事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

東京高検「品位と誇りを胸に」にみる黒川検事長の賭け麻雀への訓告・懲戒処分

東京高検:品位と誇りを胸に

東京高等検察庁が麻雀などの常習賭博は懲戒免職の典型例であると記述している文書があったので、それに照らして黒川弘務元東京高検検事長の賭け麻雀関連行為について概観していきます。

東京高検「品位と誇りを胸に」常習賭博は懲戒免職の代表例

東京高等検察庁非違行為等防止対策地域委員会

弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)のブログに東京高検の非違行為等防止対策地域委員会が人事院指針をより具体化した「品位と誇りを胸に」という冊子が掲載されているので見ていきます。

そこでは「麻雀等の常習賭博」が信用失墜行為の代表例として懲戒免職となるのが典型だとして記述されています。

人事院の指針では賭博は減給又は戒告、常習であれば定職の懲戒処分とすることが標準例であるとされています。

黒川元検事長の疑惑となる行為

黒川元検事長の行為で問題と考えられる行為は3つありました。

  1. 賭け麻雀
  2. 麻雀の場での供応接待
  3. ハイヤー代分の利益供与を受けた

関連する法規は国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程・人事院指針などです。

以下記事で既に関連する法規を渉猟しているのでここでは簡単に指摘します。

賭け麻雀

賭け麻雀については直近の3年間は月2~3回、1回の勝負で1人当たり数千円~2万円の動きがあるという報道がありました。5月22日の国会では、過去のすべての麻雀についてレートを把握したわけではなく、全体として上記のような賭け麻雀行為があったと認定したとしていますが、これ以上は調査しないとしています。

なお、5月に産経新聞社宅で行われた際には、いわゆる「テンピン」=1000点あたり100円のレートでゲームが行われていたことが説明されました。

 

懲戒免職の対象となり得る常習賭博

3年の間に月2~3回の頻度で賭博麻雀をやっていたというのは、「常習賭博」をしていたことになり、東京高検の「品位と誇りを胸に」によれば懲戒免職が考えられる典型例に該当します。

「もちろん許されるものではないが、社会の実情を見たところ必ずしも高額とは言えない」

これは通常は摘発対象にならない(1000点で200円以上)と言われていたものよりも低いものであり、法務委員会で刑事局長が「もちろん許されるものではないが、社会の実情を見たところ必ずしも高額とは言えない」という珍答弁を繰り出しました。

これには合法賭博を運営している方は呆れかえっています。

なお、賭博開帳図利罪で店側の従業員が検挙された事案で1000点あたり50円のレートだった事案がありますが、プレーした者についてどうなっているのか不明です。

麻雀の場での供応接待

麻雀の場では何か供応接待が行われていたというような事実は認定されていないようです。

よって、この観点からは何も問題になりそうにありません。

ハイヤー代分の利益供与と贈与等の報告義務

ハイヤー代に関し、文春報道では毎回麻雀の帰りの際に産経新聞記者が会社のチケットを使って利用していた、という旨が記述されていました。

これは国家公務員倫理法に基づく国家公務員倫理規程5条の「職員は、利害関係者に該当しない事業者等であっても、その者から供応接待を繰り返し受ける等社会通念上相当と認められる程度を超えて供応接待又は財産上の利益の供与を受けてはならない。」との関係で問題となります。

「社会通念上相当程度を超える」とは言えない

5月22日の法務委員会において山尾志桜里議員がハイヤー代分の利益供与を受けたことに対する処分は無いのか質疑した際に刑事局長が答弁しています。

それによると、過去の分の調査は行っておらず、文春報道にあった直近の5月1日と13日分について聞き取り等をしたとしています。

その上で「ハイヤーは記者が帰宅する際に乗り合わせていただけで、社会通念上相当程度を超えるとは認められない」と判断したとしています。

国家公務員倫理法6条の贈与等の報告義務

しかし、そうすると利益供与を受けたことは認定していることになるため、国家公務員倫理法6条の贈与等の報告義務が生じないのか?という疑問が湧いてきます。

東京高等検察庁の品位と誇りを胸に

報告の対象となる行為が「事業者等から受けた贈与、飲食の提供など」とありますが、ハイヤーを用意してもらって黒川氏が一人で利用する場合ではなく、乗り合わせて目的地前に途中下車した際の利益分がいくらか、という具体的な算定は煩瑣だと思います。

そのため、報告の対象外となっているのが慣例と思われますが、どうなのでしょうか?

もっとも、仮に報告をしていたという場合、法務省も黒川検事長と記者との関係を知っていたということになるため、これを表向き問題視することは無いでしょうけど。

訓告という監督上の措置は軽すぎるのでは

東京高検の「品位と誇りを胸に」には、「検察庁は社会の非違をただすべき責務を担う役所であり、そこに所属する私たち職員に対する国民の目は、一般の国家公務員に対するそれよりも当然に厳しいものとなることに思いを致せば」という記述があります。

東京高検「品位と誇りを胸に」では、訓告は監督上の措置として「懲戒処分を科するまでには至らないと認められる場合で、至らない軽微なものに対して含むの厳正を保持し、又は当該職員の職務の履行に関して改善向上を図るため」発令されるものであるとしています。

①天皇の認証官であり、②検察という刑事事件の起訴権限を持つ組織の、③ナンバー2の立場の監督者が、④常習として、⑤賭博を行っていたのですから、訓告という監督上の措置とするには軽すぎるでしょう。

黒川氏は辞任しているので、「職務の履行の改善向上」は期待できません。

ですから、「服務の厳正を保持」という目的で訓告をしたのならば、むしろそれはまったく目的に反するものと言えるでしょう。

「発覚前に自主的に申し出た」?

人事院指針では標準例よりも軽い処分となる場合として「発覚前に自主的に申し出た」場合が記述されています。訓告という軽い処分となった理由を説明するためにこの可能性があるのではないかとしている者も居ます。

訓告という軽い処分となった理由について問われた5月22日の森法務大臣の答弁では人事院指針に照らしてどうのこうのと説明したのではないため、この点はよくわかりませんが、あまりあり得ないと考えられます。

「発覚前に」というのは刑法42条の「自首」概念とパラレルに論じることができそうですが、この場合には捜査機関(今回の事案では法務大臣・内閣となるだろう)が賭博の事実を知らない状態で黒川氏からその旨を申し出ていないといけないことになります。

しかし、5月22日の法務委員会での刑事局長答弁では、19日から調査を開始していたとしていました(文春報道はスクープ版が20日から)ので、既にその段階で法務省側が賭博の嫌疑を持つ程度の事実を知っていたことになりますから、「発覚前」に黒川氏から吐露したというのは考えにくいです。

東京高判昭和42年2月28日では、警察官が職務質問した際に、つまり犯罪を行ったとの疑いをかけられその取り調べを受けて初めて犯罪事実を申告したような場合には自首に当たらない、と理解できる判示がなされています。

刑事処分としての起訴・有罪判決と行政処分としての懲戒処分の違い

人事院指針などを見ると、懲戒処分の基準は刑法上の犯罪行為の悪質性との関連で書かれていると思われます。その限りで両者の考え方に共通するものがあります。

ただし、「通常なら検挙されないレートなのに懲戒免職にするのは重過ぎるのではないか?」という論じ方は、刑事処分と行政処分を同じ次元でとらえているものであって、それらはダイレクトに連動しないはずです。

交通事犯の速度超過(行政処分の対象)との関連で今回の事案を喩える人も居ますが、速度超過と賭博では行為の性質と職責との関係における社会に対する影響も異なるため完全にはパラレルに論じられるものではないと思います。

刑法上の身分犯として検事長が定められているわけではないので、刑法上の非難の度合いとしては(量刑判断には関係するだろうが)、一般人だろうが検事長だろうが変わりないわけです。

しかし、国家公務員法上の懲戒処分においては一般人が賭博で検挙されることと公務員が、しかも検察の検事長が検挙される場合とでは、やはり後者の方が重大な事案として捉えることになるのは論を待たないでしょう。

勤務延長の閣議決定の効力との関係

黒川検事長辞職なら「定年後勤務延長」閣議決定は取消しか(郷原信郎) 

勤務延長の閣議決定の効力との関係で懲戒処分の内容に影響が出る事を指摘する論考がありました。

(既に辞任していることとは関係なしに)黒川検事長の職を免するには懲戒処分以外に「勤務延長の閣議決定が無効」となることが考えられます。

郷原氏は仮に無効の場合、この場合には懲戒処分の対象が居なくなるため処分できないのではないかという問題意識が垣間見えます。

さらには、閣議決定の効力は2月当時にさかのぼって無効なのか、無効判断の時点から無効なのか、という問題があるとしています。これは遡ることはないだろうと思いますが、仮定に仮定を重ねた話なのであまり突っ込んで考えない方がいいでしょう。

検事総長が決めた?処遇を決めるのは内閣の干渉なのか

「訓告」過程、首相と法相で違い 黒川氏問題、答弁に「疑義」も | 共同通信

5月22日の国会では森法務大臣が「法務省と内閣で訓告の措置を決めた」とし、安倍総理が「検事総長が事情を考慮し、処分を行った」と説明されました。

法規範においては森法務大臣の方が正しいです。

(検察庁法15条で内閣に検察幹部の任命権がある。また、国家公務員法84条で任命権者に懲戒権があるとしている。検察庁法では懲戒権についての規定がないため国公法が適用されると考える他ない。こう考えると国公法上の勤務延長規定を検察官に適用する解釈がおよそ成立しないという理解はやはり拙速だと思われる)

ただ、実際上は慣例により検事総長が後任を指名し、内閣が承認するという運用が行われてきた(安倍内閣において一部異なる状況となった)のです。

今回は罷免の場面なので、その逆だとすれば、検事総長が実質的な判断を下し、法務省と内閣が単に承認をしただけだという運用がなされていても不思議ではありません。

ただ、そうすると訓告という軽すぎる処分を稲田検事総長が決定したことになるため、にわかには信じがたい話です。

しかし、いずれにしても最終判断権者は法務大臣・内なわけです。

政権側の責任はまったく減るものではありません。 

以上