議院の国政調査権の発動方法について整理します。
「司法権の独立に対する限界は~~」などと観念的な話をするのもいいですが、その発動方法の種類、具体的な事例を確認していきましょう。
具体的な事案としては、2018年5月に参議院予算委員会が愛媛県(と今治市)に対して加計問題に関連して行政組織内の文書を提出するよう依頼した件を取り上げます。
- 議院の国政調査権の根拠:憲法62条
- 国政調査権の根拠の構造:委員会による国政調査権の行使
- 議長を経由した委員会の国政調査権の行使の確認方法
- 委員会先例録による国政調査権の行使
- 加計問題に関する愛媛県と今治市の対応と地方自治
- 今治市が提出拒否をした理由:今治市の情報公開条例
- 中央の任意の調査要求に地方自治体は応じるのが基本?
- 国政調査権に基づく要求を否定した事例:浦和事件
- まとめ
議院の国政調査権の根拠:憲法62条
両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる
「議員」という個人ではなく、衆議院、参議院に独立して認められている権能です。
具体的な手続規定は国会法104条、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(議院証言法)、衆議院規則、参議院規則などがあります。また、これらの規定に基づかない方法での国政調査権の発動方法や、国政調査権に基づかない任意の調査要求が存在しますが、それについては後述します。
衆参議院の国政調査権の行使は、会議録を見ればわかります。
たとえば浦和事件について国政調査権を行使するとした参議院内閣委員会の決議について。
国政調査権の根拠の構造:委員会による国政調査権の行使
日本国憲法では衆参両議院について証人喚問や記録提出を要求することができるとありますが、委員会にもその権限があることを明確にしたのが国会法です。
国会法
第百三条 各議院は、議案その他の審査若しくは国政に関する調査のために又は議院において必要と認めた場合に、議員を派遣することができる。
第百四条 各議院又は各議院の委員会から審査又は調査のため、内閣、官公署その他に対し、必要な報告又は記録の提出を求めたときは、その求めに応じなければならない。
国会議事録を見ると分かりますが、国会は本会議だけではなくて各種委員会があります。本会議には議長がいるのに対して、法務委員会や予算委員会などには委員長が居ます。
ただ、国会法は原則として会期中についての定めであるということから、閉会中は議長にその権限があるという規定があったり、閉会中の国政調査権の行使としての議員の派遣については規定されていません。また、国会法で委員会に付与されている国政調査権は、議院に付与されているものよりも項目としては少ないです。
そこで、衆議院規則や参議院規則で委員会の国政調査権行使の項目を増やしています。
しかし、衆議院規則や参議院規則においても、国政調査権の行使のためには議長に権限があるとされており、委員会単独の判断で国政調査権を行使することはできません。
議長を経由した委員会の国政調査権の行使の確認方法
委員会による証人出頭要求については、たとえば「学校法人森友学園に関する決裁文書書換え問題について佐川宣寿」を証人喚問した場合などがあります。
このようなものについては会議録を見れば分かりますが、中にはこうした方法に依らない手続を踏む場合があります。それが委員会の先例による国政調査権行使です。
委員会先例録による国政調査権の行使
国政調査権の手続的根拠としては先に挙げたもの以外に【委員会先例録】というものがあります。参議院については、「平成25年版参議院委員会先例録」がWEB上で確認・ダウンロードできます。衆議院について最新のものはWEB上で確認できてませんが、過去のものではありますが「衆議院先例集」「衆議院委員会先例集」というものは存在します。
参議院委員会先例録によると、以下の説明があります。
委員会が、審査又は調査のため、内閣、官公署(地方公共団体を除く。以下同じ。)に対し報告又は記録の提出を求めるには、理事会の決定により要求する場合又は委員会において委員の要求がありこれに別段異議もない場合には、成規の手続を省略して、委員長から直接これを行うのを例とするが、委員会において議決し、議長を経てこれを行った例もある。
この先例により、省略した手続下において議長を通さず委員長から直接内閣、官公署(地方公共団体を除く)に対して報告、記録提出要求ができるということになっています。多くはこの形式に拠って行われているようです(立法と調査2018. 6No. 401(参議院常任委員会調査室・特別調査室)(秋山啓介・委員部調整課) )
ここで、「地方公共団体を除く」と書かれてありますが、この点が問題になったのが2018年5月10日、加計問題に関して参議院予算員会が記録提出の「依頼」を愛媛県に対して行い、愛媛県がこれを受けて今治市に記録提出を依頼した事案です。
加計問題に関する愛媛県と今治市の対応と地方自治
加計学園問題としてマスメディアが騒いでいたころに、参議院予算委員会から与野党合意のもと、愛媛県に対して以下のような「依頼」がなされました。同様の要求が今治市に出されたようですが、今治市は拒否。愛媛県は依頼に応じたということで、「国政調査権に基づく要求なのになぜ対応が異なるのか?今治市はおかしい!」「これは国政調査権に基づくものではないから中村知事は嘘をついているのでは?」などと議論になりました。
結論から言うと、これは国政調査権に基づくものではなく、単なる任意の依頼文書です。
委員会からの国政調査権の行使の場合、議長を通して行うというのが正式な手続きです。この先例録ではそれによらず、委員長から直接国政調査権の行使が行える例があるということは既に示しました。
しかし、報告又は記録の提出要求に関する例では「地方公共団体を除く」とされています。よって、委員会の理事会の決定を根拠としているこの文書は国政調査権の行使としては扱うことができません。
ネット上にある論評はこの先例録を無視したものが多いですが、委員会で決めて議長を通して要求するパターンと、委員会の理事会(理事会は議事録に載らない)で決まったものや、委員会において委員の要求がありこれに別段異議もない場合に委員会から直接要求するパターンがあるということです。
一方、愛媛県からの回答書には「国政調査権に基づいて」とあります。
これは参議院予算委員会が愛媛県に対して国政調査権の行使であるかのように伝えたためか、愛媛県側が「事実上の国政調査権」であるとして扱ったということでしょう。事実、参議院予算委員会の側は国政調査権の行使であるとは言いませんでした(愛媛県側が前者と思い込んでいた可能性は知事の記者会見録に表れています)
参議院予算委員会が愛媛県に国政調査権の行使であるかのように装ったとすれば、それは法治主義や行政を歪める行為でしょう。
いずれにしても、任意に愛媛県が応じることには国と地方との関係上、何ら問題は無いわけで(個人情報保護との関係は後述)、中村知事の対応は何も間違っていません。
なお、中村知事のスタンスは「自分たちが関わったものについては、可能な限りオープンにする」というものでしたが、これに別組織である今治市が拘束されることはありません。
今治市が提出拒否をした理由:今治市の情報公開条例
5月10日付で参院予算委から依頼された事項については、今治市は「市は4枚の書類を提出する一方、出張時の服務状況を記した「出張復命書」に関しては情報公開条例に基づき非開示文書としている」としました。ビジネスジャーナルの記事によると今治市の菅良二市長は『非開示の理由を「国や県は一緒に取り組んできた仲間だから、迷惑は掛けられない」と説明』したとあります。
どの項目か知りませんが、4枚の書類は提出してるんですね。
このように、参院予算委からの任意依頼に対して情報公開条例を基準にして考えるという判断基準は、一つの方向性だと思います。
今治市情報公開条例の規定を見ると、今治市長の説明内容となり得る規定は複数ありますが、中でも7条8項は近いと思われます。
(8) 実施機関と国等との間における照会、回答、依頼、委任、協議等に基づいて作成し、又は取得した情報であって、公にすることにより、国等との協力関係又は信頼関係を損なうおそれがあるもの
また、参議院予算委の依頼は情報公開条例が規定している「公文書」の開示にとどまらないため、そのような記録については価値判断となります(情報公開条例の規定を参考にして判断することもあり得るが、基本的に自由)。
このときに、任意依頼に対してすべてオープンにするという対応については慎重になるべきです。行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律があるように(地方公共団体はこの法律の規制を受けないが、情報公開条例の中に個人情報への配慮が具体化されている)、情報公開は個人情報の保護の観点と切っても切れない関係にあるからです。
また、次の項に述べるような問題もあると思います。
中央の任意の調査要求に地方自治体は応じるのが基本?
中村知事の対応は本件限りで正当ですが、仮に「中央から任意に要求されたものは出来る限り対応するべきだ」(「尊重するべきだ」という態度を超えている場合)という準則がスタンダードになったとすると、それは地方自治(憲法92条以下)との抵触の可能性を生じます。
文書提出の必要があるのであれば、参議院予算委員会で決議を採って議長を通した正式の手続で行えば良いのに、それをしなかったのはなぜでしょうか?
「加計問題」などと野党とマスメディアが騒いでいるだけで、まったく法的に瑕疵がない(その疑惑すらいいがかりに過ぎない)事項についてなぜわざわざ今治市の手を煩わせるのか。そのような必要性のない要求には応じないという判断もあり得ると思います(もちろん中村知事のように本件限りで全部オープンにするという態度は一つの正解だと思います。)
しかし、「オープンにしない今治市はやましいことがあると疑われても仕方がない」とは思いません。「加計問題」のような野党とマスメディアが創作した話題についてわざわざ対応し、オープンにすることがスタンダードになってよいとは思いません。これを許したら行政事務はいくらでも妨害できてしまいます。
現に参議院の先例録が報告・記録提出について官公署から地方公共団体を除外したのも、地方自治に配慮したものと考えられます。要求するのであれば手続に従って行うのが筋です。そのために国政調査権は憲法のみならず国会法、衆参議院規則、先例録をわざわざ作って手続を定めています。
「地方は中央(政府)に従わなければならない」というような観念がありますが、実際上はともかく、原則としてはそのような「上」と「下」のような関係ではありません。
※今回の事案は「国政調査権の限界」ではなく、単に国政調査権の行使ではなかったということに留まります。
※「議会制民主主義だから国会の与野党の合意は重い」という観念的な主張をするのもいいですが説得力に欠けます。今治市は国会議員によって運営されているわけではないからです。
国政調査権に基づく要求を否定した事例:浦和事件
今回は国政調査権の行使であるかのような任意依頼でしたが、過去にはまごうことなき国政調査権の行使が司法権の独立に抵触するため控えるべきであるとされ、参議院法務委員会の行為が非難を受けました。
参議院法務委員会が裁判所が扱った複数の刑事事件の裁定が妥当かを検証していたのですが、代表的な事件が「浦和事件」です。国政調査権の限界の論点として有名なので調べてみるといいでしょう。
このように、国政調査権だからといってホイホイ従う(或いは自発的積極的に協力するとしても)ということが正しいかは、常に問題になるということは理解しておくべきでしょう。
まとめ
- 国政調査権の手続は国会法だけでなく、衆参議院規則、先例録にもある
- 2018年5月に愛媛県、今治市に行われた調査依頼は参議院予算委員会の任意依頼
- 依頼に応じた愛媛県、一部拒否した今治市、いずれの対応も間違いではない
- 今治市が全部拒否したかのような印象があるが、間違い
- 参議院予算委員会が愛媛県に国政調査権の行使であるかのように装ったとすれば、それは地方自治を歪める行為
- 中央からの報告・文書提出の任意依頼に地方自治体はすべて応じるべきであるという考えも、地方自治との抵触が懸念される
以上