NHKスペシャル「パンデミックとの闘い」で【マイクロ飛沫】というワードが出てきたのでエアロゾルや空気感染との関係を整理します。
「主要感染経路」という考え方
「言葉の定義は~」という説明が先に来る文章はたくさんあると思うので、ここで説明する事柄が実務上どのような場面で機能するのかを先に示します。
飛沫を介した感染が起こるか否か?
飛沫核やエアロゾルを介した感染が起こるか否か?
これを0と100で切り分けることは困難だということは想像できます。
結核が空気感染(飛沫核感染)と言われているのは「主要感染経路」が空気感染であると考えられ(分類され)ているからであって、当然、接触することや飛沫による感染をすることはあります。
逆にインフルエンザウイルスについて、極まれにエアロゾルや飛沫核による感染がありうるとしても、それは主要感染経路として空気感染するとは言えず、「飛沫感染する」という説明をするべきと解されています。
主要感染経路毎に対処方法の目安が定められているのは、接触感染・飛沫感染・空気感染とで注意すべき事柄がかなり異なってくるからです。「極稀にでも空気感染するのであれば空気感染であるとして扱え」としてしまうと、リソースの無駄になってしまいます。
参考:https://www.inazawa-hospital.jp/media/keirobetuyobou.pdf
以下はこうした事を念頭において理解すると良いんじゃないかと思います。つまり、感染症対策が先に来ており、ウイルスの振る舞い方を捉えるのが先決であり、物質の定義から主要感染経路の分類を決めているのでは無いということです。
飛沫・マイクロ飛沫・飛沫核の定義
「マイクロ飛沫」という言葉は医学的な用語ではなく、固まった定義もありません。
ただ、NHKスペシャルの中ではくしゃみや会話の際に人の口から発せられる、10マイクロメートル以下(0.01ミリ)の粒子とナレーションで紹介されていました。
さて、この説明ですが、従来の「飛沫」と何が違うのでしょうか?
飛沫と飛沫核
飛沫と飛沫核を説明した図では、飛沫="droplets" は水分を含む・5マイクロメートルより大きい(「以上」という説明も多い)とされています。この数字は日本国内のいろんなところで使われているので、日本においてはこれが通説と言って良いでしょう。
対して「飛沫核」″droplet nuclei”は水分を含まない・直径5マイクロメートルより小さい粒子であり、空気感染の原因である、と説明されます。
この説明は日本国内のみならず、世界的な共通理解だと言えるでしょう。
なぜ5マイクロメートルが基準なのか
なぜ5マイクロメートルで区切っているのかは確定できませんでしたが、気になる論文として「結核の感染(I) 青木 正和」に「飛沫核感染説」=空気感染説が生まれた背景について興味深い説明があります。
2. Wellsの 微小粒子(結 核 菌1~3個)に よる感染 の証 明
Harvard大 学 のWells WFは1930年 代 の前 半か ら実験的吸入 感染装 置 の制作 に取 り組 み,1940年 後 半 に ようや く完成 した。家兎 を使 っての実験 を繰 り返 した結 果,Wellsは 吸入感染 で は粒子 の大 きさが重 要で ある ことを証 明 し,飛 沫核 感染 説の骨格 を作 り上 げたのである。
Wellsら の実験 の結 論 は次 の ようにま とめ られ よう。①5μ を超 え る大きい粒 子 は気 管,気 管支 上皮 な どの繊毛運動 と咳で外 に出 され るが,1~5μ の粒 子 は気 道 に付着せず,肺 の末梢 に到達す る。②家兎の吸入感染 は1~3個 の菌 を含 む1~5μ の粒 子で起 こ り,大 きな菌塊 では感染 しない。③咳をした時 に出 る飛沫 は肉眼で見 えるものか ら小 さい もの まで さまざまであ るが,外 に出 ると水 分 はほとん ど瞬 間的に蒸発 し菌は凝 集する。
どうやら結核の飛沫核感染説で導き出された数値がそのまま一般的な「飛沫と飛沫核の違い」の説明に繋がっているような気がします。
Loudonらは,咳 や会 話 の時 に飛散 す る飛 沫の数 を大 きさ別 に報告 してい る。特別の測定器 を作 り,健 康者3人 に15回 咳 を させ飛 沫数 を数 え,各 人 この実験 を2回行 った。 この結果 による と,飛 沫の大 きさ別 に累積百分率 を対数正規確率紙 にプロ ッ トす る と直線 を示 したの
で,咳 の飛 沫の大 きさの幾何 平均 は26ミ ク ロンであ るが5ミ クロ ン以下 の小 さい飛沫 が多 く49.6%を 占め,1回の咳 で平均465個(50~1,642個)認 め られた とい う。また,1か ら100ま で大声 で数 えた時の飛沫 も調べ ているが,平 均1,764個,大 きさの幾何 平均 は81ミ クロ ンだった とい う。1回 の咳の飛 沫 は30秒 大声 で喋 った 時の飛沫数 と同 じだった という。
しかも5ミクロン=マイクロメートル以下の飛沫数が全体の数の約半数だったという報告もあります。「飛沫の定義」と我々が見ている説明は、物質の連続した位相を捉えるにおいて一応設けられた区切りの基準であって、厳密な定義ではない、と捉えた方が良いと思います。
普通の飛沫とマイクロ飛沫の違い
NHKの番組ナレーションでも指摘されているように、くしゃみの際に肉眼で見ることのできるものは直径1ミリメートル(1000マイクロメートル)程度のものが主流です。
承前)この"microdroplet"は、飛沫の中でも5〜500μmサイズの小さなものを指す言葉。一般的な環境下では感染源にはならないが、密閉空間ではモノによっては感染源になる可能性がある……というか、今回のSARS-CoV-2でその可能性が指摘されてるのだけど(続
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月21日
微生物学者のY Tambe氏によるとマイクロ飛沫="microdroplet" は5~500マイクロメートル程度の直径であるとされています。
とはいえ、固まった定義はありませんので、「飛沫のうち、空中に長い間漂うような小さいサイズのもの」というざっくりとした把握をするとよいと思います。
おまけ。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月21日
実は連ツイ中で既に使っているのだけど「咳やくしゃみのときに飛び散る(エアロゾルサイズの)小さな飛沫」については、「微小飛沫」くらいの用語をあてるといいんじゃないかと思ってる。"microdroplet"という言葉もあるので、その対訳に(続
飛沫とマイクロ飛沫"microdroplet"の動き
飛沫の落下速度は(無風状態で)30~80cm/秒
飛沫核の落下速度は0.06~1.5cm/秒
などと説明されることがあり、検索するとこういった説明が多く見つかります。
参考:飛沫の飛ぶ距離は? 対面調理時の衛生面への影響は?|Web医事新報|日本医事新報社
上記説明に言う「飛沫」は、大きい飛沫を念頭に置いているようです。
NHKの放送では、マイクロ飛沫は京都工芸繊維大学の山川勝史准教授の研究室によるシミュレーション上では空中を20分も漂うとされています。
大きさが10マイクロメートル以下(先に示した論文の記述にもあるように、一般的な「飛沫」の説明は5マイクロメートル以上だが、決してそれに限らないだろう)なので、まあそうなるでしょう。
この放送では20分以上はどのような動きになるのかわかりませんでしたが、この説明だと平均的な時間を示しているのだと理解するのが無難かなと思います。
なお、先に示した論文「結核の感染(I) 青木 正和」では既に以下の指摘があります。
咳 をした時の空気 の速さは300m/秒 にもなるので直径10μ あるいはそれ以下 の飛 沫も多 く飛散する といわれている。
飛沫の落下速度に関する一般的な説明が妥当しない場合があるというのは、既にこの界隈では当然のものとして認識されていたはずです。
空気感染=飛沫核感染とエアロゾル、飛沫感染は何が違うのか
空気感染=飛沫核感染であるか、飛沫感染であるかの違いは、感染を引き起こす場合が空気感染の場合の方が広範に渡るものであると言えます。
たとえば物理的に別である空間であっても、それらを繋いでいる場合(空調が典型的)に感染が起こるのが空気感染(と分類されているもの)であり、飛沫感染(と分類されているもの)だとこのような感染は普通は起こりません(起こったとしても特殊な状況)。
物理的に同じ空間であっても、伝送距離が空気感染とエアロゾル、飛沫感染とでは相当異なるとされています。
新型コロナウイルスに関して言えば、部屋の空調が繋がっていたダイヤモンドプリンセス号の感染状況や、クラスター感染の3条件(密集、換気の悪い密閉された空間、対面での会話)が揃うと途端に多くの感染伝播が起こるという新型コロナウイルスの疫学調査結果からは、空気感染と分類すべきものではないとされていると言えます。
飛沫とマイクロ飛沫とエアロゾルの違い
承前)もともと「エアロゾル」って言葉自体は、医学が独占してる言葉じゃないので、医療分野だけで勝手に定義すべきじゃないのだけど、そこらへんを割と構わずやっちゃうところ(米CDCとか)もあるのが現実でもある。ただ、本来はヒトに病気を起こすものもそうでないものも全部含めて指す言葉(続
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月20日
実は日本ではエアロゾルを介した感染を空気感染に分類している記述と別の分類に分けている記述とで分かれています。それをまとめているのが以下。
そして、「エアロゾル伝播」という用語の定義、用いられ方を世界的に見てみると、「10マイクロメートル以下」など様々な伝えられ方がされているのが現状ですが、決して「エアロゾル感染」という用語が主要感染経路として確立しているわけではないというのは断定できます。
以下の論文で用語法が「混迷」していることが伝えられています。
一応のエアロゾルの理解(定義?)
エアロゾル/飛沫/飛沫核について、RT見かけたので最新版をあげておく。(解説は続きのツイートで) pic.twitter.com/MCdwjbthCi
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月20日
それでも、一応のエアロゾルの理解を示す必要があります。
Tambe氏が作成した図がまとまっていますが、以下のように言えます。
- エアロゾルは口から発せられたか否かにかかわらず、空気中に存在する微小な物質(飛沫もマイクロ飛沫もエアロゾルも飛沫核も物質それ自体としては含まれることに)
- 感染症の分野の話では、特に水分を含むもの(医療機器などを使用することで初めて発生する微小なもの)を指すことが多い
- 飛沫は口から発せられた、水分を含む液滴(マイクロ飛沫もここ)
- 飛沫核は口から発せられた、水分を含む液滴の水分が蒸発したもの
飛沫の発生源が我々人の口から飛ばされたものであるのに対して、エアロゾルはそういった限定の無いものを指す、ということは断言できます。気象学においてもエアロゾルという用語がありますからね。
どの分野の話題において使われているのか、によって指し示す内容が異なるため、混乱が生じているということです。
新型コロナウイルス=COVID19とエアロゾル
medRxivにUPされていた論文が3月18日にNEJMにも掲載され話題になりました。
この論文はドラム内にネブライザーでエアロゾル化した新型コロナウイルスを含む液滴を入れたところ、ウイルスが空中に3時間存在していたという結果を報告し、新型コロナウイルスについてエアロゾルを介した感染の可能性を示唆することとなりました。
しかし、「エアロゾル化した」と言ってもどれくらいの大きさなのか、それは人の口から発せられる飛沫由来のものと言えるのかという問題と、ウイルスが居ることと感染力がある事とは別であるという問題があります。
したがって、これをそのまま日常生活において当てはまることと捉えて良いかというとかなり疑問です。
ただ、クラスター対策のために3条件を避けるように、と言われていることがこの論文に示された結果によって科学的にも正しいことが示唆されたとは言えると思います。
まとめ
- マイクロ飛沫は飛沫の一種であり、昔から認識されていた
- 物質そのものに着眼した場合、マイクロ飛沫はエアロゾルに含まれる
- 物質そのものに着眼した場合、空気感染の原因である飛沫核はエアロゾルに含まれる
- 飛沫・マイクロ飛沫・飛沫核とエアロゾルとは、人の口が発生源であるか、そういう限定が無いものであるかの違い
- 飛沫と飛沫核の区分けの基準として5マイクロメートルがあるが、これは一応のものであって厳密な定義として捉えない方が理解しやすい
- 空気感染か飛沫感染かの分類は主要感染経路の把握をして対策を講じる際に重要。
- 新型コロナウイルスは空気感染するとは言えない(せいぜい「極まれにそういう状況になり得る」と言った方が機能的)
要するに医学分野の中の感染症分野においても用語の説明に違いがある言葉たちなので、混乱が生じていると言えます。
これは医療において連続的な位相があり得る物質について厳密な定義をすることにさしたる意義はなく、感染症をどう扱うかの問題が優先されてきた結果なんだろうと個人的には思っており、「そういう扱われ方がされている」と把握することで良しとするべきなのかもしれません。
以上