事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

偕行社の「南京戦史」が南京大虐殺を認めているという論について

偕行社の南京戦史

南京戦史:偕行社http://www.history.gr.jp/nanking/books_nanking_sennshi.html

「偕行社の南京戦史では南京大虐殺を認めている」というのはデマです。

「偕行社が南京大虐殺があったと言ってる」という論

「偕行社が南京大虐殺があったと言ってる」という論として、上記のような主張が目立ちます。常に「日本軍OBですらこう言っているのに」という仄めかしを伴います。

しかし、こういう主張は、大抵はきちんと偕行社の発行物を読んでいないか、読んだ上で歪めた理解を拡散・煽動していることが多いです。

「証言による南京戦史」は偕行社としての結論ではない

上記ツイート中「1985年の」とありますが、最終的に発行された偕行社の書籍はこの年の発行ではありません。

その時点で南京戦の状況について書かれたものは【証言による南京戦史】であり、南京戦当時独立軽装甲車隊小隊長だった畝本正巳(うねもとまさき)元防衛大学教授が、機関紙「偕行」誌上に連載したもの(1985年2月号まで)です。

そして、偕行1985年3月号の「証言による南京戦史 (最終回) その総括的考察」において、「一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。日本軍がシロではないだろうと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量処理には弁明の言葉がない、旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない」という記述があります。

しかし、これは加登川幸太郎の個人的な見解に過ぎません。

偕行社のHPではこの部分が省かれていることから、偕行社としての総意で書かれたものではないということが明白です。

偕行社HP:証言による南京戦史(1)〜(11)魚拓

1985年5月号では、加登川氏の論考が出た経緯について、編集部で議論した上でOKを出した旨が書かれていますが、これをもって偕行社としての総意が加登川氏の論考に表れているとするのは無理があるでしょう。

偕行社の「南京戦史」は合法・非合法の判定をしていない

偕行社として南京事件に関する資料をまとめたものは「南京戦史」であり、こちらは3年後の1988年に発行後、1993年に増補改訂版として「南京戦史」「南京戦史資料集I」「南京戦史資料集II」が発行されています。

偕行社の「結論」と言えるのは、こちらの方です。

資料の性格として「証言による南京戦史」を発展させたものであると偕行社自身が説明していますが、後述するように、記述方針に明確に違いがあります。

そこでは中国人殺害数として6670人と結論づけていますが、すべて兵士の殺害を意味しています。

なお、「証言による南京戦史」では、南京戦参加将兵の証言において「便衣兵だらけだった」「強姦が多発していたというのは虚報である」という記述も多く見られます。

「中国兵を殺害したと言ってる証言がたくさんあった」と言う者は、このような証言もたくさんあったという事実を斟酌するべきなのに、それをしていない者が多すぎます。
(当たり前だが、殺害だけでは違法ではない)

殺害人数は何人かという事実と、国際法上、不法殺害かの法的評価

  1. 一定の時期に南京で何人の中国人が殺害されたか
  2. そのうち、国際法上、違法=不法殺害と評価されるべきものはどれくらいか

この2つを混同して論じている者が多いです。

偕行社の「南京戦史」は、2番目の点は捨象して記述されており、そのあとがきには「本書では合法か非合法かの問題には踏み込まないこととした」旨が書かれています。

当時の国際法の解釈を行うには力不足を自認していたのでしょう。

実際、畝本正巳の「証言による南京戦史」は、証言にフォーカスするという編纂の性格上、国際法の観点からの包括的な評価は行っていませんし、加登川幸太郎氏の「証言による南京戦史 (最終回) その総括的考察」も、なぜ「不法殺害」と言えるのかが不鮮明で、この観点から論ずる力のある人物ではないと分かります。

「日本軍OBの偕行社が南京大虐殺を認めている」はデマ

以上より、「日本軍OBの偕行社が南京大虐殺を認めている」は、ほとんどデマです。

偕行社に属する個人がそのような認識を偕行社の名で刊行された紙面上で述べたことがあるのは事実ですが、偕行社自身はその記述の掲載を許したものの、社としてその認識であると判断したわけではありません(否定したわけでもないが)。

偕行社の「南京戦史」は被殺者数やその他犯罪の件数の確定に必要な事実関係をまとめたのであり、国際法上違法か適法かという点については判断をしていません。

南京事件とは何か?正しい議論の仕方と論点設定

「南京事件とは何を指しているのか?」

この認識自体がそもそも食い違っているので、「南京事件はあった・無かった」という問題設定は、議論にならないことが多いです。

東京裁判の戦勝国側が主張する南京事件とは、概ね【南京陥落の1937年12月13日以降、南京において、日本軍の陸海軍の最高司令官らの命によって、30万人に至る一般人あるいは捕虜が裁判なしに殺戮された、2万人を下らない婦女子が日本兵によって強姦された、その他略奪行為等が行われた、それは犯罪と評価されるべきものを指す】というものです。

現在のチャイナ側のプロパガンダは、ここから「日本軍の司令官らの命によって」という点を省き、殺害はすべて国際法上違法と評価されるべきものである、という前提で論じています(「南京において」という地理的範囲についても、安全区内に限らず城内全域や城の周辺部も含めるなど拡張して論じられるケースがある)。

日本側の論者は、南京で殺害・強姦・略奪等されなかったなどと論じているのは極々一部であり(または「チャイナ側の言うような大規模な不法殺害はなかった」という趣旨であるための言葉のあや)、概ね「南京陥落の1937年12月13日以降、南京において、少なくとも数千人以上の中国人(一般人・兵士かは不鮮明)が日本軍によって殺害され、その他の犯罪行為が起こったこと」という理解です。

「被害」の大きさで言えば、日本側の理解はチャイナ側の主張する数に包摂されるのですから、日本側の理解を南京事件の公約数的見解として、そこを「少なくとも」のスタート地点とするべきです。

ただ、「南京虐殺肯定派」に対しては、逆に問うてみるといいと思います。

以下で紹介しているツイートのような展開になることが多いですが、相手が誠実に議論をしようとしているかのリトマス紙になります。

中国の南京大虐殺記念館で関東大震災の写真という捏造

中国の南京大虐殺記念館では、関東大震災の写真が「日本軍による蛮行の証拠」として展示されているというリアルタイムの捏造が行われています。

南京事件の証拠として国民党の宣伝工作にかかわっていたベイツ博士とティンパーリ記者の証言(チャイニーズからの伝聞)しか存在せず、埋葬遺体も発掘されない上に、こういう証拠捏造をしていること等からは、「不法殺害」の証拠がほとんど存在しないために無理やり宣伝している証左でしょう。

まとめ:捕虜(俘虜)の資格、便衣兵と民間人の区別と挙証責任の分配

IIPSの星山隆主任研究員が2007年にまとめた南京事件70年ー収束しない論争ー日中歴史共同研究に向けての視点ーは、論点整理には使えると思います。

これを見ると、日本側の論者の観点からは、今後は捕虜(俘虜)の資格はあったのか、便衣兵と民間人の区別はどうするべきなのかという国際法上の視点を持った上で史料検討可能な人材の出現を待つ必要があるのだと思います。

また、私は、【挙証責任の分配論】というスタート地点が整備されていないというのも大きな問題であると考えています。

歴史学として捉えるならば関係の無い話ですが、実際には南京大虐殺肯定派の主張の仕方が「日本側が証明しないといけない」という体で論じることが多いため、議論を見ている第三者の印象がおかしな方向になっていると感じます。

偕行社の高橋登志郎氏の記述も基本的に日本側に立証責任があるという体で書かれているとみられるものが多いです。

しかし、法的に言えば、たとえば日本軍による殺害の事実の有無の立証責任はその存在を主張する側にあることは確かであるし、日本軍による殺害の事実があった上でそれが違法であることを立証する責任も基本的には違法を主張する側にあるのが筋です(合法を主張する側が何も立証活動をしなくてもいいわけでは無い)。

これが何故か日本側に課せられているような状況なのは、日本国が東京裁判の諸判決を受け入れた結果なのでしょうが、そのような態度は国際政治的にはともかく、本来的にはおかしい(東京裁判の性質から)という点は、筋論として認識させる必要があると思います。

以上