事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

法律で解決できる場合は憲法事実が無い=改憲してはいけないという理論について

憲法事実と補充性要件


法律で解決できる場合は憲法事実が無い=改憲してはいけないという理論がおかしいことについて書きます。

立法事実と憲法事実

立法事実と憲法事実の意味・用法や両者の違いについては以下でまとめてあります。

これを読んでから見ると良いでしょう。

憲法事実の意味・定義・用法

憲法事実の厳格な意味・定義はありませんが、もともと憲法学において使われていた用法と、立法府=国会議員が議論する際の用法にはズレがあります。

憲法学は憲法訴訟、つまり、司法府=裁判所においてある法律の憲法適合性=許容性が問題になる場面を念頭に憲法事実を論じているのに対して、立法府は憲法改正・新設の場面を念頭に、その必要性・正当性を論じているのです。

このエントリは改憲に関する話ですから、立法府の用法を扱います。

基本的な性質に関しては「立法事実=憲法事実」と把握して問題ありません。

憲法学における憲法事実は先述のリンクの他は以下が参考になります。

参考:憲法の効力と解釈に関する一考察ー占領・独立・憲法事実ー 東 裕

立法府における憲法事実の意味

立法府=国会においてみられる(議員の発言にみられる)「憲法事実」の意味・用法は国会議事録を見るのが直截です。

「憲法事実」を検索語にすると13件がヒットしました。

憲法改正の必要性・正当性の意味での憲法事実

参議院 本会議 第3号 平成30年1月26日

○片山虎之助君

我が党は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義など、現行憲法の優れた点を守っていくのは当然として、一方で、憲法制定当時に想定していなかったもろもろの問題が起こり、それを是正する必要のあるいわゆる憲法事実が生じた場合は、憲法改正を国民の同意を得て行うべきだという立場です。

参議院 憲法審査会 第1号 平成29年12月6日

○浅田均君

我が党は、憲法改正は特定のイデオロギーの表現のためではなく、政策的な課題の解決のために行うべきものであると考えております。法律に立法事実が必要であるのと同様、憲法改正についても言わば憲法事実が必要です。

衆議院 憲法審査会 第8号 平成29年6月8日

○足立委員

しかしながら、皇室典範の改正はあり得ても、天皇について規定する憲法一条から八条については、現状において、憲法を改正するべき立法事実、すなわち憲法事実は存在しないと考えています。

これらを見ると、立法府(国会議員)において「憲法事実」と言われるとき、それは憲法改正の必要性・正当性を意味するものであって、立法府(国会議員)における「立法事実」の用法と同じように捉えられているのが分かります。

憲法事実=立法事実であるとする憲法学者の答弁

なお、憲法学者の宍戸常寿教授も憲法事実を立法事実と同様に解しているか、少なくとも立法府における用法としては同様のものとして言及しても差し支えないと考えているようです。

衆議院 憲法審査会 第7号 平成29年6月1日

○宍戸参考人

立法事実ならぬ憲法事実として

さて、次から本題です。

どうやら「憲法事実がある」と言えるためにはこれこれこういう条件が必要ですよ、という理論を唱えるものが居るようです。

憲法事実を「法律で解決できない場合」に限定する論

参議院 憲法審査会 第2号 平成28年11月16日

○小西洋之君

私も、国民の皆様のかけがえのない命や尊厳を守るために、憲法を変えないと作ることができない、違憲になってしまう法律があるのかどうか、その意味においての立法事実、憲法事実というものを議論することは、一議員としては賛成でございます

小西洋之議員は「ある法律の立法を検討した際に、それが憲法違反になるような場合に限って憲法事実がある」という論です。こんな論理は誰も言ってません。

同様の発想は「立法事実」に関しても共産党議員が言及することがあります。

「立法事実は他の手段では解決できない場合には存在しない」という論

参議院 本会議 第7号 令和元年11月27日

○山添拓君

株主提案権の濫用的な行使を制限する規定について伺います。
 我が党も賛成した衆議院での修正により、株主提案を内容によって制限する規定は本法案から削除されました。当然の措置です。
 一方、株主提案ができる数を制限する規定は残されたままです。しかし、株主提案の数による濫用事例は極めてまれで、七年ないし八年も遡るケースしかありません。政府は衆議院で、潜在的な濫用があるなどと答弁していますが、株主提案権の濫用に当たるどのような具体的事実があるのですか。それらは民法の一般的な権利濫用規定では規制できないのですか。

参議院 法務委員会 第9号 令和元年12月3日

○山添拓君

第一は、株主提案権の制限についてです。
 株主提案権の濫用事例はごくまれであること、数のみをもって濫用とみなされるわけではないことが審議を通じても明らかになりました。民法の権利濫用法理により解決が図られており、上限を十とすべき立法事実がありません。株主提案権は株主総会の形骸化を防ぎ、会社と株主、株主相互間のコミュニケーションを促進する目的で導入されたものであり、立法によるいたずらな制限は制度趣旨に反します。
 また、議決権行使書面の閲覧を制限する規定についても、権利濫用の実例が示されておりません。

山添議員の発言は「具体的な事件」が無いと立法事実は無いのではないかと言っているように見えると同時に(これはフェイク)、「現在できてるんだから法改正する必要は無い」と言っています。

要するに「他の手段で解決できるのだから立法事実(立法府なので立法の必要性)は存在しないのでは?」という事を主張しています。

これは上記のような文脈での用法であれば、その議論の仕方それ自体は間違いではないです(つまり主張の妥当性は別)。

しかし、「他の手段で解決できる場合には立法事実は無い」などというように、「補充性要件」として設定して立法事実の存否を語るようになると、それはフェイクです。

補充性要件を騙るフェイク

たとえば、上記の会社法の株主提案権についても、権利濫用法理というのは例外的な対応で、それに頼る状況というのは法的安定性が低いと言えます。
(具体的な条文の解釈ではなく裁判所のオープンな解釈に頼らざるを得ないため)

逆に権利濫用法理で対応していた対象について法律が立法され、要件事実がはっきりしていた方が予測可能性が高まることになります。一般条項たる権利濫用の解釈と個別条項の解釈の違いです。

同様に、憲法改正の場合も、補充性要件を設けるとおかしなことになります。

なぜなら、憲法上の権利ないし権限の裏付けがある場合と、単に法律で定められている権利に過ぎない場合とでは要保護性が異なるからです。

また、訴訟法上は上訴できる場合が異なってくるという話になります。
実体判断に関して最高裁に上告できるのは判決に憲法解釈の誤りその他憲法違反がある場合に限られる

補充性を考慮するかは立法府の裁量

もっとも、憲法のとある条項を改正する際に、「法律以下のレベルで対応可能では?」と考え、議論すること自体を否定しているわけではありません。現実にはそのような検討をするべきではあると思います。

しかし、それを【憲法改正の必須要件】のように語るのはおかしいということです。

ある憲法の規定や法律の規定の改正を考える際に「補充性」を考慮に入れるかは立法府の裁量であり、常に必要であるという考え方をするべき何らかのルールは存在しません。

したがって、小西洋之議員の「ある法律の立法を検討した際に、それが憲法違反になるような場合に限って憲法事実がある」という論や「他の手段で解決できる場合には立法事実は無い」=「補充性が必要」と語るのは何ら根拠がないですし、そう考えるべき実益はまったく無いどころか弊害があるということです。

護憲派によるエセ論理として乱用されているだけです。

まとめ:憲法改正の議論におけるフェイクに騙されないように

憲法改正に関する議論が起こるにあたって、反対論者からは荒唐無稽な理屈が振りかざされることは目に見えています。そして、それをマスメディアが後押しして世論を攪乱するでしょう。

憲法事実・立法事実に関する護憲派によるエセ論理はその一つに過ぎませんが、「立法事実が無いではないか!」という発言は、なんとなく論理的な発言をしているように見える(と議員らは思ってる)ので、マジックワードのように乱発されています。

現に、国会議事録で「立法事実」を検索すると、平成15年あたりから幾何級数的に増えています。そして、立法事実について明らかに勘違いしている議員の発言が議事録上で見られるようになりました。

個人レベルでもSNSで同様のフェイクがまき散らされると思いますので、その場合にこのエントリを参照していただければ効果的に論難できると思います。

以上