事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【兵庫県斎藤知事】奥山俊宏「公益通報部分とそれ以外を分けて考慮すべき」高松高判平成28年7月21日平成27年行(コ)3号の射程

事案が異なる

元朝日新聞の奥山俊宏「公益通報部分とそうでない部分を分けるべき」

【兵庫県議会】令和6年9月5日午前 文書問題調査特別委員会(百条委員会)

兵庫県の斉藤知事が、県民局長が告発文書の配布をした事等に基づいて懲戒処分をした事案で開催された百条委員会。

その中で、元朝日新聞の奥山俊宏氏が高松高等裁判所平成28年7月21日判決 平成27年行(コ)3号を持ち出して、「公益通報部分とそうでない部分を分けるべき」と主張しています。

このことから、この考え方を兵庫県の事案における、文書を了知した際の公益通報性判断の場面でも適用するべきとする観念がSNS等で生まれています。

上掲の兵庫県議会公式Youtube動画では30m40s~と1h38m50s~でこの点に関するスライドが表示されています。

当該告発文書を見て考えてみてください。

高松高等裁判所平成28年7月21日判決は公益通報性のある人事評価の事案

高松高等裁判所平成28年7月21日判決 平成27年行(コ)3号の事案で公益通報部分とそうでない部分を分けるべきとする判示がありますが、こういう話を聞いた時にまず考えるべきは…

  1. この判断枠組みは一般的に妥当するものか?
  2. それともこの事案においてはそのようにすべき事情だったのか?

こういう観点が必須です。

結論から言えば、これは兵庫県の話とはだいぶ事案が異なります。

高松高判の事案は2つの刑事告発の中の1つに公益通報に該当するものがあったことを前提として、昇進が関わる人事評価の際に、公益通報ではない部分も含めて「刑事告発をした事」をまとめて消極的事情として考慮したのが違法とされた事案でした。文書それ自体に公益通報性があるかどうか(「不正の目的の不存在」や「通報」があったか)が問題になる事案では無かったと言えます。

具体的に判決文を見ていきますが、判決文の中では第3の4「乙事件」の部分が関連する裁判所の判断になります。*1

 (イ)前記認定事実(3)エのとおり*2、控訴人は、平成24年3月5日、本件刑事告発等をしたところ、本件刑事告発は、●係長につき、本件共有フォルダに本件データを保存させたことが刑法175条のわいせつ物陳列罪に該当し、氏名不詳の監察局職員3名につき、同年8月4日大阪本部のパソコンを操作し本件データを削除し●係長の上記罪に関する証拠を隠滅したとして同法104条に該当するというものである

日時・場所・行為者と行為の概要が特定されているので、真実相当性を具備して保護要件を充たしているかはともかくとして、公益通報性はあったと言えるものでした。

また、弁護士を代理人として大阪府警に刑事告発し、そのことを徳島新聞にも伝えていた事案でもあり、通報者と通報先が接点を有していました。

 他方、本件刑事告発のうち監察局職員3名の証拠隠滅罪については、本件証拠上、その事実があるとは認められず、さらに、前記認定事実(1)キのとおり、監察局が、平成23年8月2日頃、モニタリング調査のため、大阪本部を訪れ、その際、本件わいせつ画像問題に関し、大阪本部内のパソコンの操作履歴を確認するなどしたところ、控訴人は、その際、大阪本部にいなかったにもかかわらず、同僚から、監察局職員が▲次長が使用していたパソコンを操作していたことを聞いたという事実を根拠に、証拠隠滅罪に該当すると判断したというのであり(甲52,54)、上記相当な理由があるとは認められない。

証拠隠滅罪については同僚から聞いた話を根拠にしていたということが、訴訟の証拠上認定されたと書いており、刑事告発等の際にこの事は明らかになっていなかったということになります。

わいせつ物陳列罪に関する告発には真実相当性があるとしてその部分は公益通報に該当するとしました。適用されるべき罰条と事実関係が明確に分かれて通報されていたものと考えられます。

続いて以下判示しました。

 エ 以上のとおり、控訴人がした本件刑事告発等のうち●係長のわいせつ物陳列罪に係る部分については、公益通報に該当し、上記イのとおり、被控訴人の任命権者が、同事実を係長職への適格性に関わる控訴人の能力についての消極的要素として考慮したことは、公益通報をしたことを理由に、控訴人を選考により昇任させるか否かを決めるに当たり、その能力の実証において不利益に考慮するものであり、地方公務員法15条、17条に反し許されないというべきであり、国賠法上の違法を構成するというべきである。

 もっとも、本件刑事告発等のうち証拠隠滅罪に係る部分については、公益通報に該当せず、通報対象事実が生じていると信ずるに足りる相当な理由があるとはいえないことからすれば、被控訴人の任命権者が、これを係長職への適格性に関わる控訴人の能力についての消極的要素として考慮したことが、地方公務員法15条、17条に反するものとはいえず、任命権者の裁量権を逸脱、濫用するものともいえない。

 そうすると、被控訴人の任命権者は、本件刑事告発等のうち上記公益通報に該当する部分を区別せず消極的要素として考慮した点で、国賠法上の違法があるというべきであるが、公益通報に該当しない部分もあったことからすれば、本件刑事告発等の事実を消極的要素として考慮したことが、控訴人に対する報復目的であったと評価することはできない。そして、控訴人は、平成24年4月1日の定期人事異動に際して、同年1月1日の基準日において4級昇格資格基準を満たしていたものではあるが、被控訴人の任命権者が、同年度の組織執行体制全体、各職員の人事配置等についても総合考慮した上で、係長に昇任させるとの決定をしなかったことからすると、本件刑事告発等のうち上記公益通報に該当する部分を区別し消極的要素として考慮しなかったとして、控訴人を選考により昇任させなかったことが、任命権者の裁量権を逸脱、濫用するものとは認められず、係長に昇任させなかたことが、国賠法上、違法であるとまでは認められない

刑事告発文書が公益通報性を備えた上での真実相当性判断のフェーズ

同一文書内で公益通報である部分と公益通報に当たらない部分が混在している場合

と括ってしまえば同じ事案のように見えるかもしれません。

ところが、兵庫県の事案は当該文書を了知した時点で公益通報に当たるか否かの判断をしたのでそのことが問題になるのに対し、高松高判の事案は、刑事告発の中に結果として公益通報が含まれていた場合の人事評価の妥当性が問題になる場面であり、フェーズが異なるという違いがあります。

また、高松高判の事案は令和2年改正公益通報者保護法の前の事案であり、「真実相当性」が「公益通報」の要件だったという違いがあります。現行法では「公益通報」の要件ではなく、不利益取扱いからの保護要件として扱われる要素となりました。

現行法に引き直せば、高松高判の事案は、「通報」であることや「不正の目的ではないこと」をクリアしていることが前提になっていると言えます。

それは、日時・場所・行為者と行為の概要が特定されており、その後の調査や是正等が実施できる程度に具体的な事実の記載が刑事告発文書に現われていたからです。

公益通報ハンドブック 改正法(令和4年6月施行)準拠版

公益通報ハンドブック 改正法(令和4年6月施行)準拠版

さらに、高松高判の事案は公益通報に該当しない部分が、犯罪構成要件のレベルでは2分の1という割合であり、両罪の話を分けて考慮する発想が是認できる状況であったと言えます。

兵庫県の事案は、仮に一部の記載に公益通報に該当するものが含まれていたとしても、記載の全体が公益通報として扱うに相応しくないレベルの記述で溢れかえっており、そもそも分けて考慮すべき前提を欠いているのではないでしょうか?

それに、「分けて考えろ」ということは、要するに文書を了知した時点で公益通報性(保護要件としての真実相当性も)を判断しろ、ということであり、

公益通報として扱うとしても、結局は通報者の特定=探索が許される事案だったことについて以下で整理しています。

まとめ:具体的な事実を摘示しない怪文書を公益通報と扱うよう強要する社会でいいのか?

兵庫県の事案は、文書の記述の時点で「(公益)通報」が無かったと言え、「不正の目的」が無いとは言えないもので*3、公益通報者保護法上の「公益通報」該当性が無いので、それを有した上でのその取扱い上の体制整備・その他の措置を講ずる義務というものが発生しないものでした。あれを公益通報であるとして扱えと強要される世界は、怪文書の横行になります。

解説改正公益通報者保護法/山本隆司/水町勇一郎/中野真】では、『「通報」とは、一定の事実を他人に伝えること(情報を共有すること)を意味し、是正を求める意思を必要としない』とありますが、同時に『他方で、具体的な事実を摘示することが必要であり、具体的な事実を伝えずに抽象的な相談をするにすぎない場合は、「通報」にあたらない。』とあります。

特に、あの怪文書は末尾に【各自のご判断で活用いただければ】とあり、特定の通報先に調査により実態を明らかにすることを求める意思(「是正を求める意思」とは異なり、事業者に行為を要求していない。)があるとは言えず、ひいては「公益」に資する意思が欠如していると言え、そういったモノは公益通報として扱うことを義務付けてはいけないのではないでしょうか?*4

文書の根幹となる要素がそうなのだから、そこから一部の摘示事実だけを抜き出してその部分は公益通報だからそれに沿った扱いをせよというのは、余りにも不当でしょう。

そして、実際にもあの怪文書では、ある程度具体的な事実関係を書いていると言えるものは法律上の「通報対象事実」に当たらないものであり、通報対象事実に関すると思われる記述も、決定的に重要な要素(日時など)が欠けているなど、全ての記述を丹念に見ても「通報」と言えるものは無いのではないか。*5

仮に一部、具体的なものが含まれていたとして、わざわざゴミの山を掻き分けるような行為を文書の到達先に強要して負担を課すのは不当であり、公益通報と扱われなかったことの責任は文責者にあるとしないといけないでしょう。

今後、一つの事実関係については具体的に詳細に記述するが文書の内容のほとんどが怪文書、というパターンが出てきたときにどうするのか?そういうものを公益に適うものとして扱うことが強要される世の中で良いのか?

そういう本質的な問題が噴出した事案だと言えるでしょう。

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*1:2つの罪について警察に刑事告発をしたことを「本件刑事告発」、当該刑事告発をしたことを徳島新聞に情報提供したことを「本件情報提供」、これらをあわせて「本件刑事告発等」と判決文では定義している。

*2:第3の2「認定事実」の(14)で補正された内容

*3:少なくとも不正の目的を疑うべき代物

*4:公益通報として扱っても良いが

*5:文書「④贈答品の山」で書かれた物品の受領については、別途刑事告発が為されており手続が走っているということが上掲動画の百条委員会でも指摘されている。しかし、当該文書ではその動きをするには至らなかったということ。実際、兵庫県警は当該文書が8月に届いた際、単なる情報提供として受理したにとどまり、公益通報としては扱っていない。