事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

新型インフルエンザ特措法をなぜ新型コロナウイルス対策に適用しないのか?

新型インフルエンザ特措法

新型インフルエンザ特措法をなぜ新型コロナウイルス対策に適用しないのか?

無理だから。

これ言ってる人はただの妨害行為です。

新型コロナウイルスの扱いと新型インフルエンザ特措法

新型コロナウイルスの現行法上の扱いは「指定感染症」です。

しかも、2月13日公表・14日施行の政令によって、1類感染症相当の扱いとなり、これによって無症状病原体保有者・疑似症患者に関する規定も適用可能になりました。

それでも、「感染者とまったくかかわりが無い人の人権を制限する」ことはできません。

しかし、新型インフルエンザ特措法にはそうした人の行動を一定程度制限することが予定されています。

新型インフルエンザ特措法を適用するには同法上の「新型インフルエンザ等」でないとダメなのですが、現行法上、インフルエンザ以外に対象となるのは「新感染症」しかありません。(感染症法上の「新型インフルエンザ等」には新感染症は含まれない。)

新感染症の定義と解釈

感染症法

6条

9 この法律において「新感染症」とは、人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。

詳解感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律4訂版 [ 厚生労働省健康局 ]によれば、新感染症は人-人感染の伝染性の証明は必要ないですが、「疾病の程度が重篤」であることと「当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」という要件が要求されています。

詳解感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律4訂版 [ 厚生労働省健康局 ]

これは、新感染症が原因不明の疾病であるにもかかわらず、強権的な措置の対象となることからその範囲を限定すべきであり、また、症状が重篤でなければ、原因を究明した上で指定感染症として指定することで対応が可能だからである。

現在までに現れた新型コロナウイルス=COVID19の症状は、まったくこれに該当しないことが明らかです。

しかも、新感染症という概念は、原因不明の疾病であり病原体が発見されていないものである、ということが前提にありますから、既にコロナウイルスと原因が特定できているものについて適用することは不可能です。

これを新型コロナウイルスに対して無理やり適用しようとするのは法体系の破壊行為に他なりません。それが許されてしまうと、マイコプラズマ肺炎にまで適用できてしまうことにもなりかねません。

新型インフル特措法は隔離ではなく「要請」「指示」までしかできない

「インフル特措法で隔離できる」と言う論者は、既に1類相当の政令指定をしていて患者等の隔離=入院措置ができていることを無視しています。

確かに「病院ではなく自宅など他の場所に軟禁する必要がある場合もあるだろう」という論にはこれは有効な反論ではないです。

ただ、インフル特措法は感染者と全く関係の無い人に対しても外出制限やイベント制限などの広範な制限が可能ですが、基本的に「要請」しかできません。

第二節 まん延の防止に関する措置
(感染を防止するための協力要請等)
第四十五条 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる

2 特定都道府県知事は、ー省略ー 学校、社会福祉施設(省略)、興行場(省略)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(省略)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる

3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる

イベント制限のみ要請に応じない場合には「指示」できますが、これに反したところで罰則はありません。ましてや「強制隔離」はできません。それは1類感染症の患者等に対してのみできることです。
(新感染症も感染症法53条で1類感染症相当の指定を政令ですることは可能。対策を講じる方法が分かればよいので現時点でもこれは可能。)

したがって、既に安倍総理大臣が「任意の要請」をしている現状で、この期に及んでわざわざインフル特措法を適用する意味がどれほどあるのかよくわかりません。

都道府県知事に権限がある

※当初エントリを変更します。元の内容は都道府県知事に権限があるから国の方針が反映されない可能性があるという内容でした。

都道府県は原則的に国の基本方針に従う

訂正理由として、インフル特措法3条の以下の規定を取り上げます。

4 地方公共団体は、新型インフルエンザ等が発生したときは、第十八条第一項に規定する基本的対処方針に基づき、自らその区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施し、及び当該地方公共団体の区域において関係機関が実施する新型インフルエンザ等対策を総合的に推進する責務を有する。
5 指定公共機関及び指定地方公共機関は、新型インフルエンザ等が発生したときは、この法律で定めるところにより、その業務について、新型インフルエンザ等対策を実施する責務を有する。
6 国、地方公共団体並びに指定公共機関及び指定地方公共機関は、新型インフルエンザ等対策を実施するに当たっては、相互に連携協力し、その的確かつ迅速な実施に万全を期さなければならない。

つまり地方公共団体は法的根拠に基づいて国の方針に従うようになってますので、当初エントリの主張は不当ということになります。

ただし、追加で以下の主張を加えます。

新型インフルエンザ等緊急事態の要件をクリアするのか?

住民に対する制限の権限を有するのは「特定都道府県知事」とあります。

「特定都道府県」とはどういう意味でしょうか?

(特定都道府県知事による代行)
第三十八条 その区域の全部又は一部が第三十二条第一項第二号に掲げる区域内にある市町村(以下「特定市町村」という。)の長(以下「特定市町村長」という。)は、新型インフルエンザ等のまん延により特定市町村がその全部又は大部分の事務を行うことができなくなったと認めるときは、当該特定市町村の属する都道府県(以下「特定都道府県」という。)

よって、32条1項を見てみます。

新型インフルエンザ等緊急事態宣言等
第三十二条 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるときは、新型インフルエンザ等緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(第五項及び第三十四条第一項において「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」という。)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
一 新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間
二 新型インフルエンザ等緊急事態措置(第四十六条の規定による措置を除く。)を実施すべき区域

「政令で定める要件」は以下です。

新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令

新型インフルエンザ等緊急事態の要件
第六条 法第三十二条第一項の新型インフルエンザ等についての政令で定める要件は、当該新型インフルエンザ等にかかった場合における肺炎、多臓器不全又は脳症その他厚生労働大臣が定める重篤である症例の発生頻度が、感染症法第六条第六項第一号に掲げるインフルエンザにかかった場合に比して相当程度高いと認められることとする。

つまり「特定都道府県」とされるかどうかは、既存の症例の実態に依存するということです。

季節性インフルエンザより重篤症例の頻度は相当程度高いのか?

重篤である症例の発生頻度が季節性インフルエンザに比して相当程度高いこと

これが新型インフルエンザ等緊急事態の要件ですが、2009年に流行したインフルエンザは当初は新型とされましたが現在は季節性インフルエンザと同じ扱いになっています。

日本における2009年新型インフルエンザ - Wikipedia

2009年の流行におけるインフルエンザA/H1N1型の4か月間の推定受診者 100 人当たりの入院率と重症化率は、それぞれ0.08%、0.005%程度で横ばいに推移しています。また、流行発生から同年12月中旬までの累計で、受診者の 13 万人に 1 人が死亡したものと推計される。というデータがあります。

参考:新型インフルエンザの発生動向 2009 年 12 月 25 日

もっとも、上記は日本国民1500万人が罹患したと推定されるケースであり、軽症者が非常に多く含まれていることから参考にはできません。

感染症法第六条第六項第一号のインフルエンザは「インフルエンザ(鳥インフルエンザ及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)」とあり、5類感染症であるものの、実態は流行期には毎週数百人が死亡しています。

参考:国立感染症研究所:インフルエンザ関連死亡迅速把握システム

こうしたことから、新型コロナウイルスが季節性インフルエンザよりも重篤症例の頻度が相当程度高いと言えるのか、よくわかりません。

COVID19に対する新型インフルエンザ等緊急事態宣言は現時点では無理

したがって、新型インフルエンザ等緊急事態が取られるような状況でない限り、特定都道府県知事からの住民の権利制限はできないという法律の建前と季節性インフルエンザの症例の実態からは、新型コロナウイルス=COVID19に対して新型インフルエンザ等緊急事態宣言をすることは不可能と考えられます。

これは季節性インフルエンザの実態と比較するという「自縄自縛」を法律で行っているせいなのですが、必要性があるからといって法律を無視するわけにはいかないでしょう。

インフル特措法を適用しようとするなら、法改正をして指定感染症をも対象にするとか、新型インフルエンザ等緊急事態宣言の要件を緩和させるとか、そういう形にしないと使えないということです。

インフル特措法の一部適用を狙い新型コロナ特措法を作る

新型インフル特措法適用論者の多くは何故か新感染症の指定が前提にあります。
(たとえば原口一博や玉木雄一郎議員など)

しかし、私は日本維新の会の足立康史議員の提案の通りなら理解できます。

  1. 新感染症指定をして特措法をそのまま適用すれば良いとの考え
  2. 現状に+αで新型インフル特措法に書かれている措置がとれるように改正⇒これが足立議員の言ってること。指定感染症のままで可能。

新型インフル特措法「活用」論者は上記の2パターンありますが、既に「指定感染症モード」で行政は動いているなかで、敢えて新感染症に鞍替えする(先述の通り新感染症指定は法解釈上不可能だが)という面倒なことをする必要性はいったいどこにあるのでしょうか?

発熱外来など具体的運用は現行法上も新型コロナウイルス対策で可能

新型インフルエンザ特措法

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/housei/240626kachoukaigi/siryou2.pdf

第201回国会 参議院 予算委員会 第3号 令和2年1月31日で加藤厚労大臣も述べているように、発熱外来の設置(発熱外来に患者を集中させることで、通常の診療を続ける医療機関の外来がパンクするのを防ぐ)など、新型インフル特措法で書かれている運用についても、実行を検討をしているということです。

別に新型インフル特措法をそのまま適用することでなくとも、そういった具体的な運用で採用するべきは現行法上でも採用すれば良いのです。

新型インフル特措法には重厚長大な行動計画が策定されていますが、これをそのまま新型コロナウイルス対策に適用するのは無理が出てくる部分があるでしょうから、やはり新型コロナ仕様にしたものを実行するべきでしょう。

安倍内閣は新型コロナウイルス特措法の立法へ

新型コロナウイルスの法整備 新型インフル特措法を参考に 首相 | NHKニュース

既に安倍内閣は「新型コロナウイルス特措法」の立法へ舵を切っています。

それは新型インフル特措法に近い内容を想定するとされていますが、要するに「新型インフル特措法はそのままでは使えない」と判断したということです。

まとめ

  1. 新型コロナ対策に新型インフル特措法を適用するためには新感染症指定が必要
  2. 新感染症の定義に新型コロナウイルスは当てはまらない⇒法的許容性の欠如
  3. 実質的にも新型インフル特措法は使いにくい上、既に相当する行為をしている以上、敢えて適用する必要性もない
  4. 新型インフル特措法の行動計画を参考にして同内容を新型コロナ対策に使うことは有効

こういうわけなので、新感染症指定をした上で新型インフルエンザ特措法を新型コロナウイルス対策に適用しようとしている人は、私からすれば「やってる感」を出そうとしているだけの妨害・法体系破壊行為にしか見えません。

以上