事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

アトランタ警察による黒人銃殺事件の真相とアメリカの銃使用基準

アトランタ警察によるテーザー銃強奪した黒人銃殺事件の真相

アトランタ警察による黒人銃殺事件がありましたが、警察官による銃の発砲は妥当だったのか、違法だったのか?日本とアメリカの制度に照らして考察しました。

アトランタ警察による黒人銃殺事件の真相

アトランタ警察による黒人銃殺事件は、いくつかの動画がUPされています。

これらを見ると、日本語メディアで報じられている記事の内容からは分からない、重要な真相が見えてきます。

テーザー銃を奪って逃走中に発砲したため射殺

動画から読み取れる事実関係を文字化すると以下です。

  1. ドライブスルー店舗で自動車に乗っている男性が飲酒して寝たとの通報を受けた
  2. 警察官が呼気アルコール検査をして逮捕を試みたが男性が殴打等で抵抗(他の報道からは基準値を上回るアルコールが検出されたとある)
  3. 男性は警察官のテーザー銃を奪って逃走(この間、警察官のテーザー銃発砲があったような音がしてるが、よくわからない)
  4. 逃走途中に警察官に向かってテーザー銃を発射(殺傷能力は無いものとして扱われている)
  5. その直後、警察官が男性に向かって正規銃を発砲

アトランタのボトムズ市長は、市警本部長の引責辞任を発表するとともに、「武器の正当な使用とは思えない」として、発砲した警官の懲戒免職を要求。結局、当該警察官は免職処分となったようです。

余談ですが、事件後、通報した店舗が暴徒によって燃やされています。

日本の警察官職務執行法で考えてみる

警察官職務執行法

第七条 警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
二 逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

警察官等けん銃使用及び取扱い規範

(相手に向けてけん銃を撃つことができる場合)
第八条 警察官は、法第七条ただし書に規定する場合には、相手に向けてけん銃を撃つことができる。
2 前項の規定によりけん銃を撃つときは、相手以外の者に危害を及ぼし、又は損害を与えないよう、事態の急迫の程度、周囲の状況その他の事情に応じ、必要な注意を払わなければならない。

要するに、犯人の逮捕若しくは逃走の防止のためであっても武器の使用はできるが、銃の使用にあたっては、正当防衛・緊急避難に該当する場合の外は、重犯罪の犯人か、逮捕状・勾留状等の執行の際の抵抗時でなければ、銃を相手に向かって発砲してはいけないということになっています。(+αで「他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合」だが、極めて限定的な場合だろう)

強盗傷害未遂で銃の使用は可能かもしれない

殴打等によりテーザー銃を警察官から奪って逃走中に警察官に向かって発砲する行為】がどう評価されるか。

これは男性が警察官を殴打し(暴行)、テーザー銃を奪い(強盗)、逃走中に当該警官に射殺されたものですから、強盗罪(五年以上の有期懲役)或いは強盗未遂罪が疑われます。(不法領得の意思や強盗の故意が否定されるかもしれないが捜査の違法性判断にはほぼ影響しない)

よって、「長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者」として、銃を発砲されても仕方がない可能性があります(細かい検討はしてません。「これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合」かどうかはよくわかりません。)

したがって、日本においてですら、当該黒人男性に対して警察官が銃を発砲しても違法では無かった可能性があります。

殺害にまで至ってしまったという結果部分の考察は分かりませんが。

日本ですらこれなのだから、アメリカではどうなのでしょうか?

アメリカの警察による銃使用の法的規制

警察政策学会資料 第96号 平成29(2017)年 8 月 米国の治安と警察活動

http://asss.jp/report/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E6%94%BF%E7%AD%96%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E8%B3%87%E6%96%99096(%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%B2%BB%E5%AE%89%E3%81%A8%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E6%B4%BB%E5%8B%95).pdf

アメリカの警察組織の銃使用基準についてはこのような調査結果があるようです。

  1. 警察官は身の危険を感じたら相手を射殺しても良いという慣行が定着している
  2. 警察官の実力行使の現場において、比例或いは均衡の原則が存在しない
  3. 米最高裁は、逮捕などに伴う実力行使は、憲法修正第 4 条の適用対象であり、その適否の判断基準は同条に定める「客観的に合理的」であるか否かであるとした。
  4. しかし、「合理的」か否かは、現場にいる合理的な警察官の視点から判断されなければならないとした上で、その判断は、事後的な判断ではなく、警察官が不確定且つ状況が変動する厳しい環境に於いて、瞬時(split second)の判断を求められている事実を斟酌する必要があるとしている。
  5. 実務的には危害射撃は二つの類型が認められている。一つは、生命の防護であり、自己又は第三者に対する危険を感じた場合、もう一つは、重罪被疑者の逃走防止のためであるが、後者の場合は被疑者の逃走が第三者に危険を生じさせると考える相当な理由が必要とされる。

こうしてみると、銃社会のアメリカでは日本よりも相当緩い基準で銃の使用が法的に許容されているようです。

ただ、憲法や法律とは別個に、警察組織の内部ルールもあるようです。

アメリカの警察組織の銃使用基準

警察政策学会資料 第96号 平成29(2017)年 8 月 米国の治安と警察活動

(4) 警察組織によってバラバラな武器使用規準
以上、米国では、法的には逮捕要件は低く且つ恣意的な実力行使が可能であること、また、法的には危害要件が低く警察官が執行務で民間人を射殺しても罪に問われることは稀なことを見てきた。
それでは、各自治体警察において警察官の実力行使や武器使用についての行政的な指導はどうなっているであろうか。これについては、民間団体が最近行った調査分析結果65がある。これは全米の大規模警察 100 に対して実力行使や武器使用の規準について情報公開を要求して 91 組織から有効な開示を得て、これを分析したものである。
その結果は、一般に規準は緩いが、更に警察組織によって厳緩バラバラであることが判明した。例えば、射撃する前に警告を発するよう定めているのは 91 組織中 56 で 62%。射撃する前に合理的に考えられる他の手段を尽くすよう定めている組織は 31 で 34%。他の警察官が過剰な実力行使をしている場合に介入して止めさせるよう定めている組織は 30で 33%。拳銃を構えての威嚇を含め銃器、スタンガン、催涙スプレーの使用など全ての実力行使について報告を求めている組織は 15 で 16%であった。
このように、米国の警察においては、実力行使や武器使用についての行政的指導や規準も、バラバラで且つ緩いのである。 

アメリカは、その警察組織によってルールはバラバラのようです。州が同じでも管轄が違えばルールも違うことが見て取れます。

法的な規制よりも厳しい措置をとっている警察組織があるのかはこの資料からは分かりませんが、この様子だと、アトランタ警察による黒人銃殺事件の警察官は、ルール上も何ら問題なかった可能性があります。

銃殺の際に発砲したのが何発だったのかは気になりますが、1発だとしたら免職処分というのはやりすぎな感があります。

免職処分された警察官による訴訟はあるのだろうか

こうしてみると、免職された警察官が、免職処分を不当とする行政訴訟を起こすことが十分に考えられます。

訴訟社会のアメリカですから、どうなることやら。

以上