事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

大阪弁護士会「女性自認の受刑者男性の丸刈り調髪は人権侵害」勧告報道の違和感:性同一性障害主張者と判例

男女の差を無視する思想に注意

大阪弁護士会「女性自認の受刑者男性の丸刈り調髪は人権侵害」勧告

大阪弁護士会が「女性を自認する受刑者男性を丸刈りにする調髪は人権侵害なのでルールを撤廃せよ」という旨の勧告を出しました。*1

本件について各所が報道していますが、違和感があります。

なお、兵庫弁護士会や広島弁護士会も同様の勧告を出し、さらに遡って同様の勧告が出ている所もありました。*2*3

NHK毎日記事に「手術済み・性同一性障害者への処遇が実施」記載なし

本件の報道には違和感があります。

NHKと毎日新聞の記事には「手術済み・既に施設側が性同一性障害者への処遇指針に基づいた扱いが実施されている」事実について記載がありません。

産経新聞記事では、その事情を書いていました。

そして、それは大阪弁護士会の勧告書にも書かれています。

勧告書「申立人の戸籍上の性別は男性、豊胸術と睾丸除去の施術済み」

大阪弁護士会の勧告書*4では、「申立人の戸籍上の性別は男性」「豊胸術と睾丸除去の施術済み」「大阪刑務所は収容開始時から、性同一性障害と同様の傾向を有する者と認めて処遇していた」とあります。

このような者に対する処遇については予め定められた指針があり、刈り上げる処置もそれに基づいたものです。

ただ、弁護士会の論理は「見た目が既に女性化しているのだから」というものではなく、「女性自認だから」⇒丸刈りは自己決定権を侵害し精神的苦痛は著しいから許されない、というもので、さらには当該申立人に対する扱いのみならず「男性受刑者の調髪方法を原則として「原型刈り」等としている訓令の規定を改めるべき」とまで主張しています。

また、「男性が医師から性同一性障害の診断を受けているのか」については、弁護士会の勧告書や現在までの報道を見ても、わかりません。

刑事収容施設の法律・規則・訓令・処遇指針等における性同一性障碍者の扱い

刑事収容施設における頭髪に関するルールの関係について簡単に整理します。

まず、刑事収容施設法では被収容者は性別に従い分離するとあり*5、この性別は戸籍上の性別に従うことが法務大臣の処遇指針に書かれています*6

よって、本件の受刑者は「男性」として施設が振り分けられていることになります。

では、男性の頭髪に関するルールはどうなっているのか?

刑事収容施設規則では男女の受刑者に対する調髪に関して規定がありますが*7、「受刑者に行わせる調髪の髪型の基準は、法務大臣が定める」とあります。

「被収容者の保健衛生及び医療に関する訓令」では以下あります。

受刑者の髪型、調髪、丸刈りの基準

男子の受刑者については「原型刈り、前五分刈り又は中髪刈り」とし、女子の受刑者については「華美にわたることなく、清楚な髪型とする」とあります。

「性同一性障害等を有する被収容者の処遇方針」では、戸籍上の性別の変更を伴わない性同一性障害者等被収容者への対応として、以下の記述があります。

MTFの受刑者から,調髪を行わないでほしいとの希望があった場合,規則第 26条第 4項により,これを行わないことを相当とするか否かは,当該受刑者の精神状態や過去の生活歴その他の事情を考慮して,当該受刑者にとって,調髪を行わないことが処遇上有益であると認められる場合に限ることが相当であること。この場合,他の受刑者との処遇の均衡性に鑑み,集団処遇が困難になることも考慮すること 。

参考:刑事施設で適用される主な訓令・通達(令和5年11月24日現在)

類似事案の訴訟は原告敗訴:名古屋地裁平成18年8月10日判決 平成17年(行ウ)第75号

類似事案の訴訟として男子受刑者としての調髪処分が違法だとして提起された名古屋地裁平成18年8月10日判決 平成17年(行ウ)第75号があります。こちらは性同一性障害の原告が敗訴しています。

こちらの事案は、「原告は…少年期から自己の男性性に違和感を覚え,その後の生育過程において睾丸摘出手術やホルモン剤投与を受けるなどし,心理的,社会的にも女性としての生活を送ってきたこと,精神科の医師からも,性同一性障害との診断を受けたこと(なお,日本精神神経学会による「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第3版)」に基づく確定診断を受けたものではない。)が明らか」「さらに,外見の女性らしさを追求するため顔面の整形手術を受けた。ホルモン剤の投与は,受刑中の現在においても継続している。原告は,ニューハーフバーやスナックでホステスとして働くなど,心理的,社会的に女性としての生活を送ってきた。」というものでした。

にもかかわらず、調髪処分が違法ではないとされたのですから、仮にこちらの基準に照らすのであれば(大阪地裁・高裁は管轄が異なるので名古屋地裁の判断に拘束されないが)、今回の大阪弁護士会が勧告をした事案も、違法ではないという事になります。

これまで紹介した大阪・兵庫・広島弁護士会の勧告等の事案で訴訟提起したとの事情は伺えないので、司法による救済は無理筋と考えて世論に訴えているのかもしれません。

SOGI理解増進法が成立した後でもこの動きということは、当該法律の作用について振り返る良いきっかけなのかもしれません。

男女の調髪の方法を分けている理由とその妥当性・合理性について

ちなみに、上掲名古屋地裁の判決文中には、男女の調髪の方法を分けている理由とその妥当性・合理性について書かれているので引用します。

この措置は,①多数の犯罪性向を有する者を収容して集団生活を営ませるに当たって,集団内の規律や衛生を厳格に維持するために有効かつ必要な手段であること,②逃走防止及び画一的処遇の実現にとって受刑者の外観をある程度統一する必要性があること,③長髪を許容することによって生ずる施設や器具の調達,維持のための財政上の負担増加を回避することができること,④課せられる作業の内容によっては,安全管理上かかる措置が適当であると考えられること,これらの諸点に照らしてみると,本件訓令が上記のとおり定めるところは,上記の拘禁目的等に照らして合理的であり,男子受刑者に過剰な制限を加えるものということはできない。

 また、女性受刑者との扱いの差が出ていることについては

刑事施設法は,男女受刑者の収容の方法として性別による分離収容を行うこととしているところ(4条1項1号),それ自体が,男女の性別に応じた収容処遇の必要性と合理性に基づくものであることはいうまでもないし,男女の髪型の違いは,生物学的,社会的な役割分担や,習俗,美意識等の諸事情によって歴史的に自ずから形成されてきたものと解されるのであって,上記のとおり性別に応じて分離収容される男女の受刑者について,合理的と認められる髪型に差異があることは当然と考えられ,原告の上記指摘の点によっては,男女の受刑者の髪型の取扱いの定めが,不合理な区別や不公平な取扱いということはできない。なお,本件訓令は,女子受刑者の髪型についても,原則として,刑事施設の長が定めるものとしており,男子受刑者と同様,逃走防止及び画一的処遇を実現するための外観上の統一性を確保している。

要するに男女の髪型は生物学的差異や社会的役割分担等で歴史的に異なるので扱いも異なるものにして当然だということです。

「だったらもう男女一緒の髪型にしちゃえ」という軽率なバズ投稿:「男女の差」を無視する方向性の言説

さて、本件の報道を受けて、ネット上では刑事施設側を支持する者からも「だったらもう男女一緒の髪型にしちゃえ」という発言が見られます。

こうした発言は軽率であり、ある種のバズを意識した投稿に過ぎないと感じます。

「男女一緒の髪型」は坊主を意識する人も居るでしょうが、これは「女性側に合わせてしまおう」、という方向にもなり得る言説です。

前項で示した通り、受刑者の頭髪の形に一定の同質性を求めていることは「逃走防止」等の目的において受刑者の外観をある程度統一する必要性やコストの観点が重要な要素としてあります。また、男女の頭髪の扱いに差異があるのは生物学的差異や社会的役割の差があるのであり、出所後の生活を考えても相当でしょう。

「男女の差」を無視する方向に向かわせる言動は、それ自体がLGBT活動家や過激なフェミニストらの主張そのままであり、彼らを良く思っていない人らが、それと結局は同質の主張をしている様というのは、非常に危機感を覚えるものであり、注意していかなければならないでしょう。

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