事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

関東大震災時の朝鮮人暴動、放火などの犯罪行為は無かったのか?

関東大震災時の朝鮮人の犯罪

現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人 みすず書房

大正12年(1923年)9月1日に関東大震災(当時は大正大震災と呼んでいた)がありました。

その際、朝鮮人の暴動等の犯罪行為が起きたとされていますが、誇張されたデマであるという指摘もあります。
※震災前後の朝鮮人による犯罪行為については捨象します。

ここでは当時の公的資料や研究書から、朝鮮人による犯罪について一部の事実をまとめていきます。ベースとして「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」の記述を紹介し、その信憑性について検討していきます。

震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書

震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書

現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人 みすず書房

「朝鮮人による犯罪」については司法省刑事局が『震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書』(以下、刑事事犯調査書)において、捜査機関が認定した犯罪事実、起訴・起訴猶予となった犯罪事実について報告しています。

ここで引用する画像は昭和38年に出版された『現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人 みすず書房』に収録されているものからです。当時の現代語に直して記されています。編者は姜徳相、琴秉洞です。現代史資料(6)は、政府・民間の一次資料がまとまっており、先行研究としてその後の研究において避けては通れない優れたものです。

朝鮮人の犯罪

震災時における朝鮮人の犯罪について記述した部分が「刑事事犯調査書」の420ページ以降にあります。

一、今回の変災に際し鮮人にして凶暴の行為を為すものあること喧伝せられ、なかんづく大火の原因は鮮人の放火に基づくものにして、兼ねて企図せる不逞計画の一部をこの機会において実現せむとしたるものなりと為す者あり。また、その間社会主義者との連絡ありと為す者なきに非ず、よって極力これが捜査を遂げたるも別表に記する犯行ありたることを認め得るに止まり一定の計画の下に脈絡ある非行を為したる事跡を認め難し。但し過激思想を有する朴烈事朴準植ら十余名が内地人数名と共に不逞の目的を以て秘密結社を組織せる事実あるを発見したるにより之を起訴し、なお重大なる犯罪の嫌疑ありて目下これが取調べ中なり。然れども同人らは震災直後に検束を受けたるを以て震災後における犯罪には直接の関係なきこと明らかなりとす。

二、鮮人の犯罪として明らかなるものは別表に掲記するが如く殺人二件、同未遂二件、同予備二件、放火三件、強盗四件、強盗傷人一件、強盗強姦一件、強姦二件、傷害二件、脅迫一件、橋梁破壊一件、公務執行妨害一件、窃盗十七件、横領三件、賍物運搬一件、流言浮説二件、爆発物取締罰則違反三件、銃砲化薬物取締罰則違反一件の多きを算すれども犯行の当時殺害せられたる者あり、逃れて所在不明なる者あり、又は犯人の不明なるものありて起訴の手続を為したる者は十二名なりとす。

前段として、過激思想を有する者などについては震災後の犯罪とは無関係と言っています。たまに「思想犯をしょっぴいただけだ」という反応があるため、ここは示しておきます。

次に司法省により「朝鮮人の犯罪として明らか」とされているのは47件であり、犯人死亡や逃亡を除くと起訴されたのは12名となっています。

東京日日新聞などの新聞社による報道

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大空社「関東大震災」

「刑事事犯調査書」に記載されている内容とほぼ同じものが大正12年10月20日の大阪朝日新聞、10月21日の東京日日新聞に掲載されています(もちろんそれ以外の新聞にも掲載されている)。

この時期は戒厳令が未だ施行されていましたが、「朝鮮人犯罪」に関する報道は検閲を受けて出版禁止になっていたところ、10月20日に解禁されました。

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たまにこの新聞記事をもって「震災時の朝鮮人犯罪の証拠」と言う人を見かけますが、ベースになっているのは司法省の「刑事事犯調査書」です。その信憑性については後に検討します。 

※追記:厳密には「司法省の発表がベース」。「刑事事犯調査書にも記載された内容がベース」と言っても良いかもしれない。刑事事犯調査書のリリースされた時期が早くとも11月15日以降と思われるため。

火災の原因

流言蜚語の多くは9月1日に「放火をした」というものだったため、「刑事事犯調査書」では火災の原因についても一章を割いて記述しています。

東京市に在りては九月一日震災直後より五日間において独立出火の場所実に百三十八ヶ所の多きに上りたれども、其の内放火と認めらるるものは八件にしてしかも其の大部分は直に消止めらる。他に延焼したるもの少なし。鮮人の放火と認むべき三件についても、その犯人は直に殺害せられ又は其の所在不明に属し、放火の動機を知ることを得ざるはすこぶる遺憾とするところなり。
横浜市における火災原因については独立発火の個所二百二十八件にして、震災直後より午後一時に至る間において発火したるもの実に百九十件を算せり、以て震災による倒壊家屋の多かりしことを推知するに足る。しかして火災原因の方かに出づるものは一も存在せず。
※現代語に直している部分があります。

この三件の朝鮮人による放火というのは以下のものになります。

  1. 堀留署:一日午後八時半:黒上衣白ズボンを着し中肉中背四十才前後但し犯人氏名不詳鮮人一名男木造物置底辺に放火し附近に延焼す
  2. 月島署:1日午後9時頃:月島自警団長加藤重六等取調の結果、自称高等学校生と金某(鮮人)の放火したるものなること判明
  3. 西平野署:一日夜:深川区月島自警団長加藤重深川区東光町一番地□□(二字不明)沼田辰五郎等取調の結果氏名並に住所不詳鮮人の放火に依ること判明

この記述の信憑性も合わせて検討します。

司法省刑事局の「刑事事犯調査書」の信憑性

実は、この資料の信憑性については関東大震災の研究者にとっては非常に懐疑的に見られています。そして、私自身も疑問を持つのが自然だと思う程度には記述に注意すべき箇所が散見されます。

「鮮人の犯罪」部分は犯罪認知事案

刑事事犯調査書の「第三章鮮人の犯罪」は犯罪認知事案についての記述となっているところ、「第四章鮮人を殺傷したる事犯」「第五章鮮人と誤認して内地人を殺傷したる事犯」「第六章支那人を殺傷したる事犯」については起訴・起訴猶予となった事案についてまとめています。

つまり、情報の種類が異なるということ、起訴に至っていない事案は一般的に信用性が低いものとして見るべきという事に注意が必要です。

犯人たる朝鮮人の氏名不詳・逃亡・被害者の氏名不詳が多い

犯人とされる朝鮮人の氏名が不詳だったり、被害者の氏名が不詳、犯人が捕まっても逃走したなどの記述が目立ちます。原物を見ないと納得できない人が多いと思うので、先に示した画像を見れば分かると思います。「鮮人の犯罪」の表は、数ページに渡っています。

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現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人 みすず書房 再掲

起訴された者の多くは窃盗や横領などであり、「朝鮮人の暴動」の根拠とされた放火・殺人・強姦・井戸への投毒(未遂)、などは逃走・殺害・氏名不詳などによって真相は分からなくなっています。

こうした事件の一部について(刑事事犯調査書に載っていないものも含む)、十月二十五日に法律新聞で「朝鮮人の犯罪事実」が掲載されましたが、検察官であった吉河光貞が裁判資料を精査するなどしてその信憑性を語っています。1949年に出版された「関東大震災の治安回顧」では以下論じています。

吉河光貞 関東大震災の治安回顧220頁

果たして以上述べたが如き鮮人犯罪が実際に行なわれたものであろうか。彼ら鮮人の総ては犯行当時混乱に乗じて所在不明となり、あるいは自警団員その他によって殺害されており、司法事件としてはその真偽が全然確定されておらぬ状況であった。

しかも東京地方裁判所検事局管内においては、震災直後司法警察官の捜査が一時この種鮮人犯罪の検挙に傾注された観あるにかかわらず、被疑事件として同検事局に送致された放火、殺人などの重大犯罪すら、その大部分が犯罪の嫌疑なきものとして不起訴処分に付されるがごとき状態であったことは注目に値する

「関東大震災の治安回顧」は国立国会図書館デジタルアーカイブで契約者が閲覧可能です。契約者でないと見れません。県立図書館等でなら見れると思います。

中でも李泰治に対する殺人未遂被疑事件、李守根に対する放火未遂被疑事件については不起訴裁定がなされており(両名は刑事事犯調査書には記載が無い)、呉海模に対する爆発物取締罰則違反被疑事件では無罪となったことなどに触れられています。

吉河光貞氏は司法省の「刑事事犯調査書」の信憑性について直接触れていませんが、少なくともその一部の信憑性は無いと言っていることになります。
※他の関東大震災を検証しているウェブサイトでは吉河光貞が「刑事事犯調査書」全体の信憑性について語ったかのように記載しているものがありますが、間違いです。

臨時震災救護事務局警備部の「鮮人問題に関する協定」

時期としては9月16日以降のものと思われる資料に臨時震災救護事務局警備部が参考として提示した極秘資料である「鮮人問題に関する協定」があります。これも「現代史資料(6)」に掲載されています。

そこには「左記事項を事実の真相として宣伝に努め将来之を事実の真相とすること。従って、(イ)一般関係官憲にも事実の真相として此の趣旨を通達し、外部へ対しても此の態度を採らしめ、(ロ)新聞紙等に対して、調査の結果事実の真相として斯くのごとしと伝ふること。」という方針のもと「朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事例は多少ありたるも、今日は全然危険なし」と記述があります。

また、「朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事実を極力捜査し、肯定に努むること」との方針のもと「イ、風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定することに努ること。」などの記述があります。

こうした記述があることで『「刑事事犯調査書」は政府が朝鮮人暴動についての流言を広めてしまったことを正当化・或いは隠蔽するためにでっち上げたのではないか』という推測がなされています。

まとめ:政府統計や報告書をそのまま信じてはいけない

  1. 震災時の「朝鮮人犯罪」は存在していたのは事実だが、窃盗などの軽微なものばかり
  2. 震災時の「朝鮮人犯罪」として凶悪犯罪があったのかどうかは疑問が投げかけられている
  3. いずれにしても震災時の「朝鮮人暴動」(数百人が武器を持って侵攻したなど)は不存在

「刑事事犯調査書」に記載されている朝鮮人の凶悪犯罪のうち、「氏名不詳」や「逃亡」となっているものは、すべてがそうであると断定はできないが、犯罪事実の存在自体が疑わしいと言わざるを得ません。

このような状況からは『「朝鮮人による暴動」という流言は、現実に起こった朝鮮人の犯罪に起因するものもあった』という実態がどれほどあったのか、慎重にならざるを得ません。そもそも司法省の「刑事事犯調査書」の嫌疑が全て実在だとしても「暴動」があったなどとは決して言えないというのは明らかです。

現に政府は9月2日の夜には朝鮮人暴動が根拠のない流言であるということに気づき、それ以降は新聞社に対して流言の拡散防止に努めるよう要請し、デマを流したものは取り締まって刑事犯としています。ただ、その中において「一部の朝鮮人の不法行為は事実である」という伝え方をしていたため、それが新聞に載った結果、「朝鮮人暴動は事実である」と思い込んだ住民も多かったのでしょう。

ただ、そこから「刑事事犯調査書」の記載の全てが信用できないとするのは、軽々な判断でしょう。この点の信憑性を「朝鮮人に対する犯罪」についての項においてもそのまま適用するような主張がありますが、別個に検討されなければいけません。

刑事事犯調査書のすべてが信用できないというのであれば、それを報じた新聞社も同様に非難されるべきであるのに、なぜか一部の新聞社は追及を免れるかのような言論状況になっています。

終わりに:プロパガンダに利用されないために

チャンネル桜の上記動画の33分以降では、NHKの「関東大震災と朝鮮人」という番組の中で法務省刑事局の「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」における「鮮人の犯罪」部分が隠蔽されたという指摘があります。

ここから「関東大震災時の朝鮮人犯罪は事実だった!それをNHKは隠ぺいする目的だ!」と考える人が居るのですが、この記事で検討したように、刑事事犯調査書の該当部分の記述の信憑性自体が疑問を投げかけられている中で、直ちにそのように判断するのは危険でしょう。当該資料の信憑性の評価については既に紹介した通り、研究界隈では否定されているので、NHKが紹介しなかったとしても隠蔽と評価するのは厳しいと思います。

そうした態度は「関東大震災の歴史を改ざんするネトウヨ」などのような主張をしている者が、関東大震災に関する別の項目についての主張に無条件の正当性を与えることに繋がりかねないものです。

たとえば、「朝鮮人の被害者数」について6000人という数字を出す見解があり、刑事事犯調査書の233人という数字を否定することで自説の信憑性を高めるという手段として利用されています。

この被害者数について検討した資料も調査したので、後日記事をUPします。

以上