事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

政府は反社会的勢力の定義を示していなかった

反社会的勢力の定義は困難:閣議決定

出典:首相官邸HP:https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201912/09kaiken.html

政府が質問主意書に対する閣議決定において「反社会的勢力を定義づけることが困難」としましたが、もともと政府は反社会的勢力の定義を示していなかったという点についてまとめます。

反社会的勢力の定義に関する質問主意書に対する答弁書の閣議決定

反社会的勢力の定義に関する質問主意書に対する答弁書が閣議決定されました。

そこでは「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであり、限定的・統一的な定義は困難だ」という旨が示されました。

企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について

企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について

犯罪対策閣僚会議のHPから確認できるこの指針では以下書かれています。

∗ 暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。

これが『政府が反社会的勢力について示した「定義」だ』と言われています。

しかし、それって本当でしょうか?

法的拘束力のない犯罪対策閣僚会議幹事会の「申合せ」

企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針

企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について の表紙を見ると、「平成19年6月19日 犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ」とあります。

結論から言えば、この文書の内容は法的拘束力がなく、定義を確定させたものではありません。法的拘束力がないということは上記指針の解説でも書かれています。

内閣官房に文書の性質を聞いた

犯罪対策閣僚会議の文書の性質について内閣官房に伺いました。

犯罪対策閣僚会議と幹事会とワーキンググループ

文書の表題には「犯罪対策閣僚会議決定」や「犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ」「犯罪対策閣僚会議WG(ワーキンググループ)決定」など、各種の種類があるのがわかります。

これは組織構造に基づいているようです。

犯罪対策閣僚会議は大臣が出席するものであるが、その下部組織に幹事会があり、さらにその下部組織にWGがあるとのことです。

幹事会にも大臣が出席することはあるが、基本的に所管省庁の官僚や関係者が出席する場であるということです。

「決定」と「申合せ」の違いについては、明確にすることは困難であると言われましたが、「レベル」としては後者の方が落ちるニュアンスということでした。

閣議決定ではない

閣議決定とは、内閣法に基づいて行われた閣議において内閣としての意思決定をすることです。

しかし上記の反社会的勢力に関する指針は閣議決定で定められたものではありません。

したがって、上記指針は内閣としての意思決定ではありません。

文書の中での位置づけが定義文とみることは困難

反社会的勢力の定義・困難と閣議決定

また、定義と言われているものの文言が書かれている位置を見ると、文書の下部に小さな文字で注釈的に書かれているだけです。通常、定義を明確にする場合には「本文」に書かれることが筋ですが、そうではない扱いの文言です。

そして、この文言の中にも「定義」という言葉は無く、「とらえるに際しては」という書きぶりであり、考え方を示しただけであると理解するのが正当です。

実は、内閣官房には閣議決定が出る前の11月にも電話でこの文書の性質について聞いていましたが、同様の認識でした。行政文書を多数読んだことがある人なら、みんな同様の理解になるのではないでしょうか。

金融庁が2015年に示した英文では本文に"defined as…"と書かれているが、項目が"identification"となっており、"definition"とは異なる。いずれにしても金融庁独自の文書に過ぎない。

金融庁の答弁も「反社会的勢力の統一的な定義は困難」

第185回国会 財政金融委員会 第5号 平成二十五年十一月二十八日

○政府参考人(細溝清史君) 私どもは、金融機関における反社勢力との取引の有無や内容については、必要に応じて日常の検査監督において確認しております。ただ、反社会的勢力はその形態が多様でありまして、また社会情勢に応じて変化し得るということから、あらかじめ限定的、統一的に定義することは困難でありますので、各金融機関でそれぞれ実態を踏まえてそのデータベースを構築しております。

政府参考人は金融庁監督局長の立場なので、金融庁としても反社会的勢力の統一的な定義は困難であると答弁していたということが分かります。

つまり、反社会的勢力の定義は困難、というのは従来からの政府答弁を踏襲したものであり、これによって方針が変わったとか、民間の取り組みが崩れるだとかいう話ではないというのが明らかです。

政府は反社会的勢力の定義を示していない

以上より、政府は反社会的勢力の定義をそもそも示していません

「指針」を元に警察庁などが反社会的勢力について説明している記述もありますが、あくまで考え方として紹介をしており、定義として確定されたものとして扱っているわけではありません。

政府の指針を「定義」と理解する者もいるようですが、指針の文言を定義として扱っている事業者においても、それは自分らの組織における定義であって、政府が定義したという認識ではない所もあります。

したがって、マスメディアで言われているような「定義を定めているのに桜を見る会の追及逃れのために解釈を変更した」などという指摘は的外れです。

民間では「政府の指針」を超えた反社会的勢力の定義をしているところもある

民間企業では政府の指針に書かれているものをそのまま反社会的勢力の定義として用いているところもありますが、以下の企業などではそれだけでは反社会的勢力を捉えるためには不十分であると指摘されています。

また、いくつかの団体に反社会的勢力の定義についての認識をうかがいましたが、政府が明確に定義するのは困難だろうという認識の方もありました。

参考:「反社会的勢力の定義」の拡大の実務的対応(2015.5) | 株式会社エス・ピー・ネットワーク

参考:反社会的勢力の定義は存在しない 故に反社会的勢力のデータベースも存在しない 反社定義ない 反社チェック基本 コンプライアンス・チェック入門 - アクティブ株式会社

みずほ銀行は反社会的勢力との取引を放置して金融庁から行政処分を受けた

政府が上記指針を定義として扱っていることの証左であるとして、みずほ銀行が行政処分を受けた事例が挙げられることがあり、「だから定義が不明確というのはおかしい」という主張をする向きもあります。

株式会社みずほ銀行に対する行政処分について:金融庁

1.株式会社みずほ銀行については、検査結果(25年6月結果通知)を受け、銀行法第24条第1項に基づき報告を求めたところ、

(1)提携ローン(注)において、多数の反社会的勢力との取引が存在することを把握してから2年以上も反社会的勢力との取引の防止・解消のための抜本的な対応を行っていなかったこと、

(2)反社会的勢力との取引が多数存在するという情報も担当役員止まりとなっていること、等

経営管理態勢、内部管理態勢、法令等遵守態勢に重大な問題点が認めら れた。

(注)顧客からの申込みを受けた信販会社が審査・承諾し、信販会社による保証を条件に金融機関が当該顧客に対して資金を貸付けるローンをいう。

2.このため、本日、同行に対し、銀行法第26条第1項の規定に基づき、下記の内容の業務改善命令を発出した。

しかし、これは金融庁が反社会的勢力該当性を判断したのではなく、みずほ銀行が自行が定義先とした反社会的勢力に相当すると認めた例がありながらそれに対する対策が放置されてきたことが問題視された事例です。

みずほ銀行における反社会的勢力の定義先に該当した事例

みずほ銀行が「不芳属性」などの要素を用いて反社会的勢力を捉えていることは提携ローン業務適正化に関する特別調査委員会の調査報告書などを見ても分かります。

そして、金融業において反社会的勢力に関する政府指針についてどのように理解されているのかは以下が分かりやすいでしょう。

みずほ銀行・オリコ間の提携ローン問題等に関する検証委員会 検証報告書

第7 検証を終えて

1 みずほ銀行が認定した「反社会的勢力」は本当に「反社会的勢力」なの

本件においては、みずほ銀行が反社会的勢力と認定した顧客がキャプティブローンの顧客中に多数含まれていたことが問題とされた。
しかし、先に述べたとおり、みずほ銀行が平成 23 年から平成 25 年にかけて、オリコに情報受入れを求め、基幹システムへ要注意情報コードの登録がなされたみずほ認定契約の顧客は、みずほグループの定義と情報に従えば、反社会的勢力と認定されたというにとどまり、その顧客が真に反社会的勢力に該当するか否かの検証はまったくなされていない。当検証委員会は、先に述べたとおり、みずほ認定契約に関するクレジット申込書等の一件記録を精査したが、ごくわずかな例を除き、顧客が反社会的勢力であることそれ自体を確認することができなかった。
このことは、オリコがみずほ銀行の要請に基づいて平成 25 年 5 月から10 月にかけて代位弁済した 147 件の正常債権で反社会的勢力排除条項がある取引のうち、警察に照会して該当情報が明確に得られた件数が 3 件にとどまることにもよく表れている。
このように、みずほ銀行が反社会的勢力であると認定したことと、実際にその顧客が反社会的勢力であることとは、必ずしも同義ではないのであって、世上にみられるような、みずほ銀行が反社会的勢力であると認定した顧客がすべて実際に反社会的勢力であることを所与の前提としたうえ、その与信判断を行ったオリコの対応を問題とするかのような姿勢には、当検証委員会は、大きな違和感を覚えざるを得ない。
そこで、翻って「反社会的勢力」とは何かを考えてみると、政府指針等によって、「反社会的勢力」の内容についてある程度の指針が示されているが、それもあくまで指針にとどまり、いまだ「反社会的勢力」とは何かを明確に定義付けた法令は存在しないし、公権的に「反社会的勢力」の認定を行う機関というのも存在しない。要するに、「反社会的勢力」とは言っても、その定義付けや該当性判断は、各企業の自主的判断に委ねられているというのが現状である。
中略

2 反社会的勢力排除について企業に求められる責任の範囲と限界

前記「1」で述べたことからすると、いかなる個人ないし団体が「反社会的勢力」に該当するか、どこまでを 「反社会的勢力」に取り込むかは、政府指針を基本に据えたうえ、そこから先は、企業が自らの業態に合わせて定義付けを施し、自らの責任においてその該当性を判断するという以外にはないし、その該当性判断にあたって必要な情報をどのように蓄積(データベース化)するかについても、その企業の業態や規模、能力に応じてそれぞれ情報を蓄積させていく以外にないものと思われる。換言すれば、その企業の業態や規模、能力に見合った反社会的勢力排除の体制が構築され、その体制や実際の運用が、政府指針の趣旨に適ったものとみられる限りは、これを是とする以外にはなく、結果として反社会的勢力との取引があることが後に判明したからといって、ただちに、その企業の反社会的勢力排除の体制そのものに不備があるとの結論に至るものではない。

政府指針についても「指針に過ぎない」という認識であり、固まった定義であるという理解ではないというのがわかります。

そのことは金融機関の反社取引出口対応 ―関係遮断の実際と手引き―において森原 憲司弁護士も指摘しています。

反社会的勢力の定義が定まっていないことの問題

みずほ銀行・オリコ間の提携ローン問題等に関する検証委員会 検証報告書

当検証委員会としては、「反社会的勢力」の定義・範囲が一義的・公権的に明確とされない限り、今後も、基本的にはその排除については各企業の自助努力に頼らざるを得ないし、異なる企業間での「反社会的勢力」情報の取扱いの相違も解消されず、容易に情報を共有する態勢の構築が進むとみることも困難と思われる。したがって、今後同様の問題が発生する可能性は否定できない。

反社会的勢力の定義があいまいであることを問題視する意見は前々から指摘されていたことです。

反社の定義を明確にすると規制逃れが可能になる

これは私見ですが、反社の定義を明確にすれば新たな問題が発生すると思います。

政府レベルで定義をしてしまうと、様々な手口で社会に害悪をもたらす行為、特に新たな行為が定義から漏れることで、規制の実効性がなくなるということが予想されます。

政府レベルの意思決定の変更はハードルが高いですから、現象に対処するために時間がかかり、その間に被害が増えてしまいます。

定義が不明確だと国民の権利侵害・萎縮が起こるという意見があるようですが、刑罰法規のような明確性が要請されるべき必然性もないはずです。

「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」というものが定義だとすると、経済的利益を追求せずに何らかの妨害を目的に活動する団体などが対象外になります。金融庁所管のケースならともかく、そうではないものについて「経済的利益追求」要件を設けるべき必然性はないハズです。

この観点からも、冒頭の「指針」における文言の羅列が「定義である」と理解することは危険ですし、おかしいというのが分かるでしょう。

それよりも、各界或いは各企業において反社会的勢力の定義をした上で実効性を確保していく方が消費者・国民を守ることになると思います。

以上