川崎市ヘイト禁止条例(川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)が成立しましたが、ヘイトスピーチで現行犯逮捕されるという誤解があるので説明します。
- 川崎市ヘイト禁止条例(川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)
- 私人が勝手にその場でヘイトスピーチ(本邦外出身者に対する不当な差別的言動)と判断して現行犯逮捕はできない
- まとめ:「ヘイトスピーチの現場で逮捕される」は誤解
川崎市ヘイト禁止条例(川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)
この条例は3つで構成されています。
「被害救済」「デモ行為等に対する罰則」「インターネット表現規制」
被害救済は被害者に焦点を当てた取組、後者2つは本邦外出身者に対する不当な差別的言動を行った行為者に対する「応報」に焦点を当てた処分です。
このうち、刑事罰が予定されているのがデモ行為等に対する罰則です。
罰則対象行為はデモ行為等のみ
第12条 何人も、市の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において、拡声機(携帯用のものを含む。)を使用し、看板、プラカードその他これらに類する物を掲示し、又はビラ、パンフレットその他これらに類する物を配布することにより、本邦の域外にある国又は地域を特定し、当該国又は地域の出身であることを理由として、次に掲げる本邦外出身者に対する不当な差別的言動を行い、又は行わせてはならない。
⑴ 本邦外出身者(法第2条に規定する本邦外出身者をいう。以下同じ。)
をその居住する地域から退去させることを煽動し、又は告知するもの
⑵ 本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを煽動し、又は告知するもの
⑶ 本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮辱するもの
川崎市ヘイト禁止条例12条以下では川崎市内におけるデモ行為やビラ配りなどの方法によって本邦外出身者に対する不当な差別的言動をした場合には罰則対象になるという規定です。
本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律に定義がありますが、一般的なヘイトスピーチとはまったく意味内容が異なるものなので、軽々に判断できるものではないでしょう。
場合によっては市内での行為に限らないインターネット表現規制は17条からなので、罰則はありません。公表等の「規制」があるのみです。
そして、厳密には上記行為が罰則になるのではなく、上記行為を行ったことについて市長からの命令があり、それに反した場合に罰則対象になります。
市長による勧告・命令に違反した者だけが罰則対象になる
第5章 罰則
第23条 第14条第1項の規定による市長の命令に違反した者は、500,000円以下の罰金に処する。
市長による勧告・命令に違反した者だけが罰則対象になるということです。
この辺りが一部で誤解されているところです。
そのため、名誉毀損罪や侮辱罪、道路交通法違反罪などの他の犯罪行為が無い限り、現行犯逮捕はあり得ないということになります。
私人が勝手にその場でヘイトスピーチ(本邦外出身者に対する不当な差別的言動)と判断して現行犯逮捕はできない
刑事訴訟法212条では、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする」とありますが、上述の通り、罪となるのは「市長の命令に違反した者」なので、この判断をヘイトスピーチ(とその人が思う)の現場で私人ができることはあり得ないため、現行犯逮捕をすることは許されません。
市長の勧告・命令は事後的ですから、これに違反したという認定も必然的に事後的にならざるを得ません。
勝手に逮捕すると逮捕監禁罪等になる
私人が勝手に本邦外出身者に対する不当な差別的言動(何度も言うがこれがヘイトスピーチと便宜的に呼ばれることがあるだけで意味は異なる)の現場で、他の犯罪行為が行われていないのに逮捕をすると、逮捕監禁罪(刑法220条前段)等に問われてしまいます。
市長の命令を第三者が知ることができて、その命令違反行為を現認した場合にどうなるかという問題はあると思いますが、いずれにしても本邦外出身者に対する不当な差別的言動がまさに行われている現場で逮捕できる場合というのは不可能です。
警察などの捜査機関も他の犯罪行為が無いのに現場で逮捕するのは不可能
以上の理由から、理論上は警察などの捜査機関も(他に犯罪行為がないのに)現行犯逮捕や緊急逮捕・通常逮捕をすることは不可能です。
第二百十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。
このように、緊急逮捕の要件は罪となる行為が刑事法上、長期3年以上の懲役もしくは禁固にあたるものでなければならないからです。
また、上述の通り、罪となるべき事実は「市長の命令に違反する行為」であるため、デモ等の現場の段階では「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」は不存在ですから、通常逮捕=逮捕状請求による逮捕ができるとは言えません。
ただし、警察等の捜査機関には「犯罪の予防」も職務ですので、逮捕とまではいかずとも制止などによって身体の自由を一定程度制限されることはあり得ます。
まとめ:「ヘイトスピーチの現場で逮捕される」は誤解
- 条例上、罰則対象になっているのは市長の命令に違反した場合
- 私人だけでなく捜査機関も現場で逮捕できない
- 私人が逮捕した場合は逮捕監禁罪に問われ得る
- 捜査機関によって身体の自由が一定程度制限されることはあり得る
問題が多いこの条例ですが、誤解も多いため、注意すべきでしょう。
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以上