事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

憲法9条改正の世論調査の雑さ:戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認

 憲法改正世論調査

報道各社によって行われている憲法改正の世論調査ですが「9条改正の賛否」の質問、雑じゃないですかね。これまでほとんどまともな認識が紹介・議論されてこなかったことが影響していると思います。

憲法改正世論調査「9条改正」

NHK世論調査 “憲法改正必要”33% “必要ない”20%魚拓

憲法9条について、改正する必要があると思うかどうか聞いたところ、
「改正する必要があると思う」が28%、
「改正する必要はないと思う」が32%、
「どちらともいえない」が36%でした。

去年の同じ時期に行った調査と比べると、「改正する必要がある」はほぼ同じ割合だったのに対し、「改正する必要はない」は5ポイント減少しました。

憲法9条を「改正する必要があると思う」と答えた人に理由を聞いたところ、
「自衛力を持てることを憲法にはっきりと書くべきだから」が59%と最も多く、
「国連を中心とする軍事活動にも参加できるようにすべきだから」が19%、

「海外で武力行使ができるようにすべきだから」と
「自衛隊も含めた軍事力を放棄することを明確にすべきだから」がそれぞれ8%でした。
憲法9条を「改正する必要はないと思う」と答えた人に理由を聞いたところ、
「平和憲法としての最も大事な条文だから」が63%と最も多く、
「改正しなくても、憲法解釈の変更で対応できるから」が17%、
「海外での武力行使の歯止めがなくなるから」が9%、
「アジア各国などとの国際関係を損なうから」が6%でした。

これだけ9条に関して紙面(WEB上ですが)を割いているのですが…

憲法9条は1項と2項があることを忘れてる人が多いと思うのです。

国際法の標準である「戦争放棄」規定の憲法9条1項

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

これは「1928年不戦条約や1945年国連憲章のコピペとさえいえる」とする「憲法学の病(新潮新書)」における篠田英朗教授(国際関係学)の指摘があります。

戦争の放棄に関する条約(原文 同志社大学による翻訳文

第一条
 締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル
第二条
 締約国ハ相互間ニ起コルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ処理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

国連憲章

国連憲章と戦争放棄

第2条

4 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも謹まなければならない。

国際法上は消滅した「戦争」、禁止された武力行使

篠田教授は、日本国憲法9条1項は、この国際法規範を遵守する意図を表明したものであり、このような規定の憲法は全世界において標準である、憲法9条1項があるから戦争放棄ができているというのは幻想である、という旨を指摘しています。

「戦争」は、宣戦布告又は最後通牒によって戦意が表明され戦時国際法規の適用を受けるもの」と解されています。

そこから篠田教授は「国際紛争を解決する手段としての国権の発動たる戦争」は19世紀ヨーロッパ国際法の戦争概念であり、宣戦布告さえすれば合法的に戦争できるというものだったが(「無差別戦争観」)、既に国際法上存在していないとしています。国際法上、武力行使も一般的に禁止されています。
※法的意味における戦争が国際法上消滅したか否かにつき議論があるらしいが、消滅したとする立場は防衛実務国際法でも示されている

したがって、憲法9条1項は、文言上もその通りの理解で問題ない。

だから、改正する必要は無い。

では、憲法9条2項はどうか。

解釈により対応している憲法9条2項の戦力不保持・交戦権否認

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

他方で、2項は文言上、軍隊の保持を否定しているようにしか見えないし、「交戦権はこれを認めない」と書いてあるからまるで「自衛戦争もダメだ」という理解が第一義的であるかのように見えてしまっています(自衛戦争という概念は国際法上不存在)。

しかし、現実には「解釈」をすることによって、国内的には「自衛隊」と呼んで軍ではないとし、交戦権も、それを否認しても他国と状況は変わらないように政府見解が施されています(交戦権という概念も国際法上不存在)。

対して憲法学界では、政府見解とは異なる解釈も盛んに叫ばれており、だからこそ自衛隊の存在そのものが違憲であるとする立場から様々な訴訟が提起されてきました。

現在でこそ自衛隊違憲論に基づく訴訟はほぼなくなりましたが、こうした「政府解釈」によってギリギリ成り立っている状況は、様々な場面で悪影響を及ぼしています。

「解釈リスク」にさらされる現場

自衛官募集に際して、住民の名簿提出を拒み、コピーすら許さない自治体があるため政府が協力を求めたところ、違法であると問題視されました。

政府見解は、自衛隊法施行令で防衛大臣が「必要な資料の提出」を求めることができるから、個人情報保護法上許される「法令に基づく場合」に該当するというものです。

しかし、反対者は「必要な資料」には名簿は含まれないと主張しました。

その根拠は定かではありませんが、一部地方では「戦争協力をさせてはならない」などとし、自衛隊の存在が違憲であることが前提か、そうでないにしても自衛官募集の必要性が低いとする立場を述べている団体もありました。

つまり、憲法9条2項の解釈に関する諸状況が根底にあるわけです。

自治体職員としては自衛隊に関する憲法解釈に関する状況が揺れ動いている中で、下手をすれば訴訟を起こされて上役から非難されるわけです。

こうした状況は、他の法令に関わる話においても起こり得る。

現在の憲法9条周りの解釈論のすれ違い状況が変われば、自治体職員の「解釈リスク・コスト」は無くなります。現行憲法と運用が変わらないとしても、「明確化」することで無用な論争や無駄な労力が無くなるわけです。
※3項を追加するといった方法もある

「軍隊を持たない=国際法上の軍隊はない」ではない

「軍隊と呼ばれる組織を持たないということは、国際法上の軍隊が国内には存在しないことを意味する」ということではありません。

ジュネーヴ諸条約第一追加議定書

第二部戦闘員及び捕虜の地位
第四十三条軍隊
1 紛争当事者の軍隊は、部下の行動について当該紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある組織され及び武装したすべての兵力、集団及び部隊から成る(当該紛争当事者を代表する政府又は当局が敵対する紛争当事者によって承認されているか否かを問わない。)。このような軍隊は、内部規律に関する制度、特に武力紛争の際に適用される国際法の諸規則を遵守させる内部規律に関する制度に従う。

なお、衛生要員と宗教要員を除くとされています*1

日本の自衛隊も、国際法上の「軍隊」です。

それは政府見解でも示されています。

自衛隊もジュネーヴ条約上の軍隊であるとの政府見解

自衛隊員とジュネーブ条約上の捕虜との関係に関する質問主意書:参議院

質問主意書

三 ジュネーブ条約では自衛隊は軍隊として認識されているが、憲法では自衛隊が軍隊であると位置付けられていない以上、自衛隊を軍隊として扱うジュネーブ条約を日本が締結することは許されるのか。

八 自衛隊員がジュネーブ条約上の捕虜となった場合、政府は自衛隊を軍隊と称するのか、軍隊とは違う特殊なものとするのか、あるいは軍隊ではないと抗議を行うのか。

答弁書

三及び八について

 戦争犠牲者の保護に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約(昭和二十八年条約第二十三号、第二十四号、第二十五号及び第二十六号。以下「ジュネーヴ諸条約」という。)は武力紛争における傷者及び病者や捕虜の待遇等について定める条約であり、ジュネーヴ諸条約にいう軍隊とは、武力紛争に際して武力を行使することを任務とする組織一般を指すものと考えている。自衛隊は、憲法上自衛のための必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものであって、憲法第九条第二項で保持することが禁止されている「陸海空軍その他の戦力」には当たらないと考えているが、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし自衛権行使の要件が満たされる場合には武力を行使して我が国を防衛する組織であることから、一般にはジュネーヴ諸条約上の軍隊に該当すると解される。我が国がジュネーヴ諸条約を締結したとしても、自衛隊が通常の観念で考えられる軍隊となるわけではなく、「陸海空軍その他の戦力」となるわけでもないことから、我が国がジュネーヴ諸条約を締結することについて憲法との関係で問題を生ずることはない。このような自衛隊の法的位置付けは、お尋ねの自衛隊員がジュネーヴ諸条約の規定による捕虜となった場合においても異なるものではない。

自衛隊もジュネーヴ条約上の軍隊であるとの政府見解はこちらです。

憲法9条2項で禁止されている「陸海空軍その他の戦力」ではないが国際法上の軍隊である、ということを意味します。

本来、こうして質問主意書が投げかけられて政府答弁書を出さなければならないという状況が異常です。ここでも「解釈リスク・コスト」がかかっているのが分かります。

憲法9条2項も改正せずとも国際法整合的だが

以上見てきたように、憲法9条2項も、解釈をすれば国際法整合的であって、必ずしも改正をするべきという理解にならない人も居ると思われます。

しかし、解釈は変更され得るものだし、異なる解釈が学界にあることで「現場」では様々なリスク・コストが発生している。

法律の改正で従前の解釈を明確化したものとしては刑法230条の2で名誉毀損の公共の利害に関する特例を、民法95条の錯誤による意思表示に関する規定で累積した判例を反映したことなど、多数存在していますが、改正前はその解釈の証拠を搔き集めて理解するのに少なからぬ労力がかかっていたわけです。

さらに言えば、自衛隊予算のGDPにおける割合、設備・装備等については「憲法9条2項に関する学界含めた解釈状況があるために」実際上、抑えられているというのが現実。

そのため9条2項も「戦力不保持」「交戦権否定」の文言を変えて明確化+αすべき。

こうした観点から2項は改正するべきとして世論調査に回答した者は、どれほどいるのか。NHKはそういう理解もあり得るということを認識しているのかどうか。

9条1項と2項を分けて世論調査すれば、より明確な国民の意識が見えてくるのではないでしょうか。

もっとも、それ以前に篠田教授が警鐘を鳴らしているように、国際法を無視した日本の憲法学界の「通説」が問題ですが。

軍隊を持たない国の事情と侵攻された例:コスタリカ

なお、世界には「軍隊を持たない」としている国が27か国あります。

その中の一つにコスタリカがありますが、背景には国内の軍閥がクーデターを起こすのを防ぐためという目的があり、集団的安全保障条約であるリオ条約に加盟していることや、麻薬組織の撲滅のためにアメリカ軍の駐留を許しているなどの事情があります。

日本の自衛隊と比しても国際法上の軍隊としての実質を備えておらず、「準軍事組織」と言い得るにとどまり得ます(ニカラグアは軍と主張)。

そんなコスタリカが隣国のニカラグアに国境を侵攻されたと主張して累次の国際司法裁判所=ICJでの判決が出ていますが、ニカラグアによって無視され続けてきました。

一部、サン・ファン・デ・ニカラグア川の河口の中にある1.5キロメートルにわたる砂州がコスタリカのものとされた判断については、ニカラグアが軍駐留施設を移転させていますが、海洋権益に関する判断ではニカラグアの主張通りの判断が下され、約2万平方キロメートルが確保されています。

ここに国際法の一定の効果を見ることができますが、軍事力による現実の主権侵害を未然に防ぐ実力が無かった結果、その回復に時間がかかっていることも事実でしょう。

参考1:https://www.cr.emb-japan.go.jp/japones/info_costaricajp/informe_politica2015/oct-dic2015.pdf

参考2:https://www.cr.emb-japan.go.jp/files/000280006.pdf

参考3:https://www.cr.emb-japan.go.jp/files/000398516.pdf

以上:はてなブックマークをして頂けると助かります。

*1:防衛実務国際法335頁