「日本国憲法は戦力不保持をうたっていることから、世界でも異質なものだ」
このような意見がありますが、では、世界の憲法や軍隊はどうなっているのか?
実は、軍隊を持たない国が27か国もあるということは知られていません。
ここでは有名なコスタリカの例を紹介していきます。
- 軍隊を持たない国々の分析
- 「軍隊のない国」コスタリカの憲法
- なぜ常設軍隊を持たなくなったのか?
- 準軍隊である警察の組織、装備は?
- コスタリカ警察全体の装備と陣容
- 実は「軍事侵攻」されていたコスタリカ
- 軍事侵攻の結果:ニカラグアが勝利
- まとめ:日本国憲法9条2項の戦力不保持は正しいか?
軍隊を持たない国々の分析
最初に参考文献の紹介をします。
「軍隊のない国家27の国々と人びと」
著者の前田朗氏は反戦活動家を自負しています。「軍隊のない国家―27の国々と人びと」は2008年4月に発行、本書の基となった文章は、日本民主法律家協会の法と民主主義に掲載されたものです。
平和憲法は世界では当たり前であり、さらに、戦力不保持を謳っている憲法は日本以外に27か国もあるということです。
丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカ60年の平和戦略~
「丸腰国家―軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略― (扶桑社新書)」 は2009年2月に発行。著者の足立力也氏は法学館憲法研究所所属のコスタリカ研究者を自称してます。
「軍隊のない国」コスタリカの憲法
コスタリカには軍隊はありません。憲法上の制約から確認します。
憲法上の制約
コスタリカ憲法12条には以下のように定められています。
「恒久制度としての軍隊は廃止する。公共秩序の監視と維持のために必要な警察力は保持する。大陸間協定により又は国防のためにのみ、軍隊を組織することができる。ー以下、シビリアンコントロールについて省略ー」
常設軍隊は廃止するが、有事の際には軍隊を組織するということです。
外国軍隊の駐留はコスタリカ憲法に反しない
更に、2010年には凶悪化する麻薬カルテルを取り締まるためにアメリカ軍が駐留しました。
コスタリカ議会はアメリカ海軍の駐留を認める法案を賛成多数で可決成立しました。アメリカ軍の駐留には弁護士ロベルト・サモラによって憲法訴訟が起こされましたが、日本国際法律家協会の笹本潤弁護士らによれば敗訴しています。
したがって、憲法上もアメリカ軍の駐留は認められるとされているということです。
コスタリカは徴兵制があり、再軍備可能?
魚拓:https://web.archive.org/web/20180503113724/https://hbol.jp/87070/2
コスタリカ憲法147条には、「内閣は国会に対して国家防衛事態の宣言を提案し、兵を募集し、軍隊を組織し、和平交渉する」という文言があります。これがコスタリカには徴兵制があるという論の根拠となっています。
しかし、実は再軍備はできないことになっています。なぜか?
それは、「現行憲法下では、いかなる場合であれ、現実に再軍備をするとなったら不可能であり、仮に再軍備をするとなれば憲法改正が必要である」という解釈が政府によってなされ、国民も支持しているからです。
ちょうど、日本が憲法9条で軍隊は持たないと言っているのに自衛隊を持っているのと真逆の現象がコスタリカでは起こっているということです。
したがって、「コスタリカは徴兵制があり再軍備可能だから丸腰を選択したのではないのだ」、という意見は事実上意味をなさないということになります。
なぜ常設軍隊を持たなくなったのか?
常設軍隊を置かない理由が重要です。
内戦とクーデターの阻止
たとえば在コスタリカ日本大使館によれば、憲法12条以後は「軍事クーデター等による政情不安に陥る事のない」政治状況になったとしています。
研究者の竹村卓、吉田稔によれば、多数の死傷者を出した内戦への反省、軍隊によるクーデターを未然に予防する、軍隊の維持増強には予算を圧迫すること、死の商人が跋扈することを阻止できる、アメリカの援助を受けやすくするなどが挙げられています。
要するに、軍隊を持ってしまうと大統領や議会のコントロールが利かなくなるおそれが強いため軍隊は置かない方がいい、というのが大きな理由であるということです。
集団安全保障体制の確保
コスタリカは集団的安全保障条約であるリオ条約に加盟しています。
リオ条約=米州相互援助条約は、アメリカとラテンアメリカ諸国との間で交わされた、反共産主義・反ソ連のための防衛枠組みです。これは二国間の同盟関係に基づく集団的自衛権とは異なります。
1947年の話なので、現行憲法12条の1949年当時は北中米地域において集団安全保障体制が確立していたということが言えるでしょう。
隣国が軍事的小国
コスタリカは東側をパナマと、北側をニカラグアと接している国です。
パナマも同様に軍隊を持たない国であり、GDPが552億ドル(2016年)に対して安全保障費用(≒軍事費)が7億5100万ドル(2016年)です。
ニカラグアは軍隊を持っていますが、GDPは132億ドル(2016年)に対して軍事費は7300万ドル(2016年)です。
これに対して、コスタリカのGDP比は504億1500万ドル(2016年)に対して治安予算(≒軍事費)は4億1300万ドル(2016年)です。
コスタリカはパナマの約55%、ニカラグアの約5.6倍の治安維持予算があるということです。
周辺国に軍事的脅威の程度が高い国があるとは言えないという事情は影響しているでしょう。
コスタリカ特有の事情による戦力不保持
以上みてきたように、コスタリカが憲法で戦力不保持を謳い、実際にも軍隊を持たないというのはその国特有の事情や歴史的背景があって選択されたものであるということがわかります。
積極的に戦力不保持、軍隊の廃絶を狙ったのではなく、いわば消極的にベターな統治方法を選択した結果に過ぎないということです。
日本においてコスタリカの事例をそのまま当てはめて、「真似をしよう!」と言っていいかというとかなり疑問です。
準軍隊である警察の組織、装備は?
コスタリカの警察の実力部隊は、”Fuerza Pública”という公安省の市民警察=パブリックフォースが担っているという形態をとっています。以下の公式WEBサイトで組織が確認できます。ただ、「地方局」に相当する部局の説明は見当たらず、代わりにReserva de Policía=予備役警察があります。
魚拓:index - Ministerio de Seguridad Publica
なお、公安省の中でUnidad de Intervención Policial (UIP)=警察介入ユニットという暴徒鎮圧などの中心となる4500人規模の警備隊が組織されています。
コスタリカ警察全体の装備と陣容
魚拓:https://web.archive.org/web/20161209170626/https://hbol.jp/52916
上記WEBと先に挙げた参考文献も含めて記述しますが、2008年当時の数字で約1万2000人の警察官が所属しています。
一般的な装備は9ミリベレッタ、38口径リボルバーなどの拳銃。最も強い装備はM16ライフルとあります。戦車、軍艦、軍用機はいずれも所有していませんでした。
しかし、2011年には高速艇を配備し、近年は装甲車の供与を受けるなど、装備はどんどん強靭になっています。
アメリカがコスタリカに供与したNEMESIS装甲車(CSI Armoring製)は3両
— ぱらみり(準軍事組織&LE情報収集アカ) (@paramilipic) 2018年1月30日
国家警察Fuerza Pública(Public Force)、特殊介入ユニットUEI(国家治安情報部所属)、司法捜査局OIJにそれぞれ1両ずつ配備されるとのこと pic.twitter.com/MT76tdwjuQ
Servicio de Vigilancia Aérea=空港警備隊
Servicio de Vigilancia Aéreaはセスナ機とヘリコプターを所有し、いずれも武装はしていないとのことです。現在は15機ほど配備されているようです。
陸自で山岳救助するヘリとか、そんなイメージが近いかもしれません。
Guardacostas=沿岸警備隊
日本の海上保安庁にあたる部隊。2008年時点では最も強い武器は50ミリ機関銃という言及がありましたが、現在はどうなんでしょうか?
Seguridad Privados=民間安全保障局
こちらはあまり情報なし。
Policía de Control de Drogas(PCD)=麻薬取締局
コスタリカ麻薬取締警察Policía de Control de Drogas(PCD)=Drug Control Police。アメリカのDEAやロシアのFSKNに相当すると思われる。 pic.twitter.com/2iiRAr6hET
— ぱらみり(準軍事組織&LE情報収集アカ) (@paramilipic) 2015年5月20日
麻薬取締警察の装備はかなり充実していると言われています。なにしろアメリカ軍が駐留するきっかけが麻薬カルテルを取り締まるためということでしたからね。
特別支援ユニット:Unidad Especial de Apoyo(UEA)
Unidad Especial de Apoyo (UEA)=特別支援ユニット
公安省直下の市民警察ではなく、諜報活動を担う諜報安全省の監督下にある特別強襲隊が別途組織されています。装備を見ると日本のSATみたいな感じですかね。
国家緊急事態委員会
何らかの災害が起こった際に緊急に組織される省庁横断的機関
しかし、戦争や武力紛争への対処をする権限は与えられていません。
戦争や武力紛争への対処をする機関
大統領指揮の元での公安省管轄で軍隊が組織されうることとなっています。
現行の制度では、これが唯一の軍隊を持つ契機のようです。
警察部隊の取締りの様子や装備の画像等について
こちらにまとまっています。ソースを気にしない人はこちらで眺めればいいんじゃないでしょうか。なんとなくコスタリカの警察部隊について分かると思います。
小括:軍隊と呼べる実力はない
そういや「コスタリカは警察がロケットランチャーや装甲車や武装ヘリ持ってる」っていう話だったけど、ちょっと調べてみた感じだとそういうのはなかったなぁ。ロケット砲や装甲車は有事以外は出さないのかもしれないけど、ヘリについてはMD500/600が合計4機あるだけだったし。
— ぱらみり(準軍事組織&LE情報収集アカ) (@paramilipic) 2015年5月21日
コスタリカ警察の装備はおよそ軍隊と呼べるようなものではないということが伺えます。ただ、隣国のニカラグアからは「コスタリカ軍」と形容されているように、対外的な侵略に対抗し得る一定の実力組織を有していると評価されています。
また、ネット上で手に入る情報は古いものが多く、特に警察の装備に関する情報は少ないです。コスタリカ政府のWEBサイトは"go.cr"のトップレベルドメインで検索可能ですが、警察の装備をまとめているページを見つけるのは困難でしょう。
実は「軍事侵攻」されていたコスタリカ
在コスタリカ日本大使館のWEBサイト(2010年)にはこのようにあります。
10月、コスタリカ政府はサンフアン河浚渫に関連し、ニカラグア軍がコスタリカ領土(Isla Calero地域)に侵入し、またコスタリカの環境に重大な影響を及ぼしていると告発し、その後本件はIsla Calero地域の帰属を巡る国境紛争に発展した。解決のための二国間対話の目途が立たず、11月、コスタリカの要請に応じてOAS緊急理事会が開催され、国境付近に駐留するニカラグア軍の撤退勧告を含む決議が採択されたが、ニカラグア軍は撤退せず、OASの調停能力の限界が露呈された。またコスタリカはICJに対し、ニカラグアによる領土侵入と環境破壊の中止を求めて提訴した。
コスタリカとニカラグアはサンファン川を国境線としていたのですが、これをニカラグア軍が越えてコスタリカ領内に駐留を始めたということです。
軍事侵攻の結果:ニカラグアが勝利
この紛争は国際司法裁判所(ICJ)の審判に付されましたが、ニカラグアの主張を認める形での決着となりました。
突然他人が自分の土地の中に入ってきて、裁判したら負けるという展開。
これが戦力不保持の憲法、平和憲法の成せるワザなんでしょうか。
まとめ:日本国憲法9条2項の戦力不保持は正しいか?
- 平和憲法は珍しくない
- 戦力不保持を謳う憲法は日本以外に27か国ある
- コスタリカは軍隊を持たず、警察は軍隊と呼べる実力はない
- ただし、米軍の協力があるため実質的に軍隊と近隣諸国から呼ばれている
- コスタリカが軍隊を持たないのは主にクーデターを防ぐため
- ニカラグアとの紛争はコスタリカが敗訴
さて、コスタリカのように軍事予算が自国の5分の一以下に過ぎないニカラグアという小国に領土侵攻を許してしまう平和憲法、戦力不保持憲法とは何なのでしょうか?
「軍隊の無い国家」では他にも軍隊を持たない国が紹介されていますが、軍隊を持たないから被害が生まれない、侵攻されないとする意見があります。しかし、ここに挙げられている国の中でも歴史上軍事侵攻を受けている国があります。
日本の周りには日本の防衛予算よりも多いロシアや支那という大国があります。そして核保有国もあります。
自国で防衛する独立心がない国がどうなってしまうか、憲法9条2項改正を考えるにあたり、コスタリカの事例は重要ではないでしょうか。
以上