事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

新潮45の杉田水脈論文と特集はLGBTヘイト?:何がどうヘイトなんですか?

新潮45の8月号に掲載された衆議院議員の杉田水脈氏の記事が「LGBTヘイトだ」と言われているので、ツイッター上で「ヘイトだ!」と言っている人のツイートを確認していきます。

ツイッター検索窓で「新潮 ヘイト」で検索。

新潮45の杉田水脈論文はLGBTヘイトだと言う人たち

 杉田氏や新潮社の記事のどのような主張がヘイトなんでしょう?

 ヘイトってどの部分でしょうかね?

竹下さんは、自己の記事を引用して記事内でヘイトだと言っています。
でも、記事内で杉田水脈氏の記述は「生産性が無い」の部分しか引用していません。

内容の大半はこのエントリのようにツイッターの引用ばかり。ビジネスインサイダージャパンって大盤振る舞いですね。

ハンガーストライキ「でも」って軽いノリですが、確かに普通の人よりも代謝が少なそうなので、かなり耐えられそうではあります。

 ところでこういう人たちは「ヘイト」をどういう意味で使っているのでしょうか?

毎日新聞も新潮社を「ヘイト路線」と言っています。

 ヘイトって何でしょう?

読むのを途中で辞めたらしいですが、それで正しく論評を評価できるでしょうか?

短い記事なので通読して、おかしな点をた~くさん指摘すればいいと思うんですが。

私は指摘しましたよ。 

ヘイトって何?

英語の直訳では「憎悪すること」ですが、杉田氏はLGBTに憎悪しているんですかね?杉田氏の問題となっている主張は以下です。

新潮45 8月号 杉田水脈「LGBT支援の度が過ぎる」

例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金をつかうことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要綱を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気取り政策になると勘違いしてしまうのです。

政策判断としてどの対象に税金を投入するのか?という議論の中での発言ですが、これって「憎悪」 してると言えるでしょうか?

まさかそんな意味で使っているとはさすがに思えないので、ヘイト規制法やヘイト規制条例の「ヘイト」という意味なんでしょう。

ちなみに、「差別」と「ヘイト」は同じ意味ではありませんが、「ヘイト」の定義が定まっていないのでどっちの概念が広いのかは知りません。でも、わざわざ「差別」と異なる用語を用いているということは、別の意味合いで使用しているのでしょう、と考えるのが普通です。

ヘイト規制法上の「ヘイト」

ヘイト規制法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)にいうヘイトスピーチとは、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」です。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、【専ら】本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するものに対して差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう 

要するに、単に「外国人だから」「外国出身者だから」「外国人の血を引いてるから」という理由に基づいて「この町から出ていけ」などと言うのであれば、それはヘイトスピーチです。

しかし、違法行為をしている者に対して「強制送還しろ」と言う場合には、それはその人の出身や血筋を咎めているわけではないので、ヘイトには当たりません。

もっとも、外国人が違法或いは迷惑な行為をしているからといって安易に「この町から出ていけ、日本から出ていけ」などの文言を使っているとなると、それは「違法行為にかこつけて結局のところ出身や血筋を理由としたヘイトスピーチ」と認定される可能性は高いと考えられるので絶対にやめましょう。

なお、ヘイト規制条例は大阪で制定されていますが、9月19日には東京都で条例案が提出されました。大阪のヘイト規制条例上の「ヘイト」はヘイト規制法上の「ヘイト」と若干異なる意味なのですが、東京都はどうなるのでしょうか?

杉田水脈議員や新潮45はヘイト?

では、杉田水脈氏が新潮45の八月号の記事はヘイト規制法上の「ヘイト」でしょうか?

対象がLGBTなので、当然にして「純」日本人も含まれているため、ヘイト規制法上の「ヘイト」ではありません。

仮に外国にルーツを持つLGBTが居たとしても、杉田氏はLGBTに「日本から出ていけ」と言っているわけでもなければ、「お前らに人権はない!」などと言っているのではありません。

税の投資配分先の議論をすることは、どう考えてもヘイト規制法上のヘイトではないでしょう。

そうすると、最初に引用したツイートをしている人たちは、いったい何をもって「ヘイト」と言っているのでしょうか?

さっぱり分かりません。

単なる憎悪を超えた「ヘイトスピーチ」?

ウィキペディアでは、単なる憎悪表現にとどまらない意味があると指摘されています。

ヘイトスピーチ(英: hate speech、憎悪表現)とは、人種、出身国、民族、宗教、性的指向、性別、容姿、健康(障害)など自分から主体的に変えることが困難な事柄に基づいて、属する個人または集団に対して攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動のこととされる。

日本語では「憎悪表現」の他に「差別的憎悪表現」「憎悪宣伝」「差別的表現」「差別表現」「差別言論」「差別扇動」「差別扇動表現(差別煽動表現)」などと訳される。

定義の説明だけで参考文献が27個もついていましたが、引用文内からは外しました。

  1. 自分から主体的に変えることが困難な事柄に基づいて
  2. 攻撃・脅迫・侮辱

だそうですが、杉田氏の主張は攻撃・脅迫・侮辱でしょうか?新潮45の10月号の藤岡氏や小川氏の主張はどうでしょうか?

「ヘイトスピーチ」であると言っている人たちは、いったいどういう意味でヘイトと言っているのか?どういう理由でヘイトに当たると言っているのか?全く分かりません。

まとめ:たぶん、自分がヘイトと思ったらヘイト

ここまで見てきたところ、在り得る一つの可能性として

自分がヘイトと思ったらそれはヘイト

と考えていると思われるのですが、どうでしょうか?

そうであると考えないと、彼らがなぜ新潮45がヘイトであると言っているのか、まったく説明が付きません。

誰か教えてください。

追記:「論理的妥当性」「主張の妥当性」と「ヘイト」「差別」

ここまで杉田氏論文・発言が「ヘイト」かどうかという観点から書いてきましたが、「差別」「ヘイト」にあたるということと「論理的妥当性」と「主張の妥当性」は捨象してきました。何か学問的公的定義があるわけではないので私の理解している論理的妥当性と主張の妥当性の意味を説明します。

「論理的妥当性」は上のツイートのように「論理的に誤りが無いか」或いは「論理の飛躍が無いか」などの観点からの評価。

「主張の妥当性」は、そうした論理的妥当性も含めた当該主張の正しさ。政策についてであれば、実現可能であり、国民に利益であり、弊害がより少ないかどうか、という話。

杉田水脈論文に対して、論理的妥当性と主張の妥当性を吟味している論考は少ない。いや、ネット上ですら探せばしっかり論じている方の意見は出てきますが、今現在、言論空間の大勢を占めているのは「ヘイト」「差別」であるという主張ばかりです。

そういう言論状況はおかしいので、正しく議論して欲しいです。

追記:新潮社の社長がコメント

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『ある部分に関しては「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」』

『差別的な表現には十分に配慮する所存です』

新潮社の社長佐藤隆信名義での社告でこのように言及されました。

「ある部分」については、これから特定して、執筆者を処分(今後の寄稿をもとめないなど)するんでしょうか?何がどう問題なのか説明するのでしょうか?