事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

松野官房長官「関東大震災の朝鮮人虐殺記録ない」報道⇒「政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」

意味のある質問なんだろうか?

松野官房長官「朝鮮人虐殺記録無い」報道

令和5年8月30日、松野官房長官の定例記者会見に関して、『朝鮮人虐殺「記録無い」』とする報道がありました。

これに対し「歴史修正主義」といった批判がなぜか出ているので色々と確認します。

「政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」

記者 9月1日で100年を迎える関東大震災の記録について伺います。当時被災地ではデマが広がり多くの朝鮮人が軍警察自警団によって虐殺されたと伝えられています。政府として朝鮮人虐殺にをどう受け止め何を反省点としているのか、併せて現在の日本社会における在日コリアンを含むマイノリティに対するヘイトスピーチやヘイトクライムをどう捉えているのかお尋ねいたします。

松野官房長官 お尋ねについては、政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります。

松野官房長官の発言としては関東大震災の朝鮮人の虐殺について「政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」というものであり、「事実関係を否定した」というようなものではありません。

そして、この返答は平成27年から一貫していました。

平成27年から一貫した答弁書:政府内にその事実関係を把握することができる記録が見当たらない

関東大震災時に起こった朝鮮人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書:答弁本文:参議院

平成二十七年二月二十七日

参議院議員神本美恵子君提出関東大震災時に起こった朝鮮人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書

一から三までについて

 お尋ねの「調査」、「結論」及び「救済措置や賠償などの措置」については、調査した限りでは、政府内にこれらの事実関係を把握することができる記録が見当たらないことから、お尋ねについてお答えすることは困難である。

関東大震災時の朝鮮人、中国人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書:答弁本文:参議院

平成二十八年六月七日

参議院議員田城郁君提出関東大震災時の朝鮮人、中国人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書

一について

 お尋ねの「関東大震災時における朝鮮人、中国人等の虐殺事件に日本政府が関与したこと」については、調査した限りでは、政府内にその事実関係を把握することができる記録が見当たらないことから、お尋ねについてお答えすることは困難である。

国会では関東大震災における朝鮮人の不法殺害に関して平成27年から政府に対して質問が為されるようになっていきました。

その際から政府は一貫して「政府内に記録が見つからないから返答困難」でした。政権が変わっても同じであり、今さら何か新しい事が始まったということではありません。

ところで、疑問に思う人も居るかと思います。

アレ?「政府の記録」ってあったよな?」と。

司法省刑事局「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」

アジア歴史資料センター:https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/listPhoto?LANG=default&REFCODE=C08051013900&BID=F2008061910555439975&ID=&NO=9&TYPE=PDF&DL_TYPE=pdf

司法省刑事局の「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」(刑事事犯調査書)において、起訴事件となったものについて、朝鮮人の被殺者が233人であった、とする記録があります。

これは海軍省の「大正十二年 公文備考 変災災害附属 巻十二」の階下に収録されているものでした。

起訴事件なので「殺人が特定の者によって行われたのが明らかな事案」であり、ここから漏れる「朝鮮人不法殺害事件」もあったと考えられます。

詳しくは関東大震災時の朝鮮人殺傷人数:6000人虐殺説の嘘にまとめています。

これは確かに「政府の記録」であり、日本国政府の機関であるアジア歴史資料センターが保管しているものです。政府は、この存在すら把握していないのでしょうか?

「大正十二年公文備考」の所在は把握している政府

関東大震災時における朝鮮人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書:答弁本文:参議院

平成三十一年三月八日

参議院議員有田芳生君提出関東大震災時における朝鮮人等虐殺事件に関する質問に対する答弁書

一から三までについて

 防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室に保管されている「大正十二年 公文備考 巻百五十五 変災災害三」においては、御指摘の「九月五日近衛師団司令部ヨリ戒厳地司令官宛通報」との文書(以下「本件文書」という。)が収録されているところ、本件文書の中の文言については、独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センターの御指摘のウェブページに公開されているとおりである。

四について

 本件文書がお尋ねの「大正十二年の関東大震災時に政府内で作成された文書」であるか否かについては、調査した限りでは、政府内にその事実関係を確認することのできる記録が見当たらないため、お答えすることは困難である。

五について

 御指摘の「関東大震災時に軍隊が朝鮮人等を虐殺したこと」については、調査した限りでは、政府内にその事実関係を把握することのできる記録が見当たらないことから、お尋ねについてお答えすることは困難である。

政府は「大正十二年 公文備考」が存在することは認めていることから、当然、「刑事事犯調査書」の存在も認めるはずです。会見の記者やこれまでの質問主意書・国会質疑ではこの点を問うものが見当たりませんでした。

しかし、関東大震災時に朝鮮人が虐殺(=少なくとも不法に殺害された、の意味だろう)されたという事実関係を把握するには、「刑事事犯調査書」だけでは不十分です。

それは起訴事件の被疑事実の概要しか扱っていないから、ということ以上に、「起訴された事件の審理はどのように決着したのか=有罪となったのかどうか」が分からないと、起訴事件にかかる朝鮮人不法殺害の事実関係と法的評価が把握できない、という要素が大きい。正当防衛の場合には罪になりませんからね。

政府側の答弁の意図はともかく、少なくとも「刑事事犯調査書」に限定して言えば、客観的にはこのように言えます。

他に朝鮮人の被殺者数を調べた調査は政府外のものであり、そちらは政府内に記録が無いのはある意味で当然でしょう。

さて、100年も前の、大震災という混乱の極みに在った中での事件の、しかも不特定多数の者に係る事実関係について把握することのできる記録】というのは、どういったモノがあればそうだと言えるものでしょうか?

一つの回答として考えられるのは「刑事事犯調査書」に記載された起訴事件の裁判記録でもって、有罪となった事件に関しては法的に不法殺害と認定された、と言い、それ以上は諸説あり確定事実とすることは困難とする、というもの。

それを聞く意味がどれほどあるのか疑問ですが。

「政府・日本国民の責任」の追及のみによる「新聞の責任」の隠蔽

このような質問が何度も為されるのは、「政府の責任」や「日本国民の責任」という観点を目立たせて「新聞社の責任」を覆い隠そうとする狙いが透けて見えます。

全く新発見でもない事柄についてメディアが殊更に報じる、ということも、関東大震災では何度も行われてきました。

他方で、「不法殺害は無かった!全部正当防衛か、仕方のない理由があるものだった」といったような論調も、「新聞社の責任」を覆い隠すベクトルを発生させています。

そうした中で、浜田聡議員が今年提出した東京日日新聞(現毎日新聞)大正十二年九月三日の報道内容と関東大震災時に発生した殺傷事件との関連に関する質問主意書は、この状況に一石を投じるものとなっていると言えるでしょう。

参議院議員浜田聡君提出東京日日新聞(現毎日新聞)大正十二年九月三日の報道内容と関東大震災時に発生した殺傷事件との関連に関する質問に対する答弁書

 お尋ねの「流言報道」の意味するところが必ずしも明らかではないが、御指摘の「一九二三(大正十二)年九月三日付の東京日日新聞」には、「不逞鮮人各所に放火し帝都に戒嚴令を布く」と題する記事が掲載されているものと承知している。

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