については公園利用者の安全の確保の観点から本件追悼碑の前で行うことを回避せざるを得ない状況に陥ったことが認められるが,れらの事態は,被控訴人が本件許可条件に違反する行為をしたことに起因して招来されたものというべきである。

団体の「表現の自由」は前橋地裁判決すら否定:公園施設に必要不可欠

団体の「表現の自由」の侵害であり許されない、という主張も多くみられます。

しかし、それは前橋地裁判決すら否定しています。

前橋地方裁判所 平成30年2月14日 平成26(行ウ)16

5 争点 (本件更新不許可処分が,原告の表現の自由を侵害し,憲法21条
1項に違反し,無効か。)について
 原告は,本件更新不許可処分は,原告から本件追悼碑による原告の表現の場を奪うものとして,原告の表現の自由を侵害し,無効であると主張する。

 しかし,いかに碑の設置行為が表現行為の一態様であるとしても,特定の表現手段による表現の制限が,表現者の表現の自由を侵害するものというためには,表現者が,法的に当該表現手段の利用権を有することが必要と解されるところ,前記本件に関する法令の規定のとおり,法は,公園管理者以外の者に公園施設を設置させ又は管理させるかを公園管理者の許可に委ねているのであって,原告が,法律上,本件追悼碑を設置し,利用する権利を有しているということはできない。したがって,本件更新不許可処分が原告の表現の場を奪うものとして,原告の表現の自由を侵害する旨の原告の主張は,前提を欠き,採用できない。

東京高裁は、本件の許可条件が設定されたのは、公園施設として許容されるためには宗教的・政治的に中立なものであることが必要不可欠であるためであって、団体の公園内における表現活動自体を制約する趣旨のものではないとしています。

東京高等裁判所 令和3年8月26日判決平成30(行コ)88

⑴ 被控訴人は,本件許可条件に,表現の自由に対する規制目的としての正当
性は認められない旨主張する。
 しかし,本件設置許可処分は,本件公園における本件追悼碑の設置許可にすぎず,被控訴人が本件追悼碑の設置の方法によって本件公園において表現活動をすることを許可したものではなく,本件公園における被控訴人の表現活動自体に関わるものではない。また,本件設置許可処分に付された本件許可条件は,控訴人が,「M会」という名称であった旧建てる会に対し,①追悼碑設置を申請する団体の名称を「N会」とすること,②碑文案にある「強制連行」の文言を「労務動員」に改めることなどを助言し,旧建てる会がこれを了承したという経緯を踏まえ,本件追悼碑が本件公園に設置される公園施設として許容されるためには,宗教的・政治的に中立なものであることが必要不可欠であると考えられることから定められたものであり,本件公園における被控訴人の表現活動自体を制約する趣旨のものではない。被控訴人の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。

ロジックには違いがありますが、高裁の論理が妥当でしょう。いずれにしても「表現の自由を主張する前提を欠いている」というもので共通しています。

「強制連行」「右翼団体」だけフォーカスするメディアらと北朝鮮勢力

原告側やメディアは「強制連行」という文言だけフォーカスし、それが政治的なのか否か、歴史的事実の隠蔽だ、という話に終始しています。

しかし、もともと設置許可に付されていた条件は「設置許可施設については,宗教的・政治的行事及び管理を行わないものとする。」というものであり、「強制連行」の文言を使用しないことに留まりませんでした。

判決文では碑文前での集会において以下の発言があったことも認定されています。

「アジアに侵略した日本が今もアジアで孤立している。」

「日本政府は戦後67年が経とうとする今日においても,強制連行の真相究明に誠実に取り組んでおらず,民族差別だけが引き継がれ,朝鮮学校だけを「高校無償化」制度から除外するなど,国際的にも例のない不当で非常な差別を続け民族教育を抹殺しようとしている」

「日本政府の謝罪と賠償,朝・日国交正常化の一日も早い実現」

これらの発言が政治的な発言であることは自明、明らかに碑文の趣旨から外れた発言も見られます。

北朝鮮側の主張とそれに迎合したマスメディアの言説には、このように十重二十重にも歪曲が存在しています。「右翼団体による圧力」など存在する以前からそれ自体が政治的であり、それによる「政治的介入」という論点設定を必死にしようとしています。

代執行の要件「不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」

さて、行政代執行法に基づく代執行の要件には

  1. 他の手段によつてその履行を確保することが困難であり
  2. 且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき

というものがあります。

判決後も群馬県は代替地も提案したが了解を得られなかったので他の手段によって履行確保=碑の撤去を団体側がするのが困難であるという要件を充たしていることに異論はないでしょう。

また、最高裁判決から1年7か月以上が経過しており、これ以上の放置は県有地の不法占拠という違法状態を是認することになってしまいます。

設置物による土地の不法占拠というのは是正すべき違法状態の典型例であって、仮に自力執行力を有する自治体がこれすらできないとされるなら、国内の公有地という財産・管理権が奪われるのと同義であり、到底認められない。

特に本件は北朝鮮が絡んでいるので、国家主権の侵害の問題にもなりかねない。

したがって、「不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」に該当するということは明らかでしょう。

なぜか憲法学者が「市民生活にかかわりがない場合にはできない」などと言っている記事がありますが、噴飯ものです。

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*1:最高裁判所第二小法廷 令和4年6月15日決定 令和4年(行ツ)第8号 令和4年(行ヒ)第9号

*2:※厳密には「政治的発言の容認・追認」とは違う

*3:民法 第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。